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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第八章 業火の大罪
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十二 『誕生日の少女』

 軽く駄々をこねた翔太しょうたに謝り、夕飯になる前に百妖ひゃくおう家に戻ると──リビングは綺麗に飾りつけをされていた。


「おかえりー、結希ゆうき


「ただいま」


 結希がそう返したのは依檻いおりにだけではない。他にも聞こえてきた「おかえり」に対しての「ただいま」だ。だから、依檻が嬉しそうに微笑んでいるのを見ると良心が痛む。


愛果あいかは?」


「上で楽しみにしながら待ってたぜ! そろそろご飯も終わるんだよな?!」


「あぁ。結希もちょうど帰ってきたことだし、愛果を呼ぶ準備をするか」


「さんせ〜! つき行ってくるね!」


 いつになく楽しそうな月夜つきよと彼女についていく幸茶羽ささはを見送り、結希は一人椅子に座った。

 テーブルの傍らには車椅子に座っている真璃絵まりえがおり、今日もその目が開くことはない。亜紅里あぐりの肩に乗っているママは大人しくしており、結希はテーブルの上で遊んでいたポチを捕まえてポチ子が出した毛玉をゴミ箱に投げ捨てた。


「で? どうだったの、弟クン」


 そんな結希の傍らに寄り添って、熾夏しいかが小声で尋ねてくる。

 翔太の誕生日会に行っていた──そんなことは誰にも話しておらず、まさかまた人の心を勝手に見たのかと思い結希は思い切り顔を顰めた。


「うんうん。すごーくストレートに顔に出したね」


「ちょっと言っている意味がわからないんで帰ってください」


「私の家はここだよぉ? あいちゃんの為に早く帰ってきたんだから病院に戻るのはナンセンスなんじゃないかなぁ」


「近いです」


 頬をぐいぐいと近づけてくる義姉を片手で押さえつけ、先月からさらに距離感を縮めてくる熾夏の暑苦しさに辟易する。

 元から距離感がおかしい人だったが、元から弟扱いしていたのだから本物の姉弟はこんなものなのかと──間違った価値観を植えつけられそうになって一つ隣の席に移動した。


「しいちゃん、そんなことしてたら嫌われちゃうわよ〜?」


「えっ、大丈夫だよ。いおねぇほどじゃないし」


「えっ、私しいちゃん以上に嫌われてるの?」


「キミたち二人とも自覚がなかったのか?」


 呆れた麻露ましろに同意する鈴歌れいかは、「…………近い」なんて言って結希と熾夏の間に割り込んでくる。


「いや狭いんですけど」


「…………確かに」


「何しとるんじゃ、お主らは……」


「みんな仲良しさんだね〜」


「……いや、殺気しか見えんのじゃが」


「はうぅぅう……! うぅぅぅ……!」


「そして心春こはるは一体何をしておるのじゃ?」


「みんな仲良いから輪の中に入りたいんだよな! アタシも一緒に行ってあげるから、結兄ゆうにぃとたくさん話をしようぜっ!」


 仲が良さそうに見えるのだろうか。前々から思っていたが、椿つばきは相当なポンコツだ。

 男性恐怖症が結希に対してだけ緩和したとはいえ、心春は全力で両手を振って拒絶した。耳まで真っ赤にさせているが、真っ青じゃなかったのが一つの救いか。椿は不思議そうに首を傾げ、朱亜しゅあにあからさまに呆れられた。


