十 『血の繋がりよりも』
紫苑に留守を任せ、月夜と途中で別れ、全員で百妖家から陽陰学園へと向かう。
昼休みになって売店に向かい、兄妹全員の昼ご飯を確保して学年が違う椿と別れると──結希のスマホが電話で震えた。
「亜紅里、先戻っといて」
「りょーかいりょーかい。今日は生徒会のみんなで食べるんだから早く戻ってきてねぇ〜? ゆうゆう?」
「わかってるよ」
「変な子に引っかかったらメッ! だよ?!」
ぶんぶんと片手を振って教室に戻っていく亜紅里を見送り、渡り廊下で足を止める。
「もしもし、千秋さん?」
『結希くん、今良いかの?』
「はい。ちょうど今昼休みなんで」
『では告げよう。星読みで確定したことなのだが、次の襲撃場所は〝祠〟で間違いないようだ』
千秋が、自信満々にそう告げた。星読みで得た事実を疑うわけではないが、祠と聞かされても思い当たる場所がなかった。
「祠って、そんなのこの町にあるんですか?」
『カゼノマルノミコトを祭るものでの? 最も南東にある……この町唯一の祠であるな』
「そんなところにも結界って張ってあるんですね」
『うむ。もう長い間誰も立ち寄っていないが、神を祭る場所には違いない。……ただ、一つだけ問題があっての?』
「なんですか? 問題って」
『その祠がある場所はどこよりも遠く、とても狭い場所にひっそりと建っておるせいで大人数を向かわせるのには向かないのだ』
「……それって、つまり、人数を絞るってことですよね?」
『そういうことになるの』
口を閉ざす。
もう一度、姉妹全員が揃っているところを見たいと思っていたのに──
「姉さんたち全員を向かわせることが、できないってことですよね」
『そういうことになるの』
──全員で集まれないことがこれで確定してしまった。
「このこと、姉さんたちには……」
『誰にも言っておらぬよ。最初に告げるのはいつだって結希くんであるからの』
「……ですよね」
『誰を向かわせるかはそっちで決めておくれ。ほとんどが元の家に戻ってしまって大変な時期だとは思うが……頼んだからの、結希くん』
電話が切れた。結希は渡り廊下に立ち尽くしたまま、笑顔が絶えない周囲の中でたった一人浮いていた。
襲撃されるのだから、他の姉妹に会いたくないという理由で来ない姉妹はいないだろう。それでも、あまり確執がない姉妹たちで向かわせた方がいい結果が出るはずだ。
問題は、祠の周辺がどういう場所になっているかで中心に据える姉妹が変わってくるということだが──
「あっ!」
──瞬間に、中庭の方から声変わり前の声が聞こえてきた。
何故かこっちに向かって走ってくる気配に視線を移すと、渡り廊下の柵まで駆けつけてきた緑色の猫目と目が合った。
「結希お兄さん!」
そんな風に呼んでもらえる関係を築いた少年なんて、結希の交友関係の中にはいない。だが、結希はその目に見覚えがあった。
「えっと……真?」
「はいっ! 猫鷺真です!」
「それと……星乃ちゃん、だよね?」
「はっ、はい!」
真の隣にいた少女の若草色の瞳にも、見覚えがあった。
『こいつらは私らと同じ人工半妖だ。後は、あそこにいるアイラもな』
不意に乾の言葉を思い出す。結希は未だに輝くような瞳で自分を見つめる中等部の制服を着た二人を見下ろし、僅かに唾を飲み込んだ。
「ちょっとだけ、話いいかな?」
真と星乃の二人は、幸せそうな笑みを浮かべて頷いた。
結希は中庭の隅まで二人を連れて歩き、本題を切り出す為に咳払いをする。
真と星乃は六年前の百鬼夜行を知っているのだろうか──。それは愚問のような気がして言葉を飲み込み、二人の身長に合わせるように身を屈めた。
