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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第七章 九尾の眷属
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幕間 『心の音色』

 私の家族は本物の家族じゃない。その事実を視てしまったのは、私が十二歳の時だった。


 潜在的にずっと感じていたのか、不思議と絶望はしなかった。

 本物の家族をこの目で視た時、私は自分の未来まで悟った。我ながら物凄くモノわかりのいい子供だったと思う。



 ──私はその日から漠然と、自分は医者になるんだと思っていた。





結城ゆうきさんっ! 一人では危険です!」


 かなねぇの叫び声が響いた時、陽陰おういん学園の放送室で倒れている桐也きりや先輩の姿を視た。


「私が追う」


 告げ、私は心春こはるが監禁されていたアパートから出る。私の目の前を走っていたのは、ずっと憧れていたるい先輩だった。


「涙先輩!」


 手を引いて今すぐその身を引き止めたい。彼にあの桐也先輩の姿を見せていいのかがわからない。


 生きているかもしれない。

 死んでいるかもしれない。


 思考が一向に纏まらなくて、私はただただ涙先輩の後を追っていた。涙先輩は一度も足を止めなかった。


「先輩待って!」


 部屋中に撒き散らされた大量の血液が、脳裏にこべりついている。うつ伏せになって機材に覆い被さっている桐也先輩の背中は惨い。

 私は涙先輩を止めようとして、放送室の扉を開けた彼の──がくんと力が抜けた体を抱き留めた。


 重い。男の子だからっていう理由じゃなくて、負の感情がそのまま体重となって涙先輩を地獄へと突き落としていく。


「……き、り……や?」


 赤子のようにたどたどしくそう問うた涙先輩は、這いずるようにして桐也先輩の元へと辿り着いた。その間ずっと、まだ渇いていない桐也先輩の血液が涙先輩の群青色の制服を赤黒く染めていた。

 涙先輩が桐也先輩の背中に触れる。軽く触れただけなのに、桐也先輩はバランスを失って涙先輩の方へと倒れてきた。


「──!」


 亡骸がゾンビとなって涙先輩に襲いかからないよう、私は片手で桐也先輩を抱き留める。片手にはまだ涙先輩がいて、泣くこともないまま涙先輩は両方の口角を上げていた。


 ──絞首台の笑い。私はその笑顔を笑顔だと捉えず、心で泣く彼に伝える。


「今、笑うところじゃないですよ」


 悲しみを表現することが下手くそな涙先輩は、餌を待つ雛鳥のように大きく口を開けて顔を歪めた。その瞳からようやく涙が零れた時、私は生まれて初めて涙先輩が感情らしい感情を出した瞬間を見た。


 多分それは、涙先輩の二度目の産声だった。


 泣くことしかできない赤ん坊をあやすように、自分の胸に涙先輩の耳を押し当てる。赤ん坊はこれで泣き止むと聞くけれど、赤ん坊じゃない涙先輩は一向に泣き止まないまま私の心音を聞いていた。


「涙先輩、私は……生きてますよ」


 そういう意味も込めて心音をずっと聞かせていた。私の片腕にすっぽりと収まって慟哭する涙先輩は視線を上げ、涙を拭いて立ち上がる。けれど、すぐに力尽きて私にもたれ掛かってきた。


「大丈夫ですよ、先輩。大丈夫だから……」


 強がらなくていい。私が強がってそう言うから。私がなんとかするから──


「……おやすみなさい」


 ──瞼を閉じた涙先輩に言ったのか、瞼を閉じないまま絶命した桐也先輩に言ったのか。自分で自分がわからなくて混乱するけれど、ここで私が挫けるわけにはいかないってことはわかっている。

 私は立ち上がり、両脇に涙先輩と桐也先輩を抱えて歩き出した。


 みんな、町役場に集まっている。


 私も行かなきゃ。今すぐそこに行って、桐也先輩をお家に帰さなくちゃ。だから、待ってて。私はまだ、頑張れるから。


 分散した力を掻き集めて、踏ん張って、一歩目を歩き出す。見知った学園。この二人と一緒に過ごしたなんでもなかった日常は、今日を境に死んでしまった。色んな死体を道中で何度も何度も見つけてしまった。



