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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第七章 九尾の眷属
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七  『弱さはいつか強さになる』

 茜色の夕日を背にして駆け回り、目の前に広がる木々を着地点にして飛び回る九尾の妖狐を視界に入れる。結希ゆうきは息を吸い込んで、右目の眼帯を解いた妖狐の全身に百個もの眼球が開花されるのを視認した。


熾夏しいかさん!」


 九尾の妖狐と百目の半妖はんようである熾夏は、ちらりと振り返って何故か微笑む。そして、正面に待ち構えていた一つ目小僧を持っていた日本刀で真っ二つに切り裂いた。


「だから、待ってくださいって何度も言ってるでしょ! あんた、妖力を使ってないからこれでいいだろう的な戦い方は罪ですよ! いい加減にしないと亜紅里あぐりみたく擬人式神ぎじんしきがみを貼りつけますからね!」


 追いかけながら九字くじを切り、さらに先を行くスザクの帰還を待つ。戻ってきたスザクは木の上で一時休む熾夏を一瞥し、眉を下げた。


「結希様、熾夏様は本当に大丈夫なのでございますか……?」


「どう見ても大丈夫じゃない。だからあの人を退治に出すのは嫌だったんだ」


 結希はため息をつき、未だに殺意を剥き出しにする周囲の妖怪に視線を巡らせる。

 あんなに悩んでいたのに、あんなにタマ太郎たろうのことを好きになったのに、陽陰おういん町に住む妖怪は全員殺意に飲み込まれている。手を緩めることは決してできない。


『オンミョウジ』


『コロシテヤロウ』


『〝ハンブン〟モイル。〝ハンブン〟フタリ』


 結希は唇を引き、金剛杖を持って茜色の空を駆け巡る火影ほかげに向かって声をかけた。


「見えてるか?!」


「もちろんです!」


 火影は下降し、声が聞こえてきた方向へとその身を投じる。その方向は、陰陽師おんみょうじの能力で感じ取った妖力も溢れ出していた。

 火影の姿は森の木々によって隠されたが、次々と妖力が弱まっていることだけは見えなくてもよくわかる。


「スザク、熾夏さんを頼む」


「承知いたしました!」


 駆け出し、火影が下りた場所を目指して次第に表情が強ばった。瞬間、結希に食いつくように駆け出してきた紅葉くれはに追い抜かされる。


りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


 まだ上手く回っていない舌を使い、それでも大きな声で紅葉は言う。九字を切り、弱った妖怪を視界に入った順に次々と消滅させていった。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」


 できもしないのに──そう思って、何故か効果を発揮する千羽せんばが切った九字に驚く。火影と結城ゆうき兄妹の快進撃に目を奪われ、足を止めた結希は最後まで飛び回るビャッコの着地を待った。


「……凄いな」


「えへへっ、あれからくぅたち頑張ってるもん。当然の結果だよねぇ」


「当然の結果だよねぇ。だって、この僕が指導してるんだから」


 ドヤ顔で並ぶ結城兄妹に呆れ、「戻るぞ」と声をかける。火影は軽く頷き、小さくした黒き翼をぱたぱたと機嫌良く動かしながらついてきた。


「調子良さそうだな」


「火影は八年の遅れを取り戻します。そうすることが義務なのです」


 心配になるような言い方だったが、単に伝え方が下手なだけで火影はどこか嬉しそうにしている。紅葉を見ると、紅葉も機嫌が良さそうに腕を組んだ。


 紅葉と火影は、陰陽師と半妖の主従であっても今まで妖怪退治に参加することがほとんどなかった。それは、紅葉が術よりも札作りを得意としているせいであり、火影に戦い方を教える師が身近にいなかったせいでもあり。

