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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十一章 骸骨の覚醒
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二  『報復』

 陰陽師おんみょうじと《十八名家じゅうはちめいか》を呼んだ百妖ひゃくおう家本宅の周辺には様々な車が停められており、各家の代表を下ろして去っていく。《十八名家》の新年会で使った大広間に入っていく彼らは全員笑顔を見せず、喋りもせず、上座から下座へと置かれた座布団を各々の判断で埋めていく。


 彼らは皆、英雄たちだ。六年前この地で戦い、生き延びた、この町の戦士であり重鎮だ。そんな彼らが結希ゆうきのたった一言でこうも簡単に集ってくれた。それが実現できたのは、現頭首になった義姉妹たちの力だ。それがわかっていたから結希はなおのこと仰々しい束帯そくたいを着ることを恥じていた。髪を上げて被った冠は生徒会の中で結希だけが被っているもので、それさえも必要以上に恥じていた。

 陰陽師たちは束帯を着、《十八名家》たちはそれぞれの立場に相応しい礼装着を着ている。現頭首である義姉妹たちは高価そうな本振袖を着付けしてもらい、黙する彼らの中央を歩いて高座の各位置に腰を下ろした。


 そして、それを待っていたヒナギクが真っ先に大広間へと足を動かす。最後の最後に入場した陽陰おういん学園生徒会執行部は、途端に向けられた彼らの視線を一気に受け止めても歩み続けた。


『……半妖はんようの総大将が会長らしい』


阿狐あぎつねの娘はどいつなんだ、何故《十八名家》は始末しない』


『半妖と陰陽師の裏切り者が生徒会だなんて世も末だ。土地神様は一体何をしている……奴らに天罰は一つもないのか』


『その土地神様が金髪の男って本当なのか……? 小倉おぐら家が騙してるんじゃないだろうな』


『一人が《伝説の巫女》らしいが、それは一体なんなんだ?』


芽童神かいどうしん家の現頭首も所詮は高校生の代理王だろう? 歴代最低の顔ぶれじゃないか』


『まともそうなのが半妖の総大将くらいだものな』


『可哀想に。荷物ばっかり抱えさせられて』


 そんな言葉を吐いたのは全員陰陽師の人間だ。《十八名家》に属する彼らが驚愕の表情で老人たちを見、すぐに不快感を顔に出す。


 申し訳ない、そんな気持ちに押し潰されてしまいそうだった。陰陽師には品がない、教養もない、他者を尊敬する気持ちもない。

 胃が痛い、吐きそうだ。身内の恥を高貴な彼らに晒してしまった、この状況を生んだのは自分なのに。強い決意で集めたはずなのにまたあの映像が蘇る。


 トラウマというものなのだろうか。浴びせられた罵詈雑言は今でも一言一句覚えている。

 一度も逃げなかった母親が壊れても仕方がないほどのそれを聞いた十三義姉妹たちのうちの十人は、動揺を隠そうと必死になって普通ではしないようなおかしな表情を見せていた。


「ゆうきち、大丈夫……?」


「顔色悪いぞ、お前」


 時代錯誤な束帯を着ている自分を挟むようにして、古き良き礼装着を身に纏う二人が声をかけてくる。


「…………大丈夫」


 唇を噛んだ。冷や汗が止まらない。こうなることを一切考えなかった結希は、なんとかぽっかりと空いた高座の中央まで辿り着く。


「あれが、陰陽師なのか?」


 束帯を見つけては彼らの視線に顔を歪め、風丸かぜまるはごくりと唾を飲み込む。町の悪意をその目でしかと見つめた彼は、何故立っていられるのだろう。


「……酷い。どうして平気で人のことを傷つけるの」


 結希にしか聞こえない声量で話しているが、陰陽師はその口の動きがわかる。ただ、肉眼で二人の表情が見えるほど近くに座っていたのは、全員《十八名家》の人間だった。社会的地位だけは一般人である陰陽師の姿は一つしかなく、陰陽師の王の一族へと視線を移す。

 《十八名家》のどの家よりも沈んだ空気を出す結城ゆうき家には、二度目の千羽せんばの死を受け入れられない彼の父親の千秋せんしゅうと、母親の朝羽あさは、そして妹の紅葉くれはがいた。間宮まみや家の人間だった朝羽は朝日あさひほど壊れているようには見えないが、その一歩手前に見えるほどこの短期間でやせ細ってしまっている。最奥の──それも壁際に立っている朝日は腕を組んで顔を伏せていた。


