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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第八章 業火の大罪
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十三 『義姉弟の相性』

「元気がないわねぇ。熱でもあるの?」


 真夜中になっても無尽蔵に出てくる妖怪を殺していると、後ろから不意に抱き締められた。


「うっ、わっ?!」


 気づかなかった。いや、気づけなかった。気配を消すことが妙に上手い炎の依檻いおりは、結希ゆうきの腹部を指で撫でて息を吐く。


「急になんなんですか!」


 愛果あいかの誕生日であっても妖怪退治を中止することは許されない。だから早々に切り上げて全員で殺しているのに、依檻はまったく本気を出さなかった。半妖はんよう姿になれば完全なる炎の子となる依檻は、未だに人間の姿だった。


「さっさと変化へんげしてください。……ッ、りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


 一緒に来ている和夏わかな心春こはるは戦っている。なのに次女である彼女がサボってもいいのだろうか。

 依檻の炎の特性を考慮して、森ではなく町役場前の広場に来たというのに──彼女は結希に構ってばかりだった。


「いいの? 変化したら結希を一人にしちゃうわよ?」


「むしろ一人にしてください」


 呼び出したスザクとオウリュウも、結希の元から離れて戦っている。だから依檻が傍にいるのかと思ったが、結希は思わず振り向いた。


「なぁに?」


 一人にしてほしくないのは、もしかしたら依檻の方なのでは? それとも、本当に──


「そんな今にも泣きそうな顔をしないの」


 ──本当に、自分がそんな顔をしているのか?


「結希って、意外と顔に出るわよねぇ」


「……出てません」


「出てるわよ」


「出てません」


「気づいてない? 最初は出てなかったけれど、最近の結希はよく顔に出るのよ」


「気のせいです」


「本当にそうかしら」


「…………」


 だが、顔に出ているという自覚がなくてもなんとなくそんな気はしていた。

 表情筋が柔らかくなったような、人と喋る機会が増えたおかげで自分の感情の機微さに気づけたような感覚は確かにあった。


「ちなみに、わかちゃんとはるちゃんも心配してたわよ?」


「あの二人は元からそういう人でしょう」


 和夏と心春は、誰よりも優しい子だ。結希は視線を元に戻し、結希がいる広場に決して妖怪を入れないようにと戦っている二人のことを想う。


「依檻さん!」


 叫び、彼女に行くように促した。四人が取り逃がした鴉天狗からすてんぐが飛んでくる。奴が狙っているのは町役場の結界だ。


「あーあ。どうして私は結希とゆっくり話すことさえできないのかしら」


「ごたごた言ってないでさっさとやってください! あれはさすがに無理ですから!」


 依檻の後ろに無理矢理隠れ、腰に下げた《半妖切安光はんようきりやすみつ》にそっと触れる。和夏は接近戦を得意とし、心春は声が届く範囲でしか攻撃ができない。

 鴉天狗に届く攻撃を持つのは、現状依檻だけだった。


「────」


 瞬間、依檻の空気が一気に変わる。炎を身に纏い、その炎と同化して彼女は空へと炎の鞭を高く伸ばした。


 ぎゃあぎゃあと喚く鴉天狗の墜落と共に、その体を灰になるまで燃やし尽くす依檻の熱がここまで届く。


 ──熱い。秋の色に染まりきった十一月の下旬になって、冬の風が届く今になって、真夏のような太陽光を浴びている。そんな熱をずっと内包している依檻の頑丈さは、その血故なのだろうか。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」


 九字くじを切り、消滅まで追い込んで、これで良かったのだと自分に言い聞かせる。

 タマ太郎たろうやママやポチ以外の妖怪は狂っている。だから、殺さなくてはならない。これでいい、間違ってない。


「うわっ」


 目眩がして一瞬蹌踉けた。すぐに元に戻った依檻はなんの迷いもなく振り返り、駆け寄ろうとして足を止めた。

 結希が蹌踉けた先は、結界の中だった。


 別に中に入れるのに、どうして躊躇う必要があるのだろう。必要以上に気にかけたいのなら、気が済むまで気にかけていればいいのに。彼女の過干渉っぷりを迷惑だと言って拒絶する心はもうないのに。