愛姉あいねぇ連れてきたよ〜!』


『待て、すぐに入って行こうとするな』


 月夜と幸茶羽の声が聞こえてくる。愛果は『うげっ』と声を出し、多分だが噎せた。


『愛姉、せ〜のっ! だよ! せ〜のっ!』


『うっ……?! 今のタイミングじゃなかったの?! 今度ややこしいことしたら踵落としだからね?!』


『かかと落とししたらささが潰す……!』


『あぐぐ……! フード引っ張るな……!』


 仲が良い義姉妹の姿は見えない。とりあえず押しつけられたクラッカーを持って三人のことを待っていると、鈴歌を押しのけた熾夏に耳打ちされた。


「あれで仲が良さそうに見えるなら弟クンも相当なポンコツだよ」


「なっ……?!」


 心を読まれた。耳を覆って仰け反ると、狐のような笑みを浮かべた熾夏が鈴歌に殴られる。


「…………邪魔」


「いひゃいよ鈴歌ぁ……」


「あっはっは、それはしいちゃんが悪いかなぁ!」


「うるさいよいお姉ぇ……」


 空気も読まずに笑い続ける依檻は、最初にこの家に来た時から薄々勘づいていたが浮いている。

 そして、彼女ほどではないが同じように浮いている月夜の『せ〜のっ!』が聞こえてきた。


「〜〜ッ!」


 扉を開けた愛果のこそばゆそうな表情を視認する。その少し上の空間に向かって結希は手元のクラッカーを鳴らした。


「ハッピーバースデー!」


 バラバラな全員の声を受け、愛果はすぐさま扉の奥に引っ込んでしまった。祝われ慣れていないのだろう──椿も、歌七星かなせも、月夜と幸茶羽も──ほとんどの義姉妹たちがそうだった。結希もそうだったが、そうじゃなかったのは依檻くらいだった。

 依檻の誕生日を祝ったあの日、結希は確かに百妖家にとって依檻という存在が必要なのかと疑問に思ったことがある。だが、今となってはなくてはならない存在なのだろうと思う。どんなに浮いていても、どんなに義姉妹たちに迷惑をかけても、家族を常に笑顔にしていたのは他でもない依檻だった。


「愛姉! 出てこいよ! 宝探しも残ってるんだぞー?!」


『無理無理無理無理! 恥ずかしい! こっち見ないで!』


「今日の主役は愛ちゃんだよ〜? こっちおいで〜!」


『こっち見ないって約束するなら行く!』


「何を無茶なことを言うとるのじゃ……」


「…………でも、わかる。慣れないものは仕方ない」


「アタシもちょっと恥ずかしかったなぁ……。でもでも、すっごい嬉しかったっ!」


「愛姉〜! 出てこないとご飯冷めちゃうよ〜?!」


 ついさっきまでやっていた誕生日会と大きく異なる誕生日会。それを見て、結希は知らぬ間に度肝を抜かれた。

 ……双子なのに、ここまで違う。祝われ慣れている翔太は、鬼一郎きいちろうに毎年たくさん祝われて、毎年たくさんのプレゼントを受け取って、毎年たくさんのケーキを一緒に食べていたと言っていた。なのに愛果はそうではなかった。


 百妖家と相豆院そうまいん家。どっちの方にいたら幸せになれるのか結希が判断できるわけもなく。わからないと思うし、自分が断言していいものでもないと思っている。そんな双子は、家族とは言い難かった。

