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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十章 佳月の幸福
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二十 『羽ばたき』

「みんな……!」


 雷雲らいうんに案内されて小倉おぐら家の居間に姿を見せたのは、連絡を受けてすぐに駆けつけてきてくれた八千代やちよ明日菜あすなだった。二人は居間に残っていた生徒会の四人と合流をしたが、それでも緊迫した表情を消せずに四人に倣って腰を下ろす。


「悪かったな、こんな時間に呼び出して」


 全家に対しては翌朝に集合をかけていたが、生徒会役員の一員でもある二人はそういうわけにもいかない。義姉妹たちに客間に移動してもらい、こうして生徒会役員だけで集まったのは、自分たちが翌朝の会議で中立の立場になることを自覚してのことだった。


 義姉妹たちのほとんどが《十八名家じゅうはちめいか》の頭首だが、全員が半妖はんよう側の人間であることに変わりはない。陰陽師おんみょうじ側の人間で《十八名家》と繋がりがあるのは結城ゆうき家だけだが、彼らは陰陽師の王として陰陽師側の立場を絶対に崩さないだろう。


 どちらでもあり、どちらでもない。難しい中立の立場をとることができるのは、今まで校内での活動しかして来なかった──陽陰おういん学園生徒会執行部、別名《百鬼夜行迎撃部隊》だった。


 そのことを告げられた八千代と明日菜の表情が一気に強ばる。彼らは最近妖怪を知った。自分たちの宿命を本来よりも早い年齢で知らされた哀れな戦士なのだから、覚悟が決まっていないのは仕方がない。


「だが、二人を表に出すつもりはない。前に出るのは半妖と陰陽師と土地神である私たちに任せてくれ」


 さらりと前に出ろと言われたが、この中で陰陽師側の人間であるのは、どれほど裏切り者扱いされたとしても結希ゆうきだけだった。

 これも仕方のないことだ、彼らのことを知っているのは結希だけなのだから。《十八名家》と彼らを集めたいと言い出したのは自分なのだから。


「半妖と、陰陽師と、土地神って……」


 明日菜の声が消える。自分と、風丸かぜまると、明日菜。ずっと三人で過ごしてきて、自分がヒナギクと亜紅里あぐりと過ごすようになってきて、その理由が妖怪絡みだと知って、風丸まで自分たち側の人間だと判明して、彼女だけが取り残されてしまった。そんな孤独が痛みとなって明日菜の華奢な肢体を刺す。

 明日菜の視線が落ちた。涙が落ちたわけではないが、落ちてもおかしくないほどにか細い声が明日菜から零れ落ちたのは確かだった。


「明日菜……」


 思わず腰を浮かす。浮かしただけで、座卓を挟んだ向こう側に腰を下ろした彼女にかける言葉を結希は持っていなかった。


「私は半妖の総大将で、亜紅里は裏切り者の娘、副会長はこの町の英雄で、風丸はこの町の土地神だ。自分で言うのもなんだが歴代最高の顔ぶれだと自負している。だから、どれほど最悪な状況になろうとも私たちだけでなんとかできる。二人は私たちの後ろに控えているだけで構わない」


「待って。僕は半妖でも陰陽師でもないけれど、《十八名家》芽童神かいどうしん家の現頭首だよ。頼りないかもしれないけど、表に立つべき人間だから……お願い、置いていかないで。みんなの隣に立たせてよ」


 自分は芽童神八千代という人間を見誤っていたのだろうか。

 名前も声も柔らかそうなたんぽぽ色のボブヘアも。すべてが女性そのもので愛らしい少年だったはずなのに、彼の今の表情は雄々しい。妹の月夜つきよ幸茶羽ささはに別の顔があったように、彼にもまた別の顔があったのだ。そう思わせるほどに自分を惹きつける八千代は、立ち上がって自分たちを見下ろす。


