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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第七章 九尾の眷属
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三  『二男十四女』

「ちょっ、待ってください!」


 今日からようやく帰れるようになった百妖ひゃくおう家へと続く坂道を上りながら、先を歩く彼を睨みつける。結希ゆうきは焦りつつも麻露ましろのトーク画面に短文を送りつけ、仁壱じんいちの肩に手を置いた。


「触らないでくれるかな」


 結希の手を払って振り向いた仁壱は、笑っているのに笑っていないような──触れられない虚無感で襲いかかって首を絞め上げる。結希は払われた手を下げて、笑みを浮かべたまま再び歩き出す仁壱の太股を蹴り倒した。


「ッ?!」


「いい加減にしてくださいよ!」


 半ば誘拐するように車に押し込められ、百妖家まで連れ去った張本人。なのに最初からそこにいなかったかのような態度で仁壱は結希に接している。


「蹴っ、た……? 君、僕を蹴ったのか……?」


「蹴りましたよ! ていうかもっと蹴りますよ! 別に《十八名家じゅうはちめいか》なんて怖くないですからね!」


 過剰に驚く仁壱は、今まで反撃されたことがなかったのか腰を抜かして怯えていた。さらに言えば動揺を隠しきれていないような表情で、開いた口も塞がっていない。

 その顔はじんにそっくりで、それでもその表情はまったくと言っていいほどに似ておらず。


「誘拐犯として訴えますよ!」


「はうあっ?! ゆっ、誘拐も何もここは君の家だろう!」


「俺の家じゃないみたいな感じでずっと接してたのはあんたでしょ!」


 ぎゃんぎゃん喚いて詰め寄ると、仁壱は足を引きずるように手で移動して坂道を上り始めた。


「仁壱……?!」


 顔を上げると、玄関から出てきた麻露が顔を強ばらせている。


「麻露……? 麻露……!」


 仁壱は麻露に聞こえないくらいの声量で彼女の名を呟き、慌てて立ち上がって泥を払った。


「久しぶりだね、麻露」


 先ほどの仁壱と見比べると、明らかに猫を被っている様子で彼は姿勢を正し始める。結希は半ば引きながら仁壱の進軍を見守って、後のことはすべてを知っている様子の麻露に任せた。


「何しに来たんだ、仁壱! ここはキミが来ていい場所ではないぞ!」


「何を言っているんだい? 麻露。ここは我ら百妖家の別荘だよ? キミが僕を阻んでいい理由はどこにもないと思うけれど?」


「だとしても、何故今になってここに来た……! キミの居場所はここにはないぞ!」


「なかったら来ちゃいけないのかい?」


 仁壱はにやりと口角を上げ、眉間に皺を寄せる麻露にさらに近づいていく。


「それに、今の僕は百妖家の現頭首だよ? そんな僕にそ〜んな口の利き方をしちゃっていいのかなあ? ダメだよねえ?」


 大人びた低い声で子供のような脅しをする仁壱は、ニコニコと笑って麻露の肩を軽く押した。麻露は呆然とその場に立ち尽くし、慌てて仁壱の後を追いかけていく。

 麻露に続いてリビングへと戻ると、他の全員がその場にいて。全員不思議そうに仁壱を見、首を傾げて場所を開けた。


「お客さん?」


 人見知りしない椿つばきが問いかけ、お茶を淹れようとキッチンに向かう。


「淹れなくていい」


 麻露は立ち上がった椿を牽制し、髪を掻いて仁壱の背中を一瞥した。


「へえ〜、みんな大人になったんだねえ」


「仁壱!」


 怒鳴った麻露が仁壱の肩に触れるが、結希と同じ対応をして彼はぐるりと辺りを見回す。

 麻露。依檻いおり真璃絵まりえ歌七星かなせ鈴歌れいか熾夏しいか朱亜しゅあ和夏わかな愛果あいか。椿。心春こはる月夜つきよ幸茶羽ささは。結希。そして、遅れて帰宅した亜紅里あぐりは仁壱を視界に入れて表情を曇らせた。