 ──私はその日から漠然と、自分は医者になるんだと思った。命は、救われなきゃいけないんだと思った。





「おかえりなさい」


 つい癖で靴を脱いでしまいそうになって、私は靴からるい先輩の方へと視線を移す。涙先輩は普通の表情を浮かべていて、テーブルに晩御飯を並べていった。


「た、だいま」


 言い慣れない〝ただいま〟に戸惑いつつも、私は彼が座った正面のチェアに座る。

 アメリカの大学に二人で進学し、生活スタイルもそっちに完全移行すると思っていた。なのに涙先輩が作る料理は、和食ばかりだった。


「ピザでもいいんですよ?」


「俺は和食が良いです。……あ、熾夏しいかは和食が嫌いですか?」


「そんなことないですよ。涙先輩のご飯、すごく美味しいです」


 本当は、シロねぇの方が数倍も美味しい。でも、医大生になった私の為に家事のほとんどをやってくれている涙先輩に文句は言えない。

 和食だって、私の体を気遣う為にそうしてくれている可能性もあるのだから。私の為にアメリカまでついて来てくれた涙先輩の聖母のような優しさを、完全否定するような真似は絶対にできないのだ。


 涙先輩が浮かべる心からの笑みが、今の私の唯一の救いになっている。涙先輩がいてくれれば、私はどんな辛い目に遭っても耐えられる。

 あの日地獄を見た私だから、大学病院で見かけるどんな患者の惨たらしい姿にも耐えられた。臓器を直で見ても怯まない私にみんなが羨んで、優秀な私をみんなが神聖視した。


 実際、私の医者としての能力は百目ひゃくめの能力で補っているところが大きいと思う。だから妖目おうま家は医者になることを選んだんだと思うし、天職だとも思う。

 けれど、神聖視されたのは初めてだった。それは間接的に〝人ならざる何者か〟であることを強要していて、神なんかじゃないのに何度も何度も拝まれた。〝半妖バケモノ〟だとは言わせてくれなかったし、言ってもくれなかった。


 私は、私が知らない文化がある世界に触れて、半妖はんよう陽陰おういん町から出てはいけないという暗黙の了解の意図を悟る。

 そうして、医者としての免許をあり得ないくらいのスピードで取得していった私は、たった四年で医者になった。


 最近、なんとなくだけど、自分の心が壊れていると思う時がある。それでも、涙先輩は私の傍にいてくれた。

 四年ですべてを終わらせた私と共に、四年制の大学を卒業してくれた。


「涙先輩、私、アメリカに来れて良かったです」


 言葉を漏らすと、涙先輩はまた笑んだ。


「ならば俺は幸福です、熾夏。熾夏の成長と活躍が、俺の生きる為の栄養分です」


「あは、ありがとうございます」


 どうして傍にいてくれるんだろう。聞きたいのに、遠回しな言い方でしか表現ができない。今のも普通に失敗してなんでもない会話になってしまった。


 ──私は、桐也きりや先輩の代わりなんですか?


 そんなことは、口が裂けても言えなかった。





 帰国して、誰もいない車両に二人で揺られて瘴気に気づく。何もない田舎の田園地帯にさえ瘴気はあって、黄昏時が訪れた刹那に姿を現した彼らの存在を私は決して許せなかった。

 この四年間、私はずっと妖怪退治の任から外されていた。アメリカでも似たような存在を何度か見かけたことはあったけれど、日本の奴らはそいつらよりも醜悪だ。そう思えてならなかった。


るい先輩、私、行けます」


「……熾夏しいか


 腰を浮かせて変化へんげすると、涙先輩が私のスカートの裾を摘んだ。なんだと思って振り返ると、絶望を顔に張りつけた涙先輩がいた。


「……先輩」


 なんて声をかければいいの? 何を言えば正解なの?


 涙先輩の絶望の意味を正しく理解できなくて、私は涙先輩の正面に立った。涙先輩は四年ぶりに見た私の変化後の姿に一瞬怯え、視線を落とした。


 ──この姿は、涙先輩を苦しめる?


 そんな意図はまったくないのに、あの日桐也きりや先輩の亡骸を抱いた私のことを見たくないという彼の気持ちは痛いほどによくわかった。

 涙先輩は私の為について来てくれたんじゃない。自分が妖怪と向き合うことを恐れているから逃げたのだ。あの日、誰も何も言わなかったが、涙先輩の式神しきがみのエビスでさえ亡くなったのを私は直感で悟っていた。


 涙先輩が小さく見えた。いつだって堂々としていて、感情を表に出すことがなくて、美形の桐也先輩の傍らにいる変人の先輩として有名だった涙先輩が小さく見えたのは初めてだった。


 私が完璧超人だと思っていた涙先輩は、完璧超人なんかじゃない。そう思い知らされたけれど、世界中でどこを探しても片手でしか数えられないくらいに大切な人を全部失った時の涙先輩の反応が無反応じゃなくて良かったと心から思うのも確かだった。

