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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第十章 佳月の幸福
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十二 『人と妖怪』

「はい! 結希ゆうきに〜ちゃんの負け!」


 羽子板を掲げてはしゃぐ多翼たいき芦屋あしや義姉弟の中の誰よりも明るい。今この瞬間に沈んでいく太陽のようだ。

 そんな彼にずっと救われていたのだろう、輪に加わらないくせにしゃがんで自分たちを眺めていたはるは、掌ほどの大きさになったポチの頭を撫でて笑んだ。


 そんな妖怪の気配を肌で感じる。この時間になるまでずっと外で待っていた甲斐があった、そう思って安堵した。


 冷たい風が温まった体を冷やしていく。頭もある程度冷えていった。意味もなく口元を拭って羽子板を月夜つきよに手渡した結希は、不思議そうな表情をする彼女と不安そうな表情をする幸茶羽ささはと共に森の方へと歩いていく。


「え〜?! ねぇ、どこ行くの〜?!」


 すると、当然のように多翼もついて来た。昼間から四人で遊んでいたからか、多翼は随分と自分たちに懐いているようだった。


「ちょっと、多翼……」


 ついて来る多翼の後を春が追う。その掌にはポチ子がいる。森の中には、妖怪がいた。


『ニンゲン、イル。ナンデ、イル?』


 一つ目小僧の集団だ。陽陰おういん町の妖怪は群れないのに、彼らは群れる。その違いがわからない。


「……こんばんは」


 声をかけると、月夜と幸茶羽も、多翼と春も息を呑んだ。


『コンバンハ?』


 言葉の意味がわからないのか一斉に首を傾げ始め、不気味だと思う。それでも陽陰町の妖怪と比べたら恐ろしくない。凶暴さがないから愛嬌があるとまで感じてしまう。


「お兄ちゃん、何してるの?」


 怖々とそう尋ねたのは、月夜だった。まるで、初めて出逢ったあの時──「怖くないの?」と尋ねた彼女のようだった。


「話してるんだよ、妖怪と」


「……なんで?」


 また、「なんで」だ。敏感に反応してしまうが、思い返すと結希は自分の考えを誰にも話していなかった。


「知らなくちゃいけないんだ。じゃないと父さんを止められないし、母さんの味方をしてあげることもできないから」


「何を知らなくちゃいけないの?」


「この世界の理だよ」


「……それって、つきたちは手伝えるの?」


 その声は、結希のことを心の底から心配していた。息が止まるんじゃないかと思うくらいに優しい月夜自身の言葉だった。


「いいや」


 それでも月夜には甘えられない。甘えてもらうような人間にならなければいけないのが義理の兄である結希なのだ。義姉に散々甘えてきた自分が義妹にしてあげられるのはそれくらいなのだから。


 それでも、月夜と幸茶羽たちと過ごしたこの一年で、結希が二人にしてあげられたことは一つもなかった。兄としても何もしてあげられなかった。だからせめて、情けない姿をこれ以上見せるわけにはいかないと思う。自分は、この状況でも強く立っていなくちゃいけないと思う。


 二人の本当の兄である八千代やちよに二人を託す、その時まで。


「どこから来たんだ?」


『ドコカラ? ドコ? ドコ?』


『アッチ。アッチ』


『ニンゲン、ニンゲン、アソボ』


 その決意が風に飛ばされてしまいそうだった。絶望的に話が通じない。どうすればいいのかわからなくなる。


「頭空っぽな質問をしていますね」


 瞬間にククリの呆れたようなため息が聞こえてきた。来るとわかっていたから振り返り、多翼と春の間にいるククリの表情をまじまじと見つめる。その表情に結希が求める〝答え〟はなかった。