「お、妖目おうまは……」


 また明日菜の声が震えた。


「……ごめん、妖目は…………何者でもない」


 肩も、見ていられないくらいに震えていた。


「いいや、何者かである必要なんてどこにもない。だから謝るな、明日菜」


 明日菜はそんな言葉を望んでいない。瞬時にそう思ったが、何も言えないでいる結希よりもヒナギクの方がよっぽどマシだ。


「でも、妖目も、みんなの役に立ちたい。力がない自分は……嫌」


「いやでも、明日菜に力がないなんてことはないだろ。なあ、結希」


 急に名前を呼ばれて体が強張る。深海色の──いつもの風丸の瞳が結希の瞳を捉えており、結希はその意味をすぐに悟った。


「《伝説の巫女》……」


 思い出すことよりも先に、言葉が唇から零れ落ちていた。明日菜を一刻も早く安心させたい、そう思って気持ちが逸っていたのだろうが、知らせてはいけないような予感もしていた。


 《伝説の巫女》は、二つの妖怪の末裔である妖目家に生まれた半妖の、その暴走を止める為の力を持っている当事者の〝姉妹〟のことだ。

 その存在は半妖よりも陰陽師の方が近いだろうか。彼女の力は半妖のような物理的な力ではなく、陰陽師のように血が覚えているだけの力なのだから。


 それでも、その力は陰陽師のように努力で強くも弱くもなるものではない。彼女の力は、多分彼女が生まれた時から、《言霊の巫女》と並ぶ力を持っている。そう文献に記されていた。背筋が凍る。


「《伝説の巫女》? なんだそれは」


「あれ? ヒナギク知らねぇの?」


「握り潰すぞ。さっさと話せ」


「あだだだだっ?! いや、俺じゃなくて知ってるの結希だから!」


「……いや、俺も詳しく知ってるわけじゃねぇよ」


「待って、ゆうきち。お願い、教えて」


「けど」


「お願い。知りたい。……自分のことだから」


 唇を引いた。口を割り、明日菜の力の使用例が例の儀式だけであることを祈る。

 例の儀式だけに使用されるにしては、《言霊の巫女》と並ぶ力があると表記されていることに疑問を抱いていた。熾夏しいかの不調の影響で嵐のような儀式だったが、あれだけでは、結希が見た《言霊の巫女》の片鱗にも届かない。そう思うから嫌な予感がして変な汗が止まらない。


「へぇ〜。《言霊の巫女》のことはママから聞いてたから知ってたけど、それは知らなかったな〜」


「《言霊の巫女》……はよくわからないけど、伝説ってどういうことなんだろう。風丸君何か知ってる?」


「え? 俺? いやぁ……親父なら知ってるかもしれないけど」


「伝説という割りには知名度が低いのが気になるな。総大将である私も何も聞かされてないぞ」


「熾夏さんは最初から知ってたみたいだけど、まぁそれは熾夏さんだから、で済まされるからな」


「なら後で纏めて聞いてみよう。明日菜、どうだ。貴様は貴様が望む何者かであったみたいだが?」


「え? うん……どうだろ、よくわからない」


「そうだな。見ていた景色が狭かったのだろう、この件で嫌というほど思い知らされて最悪な気分だよ」


 ほとんどの《十八名家》の人間が何も知らされていない《伝説の巫女》。それが自分だと聞かされても何も実感が湧かないのだろう、明確な役割を持つ他の五人と比べて戸惑っている。

 一方のヒナギクは、総大将が万物を知るものだとでも思っていたのだろうか。悔しそうに唇を噛み、麻露ましろに抱いていた劣等感も相俟ってか澄んだコバルトブルーの瞳を曇らせた。


「とにかく。俺たち全員生徒会として欠かせない人間だってことがわかったんだし、暗い顔はなしにしよーぜ」


 騒がしさが激減したが、風丸は風丸だ。また笑って場の空気を変えようとしている。

 そんな風丸に救われていた。風丸は最初から生徒会として欠かせない唯一無二の人間だった。土地神として万人から愛されていたその性質を持って生徒と生徒の間を繋ぎ、場の空気をがらりと変えることのできる彼はやはり最初から土地神として覚醒していたのだろう。その自覚がなかっただけで、彼は立派な神だった。





