幕間 『黒き翼と紅き枷』
紅く紅く染まった黒翼の色彩が、火影の視界に滲んでいく。火影は目を見開いて、火影を抱き締める母様の傷ついた肉塊を眺めていた。
「──火影、愛しているわ」
それが、母様の最期の言葉だった。
鴉天狗のバケモノである母様は、血に塗れて火影の目の前でこと切れる。
薄暗い蔵の中。生まれた時からこの蔵に幽閉されている火影は、死にかけているにも関わらずこの蔵まで帰ってきた母様の遺体をどうすることもできなくて。奥にある階段を使って地下に逃げてと伝えた母様の言葉の意味もよくわからなかった。
「紅葉! この中に入って!」
刹那、蔵の扉が開いて僅かな光が差す。
星のない空が広がる真夜中だということは辛うじてわかって、火影はただ、膝をついてその空を見上げる少女へと視線を移した。少女はその先にいる少年のような影に向かって叫び続けているが、その声は虚しく蔵に残響する。
「だって、ぼくしかいないから!」
そう言って、ぽろぽろと泣いた少年を火影も見た。
「千羽が死んじゃったからっ! ぼくが代わりにこの町を守らなきゃ……!」
大泣きしながら扉を閉める彼は、最後に火影と視線を絡ませ──
『だからお願い、紅葉を守って!』
──強く、強く、火影に向かって懇願した。
「行かないでっ! ゆぅ!」
火影が何度も脱出を試みていた重厚な扉を殴り続け、「開けてよゆぅっ!」と立ち上がった少女も懇願する。
そんなことをしても無駄。
そう言いたくて火影はぴくりと腕を動かした。
かたんと音がして、少女が振り返る。そこで火影は、初めて少女の泣き腫らした顔を見た。その瞳に火影と亡くなった母様を映して、少女は絶叫した。
「……ぁ」
言葉にならない声を上げ、火影は後ずさる少女の恐怖に引き攣った表情に傷つく。
「いやぁ、いやあっ!」
少女は特に、バケモノの黒翼を生やした母様の遺体を見て泣いていた。泣けもしなかった火影の代わりにたくさん泣いて、火影に気づいて自然と涙を流さなくなる。
少女がここに来てどれほどの時間が経ったのだろうか。落ち着きを取り戻した少女は不意に、火影に対してこう漏らした。
「……逃げないの?」
少女の言葉の意味さえ火影はまったくわからなくて、火影はやっとの思いで言葉を返す。
「……逃げる理由なんて、どこにもない」
どうして逃げるの? どこに逃げるの?
「家族がいるこの場所以外に、未来なんてない」
火影は冷たくなった母様から視線を逸らさなかった。誰にも見つからないように夜な夜な会いに来てくれる兄さんから離れたくなかった。
「貴方は?」
火影から。母様から逃げないの?