 こうして、地獄に突き落とされた涙先輩の絶望を見れて本当に良かった。弱さを見せてくれる〝人間〟であってくれて本当に良かった。


 私は涙先輩にかける言葉を模索するのを止め、彼のことを抱き締める。

 あの日と同じように、心音が聞こえますように。九尾を動かして、彼のことを包み込んで、全身で私というバケモノの体温が感じられますように。


 桑茶色の、赤ん坊のように柔らかい髪が私の胸元を擽った。動いた涙先輩は、怖々と私のことを抱き締め返す。

 その配慮が嬉しかった。全身に咲く目玉を潰さないように抱き締めてくれる涙先輩の心が震えるくらいに嬉しかった。





 妖目総合病院おうまそうごうびょういんに就職して、久しぶりに会った院長に有給申請をする。院長──私の本当のお母さんは、私が出した申請をあっさりと通して下がらせた。


 もっと他に言うべき言葉があるんじゃないか。そう憤ったけれど、妖目そうは無意味な会話が永遠と続くのを異様に嫌う人間だ。そういう人間であると、私は弟クンの思考を視て知ってしまった。

 実の娘──正なる後継者に対してお母さんがかけた言葉はあまりにも少ない。それが寂しくて、私が百妖ひゃくおうの人間のままでいいのか、私が妖目の人間になっていいのかがわからなくなる。


 私はいつだって真実を天秤にかけ、数多の選択肢の中から正しいと思う道を選んできた。けれど、〝家族〟だけはどっちか選べなかった。


「百妖先生」


 二人きりなのに、妙に距離を取ってくるお母さんは多分私を視た。


「私が何故、間宮朝日まみやあさひと縁を結んでいるのか……考えなさいね」


 それは、私にとってこの世でたった一人しかいない弟クンとの関係を指していた。

 私は両方の口角を上げ、院長室の扉を開く。


「考えときます、〝ママ〟」


 お母さんが反応する前に扉を閉めた。そして、そこにいたのは明彦あきひこだった。


「ダメじゃない、熾夏しいかちゃん。伯母様のことを〝ママ〟って呼んじゃ」


「いちいちいちいちうるさいなぁ。ぶっ殺すよ?」


「いやん。救命救急科の先生がそんな物騒なこと言っちゃ嫌よぉ」


「救命救急科である前にこっちは前代未聞のバケモノなんですぅ〜。放っとけば全人類を殺すんですぅ〜」


 医者の一族なのに、こんな運命を代々背負っているのは皮肉だし滑稽だと思う。

 傍に寄り添ってくれた明彦は、細い手で私の頭を親しそうに撫でた。


「……ダメでしょ。赤の他人の頭をそんな風に撫でたら」


「アタシはオネエよ? いいじゃない、気にしなくても」


「……こんなことをする為にオネエになったんじゃないでしょ」


「そうね。心の性別はそう簡単には変えられないわ」


 明彦がオネエであることが怖い。明彦は、自分がオネエであることを利用して私の代わりに明日菜あすなちゃんのお姉ちゃんになった。それに違和感を持たれないよう、年下の他者に姉として振る舞い年上の他者に妹として見られるように努力した。

 そんな彼が私のお姉ちゃんにならないわけがなく、四人の義姉に徹底的に甘やかされて育った私が明彦に甘えないわけがなかった。私を甘やかす明彦という妖目家の人間の存在が怖かった。


