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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第一章 金狸の幻術
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十七 『不良少女のカタキ討ち』

 狐の半妖はんようだと思われる少女は、銀色の粒が散りばめられた天色の瞳で結希ゆうきのことを見据えていた。銀色の耳を小さく動かし、腰まである銀髪が風に揺れる。


「逃げて。ウチが隙を作るから」


 前に出た愛果あいかが囁いた。


「何言ってるんですか、俺も……!」


「アイツはウチと同じ半妖で、ウチたちを狙う裏切り者だ」


 薄々思っていたことを告げられて、少なくとも納得はする。それでも、結希は譲れなかった。


「自分の身は自分で守れます。サポートしますから、ここにいさせてください」


「……わかった。じゃあ、せめて身を隠して。アイツは結希にしか反応しないから、一番危険なのは自分だってこと──忘れないで」


 愛果は返事を聞かずに駆け出した。

 結希はスザクと視線を交わし、刹那に少女に視線を戻す。少女は、結希から視線を外さずにただその場に突っ立っていた。


 謎に包まれた少女の情報を少しでも得ないと勝機はない。そう思って観察を始める。

 丈が腰までしかない白い着物。下に着ている黒い衣服は口元と首筋さえも隠していて忍者のようだ。


 そんな少女の顔を隠すように愛果が二人の間を飛ぶ。少女は緋色のスカートを翻しながら眉を潜め、豆狸まめだぬき姿の愛果は変化へんげ時に出る煙を上げた。


「──!」


 白煙が少女と愛果を包み込み、スザクが結希を守る盾になる。隙を見て階段室の影に隠れ、戦闘の様子を伺うと──晴れた煙の中で聳え立っていたのは、少女と結希の間を断つ巨大な壁だった。


「くだらない邪魔をするな」


 低い声で少女が唸る。壁を蹴り倒そうと片足を上げるが、愛果は素早く元に戻る。

 少女は片足でもバランスを崩すことはなかった。そのまま真横に飛び退くと、金属の甲高い音が鳴る。スザクは奥歯を噛み締めて、投げた刀を式神しきがみの力で手中に戻した。


「雑魚に用はない」


「雑魚ではございませんっ!」


 少女は興味なさげに視線を逸らし、結希を探すようにわざとらしく下駄を鳴らして歩き始める。が、次第に凛々しい眉を潜めた。

 訝しげに少女が視線を下ろす。そこは少女が予想していた屋上ではなく、青々とした芝生が視界一面に広がっていた。


「また雑魚か」


 灯していた青い炎を業火に変えて、少女はそれを真下へと放つ。空間が歪んだかのように芝生が沈み、幻影が消えるのを待たずに少女は再び歩き出す。

 凹んだ屋上が少女の強さを物語った。隠れていた愛果は舌打ちをした。


「……出て来い、少年」


 躊躇うように結希を呼ぶ。

 月は分厚い雲に覆われ、辺りは闇が支配する。


 半妖も式神しきがみも夜目が効くが、陰陽師おんみょうじの夜目は人間の延長線でしかなく──この中で一番何も見えていなかった。


「出て来たらタコ殴りよ、結希!」


 それをわかっていた愛果は叫び、自身を大量に分裂させる。まばたきする間もなく少女を取り囲んだ豆狸だったが、すぐさま視線を移した少女の速さの方が上回っていた。

 青い炎を周囲の空間に無数に灯し、月の代わりに辺りを照らす。太陽と化した炎の玉が、一直線に本物へと飛来する。


「愛果様ぁっ!」


 駆け出したスザクが敵うものではない。それでも、スザクは愛果を守ろうと一匹の豆狸の前で刀を構えた。


「スザクッ?!」


 本物の愛果は悲鳴に近い声を上げ、目前に立つスザクを見上げる。飛来する青い炎に照らされたスザクの後ろ姿は、何故だかとても美しかった。


「私が守ります! 結希様の分までっ!」


 スザクは青空のような業火から目を逸らさなかった。その緋色の瞳は、熱に全身を焦がされても構わない、そんな意思を宿していた。


 が、業火はスザクを寸前で避けた。


 見えない壁に守られているかのように少女の方へと跳ね返り、少女はすんでのところで業火を消し去る。火の粉さえも残らない屋上は静寂に包まれ、スザクは力が抜けたようにその場に倒れた。


「スザクっ? スザクっ!」


 愛果は駆け寄り、汗ばむ額に自らの前足を押し当てる。体の震えが止まらない。こんな目に遭うのは初めてだ。不安の波が押し寄せてきて、死という存在が命を掠める。


「誰も戦わないとは言ってないだろ、スザク」


 刹那に現実に引き戻された。なのに不安はどこにもなく、何故か安堵した自分に驚く。


 顔を上げたスザクは、緋色の瞳で主を探す。すぐに見つかった結希は、隠れていた場所から姿を現していた。


「アンタ……っ、出て来たらタコ殴りだって言ったじゃん!」


 結希を歓迎するかのように、分厚い雲が月を手放す。月光は、歩みを止めない結希の為に道を照らして強く輝く。

 結希は、愛果の絞り出された声に微笑で答えた。


「愛果さんとスザクが戦っているのに、俺だけ隠れて戦うのはやっぱり違うと思うんです」


「……結希様、ありがとうございます」


 スザクが礼を言った刹那、溶けるように結希が張った結界が消えた。簡単な結界ほど早く消えやすく、高度な結界ほど永久に保つ。結希は改めてそれを自分の頭に叩き込み、少女を堂々と正面から見据えた。