「くぅは……」
項垂れる少女がまったく動かず、死人のように見えてきた頃。
「……くぅは、ここで死にたい」
少女はいっぱいいっぱいになってしまった思いを吐露した。
「くぅの家族も、みんな死んじゃった」
震えているのによく聞こえる繊細な声で、少女は少女の絶望を吐露した。
火影は目を閉じて、少女の思いを理解する。
火影も。そして少女も、〝家族〟なしでは生きられないのだと──痛く痛く思い知った。
知らぬ間に朝日が差し、兄さんが駆けつけてくれた時。母様の遺体を抱き締めて泣いていた彼がすべてを語ってくれた。
母様を殺したのは百鬼夜行。少女の兄さんを殺したのも百鬼夜行。
少女と火影を保護した兄さんは、叔母さんと共に火影というバケモノを秘匿していたことをこの世に生きるすべての人々に謝罪して。百妖家の一員として迎えられることになったが、誰もが火影を見て顔を顰めた。
どうやら火影という存在は、この世に生きるすべての人々にとってとてつもなく迷惑な存在らしい。
家族として完成してしまった百妖家に八歳の火影が急に入ることはできなくて、ありもしない百妖家の分家として生きることになって。鴉貴家に帰ることは悪で。
たった独りで残された火影は、両親に抱き抱えられた少女の傍にいた。
『だからお願い、紅葉を守って!』
その言葉だけが火影の生きる意味で。百鬼夜行を止めたのは、それを言った結希という少女のいとこの人だった。
火影に気がついた朝羽さんに手を引かれて、火影は結城家で暮らすことになって。目が覚めたいとこの人が記憶喪失だということがわかって。忘れ去られた少女は泣き崩れて。数年後に少女の別のいとこの人はアメリカの大学に進学して。少女の家族は両親以外死んだも同然になって。
そんな少女の傍で膝をついて座っていた火影は、見ていられないくらい可哀想になった彼女に向かってこう告げた。
「泣かないで。火影が貴方を守るから」
それが、火影のいっぱいいっぱいになってしまった思いの吐露だった。
*
姫様といとこの人と共に、《カラス隊》の寮で食事をした。
百妖家の姉妹たちがいとこの人を囲んでいて、その中に姫様もちゃんといて。火影は銀の杭で胸を刺されたような気分になった。
あの人たちが家族だったから、火影はあの人たちの輪の中から弾き出された。母様が火影のことを愛して、自分から火影を取り上げられたくなくて幽閉していた日々がなければ、火影はちゃんとあの人たちの家族だった。
いとこの人と、姫様と、一緒になってちゃんと笑えた。
そう思うと無性に悲しくなる。家族として火影の生き様を疎ましく思っている輝司兄さんの視線が痛くて、火影はただただ視線を伏せていた。
そんな気持ちのまま帰宅して、火影は朝羽さんと共に台所に立った。朝羽さんは今日の食器は少ないからと皿洗いを手伝うことを断ったが、火影は身を粉にしてこの身を捧げる生き様を朝羽さんにまで否定されたくはなかった。
「ありがとう、火影」
礼を言うのは火影の方だ。
あの日、火影の手を引いてくれた朝羽さんに命を拾われたのだ。
「あなた、少し変わったわね」
「……え?」
振り返ると、食器を拭いて食器棚にしまっていた朝羽さんが手を止めて火影を見据えていた。
「家出をして、何かが見えた?」
喉に唾を流し込む。朝羽さんと千秋さんに謝罪をしたのはついさっきの出来事だ。彼女は、まだ火影のことを──。
「いやね。別に怒ってないわよ」
母様になかった朗らかな笑みは、火影をどこまでも安堵させる。母様は、いつ火影を取り上げられるかと怯えながら最期まで生きていた。そのことを不意に思い出した。
「あなたにはあなたの人生があって、縁がある。生きる意味がある」
黒い長髪は結城家のものではない。
結城家にお嫁に来た朝羽さんは、結城家にはないものを全身に詰められた木偶人形で。誰よりも優しい間宮家の血が流れている女神様だった。
「それでも紅葉の従者になってくれてありがとう。あの子が立派な王になれるように、あの子の傍にいてくれてありがとう。火影がいるからあの子はずっと、立派にやって来れたんだと思うわ」
そんな女神様に感謝されるほど、火影は天使に近づけたわけではない。