「ククリ」


 指をくいくいと動かして彼女を呼ぶ。


「嫌です」


「ククリ、来い」


「なんでですか! 私を自分の式神しきがみみたいに扱わないでください!」


「早く来ないとオウリュウ呼ぶぞ」


「なっ、なぁ〜っ?! どんな脅しですか! 行きません! 嫌です! 行、き、ま、せ、ん! オウリュウなんか怖くありませんから!」


「早く来ないと真菊まぎくのとこに行くぞ」


「は、はぁ……? 真菊様のところに行って何を……」


「ん」


 手を垂直に立てて首を刎ねる動作をすると、口をあんぐりと開けたククリが急行してきた。犬みたいだ。スザクには劣るが可愛らしくて頬が緩みそうになる。それを堪えなければならない。


「なんなんですか貴方は! あの人からどんな育て方をされたらそんな風に育つんですか?! こーんなにちっちゃかった時はあーんなに素直だったのに!」


 手で小ささを表現するククリは、結希が生まれた日のことを知っているのだろう。いや、当たり前か。あの頃は家族三人で仲良く暮らしていたのだから。

 そんなあの頃を結希は知らない。知らないから両親が真逆の道を進んでいると理解しても必要以上には傷ついていない。ククリがこんな式神だから、父親もきっと脅威ではないのだろう。


 ぷりぷりと怒って吐き出される文句を聞いてもまったく怖くない。それを聞き流して、結希はククリの耳元に口を寄せた。


「ヒントくれ」


「はぁぁあぁ?!」


 小声で尋ねたが、その小声が無駄になるほどの怒声だった。

 あまりにも大きくて耳を塞ぎ、鼓膜が無事かを確認する。そんな結希を無視したククリがずいっと身を乗り出してきた。


「意味がわからないですよ貴方! 何するのかと思ったらそんな……あぁ情けな」


「ククリ!」


「情けな」


「ククリッ!」


 兄としての威厳を失わない為に必死になって遮るが、遮れば遮るほどに春の視線がゴミを見るかようなそれになる。


「ヒントなしで解けるわけないだろ!」


「なんでですか! 貴方は芦屋家の陰陽師おんみょうじ様なのに!」


「そんなこと言われても話にならないんだから仕方ないだろ!」


「それは貴方が下手くそなだけです!」


 そうかもしれない。だが、このままではいつまで経っても解き明かせない。

 芦屋家の陰陽師として生まれてきたが、結希には間宮まみや家と百妖ひゃくおう家としての記憶しかないのだから。


「何がどう下手くそなんだよ!」


「全部です! 貴方は全部が下手くそなんですよ! 妖怪なんてたいした頭を持っていないんですから、話したところで答えなんか出てきませんよ!」


「じゃあどうすればいいんだよ!」


「そんなこともわからないんですか?! 貴方は今まで何を見てきたんですか、信っじられません!」


 自分の幼少期を知っているくせに言いたい放題言い続けるククリに押されてきた。いつだって結希が押されるのは、自分のことについて言及された時だった。

 何も覚えていないから、信念がない。ずっと一人で戦ってきたから、何も見ていない。


 ──結希の時間は、本当に、百妖義姉妹たちに出逢ったあの日からようやく動き出したのだ。あの日から色んな人たちに出逢って、色んな場所に行って、色んな世界に触れて、ようやく思考停止せずに戦うことができたのだ。


 出逢ってようやく人になれた。そのことを理解していたから、一人で答えを出すことはできないと潜在的に感じていた。

 自分には家族や仲間がいないと駄目なのだ。そう思って諦めたら、あの家にはもう二度と帰れないだろう。


 誰もいない──それでも、いつかきっと誰かが帰ってくると信じているあの家には。


「お兄ちゃんは……」


 瞬間、まだ家に残っていた、守るべき義妹の一人である月夜が口を開く。

 庇われるような人間ではない。言い争いに負けて口を閉ざしてしまうような人間なのに、それでも月夜は守ってくれる。


「……お兄ちゃんは、ずっと、お姉ちゃんたちを見てたよ」


 視線を伏せて告げる月夜は、多分笑っていなかった。さっきまで楽しそうにしていたのに、あまり楽しくなさそうな今の彼女は何を考えているのかと思って──自分がそんな顔をさせていることに気づく。

