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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第七章 九尾の眷属
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十六 『チェスピース』

 パトカーから下りると、すぐさま他の隊員がいぬいの下へと駆け寄った。


「班長、お疲れ様です。周辺住民の避難は現在も続いており、正午を目安に完了すると推測されます」


 敬礼をしながら報告をする青年は、確か古株の一人の水無瀬みなせだったはずだ。黒紅色の毛先が跳ねた髪型の水無瀬は完璧主義者のような性格だったが、自分の身だしなみにはこだわらないのか親しみやすい姿をしている。


「了解した。引き続き他の警官と連携をとり、避難区域に指定された場所には陰陽師おんみょうじ半妖はんよう以外誰も入れるなよ」


「承知致しました。失礼します」


 混沌と化す《カラス隊》の中では珍しい公務員タイプの水無瀬が去ると、今度は別の隊員が駆け寄ってきた。


「ちょっと乾、うちのキョーヤくんを借りっぱなしにしないでくれる? キョーヤくんは雑用係じゃなくて翔星とあたちのサンドバッグなんだからさぁ」


「へっ?! ちょっ、師星もろほしくん! 俺は雑用係でもサンドバッグでもないっすよ〜!? これでも一応《カラス隊》の中では上から二番目の最年長者なんすから勘弁してほしいっす〜!」


「うるさいキョーヤ。ほら行くよ、駅構内に不審物がないか朔那さくな班とケーサツが一緒になって探しに行くんだから」


 恭哉きょうやの軍服を引っ張ってずんずんと歩いていく小柄な師星は、恭哉の到着を待っていたと思われる朔那班と合流する。班長の朔那は相変わらず不機嫌そうで、脳筋の神馬じんば、悪ノリの霜里しもさとも含め何故存続できているのかと思うほど朔那班は《カラス隊》の中で一番纏まりがなかった。

 結希ゆうきは久々に見た《カラス隊》の面々に安心感を覚え、乾班の文梨ふみなし葉柴はしば長谷部はせべの姿も確認する。そして、猛スピードで駆け寄ってくるアリアに乾ごと抱き締められた。


「ヌイ〜! おめでとう! そしてありがと〜!」


「うわっ?! ちょっ、アリア?! 何すんの!」


「アリアさん?! くっ……苦しいんですけど!」


 実際は苦しいんじゃなくて当たっているだけだったが、アリアは気にも留めていないようだった。

 すぐに体を離したアリアの後ろには、有愛アリア班の班員であり元《グレン隊》の隊員でもあった六人もいる。この場には、珍しく《カラス隊》の隊員が二十人全員揃っていた。


「すごいよヌイ! 今回は予知ったんだね! 本当に本当にすごいよ〜!」


「どこがだよ……。予知は私の能力だ。これはできて当然なんだよ」


「え? でも、透視はいつでもできるけど予知はコントロールができないって前に……むぐぅ」


「何か言ったか?」


「言ってまふぇん」


 アリアの口を無理矢理封じる乾の顔は、アリアに見せたものとは思えないほどの鬼面で。思わずびくっと肩を上げると、るいがぼそっと耳打ちをした。


「乾は見栄っ張りです。他人の前では意地でも強者のままです。故に暴露行為は絶対激怒です」


「涙もかなりの暴露をしてると思うけどな」


「そうだな。殺す」


「はぐあぁっ!?」


 不良の愛果あいかよろしく、型もほとんど同じ形で踵落としを繰り出した乾は軽蔑するような目で涙を見下ろす。この義兄妹は自分たちよりも長年のつき合いだと思うが、長すぎたのかあり得ないほどに遠慮がない。