「二人は人工半妖だって聞いたんだけど、それって本当?」
声を潜め、喧騒に紛れるような音量で確かめる。
二人は一瞬目を見開き、やがて誇らしそうに頷いた。
「はいっ! 僕が犬神で、星乃が濡女なんです!」
「ちょっ、声がでかい! 抑えて!」
周りに聞かれたところでなんの話か理解されることはないだろうが、念には念を入れて結希は真の口を塞いだ。真はふるふると身を震わせてから結希から逃れ、「……ごめんなさい」と猫耳のような髪を萎れさせる。
「それと、アイラちゃんがなんの人工半妖か知ってる?」
「アイラお姉さんは絡新婦ですよ。ね? 星乃」
「はいっ。アイラおねーちゃんはあぁ見えて一番強いんですよ? 結希おにーちゃん」
「……そうなんだ」
その三人が戦っているところを見たことがない。だが、この情報を聞けただけでも良かった気がする。
「……戦ったことはないよね?」
それでも一歩踏み込んで、確認するように結希は尋ねた。ないと言うと思っていたが──
「ありますよ! 昔ほどじゃないですけど」
「私たち二人もとっても強いんですよっ!」
──二人はあっさりと肯定した。
「誰かと一緒にやってるのか?」
「いいえ。僕たち二人だけですよ?」
「二人だけで危なくないのか?」
「昔は斎藤お兄さんがいたんで大丈夫でしたけど、今はあまり危ないことをしないように気をつけているんです」
「奏雨おにーちゃんを不安にさせないようにしてはいるんですけど、斎藤おにーちゃんがいないからかあんまり長い間外に出してくれなくて……」
「奏雨おにーちゃん?」
その名前に聞き覚えがあった結希は、あの奏雨であるはずがないと思いつつそんな予感がして詳細を聞き出した。
「そうですよ? 泡魚飛奏雨お兄さん。僕たちの施設の施設長です!」
だが、二人の心配をしていたのはあの泡魚飛奏雨だった。
「奏雨さんが……。あの人、今忙しいんじゃないか? 施設長してる暇なんて多分ないと思うけど」
「歌七星お姉さんが戻ってきたとか言って最近はよく施設を空けてますけど、大丈夫ですよ? 僕たちもう子供じゃないんで」
「はいっ! 下の子たちの面倒ならちゃんと私たちで見れますから!」
「……そうなんだ。偉いね」
少しだけ、自分と似ていると思った。だが、二人はきっと結希よりも立派だった。
最年少者が月夜である結希と、幅広い年齢の兄弟姉妹がいる月夜と一歳しか違わない二人。比べるのもおこがましいほどに二人の精神年齢は結希よりも上だ。そのことを初めて突きつけられた。
「真くん! 星乃ちゃん! それと……結希お兄ちゃん、だよね?」
自信なさげに声をかけてきた新たな少年にも見覚えがある。
結希は軽く顎を引き、高等部と中庭を挟んで存在する中等部の校舎から出てきた雪之原伊吹を観察した。
「なんで二人が結希お兄ちゃんと一緒にいるの?」
「結希お兄さんがいたから声かけたんだ〜」
「伊吹も一緒にお話する?」
真っ黒な髪に真っ黒な瞳。母親の吹雪に似ても似つかない中学一年生の伊吹は、麻露の従甥だ。住んでいる家は別々かもしれないが、麻露の本当の親族である彼は本当に楽しそうに真と星乃と仲良く語らっている。和夏の従弟だと思われる真と、心春の従妹だと思われる星乃と共に。
伊吹は真や星乃と違い、半妖や妖怪についてまだ何も知らないただの子供なのだろう。そんな彼と共に話すことは何もなかった。
「ねぇ、結希お兄ちゃん! 結希お兄ちゃんは百妖家の人なんでしょ?」
「えっ、そうだけど……」
「大丈夫? 麻露おばちゃんがいなくて寂しくない?」
「えっ?!」
