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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十一章 骸骨の覚醒
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序幕 『目覚め』

挿絵(By みてみん)



 ──真璃絵まりえが目を覚ましますように。



 お年玉として貰っていた五百円玉を賽銭箱に入れて神に願う。五百円しかないそれの使い道に迷っていたが、これが一番良い使い道だろう。そう確信していたが、隣にいた風丸かぜまるが汚い声を上げた。


「ちょちょちょちょお前ー!」


「うわっ、なんだよ」


「なんだよはこっちの台詞だよ何?! ここに俺がいるのになんでそっちに向かって願う?! やるならこっち向け! プライド傷つけんな! つーか俺にくれよその金!」


「いやいやいやいやちょっと待て、お前は何にキレてんだよ」


 土地神としてのプライドが傷つけられた、神はこっちにいるのに何してるんだ、その金をくれ、そんな主張が多すぎて混乱する。


「うるせぇ! お前なんかだいっ嫌いだ!」


「うるさい。会まで時間がないからやるならやるぞ」


 そう結論づけて術を手当たり次第に唱えていく。左手は風丸の右手を掴んでおり、そこから土地神の力を貰いつつ続けていくが、どれも空回っている感覚がした。

 何回も、何回も、何回も。神に祈ったのに無意味に終わる。それが真璃絵の運命だと言うのなら、そんな真璃絵の運命を変えたい。そう強く願った瞬間に手を引かれた。結希ゆうきを引っ張った風丸は、意思の強そうな瞳で真璃絵の顔をじっと見ている。空いている彼の左手が真璃絵に触れた。



 ──びりっ。



 瞬間に何かが体の中を駆け巡る。意識が消えて吹き飛ばされたが、それはあまりにも一瞬の出来事すぎて紫苑しおん以外の全員は誰も反応できなかった。





『かっ、は』


 夢を見ている。一瞬でそう理解したのは、畳の上に倒れている女性が血を吐き出したからだった。

 現代人とは思えない身なりの女性には見覚えがある。宗隆そうりゅう様──いつの日だったか自分のことをそう呼んだ女性は、多分、熾夏しいか明日菜あすなの先祖であるあけぼのだった。


 曙は腹を食い破られたのか、ぱっくりと割れてぐしゃぐしゃになった臓器を世界に見せている。畳は彼女が痛みに耐えられずに引っ掻いたのか、無数の傷がつけられていた。その傷に、血が混じった吐瀉物が滲んでいた。


 無残な死に様だ。酷すぎて言葉が出ない、吐き気がする。これは一体誰の記憶だ、間宮まみや宗隆がこれを見下ろしていたのか、だったら何故助けなかったのか──。



『何故に其方は間宮を愛す』



 それは、間宮宗隆の声ではなかった。だというのに聞き覚えがあって、風丸かぜまるに似ていることに遅れて気づく。


『……あのお方が、わたしを、救って……くださったから……』


 風丸は──いや、カゼノマルノミコトは、下りて曙の傍に立った。間宮宗隆は曙のことを救ったのに、カゼノマルノミコトは曙のことを救わなかった。

 いや、救えなかったが正しいのかもしれない。視線を逸らすと毒々しい例の赤が町全体を覆っていた。今自分が見ているのは千年前の百鬼夜行、だから神は人を救うことができない。それを理解した途端に間宮宗隆は最後の最後で曙のことを救えなかった事実を知る。


 ひゅうひゅうと、曙の呼吸が狂い始めた。妖怪に殺された曙をどうすることもできないまま眺めているカゼノマルノミコトは、今何を考えているのだろう。何故使用人でしかない曙の元へと姿を現し、声をかけているのだろう──。


『我は、其方に救われた』


 抑揚のない告白だったが、曙は多分、もう何も聞こえていなかった。


『我は、其方の幸福を願っていた』


 カゼノマルノミコトは自分の感情を一切表に出そうとしない。だから彼がどういう感情で曙にその言葉を贈っているのかがわからなくて、そんな人間離れした様子が彼を神たらしめる。


(願うなら、来世では貴方と共に生きられますように)