 月夜は悲しそうだった。幸茶羽もそんな月夜に気づいているから悲しそうだった。


「なんでそんなものを見ているんですか……。貴方たちは今まで何と戦ってきたんです?」


 相手が結希ではなくなったからか、突っかからなくなったククリは腕を組んで双子を睨む。結希へと移った緋色の瞳は、悔しくなるくらい曇りがなかった。


「妖怪だ」


 春の視線も結希を捉える。多翼はずっと口を開けて笑っているような子だったが、今だけはぎゅっと閉ざして事の成り行きを見守っていた。


「なのに何故わからないのですか……」


 落胆される。今の今まで呆れてきた彼女にだ。だから余計にわからなくなる。

 話をして少しでも妖怪のことを知れば世界の理がわかるかとも思ったが、そうではなく見ることが大事ならば──。


「あ……」


 ──見ることが、大事ならば?


「……ッ!」


 反射的に振り向いた。陽陰町の妖怪にあって、どこにも行かずに群れていた一つ目小僧たちにないものが、確かにある。


「瘴気が、ない」


 目を凝らせばあるにはあるが、名で縛られたママとポチ子のようにあるべきはずの瘴気が存在を主張していなかった。


「……ほんとだ」


「……どうして」


 月夜と幸茶羽も困惑している。陽陰町内が瘴気で溢れ返っており、外の空気が澄んでいたせいで気づくことに遅れたが──一つ目小僧の瘴気は確かに弱かった。


「それがわかったなら、後は早いですよ」


「問題なのは、妖怪じゃなくて瘴気ってことか……? なら」


 月夜と幸茶羽を見下ろした。月夜と幸茶羽はそっくりな瞳を結希に向けて、結希の言葉を健気に待っていた。


「六年前の百鬼夜行って、覚えてる?」


「えっ」


 驚き、困惑する幸茶羽は何かを見たのだろうか。


「……覚えてる。でも、ささは……逃げてたから」


「あっ、そっか。ごめん」


 そのことをすっかり忘れていた。スマホをズボンのポケットから取り出した結希は電話帳をスクロールし、目的の人物に電話をかける。


「何する気?」


 ククリは警戒しなかったが、春は眉間に皺を寄せた。


『結希? 結希ですか?』


 電話に出たるいは、焦っていた。


「涙、千羽せんばそこにいる?」


『停止を要求です。結希、今どこに……』


「悪い、涙。急ぎなんだ」


『…………承知です。千羽』


 近くにいたのだろう。まだ新年会をしているのか騒がしい声が聞こえてくるが、そこから二人で離れたのか、段々と音が聞こえなくなってきた。


 ──戦えない《十八名家じゅうはちめいか》よりも、戦える陰陽師の方が声を荒らげている。


 その事実に吐き気を催したが、千羽の声を聞くと妙に心が落ち着いた。


『もしもし、結希くん?』


「千羽、百鬼夜行の日何があったか覚えてるか?」


『もちろん』


「その時瘴気ってどうなってた?」


『瘴気? 濃かったけど、それを結希くんが消したんだよ』


「消し……た? 瘴気を?」


『そうだよ。消したから百鬼夜行が終わったんだ。あの日の少し前に君が瘴気を消す術を考えてなかったら、全滅もあり得た。……君は覚えてないだろうけどね』


「…………」


 終わらせたことは嫌というほど聞いてきたが、瘴気を消したことを聞かされたのは初めてだった。結希は唾を飲み込んで、じっくりと、瘴気について考える。


 瘴気の有無が妖怪を変えるなら。

 瘴気とは、一体なんなのだろうと。


「……瘴気って、なんなんだ」


 わからないから思わず尋ねた。


『それって、どういうこと? 僕は一度も考えたことなかったけれど……』


「いや、大丈夫。ありがとう」


 千羽の返事を聞かずに切った。そして思う。瘴気はどこから来るのだろうと。


 それが〝答え〟に繋がっていると、ククリの嘲笑わなかった表情が結希にそう伝えていた。

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