 聞いたことのない声を上げて体をくの字に曲げた涙を見下ろし、結希は「自業自得だな」と突き放した。


「茶番はこれまでにしてさっさと行くぞ。アリア、お前らの班にはどういう指示が出ているんだ?」


「有愛班は待機だってさ。乾班は町民の避難誘導、朔那班は不審物の捜索…………あぁ〜! 早く私たちも動きたぁい!」


「準備運動くらいならできるだろ」


「あぁ?! ナメてんのかおまえ! もうやったわ十回くらい!」


 牙を向くはるかを軽くいなし、乾はしばらく視線を巡らせて結希を手招きする。一二歩彼女の下へと歩み寄ると、乾は涙にも視線を向けつつこう言った。


「しばらく私らのところにいろ。《カラス隊》以外の組織は集まってねぇみたいだし、細けぇ予知もしてみねぇとな」


「あ、それ私も行きたーい。みんなはいつもみたいに武器の手入れとかしてて待っててよ」


「りょーかい。今日もあんま無茶すんなよ? アリア」


冬馬とうまもね。もう若くないんだし、私も大人になったんだからそんなに過保護になんないでよねぇ」


「まだ三十だしお前もまだ二十一だろ……。それに、お前はかがり愁晴しゅうせいに似て猪突猛進なところがあるんだから、過保護にもなるわ……」


 疲れたように言う睦見むつみは余程の苦労性らしい。再び出てきた愁晴の名に結希は反応し、彼が今の愁晴の役割を担っていることを薄々察した。


「だ、か、ら。もう行くぞって言ってるだろ」


 アリアの耳朶を引っ張って、乾が向かった先は《カラス隊》の特殊車両だった。

 ワゴン車よりも巨大なその中に入ると、机と椅子が並べられてある。壁には突起がいくつかあり、そこには三振りの日本刀が飾られてあった。


「……輝司こうしさん、本庄ほんじょうさん。……末森すえもりさん」


 先月に重傷を負った末森は、ひらひらと片手を振って結希に挨拶をする。何事もなかったかのようなその顔が末森の真の恐ろしさを強調させ、足を止めた結希の背中を背後にいた涙が押した。


「お久しぶりで〜す。襲撃場所の特定、お疲れ様でした。乾さんが予知したんですって?」


「みたいだよ〜」


「…………いや、正直……涙の協力がなかったら何も視えなかっただろうけどな」


「否定です。あれは、千羽せんばの協力です」


 他人の手柄を横取りすることに抵抗があったのか、乾は意外と正直に話す。そして、彼女よりも馬鹿正直な涙の脇腹に結希は強烈な肘鉄を食らわせた。


「はぐあぁっ?!」


「涙くんらしいけどね。結希くん、後でこっぴどく締めといて」


 あまり他人の前で口を開くことがない千羽でさえ冷めたような目つきで涙を見下ろし、結希はその罪の重さを察して涙の後頭部をばしんと叩く。


「……後でって言ったんだけどなぁ。涙くん踏んだり蹴ったりじゃない」


「私、百妖ひゃくおうくんの言葉よりも先に手が出るところ大好きですよ」


「キモいんでやめてください」


「お前、人様に態度云々言えるような態度じゃねぇだろ」


 乾のつっこみを聞き流し、結希は涙と共に机上に置かれた地図を見下ろした。その上にはチェスピースが置かれており、結希は思わずそれを啄く。


「なんですか? これ」


「うちの隊員こまの配置図ですよ。それぞれが毎度の如く面白いことをしてくれるので、あんまり定位置というのがないんですよねぇ」


「陣形なんてあってねぇようなモンだろ。んなのはてめぇの頭ん中だけで妄想しとけ」


「だよねぇ〜。うちの班員ってそういうのかな〜り苦手だし、今はもしもの対策を早く練らなきゃ!」


「隊長の数少ない趣味なんで多めに見てあげてくださいよ〜。ということなのでこれは丸ごと廃棄して……と。どこで迎え撃ちます? トンネルをくぐり抜けてくると思うので、やっぱり線路ですかね?」


 チェスピースを備えつけのゴミ箱に流し込み、相変わらず腹黒い末森は腕を組んで首を傾げた。ニコニコ笑顔が末恐ろしいが、何故かアリアもニコニコと笑っている。


「でも一本しかないから全員で行くと狭いよね? いっそのこと二本あるトンネルの向こう側で迎え撃つとか!」


「それではもしもの罠が使用不可能です。それに、町外での派手な戦闘はなるべく回避することを希望です。おまけに向こう側の避難も未完了です」


「敵の中には幻術で黄昏時を再現できる阿狐頼あぎつねよりもいるからな。今この瞬間から襲撃させる可能性も充分にあり得るだろう。あまり時間はないと思っておいた方がいいはずだ」