「仁壱?」


 ソファに寝そべっていた依檻は起き上がり──


「……仁壱」


 ──敵視するように、歌七星は刺々しい雰囲気を出す。

 車椅子で眠り続ける真璃絵は当然のように何も言わず、姉三人が醸し出す雰囲気を敏感に感じ取った姉妹たちはすぐさま警戒を強めて姿勢を正した。


「あっれ〜? どうしたのかな? みんな怖い顔してるよお?」


 結希は視線を合わせてくる亜紅里を見、唇を噛んで首を振る。


 この十三姉妹は、先ほどの会で自分たちがどれほど非難されていたのかを知らないのだ。

 それはまるで結希を非難する陰陽師おんみょうじのようで、それでも結希だけは絶対に非難しなかった全《十八名家》の思いが重い。


 あの惨状を知っている仁壱の口調は煽ってはいても優しい方で、致命傷となるほどの棘はどこにも含まれていない。ただ、ゆっくりとゆっくりと絞め上げるような憎悪だけは確かにそこにあって──その現状に自分で嫌気がさしているのも、結希は微かに感じていた。


「アンタ誰。不審者だったらぶっ飛ばすぞ」


 愛果に睨まれた仁壱はわざとらしく肩を竦め、この世の終わりだとでも言いたげな表情をする麻露に全員が恐怖さえ感じた頃──



「──百妖家の現頭首で長男の、百妖仁壱だよ」



 ──彼は、好青年のように爽やかに告げて動揺を誘った。


「は……? いや、何それ、誰よアンタ、そんなの聞いてな……」


 愛果はそこで言葉を切り、俯く麻露を見て絶望を顔に出す。


「ほ、火影ほかげちゃんの……お兄ちゃん、ですよね?」


 心春の問いを誰も肯定せず。


「新たな居候……ではなさそうじゃな」


「…………別の分家でも、ない?」


 朱亜と鈴歌は半ば確信を持った言い方で。


「じゃ、じゃあ、新しいお兄ちゃんだっ! ねっ、そうだよねっ?!」


「…………」


 純粋にそう言えていない、僅かな希望に縋る月夜だけが何も諦めていなくて。幸茶羽は顔を歪め、信じようとする姉のスカートの裾をぎゅうっと握り締めた。


「な、何か言ってよ……。言わなきゃ何もわかんないだろ……?」


「ユウとアグはこの人のこと知ってるの?」


 椿は今にも泣きそうで、ちゃんと周りを見ていた和夏に名指しされてからは傍観者ではいられなくなって。


「仁壱は最初からいたよ。私たちが何も知らされていなかっただけでさ」


 躊躇いもなく言い放った熾夏は、まったく傷ついていない表情でメスを入れた。


「熾夏!」


百目ひゃくめに隠し事なんてしようと思わない方がいいよ、シロねぇ。逆に、よく隠していけると思ったよねぇ」


 入れたままのメスでぐりぐりと肉を抉り、余計な傷を作って縫合不可能にする。

 医者とは思えないような残酷さで他人の傷口を抉る熾夏は、嘲笑うだけ嘲笑って最後には疲れ切ったような表情を浮かべた。


「シロ姉、いおねぇ、かなねぇ。どうしていっつも、肝心なことをウチらに話さないの?」


 それでどれほど愛果が傷ついていたのかを知っている。

 結希は唾を飲み込み、百妖十三姉妹と仁壱の間にしか存在しないと判断していた問題を直視した。


「そうそう。たった一言だけ、『私たちには男兄弟がいるんだぞ〜』って言ってくれてたら良かったのにね」


「あははっ、それは嫌だなあ。僕たちは戸籍上は家族だけど、僕は君たちと血の繋がりがない。いつまでもいつまでも赤の他人でいたいんだから」


「戸籍上は家族なら、どう足掻いたって家族でしょ?」


「そういうのやめてよねえ。縁を切りたいって言ってるの、わからない?」


「仁壱! 熾夏!」


 堪忍袋が切れたかのように、麻露は二人の襟首を掴んでベランダへと押し出す。


「きゃっ!」


「うわっ!」


 そして依檻と歌七星に目配せをし、自分自身もベランダへと出ていった。


「麻露さん!」