「呼び掛けに応じてくれて感謝する」


 現頭首と生徒会役員の真ん中に立ち、ヒナギクは堂々と声を出す。この場を仕切るのは麻露ましろでもるいでもなくヒナギクだ。誇らしく胸を張って生徒会の端に立つ結希と亜紅里あぐりを自分の両側に引っ張って立たせる。


「今日我々が貴様らを呼んだのは、情報の共有と各々の進捗を聞く為だ。副会長」


 結希はヒナギクほど堂々とすることはできない。それでも、この六人の中で誰よりも前に立たないといけないのはヒナギクではなく自分自身だ。

 半妖の総大将、生徒会の会長とはいえ彼女は白院はくいん家の現頭首でもある。そんな彼女がこの中の頂点に立つことは、いついかなる時も対等でなければならない《十八名家》の掟に反する。百妖家の名を持つとはいえ六人の中で唯一──土地神である風丸を除くと唯一《十八名家》の血を受け継いでいない結希が頂点に立たなければならないのは明白だった。



「──俺は、百鬼夜行を終わらせたい」



 誤解されないように真っ先に結論を口にすると、表情は見えないが朝日が満足そうに音のない拍手をする。一部の《十八名家》は深く頷き、そんな空気に呑まれた陰陽師は無言だったが表情は変えない。


「けど、俺は六年前の百鬼夜行を知りません。そして、同じくらい妖怪のことも知らないんです」


 視線を下ろすと、ふうと目が合った。その後ろには《カラス隊》の軍服を着たアリアといぬいがおり、一瞬で綿之瀬わたのせ家の人間がどこにいるのかを把握することができて安堵する。


「俺は、妖怪のことが知りたいんです」


 視界に入っていた朝日が組んでいた腕を解いた。一二歩前に出て、立ち尽くして、「なんで」と静まり返った大広間に声を残す。


「なんでよ結希君ッ!」


 漆黒の髪を鷲掴んだ。掻き毟って、撒き散らして、中央の道へと歩く。その迫力に度肝を抜かれた百妖義姉妹たちは、間宮朝日の本性を今の今まで知らなかったようだった。


「俺の名前は百妖結希だ」


 朝日の様子があまりにも正常な人間からかけ離れていたからか、同じように言葉を失っていた《十八名家》はまた結希へと視線を戻す。


「そして、間宮結希で芦屋あしや結希なんだ」


 朝日の様子があまりにも正常な人間からかけ離れていたからか、何故か同じように言葉を失っていた陰陽師はまた結希へと視線を戻す。


「鬼を愛した間宮の血が流れていて、妖怪の声が聞こえる芦屋の血が流れていて、妖怪の血が流れている家族と一緒に百妖家で過ごしていたんだ」


 現頭首たちの視線も感じた。《十八名家》も陰陽師も関係ない──この場にいる全員が、結希が過ごしていた各家の特徴と結希が置かれていた状況を知らなかったようだった。


「母さん、あんたの娘は半妖だよ」


 だから、結希が人間の味方ではないことを知る。ならば敵か、そう認識した瞬間に口を開いた陰陽師には何も言わせない。


「あんたが守ってあげてねって言った人たちの為にも、俺は、妖怪と共に生きる道を探したい」


 言った。言ってやった。


 右隣に立つヒナギクへと視線を移すと、ヒナギクは年相応に目を丸くして驚いていた。同時に視界に入った亜紅里も、明日菜あすなも、似たような表情を見せていた。

 さらに奥にいる義姉妹たちも、左隣に立つ八千代と風丸と残りの義姉妹たちも、仁壱じんいちも、雷雲らいうんも。


「い、生きる……?」


 殺すと言っていた朝日は、力が抜けたのかその場にへたり込む。


「妖怪も、生きているから」


 自分のことを芽童神家に混じって見上げていた月夜と幸茶羽は、合わせているわけではないはずなのに同時に頷いて。遅れて大広間に入ってきた麗夜れいやは足を止め、車椅子に乗ったままの真璃絵まりえは結希を見上げる。


「そう思ってるのは結希君だけでしょ……」


 信じていた息子に裏切られた、今にもそう口に出してしまいそうなほどに絶望に染まった朝日は頭頂部を床につけた。震えている。この道を母親は許さないらしい。


「《十八名家》の人たちにはもう言ったけど、妖怪は去年の春から『殺す』、『助けて』って言ってるんだ。父さんに聞いたら、そんなことは今まで一度も言わなかったって言われたよ」


