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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第七章 九尾の眷属
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十五 『夢の結晶』

 うっすらと見え始めた結界の中は静寂を身に纏っており、中央に倒れている熾夏しいか結希ゆうきは視認する。結界を解きすぐさま彼女の元へと駆け寄るも、熾夏は一向に目を覚まさなかった。

 そんな彼女を小倉おぐら家の一室へと運び込み、眠りにつく熾夏を見て結希は心臓を抉られる。今の熾夏は、今もなお眠り続ける義姉の真璃絵まりえのようだった。


「結希様、風丸かぜまる様と明日菜あすな様がこちらに向かっているようなのですが……」


 知らぬ間に傍にいたスザクを見下ろし、結希はこくりと僅かに頷く。


「……ユー、早く結城ゆうき家に行こ? ルイとセンバ、待ってる」


 直衣のうしの袖を引っ張るオウリュウの手を軽く払って、結希はきつく唇を結んだ。


「結希! 熾夏さんは?!」


「どうなったの? ゆうきち


 不安そうに駆けつけてきた二人は結希の傍に座ろうとして、スザクとオウリュウを視界に入れる。和服を着た見ず知らずの子供が結希の傍にいることがそんなにも奇っ怪だったのか、困惑気味に目配せをして熾夏を挟んだ正面に座った。


「…………風丸、明日菜。熾夏さんのことを頼む」


 結希は大切な幼馴染みの二人に向かって、そんな言葉しかかけられなかった。


「……ゆう吉、どこかに行っちゃうの?」


「マジで? 熾夏さんのことほっといてどこ行くんだよ!」


 二人の言うことは最もだが、結希にはやらなければならないことがある。信頼できる風丸と明日菜にしか熾夏のことは任せられない。


「二人には関係のない話よぉ? 明日菜ちゃん、風丸ちゃん。アタシのお手伝いをしてくれるかしらぁ?」


 振り返ると、そこには白衣を身に纏った明彦あきひこがいた。明彦は結希に目配せをし、立ち上がった結希にそのまま顔を近づけて囁く。


「……今日は頼んだわよ、結希ちゃん。熾夏ちゃんのことはアタシに任せて、アナタはみんなの力になってあげてね」


 《十八名家じゅうはちめいか》の現頭首として、今日のことは知っているのだろう。結希は熾夏の代わりに頭首となった明彦を見上げ、すべてを託す決意をした。





るい! せん……いぬいさん!」


 乾がいる手前千羽せんばの名前を呼ぶのは避けたが、千羽は振り向いて結希ゆうきをすぐに視界に入れる。


「おかえりなさい、結希くん。乾ちゃんがやったよ」


「乾さんが……?」


 呼ばれた乾は広間の中央におり、ゆっくりと顔を上げて立ち上がった。


「襲撃場所は陽陰おういん駅だ。駅は、隊長に頼んでこれから封鎖する」


「駅が……?! まさか、なんでそんなところを……」


「あの駅は陽陰町の外界と内界を繋ぐ唯一の場所です。破壊すれば、結界に亀裂が入ることは確実です」


 同じく立ち上がった涙は、参ったように頭に手をやってため息をつく。彼の言葉を乾は無言で肯定し、スマホを取り出してどこかに電話をかけ始めた。


「……亀裂、か」


「亀裂が入ったら、町内だけじゃなくて町外からも妖怪が来る。そうしたら百鬼夜行の規模は六年前の倍──ううん、数十倍になることは確実だよ」


「肯定です。故にこの世は地獄です」


 結城三兄弟は顔を見合わせ、力強く頷き合う。

 いずれ訪れる百鬼夜行を阻止する為に、なんとしてでも死守しなければならないものがある。結希は出てきた汗を軽く拭い、着替えていた制服のブレザーを脱いで深呼吸をした。


 紫苑しおんはるは来るのだろうか。大怪我を負ったと思われるマギクは、もう一度姿を現すのだろうか。

 アリアが紫苑に留守番電話を残したと言っていたが、思い悩んでるように見えた紫苑はそれを受けてどう思ったのだろう。


 出逢って間もなく、同じ時間を共有したこともほとんどない。なのにこんなにも意識が紫苑に向くのは、彼の言動一つ一つが結希の胸を突き刺すからだ。

 紫苑と出逢って何度も何度も悩んだが、結希は結局妖怪を殺すことを止めなかった。あれほど殺意を剥き出しにしている相手を放置して、大切な家族だけに戦わせることだけは絶対にできない。


 厄介な相手と知り合ってしまったと思うのと同時に、知り合わなければ見えなかったこともあるのだと思って結希は無意味に腕捲りを繰り返した。


「あぁ。頼む。そうだな、うちの班員に丸投げしとけばなんとかなるだろ」


 誰に電話をかけているのかは知らないが、本当に社会人なのかと疑うほど乾の態度はあまりにも不遜で。相変わらずだと呆れるのと同時に、義兄として義妹の態度を強く注意できない涙にも非があるような気がしてきた。


「誰に電話してたんですか?」


 電話を切ったタイミングで声をかけると、「隊長以外に誰がいるんだ」と返される。


輝司こうしさんによくあんな態度ができますね」


「あいつにはあれくらいがちょうどいいんだよ。芥川あくたがわのようにノミクソ扱いされたら腹が立つからな」


「それ、多分パワハラですよ」


 結希が見た《カラス隊》の職場の雰囲気は、各々が自由過ぎるせいで混沌と化していた。正直、就職先として選ぶにはあまりにもハードルが高すぎると思う。


「はっ、ドMにはちょうどいいけどな」


「そこ鼻で笑うとこですか……?」


 若干ドン引きしていると、乾は思い出したように傍らに置いていた日本刀を帯刀した。


「無駄話はこれくらいでいいだろう。結希は百妖ひゃくおうの連中に報告し、涙は頭首の連中に報告しろ。急ぐぞ、ついて来い」


「あっ、はい!」


「了解です」


「僕も行くよ」


 浮遊する千羽を視界に入れながら、結希は百妖家全体のトーク画面に特定場所を送りつける。涙はトーク画面がないのかいちいち電話で各々の頭首に伝えており、千羽に何度か前方注意されていた。