 それは、早く晩御飯を食べたそうにしている紫苑しおんが言っていたことと重なるような気がして結希は紫苑に視線を移した。


はるも他人なのか? お前らは血が繋がった双子……』


 双子なのに家族じゃないと言い切った紫苑のことが理解できなかった。


『双子だからなんだよ! 双子だったらわかり合えて当然だって言うならそれはちげぇんだよ! 双子だから嫌なんだよ! 双子だから、気味が悪くて吐きそうなんだよ……!』


 それを聞いて完全に理解できたわけではなかったが、愛果と翔太に置き換えるとなんとなく理解できる気がする。


「…………」


 唾を飲み込み、俯いた。愛果を無理矢理連れ出そうとする月夜と幸茶羽もそうなのだろうか。


「まったく、しょうがないわねぇ」


 すぐ近くに座っていた依檻が愛果を迎えに行く。結希はそんな依檻を視線で追い、「あいちゃん」と声をかける依檻の背中をじっと見つめた。


「ごめんね」


 なんの飾り気もない謝罪が、全員がいるリビングに落ちる。


『……は?』


 愛果はどうして謝られたのか理解できないとでも言いたげな声を出していた。


「私たちが懲りずに毎年祝っていたら良かったのよね」


 毎月。毎年。誰かの誕生日を祝い続ける。毎月、毎年、誰かが欠けている誕生日会。誰も集まれない誕生日会。


『いや、そんな……! だってみんな忙しかったじゃん! そんな余裕もなかったじゃん!』


 あくまでも、自分たちの力で生きている。先月熾夏がそんなことを言っていたような気がして思わず連想してしまった。


「えぇそうね。はいオ〜プ〜ン」


「うぎゃあ?!」


「これからたくさんたっくさん誕生日会をしましょう? みんな仕事に余裕が出てきたし、お金もがっぽがっぽ入ってきてるし。……今までできなかったこと、これからたくさんたくさんみんなでしましょうよ」


 母のような、そんな声色で依檻が愛果を連れ出した。愛果は渋々と出てきたが、結希は〝これから〟がないことを知っていた。


『……わかった。その代わり、一年以内に戻ってきなさい。それが条件よ』


 依檻がいる誕生日会は、今年で最後だと。まるで最後の思い出を作るかのように行動している依檻の言動に疑問に思う義姉妹はいたかもしれないが、誰も何も言わずに愛果を祝い続けていた。


「なぁ、もう食べていいのか?」


 いただきますを言わないと、食べてはいけない。そう百妖家で叩き込まれた紫苑は今の今まで黙っていたが、ついに我慢ができなくなってそう尋ねた。


「あぁ、いいぞ。愛果、依檻。そろそろ冷めるから席に座ろう」


「はぁ〜い」


「わ、わかった」


「ほら紫苑、勝手に食べようとするな」


 みんなが一緒にいる時は、一緒に食べないといけない。これも百妖家で叩き込まれたルールの一つだったが、紫苑はこれだけは納得がいっていないようで今でも不服そうな表情をしてスプーンを握り締めていた。


「今日もバラバラねぇ」


 依檻が辺りを見回して笑う。結希が来た時はまだ保っていたが、亜紅里と紫苑が来てからは誰も決まった席に座らなくなった。

 ほんの少しだけしかなかった隙間をギリギリまで詰め、十四人で囲む食卓。騒がしい食卓にはもう慣れた。もうボロアパートに帰りたいとは思わない。紫苑は、どう思っているのだろう。


「こっち見んな」


「…………」


 気味悪いとでも言いたげな表情で睨まれた。正面の席に座る依檻に笑われ、なんでもないことでもすぐに笑う彼女がいなくなる一年後を想う。……まったく、想像できなかった。


「うふふっ、反抗的な義弟おとうとを持つと大変でしょう?」


「今そういう話してないですから!」


「誰が反抗的なオトウトだ! 誰が!」


『オマエダ』


 ママがそう言うが、亜紅里が笑うだけで誰もママの言葉には反応しない。


「とにかく、次は宝探しだからな! 愛姉楽しみにしててくれよ〜!」


「もう隠しそうな場所は検討ついてるけどね。……ていうか、受験勉強したいからあんまりそれに時間割きたくないんだけど」


「えぇ〜? 十分も二十分も変わらないだろ?」


「そういう問題じゃない! やってないと不安なの!」


 切羽詰まった様子で頭を掻く愛果を見て恐怖を覚えたのは結希だけじゃない。亜紅里も、来年になればここまで苦しむのかと思って顔面蒼白になっている。


「まったく。結希、亜紅里。考えてることがバレバレよ〜? 私が来年も見てあげるから、心配しないで」


 依檻が百妖家を出ても、学校で会える。だが、学校で会えなくなったらもう会えない。

 結希と《紅炎こうえん組》の組長との間に、接点なんてものはないのだから。こうして依檻と共に過ごせる日々が残り少ないこと。それを意識すると愛果と同じように毎日が不安なものへと変化していった。

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