 頭の中に響いた声の持ち主は、曙だった。もう喋ることもできないのだろう、生きているのが不思議なくらいだが、何かが彼女の命をこの世界に繋ぎ止めている。


(けれど、貴方が土地に還る日は今よりも遠い未来でありますように)


 考える間もなく答えが出た。千羽せんば紅葉くれはを気にかけて成仏できなかったように、間宮宗隆が彼女をこの世界に繋ぎ止めていた。

 万人の願いが届いてしまうカゼノマルノミコトはまた何を思うのか。曙が死ぬまでそこにいるつもりなのか、カゼノマルノミコトはまったく彼女の傍から離れようとしない。


『間宮宗隆は死んだ』


 彼女の表情が一瞬歪んだ。


『たった今、魂が還ってきた』


 深い悲しみと絶望が死にゆく彼女を嬲る。そして、予想通り彼女の半ば遺体と化した体から瘴気が滲んだ。


 ──カゼノマルノミコトッ!


 声が出てこない。何故自分を傷つける瘴気を幸福を願った彼女から引きずり出そうとするのだろう。わからない、何もかもが手遅れだと知っているのに結希ゆうきでさえ曙の幸福を願う。


『其方が死ねば、会わせてやることができる』


 瞬間に瘴気は勢いを止め、やがて霧散した。


『其方が死ねば、其方たちの魂を未来へ送ろう』


 それが曙の幸福になるとカゼノマルノミコトは信じて疑っていなかった。


(……とおい、みらいで……)


 もうほとんど生きていない、かと言って地縛霊にもなっていない彼女の魂が再び願う。憂いた穢れは消えていた。成仏できる、そう確信して千年前の出来事であるにも関わらず安堵する。



(……わたしの、たましいが、あなたのおやくに……たてますように)



 曙の声はそこで途絶えた。彼女の体はもう動かない。ただ、その表情はとても穏やかなものだった。


 それが眩しい。いや、この眩しさは千年前のものではない、見ていた景色が光で埋め尽くされていく──。


 目を開けると、瓜二つの顔が自分の顔を覗き込んでいた。二人の格好に見覚えはない、それでも二人が月夜つきよ幸茶羽ささはであることはわかる。


「二人とも、そのかっこ……」


 二人は半妖はんようの、それも覚醒後の姿をしていた。


 肩までだったたんぽぽ色の月夜の髪は腰まで伸びてツインテールに結ばれており、二房の白髪は変わらず髪の中に混じっている。過剰につけられていた子供っぽい白レースやファンシーな柄は跡形もなく消えており、星柄の黄色い着物と黄緑色のスカートが彼女の内面を正しく表していた。少しだけ大人びたように見える彼女は口をぽかんと開けており、風が吹くと、ツインテールを結ぶ黄緑色のリボンが揺れた。


 隣で目を覚ました風丸側に座っていた幸茶羽は、月夜ほどではないにしろきちんと変化を遂げていた。

 彼女は最初から彼女として完成されていた、そういうことの現れなのか幸茶羽を見ると安心する。ポニーテールを結ぶ赤いリボンは今回も月夜と色違いで、真っ黒な私服と大きく異なる真っ白な着物は今度こそ月夜と同じ形をしていた。真っ赤なスカートは先ほどの毒々しい赤を思い出すが、月夜に抱き締められたおかげで夢から覚める。


「覚醒……?」


 誰かがそう言った気がしたが、自分が何かをした自覚はなかった。


「月夜アンタ! こら離れろ!」


「うぎゃあ?!」


 最初に覚醒した愛果あいかに無理矢理引き剥がされていく。そのタイミングを待っていたかのように抱きついてきたのは、今となっては疑問に思うことはなく普通に受け入れられる幸茶羽だった。


「嘘でしょなんで?!」


 義姉妹全員の驚きはわかる。今まで誰にも甘えなかった幸茶羽が甘えるようになったのだから。幸茶羽は義姉妹の真の末っ子なのだから、甘えない方がおかしいというのに。


「ささちゃん、負けないよ!」


 同じく愛果に引き剥がされた幸茶羽は月夜から謎の宣戦布告を受ける。夢から覚めたばかりの結希は状況が何一つわからなかったが、視界の端で動いた真璃絵まりえのことは見逃さなかった。