 ある程度の話を済ませ、全員で小倉おぐら家に泊まることになった瞬間に出てきた大量の布団に目を見張る。

 避難してきた人たちを泊める為に押し入れの中に常備していたらしい。清潔に保たれているそれらは、雷雲らいうん陽縁ひよりが常に緊急事態に備えている証でもあった。


 客間の襖をすべて外して大広間にした義姉妹たち専用の寝室の前を偶然通ると、「お兄ちゃんはここじゃないの?」とそこにいた月夜つきよに尋ねられる。


風丸かぜまるの部屋で八千代やちよと一緒にな」


 答えると、視線を上げた愛果あいかが立ち上がって辺りを見回した。


「ていうか、ヒナギクと明日菜あすなは? 亜紅里あぐりがこっちなら一緒でもウチらは全然構わないけど?」


「あぁ、明日菜はともかくヒナギクが……」


 一緒にはいたくないと言っている。そう言うことはできなかった。


「あ、いた」


 結希ゆうきの真後ろから寝室を覗いたのは、八千代だった。八千代の視線の先には月夜と幸茶羽ささはがおり、他の義姉妹たちには目もくれない。


「二人とも、ちょっといいかな」


 一瞬にして聞こえていた雑談が止まった。八千代と、月夜と、幸茶羽。芽童神かいどうしん家の三兄妹は、視線を絡ませてこの場を後にする。


「ちょっと結希、どこ行くの?」


紫苑しおんに電話して来る。明日真璃絵まりえさんを連れて来るように頼まないと」


「あぁ、そうだな。頼む」


「……はい」


 随分と長い間麻露ましろと話をしていなかった気がした。他の義姉妹と変わらないはずなのに。

 大広間を後にして廊下の先まで歩くと、傍の部屋に入っていたのだろう。三人の声が聞こえてきた。


『話っていうのは、芽童神家の、現頭首のことなんだ』


 半妖はんようがいるのに頭首を交代していないのは芽童神家だけだろう。気になって思わず足を止める。


『母さんが死んで、父さんがなんとかやって来て、僕になって、本当は嫌だなってずっと思ってて』


 そんな話を、八千代は今まで一度もして来なかった。


『本当はすぐに二人のどっちかに譲りたかったんだ。けど、二人はまだ小さいし、半妖としても半人前って聞いてたからどうしようってずっと悩んでて』


 そんな悩みを、結希はまったく知らなかった。


『けどね、ようやく覚悟を決めることができたんだ。二人はもう半人前じゃないって聞いたけど……それでもまだ、その地位を僕にちょうだい』


 羽音が聞こえる。八千代が空高く羽ばたいた、そんな音だった。


『生徒会のみんなは、僕と同い年なのに凄い人たちばかりなんだ。そんなみんなの隣に立ちたい、みんなとずっと一緒にいたい。僕には現頭首っていう地位しかないから、だから、これは二人にはあげたくない。……許してくれる?』


 その高度はまだ低い。八千代は羽ばたいたばかりの若い鳥で、月夜と幸茶羽も羽ばたいたばかりの若い鳥だ。先に羽ばたいた自分たちに追いつく為にはかなりの努力が必要になる、そんな覚悟を決めて八千代は願う。


『いいよ』


 あっさりと了承したのは月夜だった。


『だってつきたち、そういうのよくわかんないもん』


 にこにこと笑っているのだろう。ただ、心から笑っているのかは怪しい。


『いつか譲れよ。ささたちだって、姉さんたちの隣に立ちたいんだから』


 幸茶羽も笑っているような気がした。彼女は多分、心から笑っているような気がした。


「…………」


 音を出さずに息を吐く。追いつこうと努力する鳥たちは、いつも仮面をつけて本当の表情を見せてくれない。

 そのことを知ってしまったが、襖の隙間から漏れ出た光の中にいる三人が抱き締め合った瞬間に──彼女たちはもう大丈夫なのだと理解した。

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