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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第七章 九尾の眷属
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八  『約束』

 翌日の放課後。辿り着いた式神しきがみの家に上がり込むと、案の定オウリュウが居間で寛いでいた。隣には小さくなったタマ太郎たろうが寝そべっており、普通の猫らしく眠っている。

 結希ゆうきが視線を動かすと、先に来ていた千里せんりが困ったように笑っていた。オウリュウは寝そべっており、畳の上に置いてある籠の中のせんべいをばりばりと食べている。


「何してるんだ、こいつ」


「こらっ! オウリュウ! お行儀が悪いでございますよ!」


 スザクはそんなオウリュウを起き上がらせようとしているが、「まぁまぁ……」と千里に止められた。


「きっと、長旅で疲れているんだよ。大目に見てあげよう?」


「もうっ、千里ちゃんは優しすぎでございます! オウリュウにはがつんと言うんですよってセイリュウが言ってました!」


「疲れているようにも見えないしな」


 結希は呆れ、籠を取り上げて正座した膝の上に乗せる。


「ゆうく〜ん、勝手に始めちゃっていい〜?!」


「好きにしてくださーい!」


 答え、居間から見える庭を眺めた。相変わらず綺麗に整備された庭は、雑草がないせいで今でも砂埃が舞っている。


 その中に、アリアといぬい──そして月夜つきよ幸茶羽ささはがいた。


 先月の末森すえもりの件があってから、結希は日を改めてアリアと乾に月夜と幸茶羽のことについて相談を持ちかけていた。


 二人──特にアリアは、真剣な表情で月夜と幸茶羽の現状を聞いていた。乾も思うところがあったのか、双子の妖力について調べることをあっさりと了承して今に至る。


 滅多に取れないという休みを取って貰い、誰にも邪魔されず誰にも迷惑をかけない広い場所として式神の家を提供し、こうして何かが少しでもいい方向に変わればいい。そう思って、結希は双子を見た。

 滅多に前線に出ない月夜と幸茶羽は、結希と出逢って半年近くが経ってもなかなか力が現れない。目安は十二歳程度で、双子の姉──いや、義姉は全員その頃には力が使えるようになっていたと言っていた。


 まだ焦る時期ではないのかもしれない。けれど、昨日の黄昏時の件も含めると悠長に構えることはできない。月夜と幸茶羽には、未来で起こる百鬼夜行の為にも今すぐにその力を発現させなければならないのだ。

 そのことに一番拘っていたのは、やはり同じ能力を持ったアリアだった。


「あんなに小さな子でも戦うんですね」


 ぽつりと隣で呟いたのは、千里だった。


半妖はんようの子はみんなこうだよ」


 何も考えずにそう言って、結希は口を閉ざす。しまったと思い隣を見ると、千里は眉を下げて笑っていた。


「貴方は戦わなくてもいいんですよ」


 台所から駄菓子の詰め合わせを持ってきたセイリュウは、寛ぐオウリュウを足で蹴って背後に座る。


「なんの力もない人間が、戦ってはいけません」


「でも、私も半妖です。貴方たちの、家族です」


 笑っていたのに、千里は悲しそうに振り返った。


「私たちが出逢ったのは、運命だって思っちゃだめですか? これが、宿命だって思っちゃだめなんですか?」


 同じく振り返ると、スザク、オウリュウ、セイリュウ、ゲンブ、ビャッコ──間宮まみや家の式神が全員揃っている。

 オウリュウ以外の彼らは全員険しい表情をしており、千里が戦うことを良しとしていないことが目に見えてよくわかった。


「運命でもなんでもねぇよ。お前が一度でも森に入ったら絶対にここは見つかるんだ。森に入った時期がたまたま今年だったってだけだろ」


「ゲンブの言う通りだよ。君は特別な女の子じゃない。どこにでもいるただの女の子だよ」


 ゲンブとビャッコの言葉を聞いても、千里は納得したようには見えない。唇を噛んで、結希を見つめる。


「残念だけど、俺もセイリュウと同意見だ」


 答えると、千里は口を開いた。



「私が生まれてきた意味ってなんですか?」



 その問いに答えられる人物は、きっと神様か何かだろう。


「千里が生まれてきた意味を、俺なんかが作ることはできない」


「私の主はひゃくお……結希君です。結希君の式神になるはずだったお母さんから生まれてきた、私だから……」


「千里ちゃん! 結希様の式神は私だけです! それだけは絶対に譲れません!」


 千里の白いブレザーを握り締めたスザクは怒っていた。多分、彼女の発言は独占欲から出たものではない。


「千里は野良だよ」


 そう言って千里を突き放して、自分と繋がっているのはスザクだけだと信じて目の前の縁を見て見ぬ振りした。


 六年前、百鬼夜行を終わらせて衰弱していた結希の裏側で、スザクがずっと寝込んでいた。

 陰陽師おんみょうじと式神は一心同体。それが真実だと身をもって知っている結希とスザクだからこそ、次の百鬼夜行でも必ず前線に立つであろう結希の式神になったら危険だと認識している。


「……違う」


 小さい──けれどしっかりとした声で否定をしたのは、オウリュウだった。


「……センリは、ユーの式神。生まれた時から、ユーと繋がってる」


「オウリュウ? 貴方何を言っているんですか!」


 セイリュウに咎められ、のそのそと起き上がったオウリュウは千里を見る。


「……だいじょうぶ。陰陽師は弱くなってるけど、式神は弱くなってない。キミは、絶対に強くなれる」


「オウリュウてめぇ、ふざけたこと言ってるとぶっ飛ばすぞ」


「……言ってない。スーちゃんや、セーくんや、ビャッコや、ゲンや、ユーが心配してることには絶対にならない。次の百鬼夜行で、すべてを終わらせられる」


「なんの根拠があってそんなことが言えるんだよ」


 結希は否定するが、千年も生きているオウリュウの言葉に重みがあったのか式神は誰も口を開かなかった。


「……だいじょうぶ。みんな忘れちゃったけど、千年前に交わした陰陽師と半妖の約束は……今も生きてる」


「約束って?」


「……『この地に再び百鬼夜行が引き起こされる時。その時は必ず、互いが互いの力になる』、って。星明せいめいが、約束してた。その約束は、六年前守れなかったもの。けれど今は、ユーが守ってるもの」