 流れてきた大粒の涙を自分の手で拭って、寄り添ってくれる明彦の胸板で声を上げる。


「ありがとう、熾夏ちゃん」


 そんな私の声に紛れて、短く明彦が礼を言った。


「アナタが生まれてきてくれたから、アタシは今のアタシになれた。自分を偽るのをやめて、ありのままの自分でお姉ちゃんになれた」


 ありがとう。偽りのない言葉が私と明彦を繋いでいく。


「大丈夫よ。〝お姉ちゃん〟の力を信じなさい」


 その単語が誰を指すのか。そう思って、私の知っている〝お姉ちゃん〟がみんな強いことに気づく。

 だから私も強くなれる。少なくともあの時、私はお姉ちゃんだったから赤ん坊のような涙先輩に寄り添うことができたのだ。


「……ありがとう、〝お姉ちゃん〟」


 私もみんなの〝お姉ちゃん〟だから。守れるように、救えるように、医者になった。





 目が覚めた時、私の顔を覗き込んでいたのは明日菜あすなちゃんと風丸かぜまるクンだった。

 一瞬頭が真っ白になって、二人の服装を見て事態を察する。


熾夏しいかさん」


 明日菜ちゃんが私の名を呼んだ。今まで何度も呼んでくれたのに、ずっと見ていた夢のせいか妙に涙腺が緩んでしまった。


 私は〝半妖バケモノ〟で。〝お姉ちゃん〟だ。


 明日菜ちゃんを地獄へと導く引き金として生まれてきて、君は世界を滅ぼす力を保有する私を天へと導く巫女として生まれてきて。

 弟クンはそんな私たち姉妹を結ぶ希望だった。


「ありがとう、二人とも」


 私は風丸クンの手に触れる。風丸クンは驚いたように目を見開き、「熾夏さんが無事で良かったぁぁ!」と破顔した。

 私は微笑し、弟クンに寄り添ってくれていた二人の未来が幸せで満ち溢れていてくれることを願う。明日菜ちゃんも、風丸クンも、並の人間が背負えばすぐに潰れてしまいそうな運命を背負っている。そんな二人に潰れられたら弟クンが死んじゃうから、私は二人に「もう大丈夫」と笑って応えた。


「じゃ、行ってくるね」


「ど、どこへ?」


 私の服の裾を摘んだ明日菜ちゃんは、不安そうな表情をしていた。

 恋敵的なポジションを狙って弟クンに過度にベタベタしてたのに、明日菜ちゃんは優しい子だから〝知り合い〟が病み上がりのままどこかに行くのは良しとしないのだろう。


「そんなに優しいと、いつか本当に誰かに奪われちゃうよ?」


 〝お姉ちゃん〟としての忠告を残し、私は走って小倉おぐら家から出た。道中で変化へんげして、自分の姿が覚醒後の姿であることに気づく。

 私はその姿のまま住宅地の屋根を疾走し、百妖ひゃくおう家に戻ってがくんと力が抜けた弟クンの体を抱き留めた。


「……まったく。どうしていっつも、こんなに無茶ばかりしちゃうかなぁ」


 呆れたような声が漏れる。そんなところもるい先輩にそっくりで怖くなるくらい、腕の中にいる弟クンは重かった。


「しいか、さん……?」


「休んでて、弟クン。私のことを助けてくれて、あんなに大きな結界を補強してくれて……。本当だったら君は倒れていてもおかしくないくらいとっても疲れちゃってるんだから」


 安心させるように微笑んで、私は弟クンを赤ん坊のように抱く。弟クンは欲望のままに瞳を閉じ、赤ん坊のようにすやすやと眠った。


「後は私たちが頑張るから。待っててね」


 頑張り屋さんな君だから、まだ動こうとしていたんだろう。そんな君の意志は私が継ぐから、今は「おやすみなさい」と言わせてほしい。


「……しぃねぇ


「あぐちゃん、ヒナちゃん。任せるね」


 弟クンを、変化したヒナちゃんに預けた。桐也きりや先輩に似たヒナちゃんと、涙先輩に似た弟クンが現生徒会役員なんてちょっとした皮肉だ。ぶっちゃけ二人とも本当に身内なんだから笑えない。

 百妖家の坂を下り、半妖はんようの力を酷使してすぐに辿り着いた駅前は予想に反して統率された戦闘が繰り広げられていた。私は《カラス隊》の合間を縫い、ホームに上がって彼の背中を視認する。


「涙先輩!」


 不慣れな日本刀で戦っていた涙先輩は、私が少年を足止めした刹那に息を呑んだ。


「熾夏……何故! 休息を命令です!」


「見てわかりませんか? 今の私は──絶好調ですよ」


 大丈夫という意味を込めて、私は目の前の少年を見つめる。この子も数奇な運命に雁字搦めにされた憐れな子のようだ。そういうオーラが滲み出ている。


「──!」


 幻術を使用し、迷える子羊を森の中へと閉じ込めた。九字くじを切られたらおしまいだったが、今の私の能力はその程度じゃない。

 千里眼で相手が恐れているものを視た。その恐れているものを幻術で見せた。だから、迷える子羊ならばすぐに陥落する。


 涙先輩が独りで手こずっていた少年は、膝をついて瞳を閉じた。私は彼を抱き留めて、振り返る。

 涙先輩は呆気にとられていた。そうして安堵し、持っていた日本刀を鞘に収める。


「無茶し過ぎです」


「涙先輩もね」


 四年前は式神に頼りっぱなしで、四年間ずっと戦闘に参加していなくて、妖怪じゃなくて陰陽師おんみょうじと戦ってるだなんて思いもしなかった。

 弟クンも、涙先輩も、やっぱり無茶ばかりする変な人だ。だからこそ放っておけなくて困ってしまう。


「行きますよ。私が傍にいてあげますから」


 言うと、涙先輩は小さく破顔した。今も昔も、私が涙先輩を独りにしないから──そう思ったけれど、今の涙先輩には弟クンがいる。紅葉くれはちゃんもいる。義妹のアリアちゃんも、いぬいちゃんも、みんな涙先輩の大事な家族だった。





