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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第九章 諸刃の氷雪
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十五 『二人の長女』

「──馳せ参じたまえ、カグラ」


 なんの感情も込められていない声が、タマモの頭上に降り注ぐ。


「──馳せ参じたまえ、オウリュウ!」


 タマモに襲いかかるようにして降ってきた赤い閃光を受け止めた刀は、黄金色の光を放って顕現したオウリュウが持つ愛刀だった。弾き返し、後方に飛ぶカグラをオウリュウの丸い瞳が追いかける。


「カグラァ!」


 怒気を込めた声を吐き、オウリュウから距離を取るカグラをタマモが追いかけていった。主人の紫苑しおんに似て短気で浅はかなタマモを追いかけていくスザクの背中も、紫苑を追いかけていく結希ゆうきに似ていて真菊まぎくは少し目を細めた。


「──馳せ参じたまえ、ツクモ!」


 スザクと異なる桃色の閃光が距離を詰める。が、刹那に動きを止めたツクモは持っていた刀を何もない場所へと振り回し始めた。


「ツクモ!?」


 後から到着したはるもツクモのように動きを止め、彼女が何故そうしているのかわからずに戸惑い出す。


「なに、あれ。二人も式神しきがみを持っているなんて……」


 未だにスザクとオウリュウから視線を外さない真菊も、春と同じように完全に隙を見せていた。

 だが、すぐにツクモに幻術をかけた亜紅里あぐりがそうしないように、真菊には下手に手が出せない。刺激を与えると自死してしまうような危うさを彼女は本当に持っている。


「……意味が、わからない」


 震えた声を出す真菊の翡翠色に彩られた美しい瞳が結希を捉えた。


「でも、貴方がどれほど特別な人間だったとしても……貴方だけには絶対に負けたくない」


 今にも泣きそうな真菊の瞳が結希を刺した。初めて真菊に会った時、まっすぐにぶつけられた憎しみが再び結希の心の臓を抉った。


「いい加減にしろよババァ! てめぇがコイツに勝ったところで誰もてめぇなんか認めねぇよ!」


「紫苑はどうしていっつもそう簡単に諦められるの?! そんなのわかってても止められるわけないじゃない! もうあの人しか愛してくれる人はいないんだから……! ちゃんと……上辺だけじゃなくて本当の子供として愛されたいからっ! 大人しくそいつの首を取りなさいよ!」


「取ったら憎まれて終わりだぜ! あの人は……あの人なりにちゃんと俺たちを愛してたよ! それが怖くて認められなかったのはてめぇらだろ?! ベタベタベタベタ気持ち悪く依存して、誰とも関係を築かなかったてめぇらが俺はずっとずっと嫌いだったよ!」


「紫苑……いや……」


 強ばる真菊の隣で耳を塞ぎ、目深に被ったフードの下で大粒の涙をぼろぼろと流す春を誰が予想しただろう。

 すぐ傍で今も泣いている月夜つきよ幸茶羽ささはのような反応で、芦屋あしや家が抱えているものはそのまま幸茶羽が抱えているようなものに見えて、結希は真菊を睨む気には最初からなれなかった。


「真菊」


 名前を呼ぶ。指で触れただけで崩れ落ちてしまいそうなほどに脆い盾と矛を持ち、たった一人で家族を背負う長女の名前を。


「お前が本当に望んでいることは、なんなんだ?」


 一度でいいから聞かせてほしかった。家族を守ろうとして、守り切れなくて、自分が悪役になることで終わりを導いた麻露ましろという長女を見てしまった結希は、真菊のことを一人の長女という形でしか見れなくなっていた。

 春も、紫苑も、美歩みほも、多翼たいきも、モモも、今となっては顔が見えない赤の他人ではない。自分の父親が共に暮らそうと、この手で育てていこうと決意して迎え入れた生身の人間なのだ。


