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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第七章 九尾の眷属
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十四 『ガス抜き』

 遅れてやってきた風丸かぜまる浄衣じょうえ姿は、結希ゆうきはもちろん明日菜あすなでさえも見たことのないものだった。


「きっ……もっちわりぃ〜! なんだこの服! 重い! 脱ぎたい! もうやだ潰れる!」


「とりあえず土地神様に謝って」


「謝って許させるのかこんな暴言……」


 三人それぞれがいつもと違う服を着ていて、照れくさくなっていつも通りをそれぞれ装う。風丸はいつも通り騒ぎ続けて、明日菜はいつも通り心を抉って、結希はいつも通り適当に相槌を打つ。


 目に見えない何かに仕組まれているかのようだった。


 なんとなくわかっていたことなのに、こうなってしまうと緊張する。そんな三人の緊張感を敏感に感じ取って、ちゃらんぽらんなことを言いながら三人の間を通っていく熾夏しいかは笑った。


「前見て歩かないと転びますよ〜!」


「ちょっと! 弟クンはどんだけ私のことをポンコツ扱いするのよあだぁっ?!」


 小石に躓き真後ろにひっくり返った熾夏の元へと駆け寄ると、熾夏は「いったぁ〜」と頭を撫でて起き上がった。


「うっわ、派手にいったなぁ……熾夏さん」


「馬鹿なんですか……? いい加減学習してください……」


「ゆうきちをあまり困らせないでください」


「三人のうち誰か一人でもいいからちゃんと心配してくれないかなぁ?!」


 これから儀式だというのに慌ただしい。先行きがかなり不安になる。

 結希は盛大にため息をつき、風丸と明日菜は陽縁ひよりに声をかけられてその場を去った。


「弟クン」


「……はい?」


「なんだか変な感じだよね」


「…………変って、どういう意味ですか」


 微笑みを小さくして、打ったところの頭を撫でて、背筋を伸ばした熾夏はその場に座り込む。


「できすぎてるってこと。間宮まみや家の弟クンと、小倉おぐら家の風丸クンと、妖目おうま家の明日菜ちゃん。今回の儀式に必要な家の三人が同い年で幼馴染みって、都合が良いよねって。歴代初なんじゃない? 間宮家と妖目家はわかるけど、小倉家はいつだって一定の距離を保ってたんだからさ」


 その一定の距離を破壊して、心を閉ざした結希の元に来たのは風丸の方だ。心の壁を作るくせに、結希の心の壁を破壊したのは明日菜の方だ。

 仕組まれているようだと結希も思って、けれど他人から言われると「そうじゃない」と反論したくなる。


「偶然ですよ。そういうのとは関係ないところで、俺たちは出逢ったんですから」


 明日菜は、幼馴染みだった結希との縁を切らなかった。自分のことを覚えていない幼馴染みの為に一人称を変えて、あだ名をつけて、ゼロからの関係を築いてくれた。

 幼馴染みは幼馴染みでも、結希と明日菜の関係の原点はそこからで。間宮家と妖目家なんて、この時はもう関係なかったのだ。


「俺たちも行きましょう。スザクとオウリュウが待ってますから」


「はいはい」


 笑いながら立ち上がった熾夏は軽く尻元を払ったが、泥っぽさは拭えていなかった。白装束だというのにすぐに汚す熾夏のポンコツっぷりに結希は呆れて、後を追いながら風丸と明日菜がいる位置を確認する。

