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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第七章 九尾の眷属
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四  『眷属の血縁』

 雪之原麻露ゆきのばらましろ


 姓名共に知っているはずの名前なのに、どうしても頭の中でその二つが一致しない。

 その名前の持ち主は元から白かった顔色をさらに青白くさせて唇を噛み、神に反逆しようとする魔物のような深い青目で仁壱じんいちを睨みつけていた。


「雪之原……? どういうことなんですか、麻露さん」


 刹那に麻露の意識は結希ゆうきに向いた。咄嗟に何故か熾夏しいかを見て、動じているのは結希だけであると察して傷つき、一歩下がって糸が切れたように俯く。


「あははっ! あははははっ! 馬鹿みたいだねえま、し、ろ? あれだけ必死に隠していたのに、びっくりしてるのは可愛い可愛いイモウトじゃなくて間宮まみや結希の方みたいだよお! あははっ! 滑稽だよねえ! サイコーの滑稽劇だよお! 君はその主役でありサイコーの道化師だ! あははははっ!」


 雪之原麻露。その名前はきっと麻露の本名で。

 あんなにも強く、そして凛々しく十二人の妹たちを率いていた彼女を馬鹿にする者は今の今までどこにもおらず。逆らおうとすると容赦ない仕打ちをされそうで誰もそうしようとはしなかったが、それはおおむね彼女の意見に賛同していた部分が大きかったからで。


 実際にこうして逆らって──いや、彼女が持つ力よりも遥かに大きな力で上から押さえつけたのは、結希が知る限り仁壱が初めてだった。

 仁壱によってピエロの烙印を押された麻露は、熾夏と結希という組み合わせでのみ成立する引き金によって見ていられないくらいボロボロに破壊されている。


 結希は顔を強ばらせて息を呑み、やがて、思い出した。



『──どうか、わたくしたちのヒーローになってください』



 先ほど手を握り締めて懇願した歌七星かなせが、かつて涙ながらに言った言葉。


『結希くんが、この楽園を完成させてください』


 楽園という単語がいまいちピンと来なくて、聞き返した結希に歌七星がトドメを刺した言葉は。


『どうかわたくしの家族を助けてください。ヒーローになって、この楽園を、ホンモノにしてください』


 相変わらず抽象的で、それでいて家族を愛するが故の甘い甘い切なる願いだった。


 家族を助けること。それは最初、鬼と化していた椿つばきを助けた時から薄々と察していたことだった。だからあの時、結希は初めからそのつもりだと答えたのだ。


 だが、結希はあの時、歌七星が言いたかったことの半分でも汲み取ることができたのだろうか。

 結希はあの時、歌七星が言いたかったことの半分も理解できていなかったのではないだろうか。


 歌七星がすべてを知っていると仮定して、先ほどの願いを再考すると──見えてきたものは、どうしようもないくらい残酷な真実だった。


「……うるさい」


 無意識の内に掌が握り締めていたのは、仁壱の胸元の白いシャツだった。

 しわくちゃになるまで握り締め、多分リビングにいる姉妹にも聞こえてしまうほど大きな声で笑っていた仁壱の笑みを静かに揉み消す。



「一つくらい、俺たちにもくれよ」



 絞り出された声に、仁壱の青みがかった灰色の瞳が細められた。結希は漆黒の瞳で仁壱を睨みつけ、その二つは宇宙にある惑星のように交差する。


「…………〝俺たち〟?」


 何を言っているんだと、切り捨てるような言い方だった。


「母親から引き離されて」


 彼女たち〝十三人〟は、百妖ひゃくおう家に来た。


「家族の愛も知らなくて」


 多分、育ての親の朝日あさひだけが辛うじて家族と呼べる存在だった。


 麻露だけではない。火影ほかげや、結希や、亜紅里あぐりや、ついでに仁壱だけでもない。



 百妖の眷属として生きるすべての人間に──月夜つきよ幸茶羽ささはを除いたすべての人間に、血の繋がりなんてどこにもなかったのだ。



 それは、この楽園を間接的に〝ニセモノ〟呼ばわりした歌七星が証明していることで。

 〝家族ごっこ〟だと揶揄して百妖十三姉妹を解体すると宣言している仁壱が証明していることで。


 三つ子なのに全員の誕生日があり得ないほどに離れている鈴歌れいか、熾夏、朱亜しゅあが証明していることだった。


「血の繋がりさえない俺たちだけど、あんたはそうじゃない。あんたは何もかも持ってるだろ」


 じんという血の繋がった家族と、その家族とのかけがえのない思い出と──父親から与えられるであろう無償の愛でさえ、目の前にいる百妖仁壱は絶対に持っている。

 それを、この家に住むすべての人間は持っていないのだ。それらすべては、〝家族〟ではなかったら持つことさえできないものなのだから。


 だからといって、一つくらい望んだって罰は当たらないものであって欲しいと思う。


「そんなあんたから一つくらい奪ったっていいはずだ」


 ぴくりと麻露の肩が動く。顔を上げ、問うように麻露は結希を見た。


「俺たちは、百妖家という〝家族〟だったから愛を知ることができたんだ。〝家族〟という選択肢を誰かが選んでいたから、俺とあの人たちは普通の家族とほとんど同じ生活をすることができたんだ。少なくとも俺は、あんたの父親と再婚した人の息子っていう設定のおかけでこの半年間ずっと幸せだった」


 そうじゃなかったら、全員であんなに笑い合うことはなかった。本当の自分を曝け出して、一緒に暮らし続けていくこともできなかった。〝家族〟として、あんなに愛されることはなかったのだ。


「だから、外部から言われたってだけの理由で〝家族ごっこ〟を辞めさせたりなんかしない。それに、〝家族〟だったことが間違ってたとか──偽りだって外部が馬鹿にすることも、俺は絶対に許さない」


