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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第七章 九尾の眷属
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二十 『家族だから』

「ほら、弟クン。ぼけっとしてないでさっさと病室に戻って? 紫苑しおんのことも、これから来るチートヒーラーの方が詳しく知っているはずだから」


 背中を押され、結希ゆうきは渋々病室に戻る。

 自分のベッドを占領しているママとポチを軽く退かし、何度も何度も思っていたが個室を与えられるほどに財力がある百妖ひゃくおう家の眷属たちに感謝した。


『アグリハマダカ?』


「まだ二限目だから帰ってこないぞ」


『ナゼアグリハ、ガッコウニイク?』


「行かないといつまで経っても人間社会に溶け込めないだろ」


 結希は、出逢った頃の亜紅里あぐりの奇行やプールで交わした会話も全部覚えていた。それが逆に人間らしくもあったが、周りから明らかに浮いている言動が減ってきたのは良いことなのかそうではないのか。


「……ママは、阿狐頼あぎつねよりのことをどう思ってるんだ?」


 亜紅里はあの時、育てられてきたと言っていた。そんな亜紅里の根本を育てたのは、ママだったのか……それとも阿狐頼だったのか。


『アノ〝カンブツ〟ハ、ムスメヲウバッタ。イツカ〝カンブツ〟ノナイゾウヲヒキズリダシテ、コロシテヤル』


「奪われたって、いつ」


『キョネンダ』


「無理矢理?」


『ソウダ』


 ママは手足をバタバタとさせてママなりの怒りを顕にし、結希が腰をかけるベッドの上を暴れ回った。


『キュー!』


 そんなママの大暴れを遊びだと勘違いしたのか、ポチ子まで暴れ出して収集がつかなくなってしまう。

 手足がまだ生えていない毛玉のポチ子はそこら中に毛玉を撒き散らし、捕まえようと結希が手を伸ばした刹那──


「ゆうく〜ん」


 ──アリアが、病室の扉を遠慮なく開け放った。


「うわっ?! 妖怪?!」


「違います!」


 ポチ子を右手の中に押し込んで、ママを左手で捕まえる。そうして無意味にアリアから隠し、テンパった結希は「ママと、ポチ子です!」と口走った。


「え? ママとポチ子?」


 クエスチョンマークを浮かべるアリアになんとか説明しようとし、右手を無理矢理開けられて結希は叫び声を上げる。


「わ〜! なんかよくわかんないけど瘴気も少ないし見た目も可愛い〜! なんで?! なんでこんな可愛い妖怪が存在するの〜?!」


 ポチ子を掌に乗せたアリアは、予想に反してニコニコ笑顔のままだった。病室の中を回転しながら歩き回り、結希はそんなアリアを止めようとして立ち上がって躓いてしまう。


「だっ!?」


「ゆうくん?! ちょっ、大丈夫?!」


 起き上がると、目の前にママが飛び下りた。


『マヌケ』


 どストレートな悪口を言ったママだったが、アリアに鷲掴みにされて間抜けっぷりを曝け出した。


「この子も可愛い〜!」


「アリアさん。それ、九尾の妖狐ですよ」


「ほんとだ! 尻尾が九尾! ゆうくんこの子たちどうしたの?!」


「亜紅里の家族みたいなものです」


 アリアは二匹の狐を頬に擦り寄せ、再びニコニコとした笑顔を浮かべる。


「みたいなものじゃなくて家族なんじゃない? じゃなかったら、あんな風に育たないでしょ。亜紅里ちゃん」


 そんな風に断言できるほど、アリアと亜紅里は親しくない。なのに阿狐家のことについて何かを知っているのか、アリアは阿狐頼とその子供の心の繋がりを完全に否定して着席した。


