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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第九章 諸刃の氷雪
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序幕 『冬の訪れ』

挿絵(By みてみん)


 紫苑しおん、と声をかけると紫苑が気怠げな声で返事をする。にーさん、と呼んでいるのかいないのか微妙な声でも返事すると、紫苑が嬉しそうに頬を緩ませる。

 隠そうとしているのに隠し切れていないその喜びは、紫苑の長年の夢が叶ったことを如実に表していて。最初は邪険に扱っていた愛果あいかも、恐怖症が改善したとはいえ微妙な距離を取っていた心春こはるも、今となっては家族同然として扱っている。麻露ましろは「家族じゃなくて居候なんだけどな」と言いながらも、紫苑のことを何かと気にかけて受け入れていた。そんな彼女たちの中だったから、亜紅里あぐりも、ママも、ポチも、家族の輪の中に入っていた。


「しおにぃ〜! 見て見て! お星さま! つきが折ったんだよ!」


 駆け寄ってきた月夜つきよも、いつの間にか紫苑に懐いている。元々人懐っこい性格だとは思っていたが、紫苑のことを見た目で判断せずに無邪気に笑っている様は仏様を彷彿とさせていた。


「見たよ見た。だから押しつけんな」


「でね、こっちがツリー! これが合体してクリスマスツリーになるの!」


「んなの見せびらかして何がしたいんだよ……。ガキか」


「ん〜ん! ほめてほしかったのぉ〜! お兄ちゃんならすぐにほめてくれるもん!」


「俺とこいつに同じ対応求めんなよ。褒めてほしかったらあっちに行け。俺は鞭しか知らねぇからな」


「俺が飴みたいな言い方やめろよ。……ていうかお前、子どもに慣れてる感じなのになんで正解の対応をしないんだ?」


「慣れてるのと好き嫌いは別だろ? 別に嫌いってわけでもねぇけどさ……」


「要するに〝他人の子〟がダメって言いたいのか? 月夜ちゃん。手先が器用だから綺麗に折れてるね〜」


 てめぇも〝他人の子〟みたいな扱いしてるだろ、そんな言葉が聞こえてきそうな紫苑の表情を華麗に無視して月夜の頭を優しく撫でる。月夜は嬉しそうに頬を緩ませ、愛を甘受するように瞳を閉じた。

 愛され慣れている末っ子だ。見返りを求められない膨大な愛を当然のものとして受け取っている。たまに本気で理解できないほどに愛を与えてくる義姉たちの、いや、月夜にとっては未だに血縁があると信じられている姉たちの、代わりなんてない宝物でありお姫様──。


 だが、そんな彼女も一人の姉だった。結希ゆうきは視線を動かして、リビングに繋がる扉から中の様子を伺っている幸茶羽ささはの姿を見つけ出した。


「幸茶羽ちゃん」


 クリスマスの飾りつけをする為にリビングに集まってきた自分たちの中で、唯一何もしていない彼女。百妖ひゃくおう家の、いや、全《十八名家じゅうはちめいか》の次期頭首たちの中で最年少だと思われる彼女。彼女だけが、この異様な空間に対して警戒心を顕にさせていた。


「ん? そこで何してるんだ? 幸茶羽」


「ッ! べ、別に」


「何もしないならまりねぇのこと見てなさいよ。あの人一人にするのちょっとヤだし」


「なっ、なんでささが! あの人との思い出なんてほとんどないのに! ささにとっては他人なのに!」


 椿つばきと愛果が声をかけても、幸茶羽は中に入ろうとしない。真璃絵まりえの元にも行こうとしない。それどころか、言い放ってしまった言葉の一部は──結希の心にも深く深く刺さってしまった。

 本当の本当に他人だから、幸茶羽の軽率な発言に鼓動が止まった。多分、他の姉妹たちもそうだった。彼女たちなら聡い幸茶羽に悟られるような失敗はしないと思うが、心中穏やかじゃないのは想像に難くなかった。


