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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第九章 諸刃の氷雪
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六  『六人で』

 日曜日をどう過ごしていたのかは覚えていない。朝は眠っていた気がするし、昼は晩御飯の残りを食べていたような気がする。夜も同じようなものを食べていたが、何もなかった今朝は食パンを人数分焼いて済ませた。任せてくださいと強く出たのに、誰も料理を作れないことに気づいたのも今朝だった。


「ゆうゆう〜! ほいっ、焼きそばパン!」


「あとメロンパン!」


「はいは〜い! ばきちゃんは〜?!」


「えっ、いいのか?! じゃあコロッケパン!」


 混雑する売店で聞こえてくる家族の声は、全員切羽詰まっている。月夜つきよには給食があるが、結希ゆうきたち三人には売店しかない。紫苑しおんは外に出ない限り食べ物にありつけることはないだろうし、真璃絵まりえは紫苑に介護されないと食事をすることさえできない。


「よし購入! わけっこしよ〜!」


 すばしっこい亜紅里あぐりにすべてを任せ、ビニール袋から出されたパンをそれぞれ分け合う。受け取った椿つばきが元気な声で礼を言うが、これがいつもの日常だったら三人の手元にあるのは弁当なのだ。礼を言われるようなことは何もしていない──いや、むしろ謝るべきだろう。それでも椿は、決してそれを言わせようとはしなかった。

 真っ白な息を一人で吐き、今はいない家族が残していった財産で買ったそれらを抱える。「行こっか、ゆうゆう」そう言って誘った亜紅里に頷き、結希は椿に向き合った。


「じゃあ、また。晩御飯はこっちでなんとかするから」


結兄ゆうにぃ……。その、アタシはアタシの意思で残ったんだから、アタシにできることがあったらなんでも言ってほしいんだ。仲間外れは……本当に、嫌だからな?」


 縋るような声だった。椿が百妖ひゃくおう家の核に入れず、いつも仲間外れに──守られてばっかりだったことを結希と亜紅里は知っている。

 頷き、昼御飯を得る為だけに集まった椿と別れた。生徒会室がある方向へと足を向け、三年の教室前を歩く。が、愛果あいかとすれ違うことはなかった。学校を休んだ依檻いおりのことを一瞬思い、振り払って、生徒会室がある棟に来る。普段は放課後に集まるが、今朝顔を合わせたヒナギクはそうしようとはしなかった。昼休みに集まることを強制し、結希と亜紅里の逃げ道を断っていた。