 バケモノと呼ばれ、バケモノと自嘲する半妖はんようの姉妹たちのように、彼らもまた人間なのだと結希は知っているから──理解したいと願ってしまった。

 亜紅里や紫苑のように、操られているだけの人形だと思いたかった。



「愛してほしい、ただそれだけだ」



 頬を伝った真菊の涙が、月光に照らされて真珠のように煌々と輝く。火傷を負った痛々しい肌がよく見えた。

 真夏のあの日、燃え盛る百妖ひゃくおう家の傍らで真菊を本気で憎んだことを思い出し──結希は一度視線を伏せる。


「──ククリ!」


 真菊の声とガラスが割れるような音がした。視線を上げると、祠を囲む巨大な丸屋根型の結界から小さな人影が落ちてくる。

 自分の口から言葉にならない声が漏れた。月を背負って結希と真菊の間に着地した少女は、長い紅柄色の髪色をしたツインテールを揺らして結希の方へと視線を向ける。


「……ククリ」


 強ばった紫苑の声が耳朶を打った。真っ白な着物に短い緋袴を合わせた彼女の胴には、〝菊〟と書かれた黒い防具が巻かれている。

 結希は、自分を見つめる緋色の瞳を見つめ返してずっと息を止めていた。


「すー、ちゃん?」


 啜り泣くことをやめて月夜が彼女に問いかける。


「瓜二つだな。お前のスザクと」


 ククリは自分のまろ眉を顰め、結希の傍らに移動してきた裏切り者の亜紅里を睨んだ。


「貴方たちの頭は空っぽなんですか? 私の劣化コピーであるあんなヒヨっ子と一緒にされるなんて屈辱的です!」


 刺々しくも可愛らしい声で反論し、腕を組んでそっぽを向く不貞腐れた表情でさえスザクに似ている。

 震えながらもゆっくりと息を吸い込んだ。そして吐き、「ユウキ……!」と声を上げたアイラの言葉で我に返った。


 ぼろぼろと崩れていく結界の欠片が四方八方に飛んでいく。そのまま粉々に砕け散り、薄らと周囲に漂っていた瘴気が聖なる祠の内部へと侵入する。


「あっ、あぁあぁぁああぁっ?!」


 悲鳴を上げて膝をついた真菊が自らの体を抱き締めた。彼女の周りには明らかに禍々しい気配が霧散せずに充満しており、瞬時に呪われたのだと理解する。

 今の今まで忘れていた例の〝仕掛け〟が作動した。誰に何を言わなくても、これで結界が破られたのだと町内にいる半妖や陰陽師おんみょうじの全員が悟ったことだろう。


 深く考えることもなく真菊の方へと走り出した。違う人間だとわかっているのに、どうしても脳内で真菊と麻露が重なった。


「姉さんっ!」


 焦った春は本気で真菊を心配している。そんな春と自分も脳内で重なる。


「春くん、まずはツクモに九字くじを切りなさい。カグラ!」


 目の前に現れたカグラは明らかに衰弱し切っており、気力だけを振り絞って結希の頭上に大太刀を翳す。


「──ッ」


 ツクモに幻術をかけ直した亜紅里の代わりにアイラがその刃を軽々と払った。カグラがバランスを崩したのは一瞬で、すぐに刀を持ち直しアイラの足元へと攻撃を移す。


「下がって!」


 《半妖切安光はんようきりやすみつ》で受け止めた結希にも痛いくらいに理解できた。カグラだけではない。主の真菊も想像以上に衰弱している。


「紫苑! 逃がすな!」


 代わりに駆け出した紫苑に託した。


「タマモ!」


 呼び戻されたタマモは憎らしそうにカグラを一瞥し、ククリの方へと落下していく。

 カグラに代わって真菊をたった一人で守ろうとするククリの強さを結希は知らない。弾き返されたタマモの体は軽々と吹き飛び、未だに戸惑う春は自分を抑えようとするママの牙からなんとか逃れる。


 スザクとオウリュウは、タマモよりも遥かに強力なククリをじっと見つめていた。

 あまりにも自分と酷似しているククリという存在を恐れ、スザクは一歩も動けないでいる。ククリが彼女をヒヨっ子と言って切り捨てた理由の一端だろう。千年を生きた最古の式神がオウリュウならば、二十年も生きていない最新の式神が当代スザクかもしれないのだ。


 大太刀を軽々と振るうオウリュウは刀をいなすククリに傷一つつけられない。

 結希は、全身に刻み込まれた刀傷の数々がまぐれだったかのようにカグラを圧倒し続けていた。


 あの頃とは何もかもが違う。自分を鍛えてくれたセイリュウとゲンブ、そしてビャッコの力が血となり肉となり活きている。

 《半妖切安光》が鈍い光を放った気がした。カグラは苦悶の表情を浮かべ、いなし切れない斬撃を時折受けては歯を食い縛る。


「カグラ、引け……!」


 これ以上の戦いに意味はない。古傷が疼くがカグラを同じ目に遭わせたいわけではない。

 カグラは紫色の瞳を細めた。その瞳に映った自分は敵に懇願するという情けない姿を晒している。真菊の為、カグラの為だと言い聞かせて──一方的に他者を傷つけることを厭忌していた。