「ぁ、ぅ……」


 静まり返った空間に対して罪悪感のようなものを抱いたのか、ショックを受けたような表情で立ち尽くす幸茶羽の精神状態は普通じゃない。

 幸茶羽は初めて会った頃から他人に対して棘のある言葉を言ってしまいがちな少女だったが、誰もそのことを咎めなかったが故の事故のような気がした。


「ッ!」


 背中を向けて走り出す幸茶羽の名を全員が叫ぶ。なのに幸茶羽は止まることなく、リビングの扉を荒々しく開け放ったまま階段を駆け下りていった。


「幸茶羽ちゃんっ!」


 ほんの一瞬だけ、結希は幸茶羽の涙を見た。麻露に視線を移して見るが、麻露は「放っておけ」の一言も言わずに立ち尽くしていた。


「つき、ささちゃんのとこに行ってくる!」


 あの時と何一つ変わらない言葉。結希はたった今起こった出来事と初めてこの家に来た日の出来事を重ねて思わず俯いた。


「じゃあ私、まりちゃんのとこに行ってくるわ」


 沈黙を破った依檻いおりが窓際から離れ、残りの作業を和夏わかなに任せる。


「えっ? いやいや、いおねぇは別に行かなくても……」


「私がまりちゃんの顔を見たいのよ」


 ふんわりと笑い、何故か結希に視線を移したままリビングから出る。


「あ、依檻……」


 思わず前のめりになり、ゆっくりと前に進んだのは麻露だった。後を追うようにリビングから出て、この空間を再び静寂が支配する。


「……なんなんだよ、この家」


 自分が知らない百妖家を見たからか、紫苑が諦めに似たような表情で息を吐いた。


「ただの家だよ」


 それに返事をした熾夏しいかは一切笑っていない。


「えぇ、そうですね。ほんの少し人とは違う、それでも人と大差ない我々の──命を育む家ですよ」


 歌七星かなせは柔らかく笑っていた。


「意味わかんね」


「お前の家もそうだったんじゃねぇの?」


「…………」


「図星というか、家とは──家族とはそういうものであるからな」


 痛いところを突かれたのか、暗い顔で口元を覆う。そんな顔をしなくてもいいのに、そう思って自分の発言を見つめ直した。


「なぁ紫苑」


 声をかけると、紫苑は「なんだよ」と返事をする。


 結希と紫苑、同じ部屋を共有し始めてから約一ヶ月が経過した。色んなことがありすぎて、あまりにも早かった一ヶ月。いや、この家に住み始めてから怒涛の八ヶ月を過ごした気がする。

 そんな今年も、そろそろ終わりを迎えようとしていた。


「……お前って、もうマギクとの縁を切ったんだよな?」


 縁は切れない。例え片方が死んだとしても。なのにその終わりをどうしても気にしてしまう。

 《グレン隊》の為に家族から離れ、《グレン隊》の終わりと共に家族の元へと戻った紫苑のことだ。多分、今回の件で離れたとしてもまたあの家族は繋がってしまう。そしてこれも多分だが、義父の実子という縁を持つ結希のことを巻き込んで。


 そんな理由で知らぬ間に義兄となっていた結希を原因としたマギクと紫苑の義姉弟喧嘩は、どんな結末を辿ったのか。そもそも終わってさえいないのか、結希は何もわからなかった。彼らの物語の行く末を、結希は何一つ知らなかった。