 歌七星は、この居場所のことを楽園だと言っていた。彼女は、〝家族〟であることが幸せだと──あの時、朝日の実子である結希に報告したのだ。


 けれど。



『──貴方たち百妖家は、いつ壊れるの?』



 そう問うた和穂かずほにとって。



『──チミ以外の家族は、本当に卑怯だね』



 そう詰った奏雨かなめにとって、百妖十三姉妹の居場所は楽園ではない。


 壊さないと言って。敵意を向けた。


 これから先、また知り合いに同じことを言われるかもしれない。そう言わせる為の世代交代であり戴冠式であったことにも今気づいた。


 周りは敵だらけで、味方なんてほとんどいない。だから仁壱はすぐにこの場所に来て、外部が彼女たちに直接何かを言う前にこの〝家族〟を壊そうとしたのだろう。

 だとしたら、今までのわざとらしい悪役っぷりにも納得がいくのだ。


 柵に背中を押しつけられた仁壱は、腰を抜かしつつも結希から視線を逸らすことはしなかった。多分だが、彼なりに言いたいことがあるのだろう。

 目が、まだ結希を睨みつけている。


「……俺が、何を持っているって?」


 結希は目を細め、一歩前に踏み出した仁壱から距離を取った。


「〝家族〟なんて、どうでもいいだろ」


「そんなことない!」


 握り締める手を強めたが、今度は仁壱が結希の胸ぐらを掴む番だった。


「大事なのは、〝力〟だ」


 その割には小さな声で、仁壱の手は小刻みに震えている。


「君たちには、半妖はんよう陰陽師おんみょうじの力がある。けど、俺には、俺たちの一族には……それがない」


 結希は不意に、和穂と奏雨の心に触れた。

 妖怪の存在を知ってから怯えて暮らすようになった和穂と、百鬼夜行の日、怯えて隠れていたという奏雨。その二人の気持ちを結希は一生理解できないと思ったし、卑怯だと心の中で何度も詰ったのだ。


 〝ない〟ものは、どうやったって理解できない。人は皆、ないものねだりなのだ。


「なのにどうして俺たちが《十八名家じゅうはちめいか》の一員であるか、君にはわかるか? ……わからないだろ。俺たちが、この世界に存在するすべての半妖バケモノを監視する為だけに作られた一族だって言われても……理解できないだろ」


 結希は唾を飲み込み、自分を見下ろす仁壱の顔を見つめた。十センチあるかないか──それほど近い距離にある仁壱の顔は、悔しそうで。彼の惑星のような瞳に映った自分の顔は、馬鹿みたいに惚けていた。


『全部ではない。…………白院はくいん家と百妖家のみだ。貴様の親族の結城ゆうき家は半妖ではないだろう』


 全員に血の繋がりがないとわかった時点で、ここにも気づくべきだった。


『あぁ、確かに言ったな。だが、最初から阿狐あぎつね家はないものとして考えていた。《十八名家》とは言うが、今では十七家で陽陰おういん町を支えている。これは……二家と同じ力を持つ阿狐家の人間が表舞台に戻っていながら、半妖の可能性について考えようとしなかった私の思慮のなさが原因だ。すまなかったな、副会長』


 ヒナギクが、鴉貴からすぎ家のことを半妖の一族だと黙っていた理由。

 それはとても単純で、その裏に結希の〝家族〟である百妖十三姉妹がいたからなのだ。


『ちょっと待て。《十八名家》はすべて半妖の一族なのか?』


 結局、二家だけではない。あの時自分が思った通り、《十八名家》のほとんど家が半妖の一族で。そこから生まれた半妖を一つの家に閉じ込めていたのが、百妖家で。

 ヒナギクは、結希と百妖十三姉妹を気遣って黙っていてくれただけなのだ。


 あれは、結希を騙す為の嘘ではない。百妖家の事情に片足を突っ込んでしまった結希を守る為の嘘だったのだと結希は今知ってしまった。


「キミになら、言っても構わないと本気で思っていた」


 麻露が震えた声でそう言った。


「私たち全員に血の繋がりがないと、そう言ってしまっても、キミには関係のない話なのだから……」


「ダメだよ。弟クンに余計なものを背負わせないで」


 今までずっと黙っていた麻露と熾夏の視線が交差する。

 麻露はずっと真実を隠していて、熾夏はずっと知らないフリをしていたのだ。二人の立場は似ているが、多分、いつまで経っても二人の意見が同じになることはない。


「弟クンとの関係でさえ嘘なのに、これ以上彼をこんな醜い嘘につき合わせないで」


「熾夏……」


「あんなに嬉しいことを言ってくれた弟クンの優しさに甘えないで」


「俺は別に……」


「それでも良かったって気休めでも言わないでよ、弟クン。最初からそうだって知ってたら、元の家にさっさと帰ってたくせに」


 視界に入れた熾夏は、何故か結希だけを睨んでいた。麻露のことも、仁壱のことも特に睨まなかった熾夏は結希だけを睨んでいた。


「弟クン、狡いよ。亜紅里も狡い。火影も狡い。ヒナギクも狡い。おかしいよ、ルールを守った家の子がこんなに辛い思いをしてるのに、その原因を作った養母の子とか、母親に山奥に捨てられた子とか、母親に幽閉された子とか、母親に守ってもらった子の方がいっちばんいい思いをするのはおかしいよ」


「熾夏! 朝日さんは、キミたち三人が差し出された時に〝家族〟になろうって言ってくれたんだぞ!」


「だから何? 現実を見なよ」


 仁壱は、力を抜くように結希の胸ぐらを離した。

 結希も仁壱の胸ぐらを離し、誰が悪いわけでもない現実に気がついて顔を歪めた。

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