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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第八章 業火の大罪
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二  『やがて家族は家に帰る』

 その不敵な笑みは強がりというわけではなく、紫苑しおんは妖怪を前にしても決して怯むことはなかった。ぎこちなさがまだ残るものの、タマモと上手く連携して術を適切に使用している。

 どの主従にも言えることだが、その様は式神しきがみが上手く主を補助して育てているようだった。


「不思議な方でございますね、紫苑様は」


 木々を避けてすぐ傍に着地したスザクが、ぽつりとそんな感想を漏らす。


「……憎悪でお腹いっぱい。でも、畏怖もある感じ?」


 こてんと首を傾げたオウリュウは、手に持っていた大太刀を振って周囲にいた妖怪を切り殺した。


「そうだな」


 答え、結希ゆうきは休むことなく突っかかり続ける紫苑の首根っこを掴んだ。


「ぐぇっ、何すんだよ!」


「適度に休まないと途中でバテるだろ。……タマモ」


 呼びかけ、戻ってきたタマモに紫苑を預ける。タマモは友好的というわけではなかったが、結希の言葉を素直に聞いて紫苑の傍に大人しくついた。


「主君、緊急時というわけではないので過度に張り切らないでください」


「張り切ってねぇよ!」


「……心の休憩、大事だよ?」


「うっせぇバーカ!」


 オウリュウにまで噛みついた紫苑を山道に残し、結希はスザクと共に森の奥まで突き進んでいった姉妹を探す。

 まだ力が発現していない月夜つきよ幸茶羽ささははそっちに同行したはずだが、ちゃんと傍にいるのだろうか。一抹の不安を覚えつつも、たいして離れていないであろう姉妹の妖力を追い──


結兄ゆうにぃ!」


 ──そう言って飛び下りてきた椿つばきと合流した。


「椿ちゃん、そっちは?」


「こっちはシロねぇが大活躍して大体終わったんだ! だからアタシはそっちの応援に行こうと思って!」


「こっちは紫苑に休憩を取らせてる。オウリュウだけでなんとかなりそうだけど、紫苑は墓地まで持つかどうかだな」


 森の中は身動きがとりにくく、全員が固まって戦うことはできない。墓地にまで出れば一塊になって動けるが、紫苑がそこまで考えて動いているのかは甚だ疑問だ。


「……そっかぁ。なんか、結兄が紫苑を気にかける理由わかる気がするよ」


 椿は笑い、同い年の紫苑の身を少しだけ案じた。


「あ、椿様。あれは麻露ましろ様たちではございませんか?」


 振り返ると、変化へんげした月夜と幸茶羽を連れた麻露──そして彼女の肩に乗った心春こはるが木々の陰から姿を現した。


「あ、ほんとだ。シロ姉、心春! もう終わったのかー?!」


「あぁ。結希、紫苑とタマモとオウリュウは?」


「あっちにいます。すぐに呼んできますね」


「頼む」


 踵を返し、山道に出て無表情のオウリュウを回収する。紫苑は、タマモに連れられながら上ってくる途中だった。


「行くぞ、紫苑」


「ッ、わかってる!」


 走らなくてもいいのにわざわざ走り、結希に追いついた紫苑は頬についた汚れを拭う。彼の目はまだ死んでいない。妖怪を殺すことに快楽を覚える危うさはないが、妖怪を安らかに眠らせる優しさもない紫苑は先を行く麻露の後を追った。