「どうしてそこまで俺に構ってくるんですか? 期末はもう終わりましたし、留年も回避したじゃないですか」


「だって、知られちゃったもの」


 知っていることならたくさんある。いつの間にか増えていった知っていることは、この家族を壊すことだって簡単にできる。


「だから、もう、かっこ悪くても足掻くのよ。足掻いて、足掻いて、やるしかないのよ」


 それはまるで、赦しを求めているような狂気さだった。

 救いを求めようと伸ばされた手で首元を締められるような苦しさだった。


「私は、誰よりも結希の傍にいてあげたいのにいてあげられない。本当の姿で結希に触れることもできない。だから、もっと、もっとって欲張って──今みたいに構いたくなっちゃうのよ」


 ごめんねと、依檻が小さく呟いた。その呟きは、結希が読唇術で読み取った言葉だった。


「結希くん」


 突然の声に振り返ると、まったく明かりがついていない町役場を背景にさせて血が繋がらない伯父が立っていた。

 この町の町長であり陰陽師おんみょうじの王でもある千秋せんしゅうは、陰陽師の力で自分が近くに来ていると気づいたのだろう。まだ仕事が残っているはずなのに手をひらひらと振っている。


「依檻くんも一緒だったのだな。ちょいとこっちに来てくれるかの?」


 依檻は渋々と数メートルを一人で歩き、町役場の結界前でわざとらしく足を止めた。


「なんの用かしら? 町長さん」


「ついさっきいぬいくんと千羽せんばと予知をしたのだ。その結果をすぐに伝えたくての」


「あら」


「えっ、どこなんですか?!」


 本格的な予知をしたということは、阿狐頼あぎつねよりの次の襲撃場所が確定したということだ。

 千秋はにこにこと笑い、無言で九字を切って新たに襲いかかる妖怪を消滅させる。


「それが、風丸かざまる神社でのぅ」


「えっ」


「本当に、結界がある重要機関をことごとく潰しにかかってくるのだから面倒で面倒で仕方がない」


「それに、同じ場所を二度も狙わないというのも気になるわよねぇ。一度目を下見ということにして、二度目をしたら成功するかもしれないのに」


 依檻の言うことも最もだと思った。だが、阿狐頼はそんなことをする人間ではない。それは、今までの出来事が物語っていることだった。


「とにかく、小倉おぐらくんには我から話をつけておく。結希くんは風丸かぜまるくんを百妖ひゃくおう家に泊めるか何かして神社から引き離してほしいのだが……できるかのぅ?」


「……はい、できます」


 多分、風丸を神社から引き離すことができるのは結希くらいだろう。明日菜あすなだと、あと一押しができないような気がして結希は頷く。


「じゃあ、頼むの?」


「はい」


「ここも、もうしばらく頼むの?」


「はい」


 六年前から当たり前のように話していたからか、彼がどれほどの権力者なのかを忘れてしまう。だが、そんなことを抜きにしても──千秋の指示を抜きにしても、「いいえ」と言うつもりはまったくなかったのに。


「……結希はいっつも『はい』しか言わないわよねぇ」


「え?」


 千秋が背中を向けた瞬間に依檻が言う。だが、目を合わせる直前になって依檻が炎と化してしまった。

 まるで目を合わせることを恐れているかのように、炎となって四人が逃してしまった妖怪を取り囲む。奴らを追うようにして炎の手先を伸ばす彼女は、ガソリンが撒いてあるかのように燃え上がっていた。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」


 彼女に合わせて九字を切る。こうして彼女と戦うことはあまりなかったが、正直に言って炎が邪魔をしているせいで戦いにくい。多分、依檻も炎の量を加減して戦っている。

 結希が炎に焼かれないように。結希が煙を吸い込まないように、結希をずっと気にかけていることが熱量を通して伝わってくる。


 あの時も命を懸けて守ってもらったのに、今になってもこういう形で守ってもらっているなんて──それは。


「依檻さん!」


 声をかけ、自分自身に結界を張る。依檻のブラウンの双眸がどこにあるのかはわからない。そもそも見えているのかもわからない。だが、依檻が一気に炎の勢いを強めた時──結希はほっと息を吐いた。


 誰だって、誰かの荷物にはなりたくない。


 依檻の真意は未だに読めないところも多いが、結希は依檻の荷物にだけはならないという意思を込めて彼女の炎を受け入れた。

 多分、他の姉妹も広範囲に渡る依檻の炎との相性が悪い。だから彼女は本気を出せないのだと理解して、やがて収束していく彼女の残り火を燃え尽きるまで眺めていた。

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