「……その力はやはり本物か。なぁ少年、私の味方にならないか?」


 微かな期待を込めて、流れるような動作で少女は結希に手を伸ばす。口元を隠す少女の表情は読めないが、天色の瞳に散りばめられた銀色が輝きを増す。


「はぁっ?! ウチの結希がアンタの味方になるワケないでしょ!」


 真っ先に怒った愛果が前足で屋上を数度叩いた。凹みはできない。最弱の、愛果だから。


 スザクは愛果に同意するようにうんうんと頷き、何かに気づいたように首を傾げた。


「うちの……?」


「この陰陽師はお前の物なのか?」


「へっ?」


 ぱちくりとまばたきをし、愛果が結希を碧眼に映す。

 ぼんっと突然煙が上がった。晴れた煙の中にいたのは、耳まで真っ赤になった顔を隠してしゃがみ込む愛果だった。


「ちっ、違う! 別にそういう意味じゃないから! ウチのっていうのは百妖ウチのって意味で! つまりは百妖ひゃくおうのって意味で!」


 言葉が上手く纏まらない。自分は何が言いたかったのだろう。

 答えがすぐに出ないことはわかっていた。それでも結論は変わらない。愛果はすぐに意を決し、結希の方を一切見ないまま少女のことを指差した。


「とっ、とにかく! 誰も裏切り者の味方なんてしない! 絶対にしないんだからね!」


 少女は愛果の指先を見つめ、瞳を曇らせた。そんなことは薄々わかっていたが、面と向かって言われたのは当然初めてだった。


「……お前には聞いていない。私は陰陽師の少年に聞いている」


 少女は機械的に結希に視線を移した。

 スザクが結希を守るように立ち塞がり、少女は自分が独りぼっちであることを知る。


「私は結希様の式神。最期まで決まった主に仕えることが運命さだめ。ですが、私は結希様だったからこそこの命にかけて戦おうと思い、お傍にいたいと願いました。この気持ちに嘘はありません。……私は、結希様の決断に従います」


 くるりとスザクが振り向いた。先ほどの業火で煤けた顔は誇りに満ちていた。


 結希は、そんなスザクに感謝していた。


 迷うことなく、常に自分の傍にいてくれる人とはそう簡単に出逢えるものではない。だからこそ、裏切り者とはいえどこか戦闘を避けている少女に味方ができた時は手強くなると確信していた。


「ありがとう」


 その短い言葉に今までの感謝の気持ちを込めて。スザクは無言で微笑み、首を横に振った。


 愛果は不安げに結希を見上げ、碧眼を揺らす。


 結希はそんな愛果を。


 下で激闘を繰り広げている麻露ましろと、朱亜しゅあと、和夏わかなを。


 森中の家で家族の帰りを待っている依檻いおりと、椿つばきを。


 夢の中にいる心春こはると、月夜つきよと、幸茶羽ささはを。


 そして、まだ距離を感じる鈴歌れいかと、歌七星かなせと、熾夏しいかを脳内で思い浮かべた。


 誰もが半妖で、誰もが戦い続けていることを、出逢ってまだ約二日の結希は知っている。



「──俺は、何があっても百妖の人たちを裏切らない」



 それでも心からそう思った。

 百妖家の姉妹たちと、スザクと、生まれ育った町を妖怪から守り続けると。


「それが、陰陽師であるお前の答えか」


「そうだ」


 少女は夜空を仰いだ。町に残っていた陰陽師の登場に動揺さえしたが、今はそんな感情も残っていない。残っているのは自分の運命に対する失望と、百妖家に対する羨望だけだ。

 結希も同じ夜空を仰いで気がついた。まだ、ここに来た目的である結界を張っていない。


「…………そうか」


 少女は声を絞り出した。結希はその間に愛果に視線を送っていた。愛果は結希と目が合い戸惑う。が、なんとかその視線の意味には気がついた。

 夜明けまでに結界を張らなければならない。そう思っても、結界を張る為には裏切り者という少女の存在が厄介だった。


 どうするのよ、アンタ。愛果は口の動きだけで尋ねた。


 結希はスザクよりも頭一つ分背が高い少女に視線を向け、彼女の真意を探る。

 夜空から顔を下ろした少女は天色の瞳で結希を捉えた。その瞳に映っているものは結希にも読めない。


 それほど、少女は空っぽだった。


「結界を張るんだろう? 少年。お前だけで結界を張れるとは思わないが、私は全力でお前のことを妨害しよう」


 結希は内心で顔を歪めた。自分の出した答えに後悔はないが、自分たちで今の少女を止められるとは思っていない。もう一度夜空を仰いだが、結希はそこにいるはずのものを探して断念した。


