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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第九章 諸刃の氷雪
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八  『輝かしい日々』

 普段から使っている長テーブルに並べられた大量の餃子は、明日菜あすな八千代やちよから作り方を教わって全員で作ったものだった。

 まさかきちんとした料理が食べられるとは思ってもいなくて、亜紅里あぐりと感動しながら手を繋いで喜び合う。


「ご飯ができたぁぁぁあ!」


 いつも以上にテンションが高い椿つばきは身を乗り出しており、月夜つきよは嬉しそうに控えめな笑みを零していた。


「八千代お兄ちゃん、ありがとう」


「どういたしまして。いつかまた、みんなで一緒に作ろうね」


「うん、作る。作りたい! 約束だよ?!」


「うん。約束しよっか」


 徐々に徐々に心を開いていく二人の兄妹の雰囲気は良好そうだ。

 最初のぎこちなさはどこに行ったのかと思うほどに仲睦まじく、結希ゆうきと椿は互いを見て親指を立て合う。そこに亜紅里も加わって、下りてきた紫苑しおんは不可解そうに表情を歪めた。


「何してんだよ、てめぇら」


「それはこっちの台詞だ、バカ。上で一人何してたんだよ」


「何ってゲーム……っておい! 餃子じゃねぇか! めちゃくちゃ美味そう!」


「でっしょー? けど、しーくんには食べる権利ないから! 作ってないもんねー? そうだもんねー?」


「はぁっ?! 俺だって食う! 餃子食わせろ!」


「だからダメだって。お前何もしてないだろ」


「あ! 知ってる! 働かざる者食うべからずってヤツだろ?! でも、何もあげないのはさすがに可哀想じゃないか……?」


「バッキー優しすぎか……? 見た目はアレだけど、ぶっちゃけバッキーがこの世で一番の天使だわ……」


 両手で口元を覆い、眩しさで目を細める亜紅里に完全に同意する。だが、椿の優しさに甘えさせるわけにはいかない。


「働かざる者食うべからずだ」


「ケチかよ! つーかそれ言うなら最初から呼べよ! わかってたらやってたわ!」


「ほんとかよ」


「マジだよ!」


 疑わしそうな目で眺めていると、騒ぎを聞きつけた明日菜と風丸かぜまるがキッチンの方から出てくる。そして、互いに動きを止めた。


「えっ、誰?! どちら様?!」


「ゆうきち、侵入者ならすぐに通報するけど?」


「いやいや違う! こいつは紫苑!」


「いやだからどちら様?!」


 どちら様──。《十八名家じゅうはちめいか》の頭首ではない二人が紫苑のことを知る由もないのはわかっているが、説明のしようがないのも確かで。

 ヒナギクと八千代は知っているはずなのに、何も言おうとしないのは結希を気遣っているからなのか。それとも、結希が説明するべきだと思っているのか。百妖ひゃくおう義姉妹が黙っているのは言わずもがなで、誰にも助けを求められないことに気づいた結希は伸ばしていた片手を下ろした。