「断る」


 重い口を開いて答えたカグラの意思に驚くような要素はない。最初からそう言うと思っていた。

 ククリとオウリュウ、そしてスザクの刀によって生じる火花が目に眩しい。身を引いて、蜘蛛の足がカグラを押さえつける機会を与えた。


「アイラちゃん」


 抵抗するカグラから視線を外さないまま、未だに本来の力を発揮していないように見えるアイラに声をかける。


「妖怪が来てる」


 まだ姿を見せていないが、数多の妖力がいつも通り祠に向かっていることを流れている血で感じていた。

 《鬼切国成おにきりくになり》を腰に下げたまま結界が破れた夜空を注視している紫苑も、ママと戦うことを決意した春も、多分それはわかってる。


「……大丈夫。戦える」


「うん、ありがとう」


 口元を両手で隠して大量の糸を吐いたアイラは、カグラを縛って祠まで下がった。

 幻術をかけているだけの亜紅里は、ツクモを無視して一人苦しむ真菊を憐れむような目で見ていた。


「きゃあっ!」


 ククリの蹴りを受けて吹き飛ぶスザクは戻ってきたタマモと衝突を回避しつつも転がっていく。


「結希! もうやれ!」


 吠えた紫苑は真菊の方を一度も見ようとはしなかった。

 本当に家族だと思っていない──なのに結希のことは家族だと思っている。そんな紫苑の心境がいまいち理解できないまま顎を引き、「月夜ちゃんと幸茶羽ちゃんを頼む!」と託して《半妖切安光》の切っ先を空へと向けた。


 地面に突っ伏してから一度も動かなくなった幸茶羽と、そんな彼女を不安そうに見つめながら未だに半妖に変化へんげしようとしない月夜。

 二人が力を合わせても救えないほどの傷を負った真菊は、擬人式神ぎじんしきがみを胸元に貼られた亜紅里よりも呪われた我が身を掻き毟っていた。


青龍せいりゅう白虎びゃっこ朱雀すざく玄武げんぶ空陳くうちん南斗なんと北斗ほくと三台さんたい──」


「四神よ、我に力を貸したまえ。我の名は芦屋美歩、力を欲する陰陽師である」


 轟音が響いた。九字を切った結希の邪魔をした美歩は、自らの術を真菊にかける。


「美歩……!」


 たいした言葉も交わしていないのに、思わず呼び捨てで呼んで口を噤んだ。最初から彼女に感じていた〝何か〟。今だからこそ痛いくらいにわかってしまう。

 同じ芦屋の血を引く数少ない生き残りとして、本能が美歩という存在を知った刹那に歓喜したのだ。同じ芦屋の力を引き継ぐ数少ない家族として、美歩の血が持つ力に自分の血が持つ力が反応していたのだった。


「ごほっ、げほっ……! そんな馴れ馴れしく、美歩の名前を……呼ばないで……」


 小鹿のように手足を小刻みに震わせて、身動きが取れなくなっていた真菊がゆっくりと起き上がる。


「〝しゅ〟が……!」


 困惑したスザクの声がした。るいの呪を跳ね返した真菊の生命力に思わず身が震えたが、それよりも高度な術を行使した美歩の力に絶句する。


「美歩……」


「下がってて、真菊姉さん」


「……うん、ごめんね」


「姉さんが謝る必要なんかない。あたしが来たんだから、もう休んでろ」


 柔らかな笑みを浮かべて倒れた真菊は、美歩のことを心の底から信用していた。

 例えば結希が真菊だったとして、紫苑のことをそんな風に頼ることができるだろうか。


 いや、まだできない。結希はまだ、どれほど信用していても紫苑に頼ることはできない。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん


 美歩が切った九字はツクモを救った。真菊が倒れたことにより存在し続ける力をなくしたカグラはもうどこにもいない。


「あいつをナメんなよ、結希」


「……わかってる」


「いや、ぜってーわかってねぇ。あいつはその辺にいる陰陽師とは格が違う。テメェのもう一人の従妹──紅葉くれはと同レベルだと思ったら痛い目見るぞ」


「え? 美歩って紅葉の一個下だろ?」


 祠の近くで緊張感を高めているアイラと同い年でもあったはずだ。そんな彼女を何も知らない結希はどこまで警戒すればいいのだろう。


「年齢であいつを見るな」


「紫苑兄さんの忠告は素直に聞いといた方がいい」


 肯定し、美歩は両足を肩幅まで開いた。


「あんたがあたしに勝ったことなんて、今までで一度もないんだからな」


「は……?」


 心から漏れた声は、美歩の悲しそうな表情を見た上で出てきたものだった。

 自分よりも年下の少女が、何故か深く傷ついている。それも、半妖である義姉妹たちと大差ないほどに。


 それは、彼女もまたバケモノなのだと暗に示していた。


「忘れているんだろう? あたしと暮らしていた日々のことを」


 六年以上前の話をしているのだろうか。


「親殺しのあたしのことを」


 何一つ覚えていない彼女との日々が、結希の中に僅かでも残っている可能性はなかった。

 数多の妖怪が、彼女を覆うようにその姿を現した。

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