「アンタは結界を張るのに集中して。アイツはウチ一人で充分」


 豆狸に変化して愛果は駆け出す。


 作戦なんてものはない。例のとっておき以外で使える攻撃なんてない。それでも、愛果は結希の為に駆けた。


「愛果さん!」


 手を伸ばす。愛果の言うこともわかるが、やっていることはあまりにも無謀過ぎた。

 スザクが愛果の加勢をするが、それでも、少女に勝つ為には更なる戦力が必要だった。


 結界を張れば少女が負ける。さらに言えば、夜が明ければこの戦いも終わる。


 わかっている。わかっているが、結希は迷っていた。


「結希、無事かのぅ?」


 間近で聞こえたその声は、結希が求めていた声だった。


「朱亜さん!」


 振り返ると、首から上だけの朱亜が辺りの状況を確認している。


「ッッ?!」


 あまりにも異様な光景を目にして戦慄した。朱亜は眉を潜め、緋色の瞳で結希を見据える。


「案ずるな結希。わらわは轆轤首ろくろくびの半妖、これはその能力じゃ」


 黙って結希は頷いた。しばらく心の整理をして、改めて朱亜の生首を見つめる。


「こちらの状況は最悪です。そちらは……」


「こっちもじゃ。あれから次々と妖怪が出現して、なんとかシロねぇと和夏が耐えとるのじゃが……それも時間の問題じゃろうな」


「鈴歌さんがどこにいるかわかりますか?」


 結希は再び夜空を仰いだ。そこにいるはずの黒い一反木綿いったんもめんはどこにもいない。


「わらわが言付けしにここに来たのはそのことじゃ。鈴歌は今、助けを呼びに行っている。あと十分だけ三人で耐えてくれるかのぅ?」


「了解です」


 即答した。十分だけ耐えることができたら結界を張れる──わかっているが、それでも、下にいる三人と自分たちが十分も耐えられるとは思えなかった。

 生首が消えるのを視界の端で見届けて、少女を避け、フェンスの上に飛び移る。愛果とスザク、そして少女はそんな結希に目を奪われた。そんな結希に、奇異の視線を向けた。


 そんな三人には目もくれず、朱亜を守っていた麻露と和夏を視認した。そして大きく息を吸い込み、空に向かって声を上げた。


「東海の神、名は阿明あめい。西海の神、名は祝良しゅくりょう。南海の神、名は巨乗きょじょう。北海の神、名は愚強ぐきょう。四海の大神たいじん、百鬼を避け凶災を蕩う。──急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 夜空が生き物の如く蠢き出す。自らを中心とした黄金の光の輪ができる。


 結希はそのどちらも見もせずに、下で半妖を潰そうと躍起になる妖怪を注視した。光の輪は結希を中心として広がっていく。それを避けるように、妖怪が一目散に逃げていく。


 瞬間に麻露と目が合った。麻露は緋色の瞳を丸く開き、呆然と立ち尽くしていた。


「結希、アンタ結界を?!」


「違います愛果様! あれは術──妖怪を祓うだけのものです!」


 スザクは刀を構え直し、喉が張り裂けそうになるまで叫ぶ。


「お逃げください結希様ぁぁぁぁあぁぁぁぁあ!」


 愛果はその声量に驚き、そして別の意味で目を見開いた。

 全身に吹きつける熱風は、少女が作る青い炎から発生している。既に駆け出しているスザクも追いつけない速さで、青い炎は結希の無防備な背中に襲いかかる。


「結希ぃ!」


 駆け出すことができなかった。四足もある足のすべてが竦み、ただ見ていることしかできなかった。


 大粒の涙を零す碧眼で捉えた結希は、振り返ることはせずにぽろりと真っ逆さまに落ちていく。炎の玉は結希の背中を掠り、一直線に飛び出していった。


「いやっ……! いやぁ! 結希! 結希ぃ!」


 愛果は何度も何度も結希の名を呼んで、その度に涙を流した。スザクは力が抜けたように刀を床に落とし、消失させる。


「……申し訳ございません、愛果様。私は、もう……戦えません」


「スザク? なんでよ、一緒に結希のカタキをとるでしょ?!」


 ふるふると、スザクは首を横に振った。


「……結希様の、力が、弱まっています。結希様なしでは、ただの式神である、私は……」


 弱々しい声色でスザクは語り、その途中で淡い花を散らして消えた。スザクの言動は、結希の命の危機を愛果に強く知らせていた。


「ふざけんなバカ!」


 叫び、人間の姿に戻る。

 綺麗に染められた金髪が夜風に靡き、銀髪の少女を碧眼で睨みつける。対面する少女は拳を握り締め、その場に立ち尽くしていた。


「アンタ! 結希を……結希をよくも! 殺してやるっ!」


 天色の瞳が愛果の方へと視線を移した。喋ることを忘れたかのように一言も声を発せず、その瞳を悲しげに曇らせている。


「後悔してんじゃないでしょうね?! そうだとしてももう遅いから! ウチはスザクの分もアンタを殺す!」


 高らかに宣言する愛果に少女は何も言わなかった。

 愛果は涙を拭い、この学園で、この姿で喧嘩をする時のように腰を落とした。

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