「本庄さんの言うことももっともですよね……。半妖は多分、周囲のビルの上からの方が戦いやすいと思います。攻撃の範囲が全員馬鹿みたいに広いので、熾夏しいかさんと月夜つきよちゃんと幸茶羽ささはちゃんを抜いた十人……いや、心春こはるは小さくなるから姉さんと一緒に組ませて……九つのビルがあればなんとかやれます」


 誰でもいいから早く来て欲しい。先月星を読んで出した吉日の今日は、とっくのとうに全員に知らせてある。

 仕事がある義姉は全員有給を取り、学校がある義姉妹は全員公欠をもぎ取った。だから、全員で家に待機していればそろそろ来るはずだ。交通課に阻まれていれば走ってでも駆けつけてくれるだろう。


 結希はそう思って耳を澄まし、聞き慣れないあの音が近づいてくることに気がついた。


「あの、電車ってまだ──」


 ──止まってないんですか? そう尋ねる前に聞き慣れない爆発音が耳を劈いた。

 声を出すことも息をすることもできない圧迫感に襲われる。心臓を揺さぶるような音が背後から伝播する。振動に身を揺さぶられ思わず両膝を床につき、結希は顔を顰めて耳を塞いだ。


「総員退出ッ!」


 輝司の指示が爆音に紛れながらも耳に届く。顔を上げて転がるように外に出ると、ずっと規制線を貼っていた交通課の警官が全員とある一点を震えながら見上げていた。

 咄嗟に振り返ると、黒煙が高く高く上っている。先々月に百妖家で見た黒煙とはまた違う、埃っぽい臭いが風に運ばれてきて結希の鼻を煽るように擽った。


「電車が爆発した!」


「違う! 電車が駅に突っ込んだんだ!」


 聞こえてくる動揺の声が結希の心音を急激に上げていく。


「突っ込んだって……さっくん!」


「行くぞアリア! 救出優先だ!」


 たった二人で駆け出して行くアリアと乾の背中をその目に焼きつけ、結希は全身に力を込めた。

 真っ先に動けた人工半妖の二人は、施設長という人間と運営側だと言っていた自らの義兄弟の意思を誰よりも根強く受け継いでいる。そんな二人が仲間を命を救おうとするから、結希も感化されて動き出した。


 〝夢の結晶〟──まさしくそうなのかもしれない。


 誰かを救う為の夢が詰まった強い人たちだと心から思う。そんな二人に何度も何度も助けられた。

 走り出した義妹と結希を静止する涙の声が聞こえてきたが、結希は二人について行かなければならないと判断して本能のままに走っていた。


「朔那班の生存は確認した! だが、警官の方は知らねぇ奴ばっかだからわからねぇ!」


「警察優先で行こう! 人数は?!」


「十八! 全員ホームだ!」


「オッケー駆け上がろう!」


 土煙が蔓延する改札口は人気がなく、天井には複数もの亀裂が入っている。落下した電光掲示板ごとアリアはこのフロアを修復し、機能していない改札口を楽々と抜けて結希はあの時の階段を駆け上がった。

 ホームに向かう自分たちを阻むように落下していたY字屋根でさえアリアは楽々と直していき、乾が率先して飛び出していく。


 そうして視界に入ったのは、終点の壁に激突して大幅に脱線したあの電車と──結界を張っていて無事だった紫苑しおんはる、そして見知らぬ中学生くらいの少女だった。


「紫苑!」


 アリアの声には一切答えず、腰に《鬼切国成おにきりくになり》を下げた紫苑は電車の上からホームへと下り立つ。

 あの時と同じように、昇った赤き太陽がその場にいた全員を嘲るように照らし出した。

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