 体を起こした彼女の表情は遠くてまだ見えなかった。


「彼に会ったのかのぅ?」


 口を挟んだ千秋の目を見て顎を引く。


「それで、もしかしたら阿狐よりに操られてるのかもって結論になった」


 ざわついたのは上座ではなく下座の方だ。だが、《十八名家》に動揺が走っていないわけではない。


「でも、これは芦屋の力を持った人間の意見だ。阿狐頼に操られる前の妖怪を知っているのも、六年前の妖怪を知っているのも、俺じゃないから……全員が持っている情報を知りたい。できるだけ全部」


「あながち間違いでもないかもな」


 瞬間に反応した乾は立ち上がって辺りを見回し、自分がどこの誰であるかをこの場に集った全員に見せる。


「六年前、百鬼夜行が終わった後にこの町を出て私はサトリに会いに行ったんだ」


 衝撃を受けたのは結希ではなく、アリアや風、そして下座の陰陽師全員だった。


「そのサトリは十年以上前に綿之瀬家の人間が血を採取した妖怪で、私の中にはそいつの血が混じってる。そいつに呼ばれて、二年くらいそいつの元で暮らしてた」


「ヌイ! ちょっと待ってそれ本当?!」


「本当だ。同じ血が流れているからかサトリ同士だからかは知らないが、私はそいつの声だけ聞こえていて、何故かそこにいた犬神いぬがみの声はいつまで経っても聞こえなかった」


「なんで……なんで呼ばれたからって理由でそこに行ったの?」


 朝日が結希に対してそう思ったように、アリアも乾に対してそう思っていた。それが苦しい、縛られているような気がして息ができなくなる。


「妖怪がなんなのか、知りたかった」


「だとしても百鬼夜行の直後に行くなんて……」


「直後だから行ったんだ。言ってただろ? 朝霧あさぎりが。葬式の時。千年前敵意を向けたのは自分たち人間だ、俺たちは今までの報復を受けたんだって」


「……報復?」


 知らない情報に戸惑って、求めていた新たな情報を前に身を乗り出す。アリアは当時のことを思い出したのか口を閉ざし、風は頭を抱えていた。


「妖怪がどう思っているのか知りたかった。だから行ったんだよ。あいつは私のことを家族として受け入れてくれて、人間みたいに生活をして、犬神と仲良く暮らしてた。なのにある日突然殺された、陰陽師の手によって」


 指差したのは特定の誰かではない。下座にいる全員を撃ち殺すかのように次々と指を差していく。


「私は……また、大事な家族を失った」


 乾は養女だ。そして六年前の百鬼夜行で義兄弟を亡くし、四年前にサトリを亡くし、二年前に愁晴しゅうせいを亡くした。そんな彼女をアリアが無言で抱き締める。


「結希の言う通りだ。町外の妖怪は凶暴じゃない」


「……綿之瀬家の意見もそれに近いですね。サトリの血は、拘束したら簡単に抜くことができましたから」


 一反木綿いったんもめんの半妖でもある旧頭首の乙梅おとめの意見が全体に効く。サトリ討伐に関わったであろう陰陽師から意見が出ることはなかったが、凶悪扱いされていたのだろう──不味いことをしたという雰囲気は出ていない。


「……それに、定期的に捕獲している妖怪の様子がおかしくなっているという報告も上がってきているしね」


 研究の第一線で活躍している風の意見も、貴重なものだった。


「妖怪には自我があるんです」


 だから話す。他人の後押しがあるとこうも簡単に言葉に出てくる。


「俺が彼らの声を聞くことができるのは、彼らに自我があるからで、彼らが生きているからなんです。町外の妖怪は町内の妖怪と違って血が通っているんです」


 彼らは決して化け物ではないはずだ。



「──タマ太郎たろう



 だから呼ぶ。彼の名前を。結界が張っていない百妖家に呼んだタマ太郎は入口から普通に入ってきて結希の肩の上に乗る。

 朝であるが故に普通の猫と大差ない大きさのタマ太郎は、『ユウキ』と鳴いて頬を舐めた。


「こいつの名前はタマ太郎、俺の……友人です」


 妖怪を家族と呼んだ乾は一瞬だけ涙を拭い、妖怪を恨みつつもママは素直に受け入れたアリアは微笑む。

 隅の方で末森すえもりと共に会を眺めていた紫苑しおんは「あ?!」と汚い声を上げ、朝日は口元を両手で覆う。


 妖怪に殺されかけた真璃絵は、筋肉が衰えているせいで全身から感情を読むことが難しかった。ただ、片時も目を逸らさない。それだけはわかっていたから結希も真璃絵の方を見続けた。

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