 人避けの札を貼って人払いを済ませた。本殿の前に広がる五芒星のマークの中央に熾夏が一人で進んでいく。


 その背中を、結希は黙って見つめていた。


 五芒星を取り囲むように風丸と明日菜が立っており、結希が熾夏の正面に立つと逆三角形が完成する。

 左には風丸が。右には明日菜が。二人とも今回の儀式の意味を一度も聞かずにその場に立っている。


「……何も聞かないのか?」


 聞かれると思って色々と考えていたが、風丸と明日菜は何故か首を横に振って否定した。


「聞かない。ゆう吉が何も言わないなら、聞く必要なんてない」


「聞いてもな〜。たいした答えなんて返ってこなさそうだし?」


「…………」


 結希が実母の朝日あさひのことをそう思っているように、二人も結希のことをそう思っている。

 明日菜のように言われたことを素直に実行するのもどうかと思うが、風丸の言う通り聞かれたところで本当のことは絶対に言わない。


「二人ともいい子だねぇ。余計なことに首は突っ込まない。言われたことだけを遂行する。疑問に思っても何も聞かない──充分に立派なオトナだよ」


 そんな大人は絶対に嫌だ。なのに二人は反論せず、熾夏の褒め言葉を無言で受け取る。


「始めて」


 熾夏の一言で身を引き締めた。あまりの聞き分けの良さに混乱して、これが《十八名家じゅうはちめいか》の次期頭首として育てたれた二人の成長の末路なのだと思って地味に傷ついた自分の心に蓋をする。


「いきます」


 左の木の上にはオウリュウが。右の木の上にはスザクがいて四人のことを見守っている。雷雲らいうんと陽縁は姿を現さず、邪魔しないようにしているのか気配さえ感じなかった。


 瞳を閉じて、すぐに開く。目の前にいる熾夏はその場に正座し、瞳を閉じて祈るように手を合わせていた。そんな熾夏の元に、打ち合わせ通り明日菜が近づいていった。

 結希は熾夏の妖力を術を唱えずに抑えていたが、未熟故にオウリュウに助けを求めて力添えをしてもらう。スザクは無言で祈っており、熾夏の眼帯を解く明日菜のことを守る為に結希は神経を尖らせた。


 しゅるりと、最後は手首のリボンまで解かれる。無音のまま溢れ出す熾夏の狂気じみた妖力は強大で、スザクの力添えがあっても数分持つかはわからない。

 懐から短刀を取り出して、掻き分けられた髪から覗く熾夏のうなじを明日菜が切った。結希の位置からは見えないが、離された短刀に血がついているのはよく見える。


 唇を噛み締めた。あらかじめ採っていた明日菜の血液を風丸がパックごと持ってきて、熾夏の血がついたままの短刀で明日菜が切り込みを入れていく。


 その血を、熾夏が掬って口に含んだ。


 自らの血を抜いて、血を分けた姉妹の血を啜る。明日菜の血を巡らせて自らの血の色を薄め、風丸が持つ大幣おおぬさに自らの穢れを移して体を清める。


「離れてくれ」


 結希の言葉で二人は下がった。逆三角形の位置に戻り、結希は二人を入れないように円形に結界を張る。

 目を開いた熾夏は結希の方をまっすぐに見つめ、口の周りについた明日菜の血を舐めとった。


「……ッ!」


 熾夏じゃない者の気配がする。熾夏の奥底に眠っていたバケモノが、重たい腰を上げて目覚めたような──そんな狂気が辺り一帯を支配した。

 陽縁に事前に説明されたのか、二人は何故か土下座のような体勢をとる。神の怒りを鎮めようとする太古の人々のようなそれは熾夏を一切見ることはなく、結希はすぐに熾夏に目で合図を出した。


 届いているのかはわからない。それでも、外部に放たれた瘴気の量は正常ではない。

 どす黒いそれはあまりにも濃く、纏まってうねり一つの塊となった。


「……来る」


 直後に形を持たないバケモノが首を上げる。生きた瘴気の塊は熾夏の妖力を帯びて九尾の妖狐の形を作る。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


 九字を切った。妖力は消え失せ何も残らず、瘴気が土地に染みるのを見守る。そうして、熾夏の妖力が爆発した。


「──ッ!」


 オウリュウが言っていた〝ガス抜き〟という言葉通り、ガスのように溢れ出てきた妖力が結界の中で爆発している。中は瘴気で完全に見えなくなり、大小様々な爆発音が響いても止まらない。