 千里から結希へと視線を移して、隣に座る二人を交互に見て、最後に庭にいる四人を眺める。


「そんなの、約束しなくたって守れるだろ……」


 不意に思った。この場には、月夜や幸茶羽のような血統書つきの半妖がいて、アリアや乾のような人工的に生まれた半妖がいて、千里のような存在自体が罪の半妖がいる。

 結希にとっては全員家族同然で、彼女たちからもそう思われていることを知っている。


「……ユーが、繋げてくれただけ」


 首を横に振り、四つん這いになって目の前に来たオウリュウから異国の匂いがした。小さな手を袖から出して、結希と千里の片手を結ぶ。


「ッ!?」


 刹那、ハンマーで殴ったかのような頭痛が結希を襲った。


 気づけば目の前にオウリュウが立っていて、結希はオウリュウを立ったまま見下ろしている。


『オウリュウ。おれと来てくれるか?』


『……オーは、キミの式神。キミが、オーの、最初で最後の主』


 とんでもなく真っ赤に染まった毒々しい世界。見覚えのない縁側に立って、結希は一歩歩き出す──


宗隆そうりゅう様!』


 ──その足を止めたのは、現代人とは思えない身なりをした女性だった。


「……約束」


 冷たい手を勝手に繋いで、オウリュウは目を閉じる。その手を払って頭を抑えると、遅れて痛みも消え去った。


「結希様?」


「結希君?」


 異変に気づいた二人の式神に向かって片手を上げ、その手で冷や汗を拭って自らの〝第三の式神〟に視線を落とす。


「約束は守る。けど、式神の半妖なんて前例のない存在を扱うことはできない」


 オウリュウは微動打にせずに聞いていた。結希は座敷机に体を向け、「そんなことよりも」と切り捨てて本題を話す。


阿狐頼あぎつねよりの吉日は明後日の木曜日だ。あの時から二ヶ月経ってる。今度はクローンじゃなくて本人が出てくる可能性の方が高い。……まぁ、大体の陰陽師がこの日に合わせて帰ってくるからあまり出番はないと思うけどな」


「はぁ? なんだよそれつまんねーなぁ」


「黙りなさいゲンブ。承知いたしました、結希様。ですが、私の主が帰らないと仰っていて……」


「母さんはほっとけ」


 セイリュウは軽く顎を引き、結希が一瞬だけ視線をさ迷わせたことに気づいて首を傾げた。


「……セイリュウ、父さんって生きてるのか?」


芦屋あしや様ですか? どうでしょう……。どこで何をしているのかは朝日あさひ様もご存知ないかと思いますが」


 一度も会えていないことに違和感を抱き、もうこの世にはいないような気がして覚悟を持って尋ねたが空振りに終わったようだった。


「あともう一つ。熾夏しいかさんについての相談なんだけど、最近妖力が不安定みたいなんだ。九尾の妖狐と百目ひゃくめの半妖について、今まで似たような事例が一度でもあったか?」


「あぁ〜。確かになんか体調悪そうだったね。昨日」


「私は熾夏様しかご存知ありませんが、セイリュウ、ゲンブ……オウリュウはどうですか?」


 スザクが尋ねると、元々人間に興味がないゲンブはそっぽを向いてセイリュウに丸投げする。セイリュウは一瞬だけ嫌そうな表情をしたが──庭の方を一瞥し、声を潜めた。


「熾夏様は、妖目おうまの人間ですよね?」


「……あぁ」


 知っていたのか。自分の主の旧友の、妖目そうの長女のことを。


「以前……と言っても二十年ほど前の話なのですが、双様にも似たような症状が出たんです。その時は朝日様が対応をなさったそうなのですが、生憎私は関わっておらず詳細は存じ上げません。オウリュウ、何かご存知ですか?」


「……オー? ……妖目は……あけぼのの、とこ?」


「曙?」


「……宗隆のとこの家人。そこの子のことなら、間宮と妖目と小倉おぐらの家が代々ガス抜きをしてる」


 どこかで聞いたことのある名前だと思ったら、あの時宗隆に声をかけた女性のことだった。

 何故見ず知らずの先祖の記憶が見えたのだろうと思って、目の前にいるオウリュウの頬を摘む。


「……いひゃい」


「間宮と、妖目と、小倉が何をすればいいんだ」


 何故そこに小倉が入るのか。

 結希は唇を噛み締めて、熾夏一人の為に奇しくも自分を含めた幼馴染み全員の家が関わることに不安を覚える。


「……そこは、オーも長い間関わってないからわからない。けど、小倉の蔵にやり方が書かれた資料があったはず」


「小倉の蔵?! 嘘だろ、あの中から探すのは無理だって!」


「よくわからないですけど、大丈夫ですよ。二十年前にやっていたのなら必ず誰かが覚えてます」


 突き放したのに、そんなことがなかったかのように微笑んだ千里に罪悪感を抱いて拳を握り締める。


「何かあれば手伝います」


「いや、大丈夫だから」


 断って、もっと別の言い方があったような気がして唇を噛む。


『オイラモテツダウ?』


「頼むからやめてくれ」


 そして、いつの間にか起きたタマ太郎の頭にチョップを入れた。

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