「あ〜あ、鬱鬱。行きたくないな〜」


 亜紅里に相槌を打つことができないまま、結希は生徒会室の扉の前で足を止めた。この中に入って彼らと顔を合わせる決心ができない。それでも、開けざるを得なかった。


「……来たか」


 息を吐くように、いつもの座席に座るヒナギクがぽつりとそう言った。

 隣には風丸かぜまる八千代やちよが座っており、明日菜あすなは二人から一席離れた場所に座っている。結希と亜紅里は視線を交わし、明日菜の両側にある空席についた。


 六人が席についてこの円卓は完成する。ヒナギクはそれぞれの表情を見つめ、最後に結希に視線を留めた。


熾夏しいか妖目おうま家に来たそうだ」


 顎を引く。「そうだな」とも、「知ってる」とも言えなかった。


鈴歌れいか、愛果、和夏わかな心春こはる朱亜しゅあと依檻と歌七星かなせ麻露ましろも、土曜の深夜に〝帰ってきた〟と報告を受けている」


 コバルトブルーの瞳を見つめ返す。帰れないと思っていたのに、ちゃんと家に帰れた朱亜の安否を聞けただけでもここに来た意味はあった。


幸茶羽ささはが家出をしたことも聞いた。だから、包み隠さずに今すぐ話せ。あの日、百妖家で一体何があったんだ」


「何も」


 即答した亜紅里は円卓の上に両足を置いた。ふんぞり返り、躾をまったく受けて来ませんでしたとでも言いたげに行儀の悪い様を見せつけ、ニヒルな笑みを浮かべている。


「何もないわけないだろう」


「ヒーちゃんは知らなくてもいいんだよ」


 苛立たしそうに踏み込んでくるヒナギクに、包み隠そうとする亜紅里。


「それを決めるのは貴様ではなくこの私だ。結希、私が最初に言った言葉を覚えているだろう」


「……隠し事をするなってヤツか?」


「そうだ」


「……ここで言うのか?」


 ここには明日菜がいる。風丸と、八千代もいる。それでもヒナギクは吐けと言うのか。


「そうだ」


 コバルトブルーの瞳に迷いはなかった。一人で勝手に突っ走る自分たちの生徒会長は、出逢った時からそういう人だった。


「麻露さんが全部吐いた。嘘は吐けない、もう疲れた。あの人たちに……ヒナギクや八千代に甘えることはできないって」


 ただ、麻露の言うことを信じるならば八千代の家族は月夜と幸茶羽だ。頭首を交代することは、骸路成ろろなり家である真璃絵と麗夜れいやの哀れな姉弟と同じくらい不可能に近い。

 ヒナギクにも、代わってくれるような人はいない。ヒナギク自身が半妖はんようで、ヒナギク自身が自分たちの総大将なのだから。


「それで一斉に動いたのか。椿と月夜を置いて」


「待ってるんだよ、幸茶羽ちゃんを。椿ちゃんは優しい子だから、最後に出ようと思ってるんだと思うけど」


 その日がいつになるのかはわからない。ただ、椿と月夜が出ていっても──結希と亜紅里と紫苑だけはどこにも行けない。路頭に迷いかけていたところを拾ってもらったようなものなのだから。


「……熾夏さんが最初に出たって、本当?」


 口を開いた明日菜の表情は、何故か最初から暗かった。風丸と八千代も、ヒナギクの雰囲気に当てられたのかずっと押し黙っている。


「あぁ」


「あの人、一昨日急にうちに来たの」


 妖目家は、半妖の病室がない棟の最上階に位置している特殊な家だ。医者しかいない一族たちの仮眠室も兼ねており、いつ行っても常に人がいる異様な家だと記憶している。

 そこに熾夏が行ったとしても、仮眠室を勝手に使うのだろうと思われて終わりだろうに──


「仮眠室にいた明彦あきひこや叔父様叔母様たちを叩き起して、仕事中だったお母様やお父様、お婆様やお爺様たちをインカムで繋いで、『頭首になる』って言い出して……それで、みんな、泣いたの」


 ──たったそれだけで何が起こったのかを把握できたのは、多分明日菜以外の一族全員だった。


「妖目には、『私は明日菜ちゃんのお姉ちゃんなんだよ』って。けど、急にそんなことを言われても受け入れられない。意味がわからなかったのに、『少しずつでいいから受け入れてほしい』って、まるで心を読んだみたいな言い方されて……妖目、どうしていいかわからなくて……」


 啜り泣く。泣かれるとは思わなかった。


「俺ん家や八千代の家は別になんともねぇけどさ、他の家はしっちゃかめっちゃからしいぜ。昨日なんか急に戴冠式だとか言われてさ、まーたあそこに行かされて大変だったんだぞ?」