「うー……ん、やっぱり心配だなぁ」


 そんな紫苑の背中を目で追いながら、隣を歩く椿が言葉を漏らす。頬を掻き、紫苑の中から見え隠れする一種の危うさを見つけて困ったように笑っていた。


「あいつのことはまだわからないことが多いけど、わかってるところを一つずつ掬い上げて接してあげてほしい」


 紫苑の過去は、複雑に絡み合って根っこが見えにくくなっている。たった十六年で数々の出逢いと別れを繰り返し、誰の近くにも行けなくなって膝を抱えて泣いている。

 檻を挟んで再会した時、結希は紫苑を見てそう思った。


「……うん。要するに、アタシらが紫苑の家族になれればいいんだろ?」


「えっ?」


 そんなことは一言も言っていないが、椿は妙にやる気を見せて腕捲りをした。


「大丈夫、結兄! 紫苑にはもう寂しい思いをさせないからさ!」


 今度はにかっと笑ってみせる。椿の底抜けの明るさは初めて会った時からそこにあったが、彼女だけが持つ陽だまりのような優しさは結希のことも充分に救っていた。


「……ユー、行こう」


 結希の腕にしがみつき、全体重を乗せたオウリュウは楽をしながら結希によって運ばれる。墓地へと続く道はこの道ではないが、山道を逸れて獣道に入るとその奥に例の墓地があった。


「遅いよ君たち。どれほど俺をこんな危険な場所で待たせるのかなあ?」


 全員で足を止め、膝をがくがくと震わせた仁壱じんいちが墓地の中央に立っているのを見る。仁壱の頬にはかつて結希が手渡した札が二三枚貼られており、スーツのジャケットのポケットにはいくつもの札がはみ出していた。


「……何してるんだよ、仁壱」


 ここから一気に倒していこうという時に、その場に不釣り合いなものがあると急激に気が削がれてしまう。

 ため息をつきつつ前に出て、仁壱を囲む妖怪を倒すと物凄い勢いで抱きつかれた。


「なんでもっと早くに来れないのかなあ君たちは! 待ちくたびれただろ!」


「……待ちくたびれたんじゃなくて助けてほしかったんだろ」


 呆れた声しか出てこない。なんの力も持たない仁壱が怖がる気持ちは理解できるが、だからこそなんでわざわざここに来たのか。


「……なんだコイツ」


 ドン引きした目で自分を見つめる紫苑の視線にようやく気づき、結希から離れた仁壱は盛大な咳払いをして涙目を誤魔化した。


「君、もしかして末森すえもり紫苑とかいう新しい居候かな? ならば俺に逆らわない方がいいよ? なんてったって俺は百妖家の現頭首──」


「御託はいい! 来るぞ!」


 麻露に一喝されて縮み上がった仁壱は、結希の後ろにわざわざ隠れて周囲を伺う。

 墓地に集まった数々の妖力に引き寄せられたのは、墓場の妖怪人魂ひとだまだった。


「スザク! オウリュウ!」


 声をかけ、飛び出した二人に背中を任せる。相性の悪い麻露は参戦しなかったが、麻露が開けた穴を充分に補っていたのは義妹の椿と心春だった。


「タマモ!」


 四人が逃した人魂を俊敏な動きで殺したのはタマモで、人差し指と中指を立てた紫苑は息を吸い込み術を唱えた。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん……!」