『……家族、だからね』


 そんなアリアちゃんが口にした言葉は、私を根本から揺らがすものだった。


『次は絶対に、誰も死なせない。ゆうくんは覚えていないと思うけど、あの日バラバラに戦っていた私たちを一つにしたのは……ゆうくんなんだよ?』


 わかる。わかるよ。バラバラに戦っていたから桐也きりや先輩を守れなかったし、エビスも救えなかったし、るい先輩の従弟の千羽せんばも死んだ。

 隣に立って、私と同じく病室から聞こえてくる声に耳を澄ませる涙先輩の手を握り締める。



『今度の百鬼夜行は、家族みんなで一緒に乗り越えよう?』



 あの子は明彦あきひこによく似ていた。百妖ひゃくおう家と妖目おうま家との間で揺れる私に、「どっちも家族だ」と笑って肯定する人たちに救われていた。

 私たちはそっと病室を離れ、二人で歩く。


「ねぇ、先輩」


「はい?」


「先輩はどうして、私の傍にいてくれるんですか?」


 聞きたかった。けれど怖くて手が震えた。


「家族だからです」


 そうだと思い始めていたから、聞いてもたいした衝撃はなかった。


「熾夏もよく、俺の傍にいてくれます。俺はとても幸福です」


「ねぇ、先輩」


「はい?」


「本物の家族には、なれますか?」


 遠回しな言い方でしか表現ができない。そんな自分の弱さが嫌。


「家族に偽物も本物もないです」


「……夫婦にはなれますかって意味なんですけど」


 そんな自分の不器用さが嫌。


「それは不可能だと推測します。《十八名家じゅうはちめいか》の本家に近しい人間同士が結婚すると、後々の世代が面倒なことになります。両家の子孫が憐れです」


 そんな涙先輩の答えは、悪意のない遠回しな拒絶だった。失恋したんだと瞬時に把握し、頭を切り替えて「ですよね」と頷く。


「特に深い意味はないんです。私たちそろそろ結婚する年だし、絶対にしなきゃいけないし、だったら同居経験のある涙先輩が一番楽だなぁって意味で、ほんと、特に深い意味はないです」


 言い訳がしんどい。苦し過ぎる。


「確かに、熾夏が一番楽です」


 涙先輩は今さら気がついたように相槌を打った。


「俺の婚姻がどうなるかは不明ですが、熾夏とはずっと一緒だと断言します」


 フッているのかいないのか微妙な線を突いてきて、涙先輩が恋を知らないことに気づく。本当にどうしようもない変人だ、弟クンの方がわかっているんじゃないだろうか。


 小さい頃からずっと見ていた──とっても可愛い私の弟。何もなくても構ってあげたいし、たくさん頑張っちゃうから守ってあげたいし、最初に私たちの命を救ってくれた大切な弟。涙先輩以上に放っておけない大事な家族の一員だ。


「……ずっと一緒ですよ。私が弟クンの──結希ゆうきクンの〝お姉ちゃん〟で在り続ける限り」


 私と涙先輩はずっと一緒。夫婦にはなれなくても、彼女の言う通り本物も偽物も関係なくみんな家族だ。そう思ったら、心がふっと軽くなった。だからあの時、私は絶望しなかったのだ。


 例え縁を切られても、絆は変わりなくここにある。だから私は、家族が離れ離れになっても構わない。


 今はただ、偽物の家族が本物の家族に悪く言われる現状をどうにかしないといけなかった。みんなからは嫌われてもいいから、私だけは、本物の家族と向き合っていこうと思った。


「……熾夏」


「……なんですか?」


「大丈夫ですか?」


 涙先輩が私の顔を覗き込む。そのあまりの近さに心臓が高鳴り、思わず涙先輩の頬を押してしまった。


「だっ、大丈夫です」


 諦めたいのに諦めきれない。これじゃあ他の姉妹のことを笑えない。


 私はどうしてこの人に恋をしてしまったのだろう。どうしてこの人は未だに恋を知らないのだろう。


 弟クンにアタックした方がまだ勝率がありそうだ。そう思うのに、生まれ変わっても彼がいいと──結ばれてもいないのに願うのだった。

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