「…………」


 結希は黙り、ベッドに戻る。付近に置いてあったパイプ椅子に座ったアリアは、どこか懐かしむような目をして宙を仰いだ。


「……私ね、中学の頃ある男の子と仲が良かったんだ」


 その男のことは知らないが、アリアは関係のない話をペラペラと話すような人間ではない。


「私と、ヌイと、さっくんと彼。いつメンで、なんだかんだで四人でずっと一緒にいるもんだと思ってた。その子の家は没落してて、プライドのせいで町で働けなくなった両親と別居状態で、一人で暮らしてて、私たちと似てる境遇の子だったんだけど、中学を卒業したらどこかに行っちゃった」


 没落──それだけで、結希は一つの家を思い浮かべる。


「名字は阿狐。阿狐衣良いらくん。多分、亜紅里ちゃんの従兄だと思う」


『イラ……?』


 ママの声がした。結希は繋がっていく点と点を前にして、言葉が出せないでいた。


「だからね? この妖怪たちが本当に亜紅里ちゃんの家族だったら、私は嬉しい。いららん──衣良が今、どこで何をしているのかは知らないけれど……私は衣良と同じくらい、亜紅里ちゃんの幸せを願ってる。阿狐頼は悪だと思うけど、衣良と亜紅里ちゃんは阿狐頼の本当の悪には染まってない。私はそう思うよ」


 膝の上に乗せていたママの耳の裏を撫でる。色んな縁を育んでいるアリアという存在が、何故か結希に計り知れない安心感を与えていた。


『ユウキ。イラハ、〝カンブツ〟ノ〝カイライ〟ダ』


「かいらい?」


「傀儡? ゆうくん、急にどうしたの?」


「あ……いや、今ママが『衣良はかんぶつのかいらいだ』って……」


 瞬間、アリアが動きを止める。


「衣良は、姦物の傀儡……」


 その言葉の意味をアリアは結希よりも理解していた。


「うん、良かった。生きてて良かった」


 裏切り者じゃなくて良かったではなく、生きていて良かったと言ったアリアの信頼っぷりは凄まじい。そうしてまた、ニコニコと笑った彼女に出逢った。


「……アリアさんはよく笑いますね」


 出逢った頃から笑っていた。なんなら「ニコニコは世界を救う」とも言っていた。


「『ニコニコは世界を救う』から」


 また、そう言っていた。


「誰の受け売りなんですか? それ」


「しゅ……朝霧愁晴あさぎりしゅうせいって人だよ。もういないんだけどね」


 また、朝霧愁晴だった。

 心の一番柔らかいところにそっと寄り添うような優しさを、もうこの世にはいない彼は持っていた。


「義兄って言ってましたもんね」


「あれ? 私そんなこと言ったっけ? 知らないと思ってたんだけど……」


るいです。今は四義兄弟だって」


「えぇ〜? 確かに今は四人だけど、私はずっと九人で義兄弟、みんなで家族だと思ってるのにぃ」


 妙に子供っぽい口調で唇を尖らせ、アリアはパイプ椅子から足を投げ出す。丈が短い《カラス隊》の軍服から覗くすらりとした足は大人そのものだったが、ちぐはぐとした姿が相変わらずで結希は思わず笑みを零した。


「あ、で、そろそろ本題ね? 体調どう? 怪我ってわけじゃないんだけど、陰陽師おんみょうじのみんなが入院させてあげてくれって言ってて、他のみんながそっか! 大変だ! 入院だ! みたいな感じになって今に至るんだよね」


「全員大袈裟過ぎません? ぶっちゃけもうたいしたことないんですけど」


 だが、何事もなかったかのように学校に行けるほど全開というわけでもない。ただひたすらに単位制である自分の出席日数が心配だ。


「そう? みんな本気で入院だって言ってたけどね」


「えぇ……」


 そのみんなとは誰だ。逆に気になってきた。


「……いや、本当に大丈夫です。本題ってそれだけですか?」


 だとしたら本気で申し訳ない気持ちになる。だが、アリアはしばらく黙考した後「ううん」と首を横に振った。


「紫苑のこと、もう聞いた?」


「…………はい、聞きました」


 ベッドに座ったまま身を乗り出すと、アリアは少しだけ困ったように眉を下げる。


「あの子、罪が罪だし普通の監獄の中には入れなれないっていうか……いや、そもそも法を犯したわけじゃないから逮捕もできないんだけどね? 今《カラス隊》の独房の中に入ってて、みんなが代わり代わりに見張ってるの」