 辿々しい口調で九字くじを切り、紫苑がトドメを刺せなかった妖怪は結希がすかさずトドメを刺す。

 依檻いおりと同じ妖怪である人魂が消滅する姿には心が痛むものがあったが、紫苑はそれどころではないようだった。


「大丈夫か?」


 荒くなった呼吸を整える紫苑は結希を無視してしゃがみ込み、そんな紫苑を見ていた仁壱は苦しそうに顔を歪める。

 いまいち何がしたいのかわからない居候の紫苑と義兄の仁壱は、暗闇の中に迷い込んでしまった子供のように苦しんでいた。それだけはなんとなく伝わっていた。


「シロ姉! つきたちも頑張るから……!」


「…………」


 視線を向けると、麻露の袖を引っ張る月夜が必死に何かを訴えていた。幸茶羽は視線を落とし、裾を握り締めて事態が収束するのを待っている。


「月夜、死ぬ気で頑張るのは当然だ。だが、その頑張りが空回っている以上今は立ち止まって落ち着くべきだと私は思う。今は少し下がっていてくれ」


 麻露は優しい声色でそう言っていたが、結希にはその言葉が残酷なもののように聞こえてならなかった。


 全員、何かしら頑張らなきゃいけない何かを抱えている。


 それを抱えていないのは麻露や椿ぐらいなもので、「大丈夫だって、月夜! 幸茶羽!」と根拠もなく励ましている椿の言葉がそれを如実にさせていた。


「……まだ、二人の心は一つじゃない?」


 オウリュウの声が墓地に残留する。

 アリアといぬいは、月夜と幸茶羽のことを「二人で一つ」だと言っていた。つまり、二人が一つにならないと半妖の力は二十歳になったって発現しない。


 月夜はするりと袖を離した。

 幸茶羽は唇を噛み締めていた。


「ふ、ふんっ。紫苑が来たと言うからどんなものかと見に来れば、全員たいしたことないじゃないか!」


 胸を張って酷評する仁壱の言葉は風だった。心にぽつぽつと空いた穴を吹き抜けて、骨が埋まる墓地へと吸い込まれていく。


「仁壱が言うな」


 なけなしの力を振り絞って突っ込むと、辺りを支配していた異様な空気は霧散した。暮れなずむ空は終わりを迎え、今度は闇が辺りを支配する。


「帰るか」


 麻露はそう言って息を吐いた。


「ねぇシロ姉。今日の晩御飯はなぁに?」


 心春が気を遣って話題を逸らす。麻露は一瞬宙を見た後、「カレーにするか」と変化を解いた。


「よっしゃあ! カレーだぁ!」


「ほんとっ? やったぁ!」


 腕を振り上げる椿に続いて月夜がぴょんぴょんとその場で跳ねる。熾夏しいかの言うことが本当ならば月夜も気を遣っていることになるが、結希の目にはそうは映らなかった。


「紫苑、帰るぞ。スザクとオウリュウも今日はここで解散だ」


「承知いたしました、結希様!」


「……わかった」


 敬礼するスザクを真似てオウリュウも敬礼。小学生のような二人がいつものように去る瞬間、タマモがスザクの裾を掴んで引き止めた。


「ふぇっ? どうしたのでございますか? タマモちゃん」


「……泊めて」


「泊めて? 泊めて……とは……泊めてってことでございますか?!」


「さっきからそう言ってるでしょ。主君と同じで、私も帰る家がないんだから」


 言われて気づく。タマモは、ツクモと共にヤクモから身を隠していた。今度はツクモからも身を隠さなければならなくなって、行く場所が消えてしまったのだろう。


「そういうことならば、わかりました! 一緒にお家に帰りましょう、タマモちゃん!」


 タマモの手を取り、スザクは嬉しそうに微笑する。タマ太郎たろうに続いてオウリュウが、オウリュウに続いてタマモが居候することになった間宮まみや家の式神の家は今の百妖ひゃくおう家のようだった。

 去っていく三人を見送り、結希は仁壱にも視線を移す。仁壱は忙しなく辺りを見回しており、明らかに動揺していることが見て取れた。


「……ちゃんと帰れるのか?」


「馬鹿にするのもいい加減にしてほしいな。俺は一人でも帰れるよ」


「コイツ足震えてるぞ」


 今まで沈んでいた紫苑だったが、自分よりもぼろぼろになった仁壱を見て立ち直ったのか腕を組んで目を細める。


「はうあっ?! ふっ、震えてない! 生意気なこと言うと怒るからね!」


「もう怒ってるじゃねぇか……。なんなんだよコイツ」


「仁壱だ」


「はぁ〜? コイツがてめぇの兄さんとかありえねーだろ。ふざけんなよ」


 何故紫苑がふざけんなと憤るのかはわからないが、仁壱に突っかかって逃げられていた。逃げた仁壱は一周して戻ってきて、「彼はなんなのかなあ? 僕のことナメてるのかあ?」と結希に直接苦情を入れる。


「なんでビビってるんだよ」


 不良のことが怖いのか、妖怪と対面した時以上に足を震わせていた。結希はそんな仁壱を引っ張り、百妖家への道を歩いた。

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