 ずっと目を逸らしてきた脅威と向き合うきっかけになったのは、先月の火影の覚醒だった。


 遅咲きの二人の二人三脚。時々千羽とビャッコを混ぜて、二人は一歩ずつ歩いていく。結希はそんな二人の関係に救われていた。


 血縁関係がないと知っていて、主従関係を続けていて、それでも家族のように育ってきた二人の関係が希望だと思っている。


 熾夏とスザクが待つ開けた場所に戻ると、何もかもを諦めたような表情をした熾夏が結希を待っていた。


「あの日からもう一ヶ月経つんだから、そろそろ自立したら?」


「はぁ? なんで熾夏にそんなこと言われなくちゃいけないのぉ? 決めるのはくぅと火影なんだから勝手に口出ししないでよねぇ」


「そうだよ! どの妖怪も最近すっごく強くなってるのに少人数で戦うのは危険だよ!」


「うるさいビャッコ! 危険じゃないもん!」


 自らの式神の膝を蹴り、一気に機嫌が悪くなった紅葉はそっぽを向く。

 まだすべての妖怪を撃退していないのに、この気の緩みようはなんなのだろう。実力はまだまだなのに、やること成すことすべてに大物っぷりを感じさせられる。さすが陰陽師の次期女王と言うべきか、紅葉は日に日に成長していた。


「姫様、それでは矛盾してしまいます」


「してない! くぅは火影とゆぅと一緒がいいの! 熾夏が邪魔なのぉ〜!」


 地団駄を踏み、熾夏に完全に呆れられてもなお紅葉はふくれっ面をして不快感を顕にさせていた。


「あっそ。私はどうでもいいけれど、他の子は割とそうでもないから気をつけてね」


「そんなのもう知ってるに決まってるでしょぉ? ゆぅに近づく害虫は全員札で封じ込めてやるんだから」


「害虫は札ではどうにもならないぞ……?」


「そんなのもう知ってるに決まってるでしょぉ!」


 ふくれっ面をし続ける紅葉の真意はまったくわからなかったが、未だに溢れ出してくる妖力を感じ取ってその方角に意識を向ける。


「黄昏時は鬼畜だねぇ」


 熾夏はため息をついて一歩足を踏み出すが、何もないのに蹌踉めいて片足で踏ん張った。


「下がっててください」


「さ、が、ら、な、い。ったく、勝手についてきたと思ったら紅葉と火影まで勝手についてきて……。お姉ちゃんの力、そんなに信じることができないの?」


「逆になんでそれで信じられるんですか」


「あれぇ? わからないの? あれれ〜? あれれ〜? おかしいなぁ」


 あの日のお返しとでも言いたいのか、にやにやと笑った顔色の悪い女狐を視線で追って──


あいちゃんの根性も、かなねぇの度胸も、はるちゃんの勇気も、鈴歌れいかの図々しさも、朱亜しゅあの狡さも、わかちゃんの博愛も、全部強さだよ」


 ──吐かれた言葉が耳朶を打った。


 愛果あいかの弱さも。


 歌七星かなせの願いも。


 心春こはるの痛みも。


 鈴歌の自己犠牲精神も。


 朱亜の涙も。


 和夏わかなの孤独も。


 全部知っているはずなのに、結希が知らない部分は未だにある。



「…………あんたの脆さは、見て見ぬ振りですか?」



 眉間に皺を寄せたのは、徐々に膨大なものとなっていく妖力が不快になったのか。

 熾夏の弱さと、どこかに秘めているであろう願いと、放置し続けた痛みと、選ばざるを得なかった自己犠牲と、何度も何度も幻術で隠し続けた涙と、独りで抱え込んだ結果の孤独に嫌気が差したのか。