「《カラス隊》に独房なんてあるんですか?!」


 亜紅里の件が先にあったおかげで必要以上の心配はまったくと言っていいほどしなかったが、《対妖怪迎撃部隊》の《カラス隊》に独房があるという事実はあまりにも予想外過ぎた。


「え? うん。《カラス隊》の専用フロアに。まぁ完全に隊長の趣味なんだけどね〜」


輝司こうしさん趣味悪っ」


「わかる。使ったの今回が初めてだし」


 アリアの同意に安堵して、結希は改めて紫苑についての質問を出す。


「一応元気みたいなんだけど、元《グレン隊》の私たちと顔を合わせるのが恥ずかしいみたいで拒否されてるんだよねぇ」


「相変わらず面倒なこと言ってますね」


「矛盾の塊みたいなものが紫苑だしね」


「わかります。……あ、じゃあ《鬼切国成おにきりくになり》はどこで保管しているんですか?」


「一応ウチで預かってるけど、あれって元々間宮まみや家のものなんでしょ? ゆうくんが希望すれば返却されると思うけど」


「それはいいです。交換したんで」


「そっか。じゃあ手入れは勝手にやっとくね?」


「はい。お願いします」


 頭を下げ、しばらく無言の時が過ぎる。ママは空気を読んで黙っていたのか、微睡むポチ子の面倒をずっと見ていた。


「で、えっと、ゆうくんが良ければなんだけど……紫苑に一回会ってくれないかな?」


「え?」


末森すえもり副長や元《グレン隊》の私たちは会えないし、他の隊員たちが頑張って取り調べしてくれてるんだけどずっと黙ったままだから」


「じゃあ、アリアさんは俺なら紫苑が口を開くって思ってるんですか?」


 紫苑の態度から考えてもそれは絶対にありえない。なのにアリアは「そう思ってるのは私だけじゃないよ」と続け、「ゆうくんと会った時の紫苑の様子とかを見てたら、ただの敵同士だけじゃないってわかっちゃうから」と視線を落とした。


「……そうですか。わかりました」


 実際、結希も会ってみたいと思っていた。だから今回の《カラス隊》からの提案は嫌じゃない。

 頼られている。そう思ってほんの少しだけ寂しそうなアリアを見つめた。


「〝あの時〟も、今も、ありがとうごいます」


 まだちゃんとした礼を言えていないような気がして告げる。アリアは視線を上げて微笑し──


「ありがとうの気持ちを忘れないことは、とってもいいことだよ。でも、ゆうくんが『ありがとう』って言う度にみんなもゆうくんに同じくらいの『ありがとう』を言うと思う」


 ──結希に同じくらいの「ありがとう」を返した。


「私はゆうくんのこと遠い親戚だって思ってるから、あの時はずっとゆうくんが起き上がるのをみんなで待ってた。ずっと待ってた。家族としてね」


 アリアには数多くの〝家族〟がいる。〝家族〟とまでは言えなくても、〝仲間〟以上〝家族〟未満の人々も大勢いる。結希や涙が前者ならば、衣良や紫苑が後者だと思う。


「……家族、だからね」


 青空のような蒼色の瞳に、曇りは一切映らなかった。アリアには色んな縁がある。そしてそれは結希にも当てはまっていた。


「次は絶対に、誰も死なせない。ゆうくんは覚えていないと思うけど、あの日バラバラに戦っていた私たちを一つにしたのは……ゆうくんなんだよ?」


「……はい」


「みんな……今の現頭首たちって仲良さそうに見えるけど、昔はあんまり交流なかったって人たちも多いの。だからあんなに犠牲が出たんだって私は思ってる」


「……はい」


 相槌を打ち続ける。そんな結希に、アリアは──



「今度の百鬼夜行は、家族みんなで一緒に乗り越えよう?」



 ──ニコニコ笑顔ですべてを愛した。

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