「待ちなさい、結希」


 追いかけようとした刹那、依檻に止められて結希は振り向く。同じく追いかけようとしていた姉妹も依檻を見、依檻の瞳には結希と今にも泣きそうな姉妹全員が映った。


「結希は、誰の味方なの?」


 たったそれだけを問うた依檻の傍に、懇願するように手を合わせた歌七星が立って。


「麻露さんです」


 即答した結希はベランダを出、中に残された姉妹たちを一瞥して退魔避けの札をガラスに張った。


『ちょっ! バカッ! 外せ! 外せよっ!』


 くぐもった愛果の声を無視し、ほっとしたような依檻の表情が逆に痛々しくて結希は早歩きをする。そして、十メートル以上離れた場所で議論を繰り広げる三人の間に割って入った。


「もう止めてください」


 麻露、熾夏、仁壱。それぞれにはそれぞれの思惑があって、三つ巴状態になっている。


「結希、席を外せ。キミには関係ない」


「全員見てます」


 熱くなって早口で結希を疎外した麻露は、我に返ったように結希を見上げてリビングの方へと視線を移した。


「けど、俺には本当に関係のない話ですよね」


 麻露はそれが皮肉であることに気づき、すべての元凶が自分にあることにさえ気づいて蹌踉めく。


「そうだね。弟クンは、最初から血の繋がりのない外から来た家族だもんね。ある日突然居候することになったってシロ姉から言われた、赤の他人だっただもんね。私たちはそれを知ってたから、来たその日に再婚相手の息子だって言われても受け入れた。でも、仁壱は違う。ある日突然百妖家の現頭首であり長男だって名乗った赤の他人だもん。こんなの、誰が受け入れるの? またシロ姉が隠し事をしてたって責められても事実なんだから仕方ないでしょ」


 結希と仁壱。そして、話には出なかったが同じく最初から血の繋がりがなかった亜紅里と火影。

 それぞれ後から百妖十三姉妹に出逢った、戸籍上はれっきとした百妖家の人間だ。


「……なら、どうすれば良かったんだ。じんに〝家族ごっこ〟に巻き込むなと指示された仁壱を……私はどうやってあの子たちに説明していれば良かったんだ」


「だから説明しないという選択肢を選んだんだね」


 熾夏は笑いもしなかった。

 だが、仁壱は笑っていた。


「麻露。僕はそれが賢明な判断だったと思うけれど、傷つけちゃったならそれは君が間違ってたからだよ」


「呼んでもいないのにわざわざやって来た誘拐犯のくせに何言ってるんですか」


「はうあっ?! おっ、俺は現頭首になったから挨拶をしようと思っただけだ! その辺はあの場にいたなら薄々わかるだろ!」


 確かにわからなくもない。

 熾夏も千里眼で視えていたのか、わかっていなさそうな麻露を悲しそうな瑠璃色の瞳で見つめている。


「……何があったんだ」


 麻露はようやくそう尋ねた。


「今日の会がなんだったと思ってるの? 《十八名家》の、戴冠式だよ?」


 言い聞かせるように麻露に告げるが、熾夏の訴えは麻露には届かず。


「シロ姉、感覚がちょっと麻痺してるんじゃないの? 私たちは、許されてないんだよ?」


 熾夏の肩に触れ、彼女を後ろに追いやった仁壱は困惑する麻露の目を覚まさせた。



「百妖麻露──いや、雪之原ゆきのばら麻露。今すぐこの〝家族ごっこ〟をやめなさい。これは、百妖家の現頭首としての命令だよ」



 麻露は目を見開き、りんご色の唇を歪め──


「どんな口の利き方をしても、結局は解体なんじゃないか」


 ──乾いたようにそう笑った。


 状況が読み込めない。そんな表情の結希に視線を向けたのは仁壱で。


「それと、この子の母様と俺の父様が再婚しているという情報も撤回してくれ」


 最後に、トドメを刺した。

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