「戴冠式? またやったのか?」


 そんなことは聞かされていなかった。

 真璃絵と結希と亜紅里、紫苑と椿と月夜しか残っていないのだから呼び出す価値もなかったのかもしれないが。もしくは、本格的に仲間外れにされたのかもしれないが。


「やったよ、もう一回。亜紅里ちゃんは来なかったけど」


「なんで千代ちよちゃんはあたしが行くと思ってるのさ。行くわけないじゃんあんな場所」


「……お前は知ってたのかよ」


「あたしだって阿狐あぎつね家の頭首だもん。でも、何度昨日をやり直したってあたしは絶対に行かないよ」


「一応聞くが理由はなんだ? あれでも一応、頭首の欠席は厳禁なんだぞ」


「行けなかったの。ヒーちゃんたちには絶対にわからないと思うけど、こっちだって大変だったんだから」


 要所要所に怒気を孕ませ、亜紅里は腹立たしそうに焼きそばパンに齧りついた。

 一昨日もそうだったような気がするが、自分のいる位置から遠く離れた場所にいる人間は全員敵だとでも言いたげな態度を滲ませていた。


「ね? ゆうゆう」


 自分の仲間は、今家に残っている者全員だとでも言いたげな態度だった。


「……そうだな」


 同意する。魂が抜けたかのような一日だった。そんな中で外出しようという気力があったのはママとポチくらいだろう。


「……そうなんだ」


 明日菜は疲れたようにそう答えた。


「熾夏さんは家に?」


「いる。当たり前のように」


 本当の本当に頭首になった義姉の熾夏は、そうすることで奪われてしまった日々を取り戻そうとしているのかもしれない。そんな姿を見たいような、見たくないような。


「なぁ、お前んちって今どうなってんの?」


「どうって……。ただ家族がいなくなっただけだよ」


「いきなり十人いなくなったってことだよね? 結希くん、亜紅里ちゃん、大丈夫なの……?」


「大丈夫。余計な心配はしなくていいよ」


「でも、二人はいつも弁当だったでしょ? それが急に売店のパンになったんだから、心配だよ」


「どっちも食べ物でしょ。美味しいよ」


「でも……」


「しつこいぞ」


 最後の最後になって裏の亜紅里で釘を刺した。口を閉ざすかと思ったが、意外なことに八千代はそんなことで怯むような人間ではなかった。


「お願いだから心配させて? 僕は、一人いなくなっただけでも辛かったから」


「一緒にするな」


「十人なんて、想像できないよ」


「同情するな」


 今の亜紅里にとって、すべての言葉が毒だった。そんな亜紅里に理解を示し、心配されたところでどうなるわけでもないと友のことを突き放してしまいたくなる。


「なんだよあっちゃん。らしくねぇな」


「私らしいってなんだ。勝手に決めつけるな」


「……亜紅里、貴様は少し頭を冷やせ。なんでもかんでも噛みつくような馬鹿は不必要だ。私の左腕として相応しくない」


「切りたいなら切ればいい。元々人として生きて来なかったバケモノだ。息苦しいんだよ何もかも」


 人として過ごした日々は、亜紅里にとってストレスだったのだろうか。ママと共に暮らしていたあの頃に戻した方が幸せになれるのではと思うくらい、亜紅里は壊れかけている。


「あぐ……」


「まぁまぁそんなカリカリすんなって! 俺たちが一緒にいてやるからさ!」


 それは諸刃の剣だった。一歩間違えたら亜紅里が牙を剥きそうな、そんなお気楽な言葉だったが──



「なぁ結希、今日お前ん家に泊まっていいだろ?」



 ──毒が、一気に抜けていった。


「えっ?」


「だってさ、十人も実家に帰ったとかめちゃくちゃ寂し過ぎんだろ〜。俺たち全員で泊まったとしても十人にはぜってー届かねぇけど、あの人たちの目を気にせずにパーっと楽しめるってのもアリっちゃアリじゃん?」


「えっ、全員で?」


「それは……私も入ってるのか?」


「あったり前だろ! 俺たち六人で生徒会じゃん?! イベントとか何回かあったけど、全員で遊んだことって一度もないし! ちょうどいいじゃん!」


「確かにないけど……。いきなり泊まるって、いいのかな?」


「許可する相手は結希だろ? 最年長なんだし」


「真璃絵さんがいる」


 それでも、目覚めている者の中の最年長者は結希だった。

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