「──ッ!」


 この場にいる全員に緊張が走る。真璃絵がぴくりと動かしていたのは、右手の人差し指だった。そんな些細な動きに気づくことができたのは、真璃絵が今まで一度も動かなかったからであり──自分よりも先に義姉妹たちが反応したからだった。


「────」


 ゆっくりと開かれた彼女の瞳は真朱色、麗夜れいややアイラと同じ色だ。腰まであるウェーブがかった白髪は、朝日に照らされて煌々と輝いている。

 肌も白く、着ているコートは彼女の私物の白いコートで、月夜と同じほど白に包まれた彼女は赤い赤い瞳を眩しそうに細めて息を吸い込んだ。


「真璃絵!」


「まりちゃん!」


「真璃絵姉さん!」


 麻露ましろ依檻いおり歌七星かなせが飛び出す。急に来られても困るだろうに、真璃絵は笑顔を見せて口を開いた。


「真璃絵、大丈夫か?! 真璃絵!」


「きっ、気分はどう?! 悪くない?!」


「姉さん……! 良かった、本当に……!」


 六年も筋肉を動かしていないことが祟ったのか、真璃絵はすぐに表情を戻す。それでもその瞳は輝いており、集まった三人を心から嬉しそうに眺めていた。

 ぱくぱくと動かす口はよく見ると言葉を発している。だが、声帯も弱っているのか声はまったく出ていない。口も上手く動かせていないところがあり読み取りづらいが、「お姉ちゃん」、そう言っているのは読み取れた。


「あの人が……まりねぇ……」


 ずっとお見舞いに行っていても、動いている彼女が記憶になかったのか月夜が確かめるように残っていた義姉妹に尋ねる。


「……そうだよ、まり姉。私たちのまり姉だ」


 答えた熾夏も駆け出した。彼女は曙ではない。

 続く鈴歌れいか朱亜しゅあ和夏わかなは再会を喜んでおり、歩き出す愛果と椿つばき心春こはるは辛うじて覚えている真璃絵との思い出を思い出していた。


 残った月夜と幸茶羽は覚えていない。結希も、救ってくれた彼女のことは覚えていない。


「ゆうきち、風丸、大丈夫?」


 風丸と起き上がった瞬間に声をかけてきた明日菜は、真璃絵ではなく自分たち二人の身を案じていた。


「あ、あぁ。大丈夫」


 彼女もまた、曙ではない。どことなく雰囲気は似ているが、それは妖目おうま家の全員に当てはまることで彼女だけが特別というわけではない。


「なんとかなぁ」


「良かったねぇ。吹き飛んできた時はどうなることかと思ったけど」


「本当だよ。紫苑しおん君には感謝だね」


「は?! 別に俺は何も」


 異様に近くにいた紫苑は慌てて否定するが、「紫苑くんが受け止めてくれたのよ」と朝日あさひにバラされた瞬間に止まる。


「え、マジで?」


「嘘だろ紫苑、お前マジでサンキューじゃん」


「別にそんなたいしたことじゃねぇ」


「たいしたことだろ。……本当に、あの一瞬でよく動けたな」


 ヒナギクが褒めるほどの活躍を見せた紫苑は、舌打ちをして照れくさそうに髪を掻いた。褒められることにも感謝されることにも慣れていないらしい。そんな紫苑に礼を言う。


「うるせぇ! 俺はお前のこと許してねぇんだからな!」


「紫苑!」


 バラされないように口を塞ぐ。だが、力で紫苑に敵うはずもなくまた吹き飛ばされた。


「ゆぅ?! ちょっ、何すんのよあんたぁ! ちょ〜許せない!」


「あぁっ?! なんだよブス!」


「はぁぁぁあ?! 何あんた! くぅのこと誰だと思ってんの?!」


「知らねぇよてめぇのことなんか!」


 争う二人を八千代やちよが宥める。初対面の二人のことも気になるが、一瞬だけ真璃絵に視線を向けると──麻露に車椅子を押された真璃絵が、小倉おぐら家に向かっているのが見えた。

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