「あ、お疲れっす乾さん!」


 結城家を出ると、傍らに駐車されてあったパトカーから恭哉きょうやがぬっと顔を出す。


「芥川、駅に向え。他の隊員とはそこで合流する」


「了解っす! 涙さんと結希さんも乗るんすか?」


「当たり前だろーがバカ」


「乾、口が悪いです。俺は号泣です」


 「勝手に泣いてろ!」と怒鳴る乾に押し込められ、結希は二度目となるパトカーに乗り込んだ。初回は虎丸とらまるの荒っぽい運転だったが、彼の従兄の恭哉はどうなのだろう──。そんな心配も虚しく、恭哉は急発進をしてシートベルトをしていない結希と涙を吹っ飛ばした。


「いっ……?!」


「……負傷です。……痛いです」


「知るかボケ。…………よし、交通課が封鎖したみたいだな」


 二人の抗議は一切届かず、荒っぽい運転に慣れているのか酔った様子をまったく見せない乾が駅の様子を透視する。


「交通課が封鎖したんすか? あ〜、じゃあ虎丸と蒼生そうせいの仕事っすね」


「だろうな。今動いてる電車が粗方片づいたら手前の駅を終点とするようだ」


「仕事早いっすねぇ〜。……やっぱ現頭首ってのがでかいんだろうなぁ」


「今回は総力戦だ。迎え撃ってやろうじゃないか、末森すえもりの忌み子共をな」


 ぺろりと唇を舐めた乾の顔は、どうしようもないくらいの悪人面だった。

 忌み子と呼ばれても仕方のないことをした双子だが、結希にとっては忌み子ではない。


「……二人は、俺のせいであぁなったんです」


 それを知ってしまった結希だから、紫苑だけでなく春のことも気にかけていた。


「あぁなったのは二人の意志だ。お前は関係ない」


「誰がなんと言おうと、俺と末森さんがあの時一緒にいたのは事実じゃないですか」


「末森だけじゃねぇぞ。あの後、生存者全員の回復を済ませたアリアがどれほどの時間と能力をお前の中に注ぎ込んだと思ってる。なぁ? 涙。お前もあの場にいただろ?」


「……肯定です。結希、あの場に最初からいたのは勿論琴良ことらです。そして、その後は……アリアも、俺も、アイラも、乾も……愁晴しゅうせいもいました」


 視線を移し、結希は隣に座った涙を見やる。真ん中には千羽がいて、結希を微笑みながら見つめていた。


「なんでそんなに……」


「仕方なくだよ。アリアがお前を救おうとしてたから、私も、涙も、アイラも、朝霧あさぎりも、その場から離れることができなかっただけだ」


 だからあの時、アイラは結希に「助けてくれてありがとう」と言ったのか。そうして聞き覚えのない名前に首を傾げ、彼が麻露ましろの同級生で亡くなってしまった〝クローン人間〟だったことを思い出した。


「……朝霧さんも、俺の傍にいたんですか?」


「彼は俺たちの、俺のたった一人だけの義兄です。……俺たちは、綿之瀬小町わたのせこまち芽童神亜子かいどうしんあこ、朝霧愁晴、俺、白院はくいんえぬ桐也きりや、綿之瀬有愛アリア、綿之瀬乾、雪之原伊吹ゆきのばらいぶき、そして俺の式神しきがみのエビスを含む綿之瀬九人義兄弟でした。半数を百鬼夜行で亡くし、愁晴は二年前に死亡です。故に、現在は四義兄弟です」


「ひぇ〜。義兄弟がいるってのは聞いてたっすけど思ってた以上に大所帯っすねぇ〜」


「伊吹はノーカンだろ。その盃を交わしたのは、あいつが二歳の時なんだから」


 涙は答えなかった。それは、そう思っている節が涙にもあるということだった。


「……どういう面子なんですか、それ」


「一言で言うなら養護施設の初期メンバーだな。だから、アイラ辺りもカウントしてない。知ってるか? その施設で人工半妖はんようは生まれたんだ。私たちは『普通の人間も戦えるように』っていう、当時の施設長のありがたい思想の産物なんだよ」


「……乾」


「知ってた方がいいだろ? こいつの名前は間宮まみや結希だ。人工半妖の成り立ちくらい知っとかないとな」


 百妖ですという反論は止め、結希は今まで深く考えようとしなかった人工半妖の成り立ちに言葉をなくした。


「小町と亜子、愁晴、そして涙と桐也は運営側の人間だ。伊吹はたまたまその場にいたというか……二歳児だったしあまり関係ないんだけどな。そいつらの言い分は色々だ。『〝戦える人材〟を増やすこと。いつか戦わなければならない日が来た時に、〝戦えない人材〟を無駄死にさせない為』って言った奴もいれば、『この町の制度に革命を起こす。《十八名家》や陰陽師おんみょうじだけじゃなくて、普通の人たちも戦えるように』って言った奴もいる。『妖怪を殲滅させる為なら、死んでも構わない。それが信じる道で正義だ』って言った奴も……『〝癒しの能力〟を散布させる夢がある』って言ってた奴も、いたな」


「……夢の結晶です」


「知るかよ。まぁ、そういうことだ。色んな考えの奴がいるよな」


 そんな彼らがいたから、今の結希がいる。結希は何も言えなくなって窓の外を見、駅前を視界に入れた。

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