 話はちゃんと聞いていたが、こんな規模の話ではなかった。うっすらと中にそうがいて、妖力を噴出し切るのを黙って見守る。その程度の儀式だと思っていたのに──


「熾夏さん!」


 ──双は双で、熾夏は熾夏。別の人間として儀式の準備をしなければならなかったのだ。


 結希は焦り、頭を必死で切り替えようとする。慌てたらダメだ。冷静にならなければ、風丸と明日菜を守れない。

 走って結界の裏側に回ると、風丸と明日菜は顔を上げて呆然と結界の中を見つめていた。


「風丸、明日菜!」


「ゆ、結希?! おいこれどうなってるんだよ! 熾夏さんに取り憑いてる狐って気性が荒すぎないか?!」


「狐?! あっおうん、狐がブチ切れてるからとりあえず下がれ! 後は俺がなんとかするから!」


 勢い余って「おうん」とわけのわからない言葉を吐いた結希は、狐が熾夏に取り憑いていると上手いように勘違いしていた二人に避難を呼びかける。すると、二人は膝を地面につけたまま訝しむように結希を見上げた。


「なんとかってどういうことだよ! お前んちって狐祓いのプロフェッショナルなのか?!」


「じゃなかったらここにいねぇよ! 風丸、明日菜を頼む!」


 明日菜を見ると、ぽろっと大粒の涙を零した彼女と目が合う。最近──と言っても四ヶ月くらい前のことだが、同じようなことがあった気がして結希は息を止めた。

 朱亜しゅあを泣かせた青葉あおばのことを今でも許せていないのに、また明日菜を泣かせたのかと思って心臓が縮む。


 それでも、結希は明日菜の無事を願った。


 風丸は目を見開き、結希に頼られたことに気づいて明日菜の脇の下に手を突っ込む。そうして明日菜を引き上げて、本殿の裏へと逃げていった。


「結希様!」


「……ユー」


 飛び降りてきた二人の式神しきがみの肩に手を回し、引き寄せて耳打ちをする。すぐさま抜刀した二人は切っ先を結界の中に向けて、結希は結界の空間を徐々に徐々に広がらせた。

 結界の隙間から瘴気が漏れないように、熾夏が知らぬ間に亡くなっていないように、慎重にことを進めて結希は下がる。


「……こんなの、初めて」


 ぽつりとオウリュウが言葉を漏らした。オウリュウがそう言うのならそれは真実で、千年の歴史の中で一番強力な力を持った熾夏の絶叫が刹那に辺りに響き渡る。


「いかがいたしますか?! 結希様!」


 スザクが結希の焦りを代弁した。オウリュウは結希の冷静さを表現するように黙って見ていた。


「九字を……切る」


 唾を飲み込んでそう答える。どういう反応をされるのかと思ってオウリュウを見ると、オウリュウは小さな唇を結んで頷いた。


「正気でございますか?! 結希様! そのようなことをしたら熾夏様が……どうなってしまうかわかりませんよ?!」


 ただ、スザクだけは納得がいっていないような声を上げる。


「……スーちゃん、大丈夫。オーと、ユーを、信じて」


 そんなスザクの手に、オウリュウが軽く触れた。


「う、うぅ……?」


 スザクは困ったように眉を下げ、結希とオウリュウを見比べてきゅっと可憐な唇を結ぶ。


「いくぞ」


 目の前にいたオウリュウとスザクが無言で離れた。

 結希はゆっくりと唇を開け、ゆっくりと──一音一音大切に言葉を読み上げる。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前」


 手の動きも言葉に合わせた。ゆっくりと切った九字の効果はすぐには現れず、やがて中央から瘴気が弾ける。

 九字の暴風を受けて慌てて顔を腕で覆うと、ずっと感じていた禍々しい気配が消滅した。

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