あまりにも直球に発せられた言葉が結希の胸を抉ることはなく、伊吹は無邪気に結希に近寄る。
「麻露おばちゃん隣の家に住んでるんだけどね、いっつも寂しそうってかあさん言ってたよ」
そもそも麻露のことを〝おばちゃん〟呼ばわりする存在に出逢う日が来るなんて思わなかった。
「お、おばちゃんって呼んでるのか……?」
「うん。だって、白雪おばちゃんの妹なんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
結希だったら問答無用で氷漬けにされているような案件だ。だが、何も知らない伊吹にそんなことをする麻露じゃない。そもそも、そんなことをする気分でもなさそうだった。
「そういえば、和夏お姉さんが猫鷺家に来たって叶渚お姉さんが言ってましたよ」
「あ、心春おねーちゃんも小白鳥家に来たって奏雨おにーちゃん言ってました!」
知っている。言われなくても。
「会いに行ったの?」
会っていいのかもわからない姉妹たちに彼らは気軽に会いに行けるのだ。それがかなり、羨ましい。
「行ってないですよ? お姉さんたちは僕たちのお姉さんたちだけど」
「私たちにはやっぱり、下の子たちがいるので。下の子たちには血の繋がった家族がいないし、私たちだけ本当の家族に会いに行くことはできませんから」
二人は笑っていた。伊吹は二人の言うことがよくわからなかったようだが、結希にはわかっていた。
「下の子たちが大事なんだね」
「はいっ。だって、ずっと一緒に生きてきた家族ですし」
「私たちにとっては、血の繋がりよりも大切な絆で結ばれた家族ですからっ!」
「家族……あっ!」
話について行けなかったのに、急に表情を輝かせた伊吹が背筋を伸ばし出す。
「思い出した! 僕にも家族がいるんだよっ!」
真と星乃を見、結希も見。
「僕ね、小町お姉ちゃんと、亜子お姉ちゃんと、愁晴お兄ちゃんと、涙お兄ちゃんと、桐也お兄ちゃんと、エビスお兄ちゃんと、アリアお姉ちゃんと、乾お姉ちゃんとも家族だった!」
急に出てきた大人数の兄弟の名は、結希の頭を容易に混乱させる。だが、その中に涙とアリアと乾がいたことははっきりと聞こえた。
つまり、三人が言っていた例の義兄弟のことだった。
『彼は俺たちの、俺のたった一人だけの義兄です。……俺たちは、綿之瀬小町、芽童神亜子、朝霧愁晴、俺、白院・N・桐也、綿之瀬有愛、綿之瀬乾、雪之原伊吹、そして俺の式神のエビスを含む綿之瀬九人義兄弟でした。半数を百鬼夜行で亡くし、愁晴は二年前に死亡です。故に、現在は四義兄弟です』
ずっと前にも思えるほど前に、涙がそう言っていたことを思い出した。
「思い出したって、今まで忘れてたのか……?」
「うん! かあさんがね、僕が二歳の時にたくさんの兄弟ができたんだよって結構前に教えてくれてたんだけど、よくわかんなかったから! でも、そういうことなんだよね?」
「……そうだね。あの人たちは今でも伊吹のことを弟だって思ってるよ」
「そっか! じゃあ、今すぐみんなに会いたいなぁ……!」
五人が死に、四人が生き残った義兄弟。ほとんど繋がりなんてなさそうな伊吹と三人の間には、そういう消えない絆がある。
真っ白になった息を吐いた。今まで一度も会ったことがなければ、これから会えるというわけでもない。もっと言うと《十八名家》というわけでもないし、陰陽師の家の者というわけでもなさそうだ。
それでも、また、朝霧愁晴が自分の視界に映り込んだ。
どういう人物なのかと思考を巡らせ、彼が綿之瀬家が生み出した〝クローン人間〟であったことを思い出す。
考えれば考えるほど、彼がどういう人物なのかわからなくなった。