「紫苑は……その、俺の義弟だ」


「ぎ、義弟……? あの結希さん、貴方は何言ってんすか……?」


「わかるように言って」


 その言葉だけじゃ納得してくれなくて、困った挙句に頭部を掻く。


「紫苑は……」


「つーか、てめぇらこそ誰だよ。俺の兄さんの何。さっさと名乗らねぇと不法侵入で通報すっぞ」


「紫苑!」


 殴り、助け舟を出しているのかいないのかよくわからない紫苑をリビングの外へと突き飛ばす。


「兄さん?! ちょ待っ、ガチなの?! ガチで義弟なの?! 何がどうなったら義弟になるの?!」


妖目おうまはゆう吉の幼馴染み。風丸はゆう吉の親友。それで、貴方は誰」


 閉ざした扉の奥へと問いかける明日菜の瑠璃色の瞳は真剣そのものだ。邪魔できるような雰囲気ではない。

 紫苑はリビングの扉を開け、自分の瞳を真っ直ぐに見据える明日菜のことを鼻で笑った。


芦屋あしや紫苑。こいつの実父の養子。だからこいつの義弟としてここにいる」


 最後の方は嘘だったが、陰陽師おんみょうじとして罪を犯しここで保護観察処分中だと言うことをそのまま言うわけにはいかない。

 息を吐き、「家出中なんだ」と補足させた。


「マっ……ジでぇ?! いやぁ……なんつーかお前……すげぇな……。行動力に溢れているな……」


「……本当に、義弟なんだ」


「だから最初からこいつがそう言ってるだろ。人の話は素直に受け止めろよ」


「悪い、話したらちょっとややこしくなると思ってさ」


 だから言えなかったと紫苑の話に乗っかった。本当はそういうわけじゃなかったのに。


「紹介は済んだか? なら、冷めないうちにさっさと食べるぞ」


 最後にキッチンから出てきたヒナギクは、手に持っていた茶碗をテーブルに並べて適当に着席する。そこは、和夏わかなの席だった。

 なんとなく本来の席に座りかけたが、生徒会の仲間である四人には知る由もない。ずっと一番端に座っていた亜紅里と紫苑は、中央に腰をかけて異様にテンションを上げていた。


「あ」


 テーブルに乗せていたスマホが光る。手に取ると、やはり麻露ましろからだった。


「先に食べててくれ」


 そう告げて、ソファの方へと移動する。


「もしもし? 麻露さん?」


『もしもし、結希。今いいか?』


「はい、大丈夫ですよ」


「あっ! ちょっとしーくん! 今一番おっきいの取ったでしょ!」


「何ぃっ?! 嘘だろ! それ俺が食いたくて作ってたヤツじゃんか! このクソッ、結希の弟! 食い物の恨みは恐ろしいんだからな! 天罰下れ!」


「風丸、うるさい。握り潰すぞ」


「理不尽!」


「風丸くんって食事中でもうるさいんだね」


 毒にも聞こえる言葉を吐いているのに、その気がないのか八千代はニコニコと笑っている。釣られて隣に座っている月夜もニコニコと笑っていた。


「…………」


『結希、その、間違ってないと思うんだが少し騒がしくないか? というか今風丸の声が聞こえた気が……』


「気のせいじゃなくて本当にいますよ。雷雲らいうんさんから聞いてません? 今日うちに泊まるんです」


『は、泊まる……?! 待て結希、そんなの聞かされてないんだが……?!』


「あ、麻露さんには言った方が良かったですか? 許可とか取らなくてもいいよなぁって思ってたんですけど」


『いやそう言われるとそうなんだが……。いい、いい、好きに泊まれ。その方がキミたちも楽しいだろう』


「麻露さん……。ありがとうございます」


『だが、部屋はどうするんだ? 別に私の部屋を使っても構わないんだが』


「明日菜とヒナギクは亜紅里の部屋に泊まるみたいですよ。風丸と八千代は……とりあえず紫苑が置いた私物を全部退かせば布団を二枚敷けるんで、そこに寝かせようかなぁって。だから多分大丈夫ですよ」