「今さら何聞いてんだよポンコツ。切ってなかったらこんなとこにいねぇし。言わなきゃわかんねーのかよ」


「ぽっ?! い、言わなきゃわかんないっつーか言ってくれないと誤解したままだったかもしれないだろ?!」


「……またやってる」


「ユウとシオは仲良しだねぇ」


「な、仲良しなのかな……?」


「くひひっ! キョーダイであることは間違いなしだけどねぇ〜!」


『チノツナガリハ、カンケイナイカラナ』


『キューッ!』


 結希と紫苑を中心とし、奇妙な円が広がっていく。いない義姉妹もたくさんいるのに、円がずっと繋がっていく。


「お姉ちゃぁぁあぁん!」


 瞬間、月夜が扉を開けて帰ってきた。


「んぐっ?! なんじゃ月夜! どうしたのじゃ?!」


「何かあったの〜?」


「ささちゃんどっか行っちゃったの! 追いつけなかったから……! だからささちゃんを探してっ! お願いお姉ちゃん!」


「うひゃっ?! 私?! い、いいけどちょっと待ってよ……!」


 熾夏に抱きついた月夜だったが、月夜が助けを求めているのは熾夏であって全員である。そんな気がして結希は思わず背筋を伸ばした。


「待て」


「えっ? 何よ紫苑。なんで待たなくちゃいけないの?」


「〝それ〟は……自力で探した後でもいいだろ」


「あぁ、そうよね。私が探したってなったら拗ねちゃうかもね」


 千里眼を持つ熾夏は一度月夜を見下ろし、「それでいい? つきちゃん」と優しく尋ねる。


「え、つ、つきは……」


 だが、月夜は納得していなさそうだった。それでも全員で探す結論に至り、町中へと散り散りになった。





「いたか?」


「いない」


「一体どこに……! なぁしいねぇ! もう千里眼でパパーッと探そうぜ! 日が暮れそうだし!」


「そうだね。冬の夜中はとっても寒い。ささちゃんだったらすぐに死ぬよ」


「死んじゃダメ! お願いしい姉! ささちゃんを助けて!」


「うん。だからちょっと待っててね」


 一度全員で百妖ひゃくおう家の前に集まり、熾夏しいかの結果を今か今かと待ち続ける。ただ一人だけ。紫苑しおんは葬式にいるかのような表情を一切変えなかった。


「……え?」


「な、なんだ熾夏。それはなんの『え?』だ」


「待ってシロねぇ、いない……いないよささちゃん。この町のどこにも!」


「はぁっ?!」


 波紋のように。言いようのない感情がどろりと胸中に広がっていく。振り返ると、紫苑はそれがわかってたかのように唇を強く噛み締めていた。


「紫苑……」


「聞け、てめぇら」


 それだけで全員が紫苑を見る。


「さっき、留守電が入ってた」


 スマホを取り出し、操作したそれから出てきた声は──紫苑の双子の兄である、はるのものだった。


『し、紫苑? あの、どうしてだかわからないんだけど……百妖家の双子の片方がウチに来てて……えっと、ねぇ。どうすればいい? 何かすごく泣いてて……こっちにいるとかなんとか言って聞かなくて……紫苑はそっちにいるんでしょ? ねぇ……』


『春に〜ちゃん?! 紫苑に〜ちゃんと話してるの?!』


『えっ? あっ……』


『もしもし紫苑に〜ちゃん?! ねぇどこにいるの?! 早く帰ってきてよ〜! 会いた……』


 慌てて留守電を切り、紫苑はわざとらしく咳払いをする。


 結希ゆうきは、姉妹は、何に衝撃を受けたらいいのかわからなかった。


 幸茶羽ささはの裏切りともとれる行為が遅れて心を蝕んでいく。紫苑がどれほど家族に愛されていたのかを知ってしまった以上、今までと同じようにはいかないような気もしてしまう。なんとなくだが、紫苑はずっと独りで過ごし、誰からも愛されていないと勝手に思っていたからこそ安堵して──寂しくもなって、奪ってしまったものの大きさを思い知った。

 そして、最後に聞こえてきた声は明らかに幼く、月夜つきよや幸茶羽と大差ない年齢のようにも聞こえる。〝に〜ちゃん〟と呼んで紫苑を慕い、会いたいと素直に言える彼と月夜はどことなく似ていた。だからだろうか。紫苑の月夜に対する態度があぁだったのは。


「……紫苑、話せ。キミがいたかつての家のことを」


 雪が降った。それを降らせたのは魔物のように冷たい表情をした麻露ましろだったのか、単にそういう季節だったのか。

 紫苑はごくりと唾を飲み込み、やがてぽつぽつと語り出した。自分を拾い、今の今まで育ててくれた人が住んでいる家のことを──膨大な愛を与えてくれた人たちが住む、芦屋あしや家のことを。

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