「弱さはいつか強さになる。みんなが真実だと思ったら、それが真実になる。嘘でも、つき続ける価値はある」


麻露ましろさんを肯定するんですか?」


「揚げ足取りが上手だね、弟クン。うちの馬鹿姉妹たちにとってもよく似ているよ」


 熾夏は力なく笑みを零し、山の頂上を睨みつける。


「ね、ねぇ。これ、ちょっと大きくない……?」


「わ、私もそう思います……けど……でも……」


「大丈夫だよ。お姉ちゃんの力を信じなさい。みんな、あの山の頂上を見ているから」


 紅葉も、火影も、千羽も見つめているあの山の頂上を。町中に散らばった他の姉妹も、他の陰陽師も、《カラス隊》も見つめている。


「吉日じゃないのに、どうしてこんな……」


「さっきビャッコが言ったでしょ? 最近、妖怪の力がどんどんどんどん強くなってってる。……どうしても何も、百鬼夜行が起こることは確実なんだからこうなるよ」


 唇を噛んだ。

 陰陽師しか知らないはずの情報を、百目の半妖である熾夏は知っている。なのに、他の姉妹には黙っていてくれている。


「…………」


 熾夏はそうやって、なんでも知っているのに知らない振りをしていてくれている。


「…………戦力は、足りますか?」


「足りるけど、時間は結構かかるよ」


 唾を飲み込み、頷いた。熾夏が保証してくれるのならば、怖いものは何もない。結希は視線を向け、並んで山の頂上を見上げるスザクとビャッコの小さな後ろ姿を確認した。


「十秒後、来ます」


「一人辺り十でよろしく」


 半年前までは二匹が最大数で、百妖ひゃくおう姉妹と共闘することになってからは百匹が最大数だった。一人あたり、十ではない。

 個々の強さだけではなく、数も確実に増えている。なのに、自分たちの戦力は半年前とたいして変わっていない。


 ──どうすればいい。


 そう思って、直後に脳裏を過ぎったのは千里せんりだった。


 ──ドクンッ


 力が騒ぐ。結希は表情を強ばらせ、千里のような気配を感じ──目の前に顕現した見ず知らずの式神に目を見開いた。


 ビャッコと大差ない少年の姿をした式神は、金色の髪を揺らして大きな瞳を開ける。左側は長い前髪によって隠されて、彼の表情は上手く読み取れない。

 今まで見てきた式神とは雰囲気がまったく異なっており、彼からは何故か異国の匂いがする。神々しいという単語が異様に当てはまる風姿をしてるのが、背丈に合わない山吹色の狩衣を着て裸足のままそこに立つ姿は幼子と言っても過言ではなかった。



「──オウリュウ?!」



 声を揃えたスザクとビャッコは、慌てて駆け寄ってオウリュウを囲む。ビャッコと同じくらいの身長のオウリュウは、スザクとビャッコに視線を向けて小さな口をゆっくりと開いた。


「……スーちゃん、ビャッコ。ただいま」


「あっ、うん。おかえり……じゃなくて!」


「……これ、お土産の手榴弾」


「しゅっ?! また変なの拾ってきて! その辺に捨ててきて!」


「捨てるな馬鹿!」


 本当に投げ捨てようとするオウリュウの手首を掴み、異様にほっそりとした体格に驚く。オウリュウは改めて結希を見上げ、不思議そうに首を傾げた後──


「……ユー?」


 ──と、問いかけた。


「ゆ、ゆー?」


「ちょっ、ビャッコ! 誰よその式神!」


 見ると、火影の後ろに隠れた紅葉もいつものように宙に浮く千羽もオウリュウのことを知らないようで。


「後にして。来たよ」


 熾夏の厳しい声に身を強ばらせ、遅れて山の頂上を見たオウリュウはぽかんと口を開いた。


「……だいじょうぶ」


「大丈夫って、何が?」


 珍しく疑問を口にする千羽を無視し、オウリュウはすっと右手を上げる。


「……この町の妖怪、みんな凶暴」


 刹那に悲しそうに呟いて、オウリュウは陰陽師の結希、そして千羽でさえ説明できない力で妖怪の瘴気を削っていった。


「何、これ」


 消えるような千羽の声に後押しされ、結希はスザクに説明を求める。スザクは唾を飲み込んで、結希と紅葉をそれぞれ見上げ


「オウリュウは、千年前に召喚された間宮まみや家の式神でございます。生存している式神の中では最古の式神であり、長い間主を持たない野良の式神なんです」


 しっかりとした声で答えた。

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