『そうか、大丈夫なら別にいいんだ』


「はい。ていうか通帳の件ですよね?」


『あぁ、そうだったな。忘れるところだったよ』


 麻露は自分の部屋へと行くように指示し、結希はその通りに階段を上がる。


「勝手に入っていいんですか?」


『いいも何もそこにあるんだから仕方ないだろう』


「……まぁ、そう言われたらそうなんですけど」


『どこにあるかはわかるだろ? 着いたか?』


「はい、今」


 答え、恐る恐る麻露の部屋の扉を開けた。本人が部屋にいるはずもないのに、開ける手が妙に震えている。

 開けた瞬間に氷漬けにされたりしないだろうか。そこまで思って麻露の真っ暗な部屋の中を見た。


 電気をつけ、最初から出ていくと決めていたわけではないのに妙に片づけられた部屋を眺める。大きさは他の部屋とは変わらない。だが、私物の量が違うからか広く感じる。

 息を吐き、結希は麻露に声をかけた。


「クローゼットの中とかですか?」


 すべての部屋に共通して設置されているクローゼットに手をかけて待つ。


『いや、チェストの中だ。一番上の引き出しに入っている』


 チェストが何かわからなかったが、周囲を見渡して引き出しがある家具を見つけた。引き出しを引くと、すぐに通帳とカードが視界に入る。


「あ、ありました」


『あぁ良かった。それでしばらく生きていけるだろう』


 通帳の中を捲っていると、最後に引き出されたのが相当前だということがわかった。後はすべて定期的に振り込まれているだけのものとなっている。

 熾夏しいかの言う通り、ずっと自分たちで生きていた。


『じゃあ、切るぞ』


「あ、はい」


『おやすみ。……またな』


「……またいつか」


 別れを告げ、通話を切る。麻露はもういないのに、麻露の部屋には麻露の匂いが残っている。

 視線を落とすと、チェストの上に置かれていた写真が真っ先に視界に入った。麻露の高校時代の写真なのだろう。陽陰おういん学園の制服を着た麻露と依檻いおり、そして他にも誰かが映り込んでいる。どこか見覚えがあったのは、彼らが麻露の代の生徒会役員だったからだろう。


「…………」


 虎丸とらまる蒼生そうせい。そして、輝司こうし。後の二人は誰だか知らない。

 なんとなく持ち上げて見ていると、紫苑の声が聞こえてきた。


「何してんだよてめぇ。さっさと来ねぇと餃子なくなっぞ」


「なんでだよ。俺が作った分くらいは残してくれよ」


「俺もう食えねぇし手も出せねぇもん。食おうとしたらママに尻尾で叩かれんだよ」


「ママに何させてんだよ、亜紅里のヤツ」


 写真を下ろしため息をつく。通帳とカードはもう手に入った。後は戻って戦争だ。


「それ……」


「は?」


 戻ろうとした瞬間に押し戻された。紫苑がここまで来て持ち上げたのは、さっきまで結希が見ていた写真だった。


「……かがりさん、愁晴しゅうせいさん」


「それってまさか、《グレン隊》の?」


 《グレン隊》の大将炎竜神えんりょうしん炬と。

 同じく《グレン隊》でアリアやいぬいるいの義兄弟だった朝霧あさぎり愁晴。


 名前だけは随分と前から知っていたが、姿を見たのは今日が初めてだった。特に、朝霧愁晴をこの目で見る日が来るとは思わなかった。


「なんでこんなとこに二人が……」


「見たらわかるだろ。麻露さんの同級生だよ」


「……そうだな。すっげー若い。俺が知らない二人がいる」


「お前、まさか泣いてんのか?」


 顔を伏せた紫苑は何も言わない。

 《グレン隊》のことを知っているわけではないからかける言葉が見つからない。ただ、どれほど紫苑が《グレン隊》とその中心人物だった二人のことを大切に思っていたのかはわかった。


「冬なんて、大っ嫌いだ」


「なんで」


「この二人が死んだ季節だから」


「…………」


 冬に生きる雪女の麻露は、何を思ってこの写真を飾っているのだろう。

 依檻にせがまれて撮ったように見えるこの写真は、依檻と愁晴、そして虎丸以外たいした笑みを浮かべていない。仲が良かったわけではなさそうだ。それでも未だに残している。


「写真なんてどこにもないと思ってたのに、探せばあるんだな」


「そうだな」


 顎を引いて肯定した。それくらいしか言えなかった。


「俺、もう戻るから」


「ん、わかった」


 紫苑は、一緒に戻るとは言わなかった。扉を閉める直前に見た紫苑の背中は寂しそうで、あの頃に浸っているようにも見える。

 麻露も、あの頃に戻りたいのだろうか。今よりももっと気楽に生きることができた、どんな時よりも輝かしい日々に。

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