「そんな……火影はそのような者ではありません。火影はずっと奴隷のように……いえ、火影こそが木偶人形で……」
言いたいことが上手く纏まらなかった。奴隷と言い切るには姫様にも朝羽さんにも──ついでにいとこの人にも失礼なような気がして言えなかった。
「そんなことはないわ」
朝羽さんが食器を置いて火影の目の前に立つ。
「息子が亡くなって、とても辛い思いをしていた私たちの下にあなたが来てくれて──運命だって思ったの。心の底からあなたが来てくれて良かったって思ってるの。私は、あなたのことを本当の娘のように思っているわ」
母様になかった温かさで火影の頬に触れ、両手で甘やかすように火影の涙を拭っていく。
「──火影、愛しているわ。私の娘になってくれてありがとう」
朝羽さんが、今の火影の母様だ。
火影はもう、ありもしない両親の下から離れて従者をやっている火影じゃない。
「いつか離れ離れになったとしても、私たちは〝家族〟よ」
火影はもう、結城家の人間だ。それを朝羽さんが気づかせてくれたのだ。
止まらなかった涙の意味がよくわからなくて、どうしてあの日泣けなかったのかもわからなくて、朝羽さんと別れた火影は真夜中の廊下をただ歩く。
薄暗い。けど、あの蔵に比べたらとても明るい。
火影はその明るさの原因を見つけ、足音を忍ばせて彼の部屋を覗く。中途半端に障子を閉めていたいとこの人は、思わず息を呑むくらい真剣そうな表情で畳の上に膝をついていた。
「…………」
無言。彼は何も語らない。
「…………見つけた」
小さく呟いた彼が見ていたのは、暦だった。はらりと垂れた横髪を耳にかけ、彼は立ち上がって火影の下へと歩き出す。
「──ッ!」
慌てて逃げた火影は廊下の角に隠れ、彼が縁側の方へと向かうのをその目で視認した。
彼が何を見つけたのかが気になって、火影は忍び足のまま彼をつける。いとこの人は不思議な人だ。見ていて飽きない何かがある。
縁側に辿り着いたいとこの人は、星空を見上げていた。その漆黒の瞳を子供のように輝かせて、安堵するように笑って尻餅をつく。
何をしているんだろう、本当に。基本的には奇行ばかりだけど、別にかっこ悪いわけではない。
不意に、いとこの人が火影を見た。
六年前のあの日、家族以外の人で初めて火影を見つけてくれたのがいとこの人だったように──彼は今日も火影を見つけて手を差し伸ばしてくれる。
「おいで」
その声が耳に心地いい。
火影は反抗することも忘れていとこの人の隣に座った。いとこの人はよっぽど浮かれているのか火影の頭をくしゃっと撫でて笑っている。
「何をしていたんですか?」
「ん? あぁ、星読みだよ」
それは、星を読むということか。星がなければ絶対にできないものではないだろうか。
火影といとこの人が本当に初めて出逢ったあの日は、どこにも星なんてなかったのに。今宵は星が全方向に輝いている。
星空に目を奪われ、いつまでもこうしていたいとらしくもなく願った刹那いとこの人が急に真後ろに倒れて寝そべった。
木製の縁側は、秋の夜に冷やされていてそれなりに冷たい。なのにいとこの人は気持ち良さそうに目を閉じて無防備な姿を晒していた。
「何をしているんですか?」
さっきとたいして変わらない問いに、いとこの人は「んん〜……」と気の抜けた声で間を保ち──
「……疲れたからちょっと休憩」
──と、張りのない声で答えた。
それくらい星読みに体力を奪われたのかと一瞬思って、すぐにいとこの人の今日一日を思い返して納得する。
寝かせてあげよう。それくらいの優しさは持っている。
いとこの人の寝息は規則正しく、その言動の根本はいつだって自由で火影の方が疲れてくる。でも、本当はそうじゃない。
いとこの人は誰よりも不自由だ。蔵に幽閉されていた火影と大差ないくらい、彼には選択肢がない。
裏切り者でありながら誰よりも優しい間宮家に生まれ、火影を受け入れてくれなかった百妖家に身を置いている。
彼がこの先歩むであろう人生は、決して優しくなんかなくて。本当に、名前を変えずに間宮家のままでいてくれた方が彼はもっと自由に生きることができたのにと火影は思う。
それでも、百妖家の一員になった後の彼はよく笑っていて──彼にとっての幸せがなんなのか、考えてもよくわからなくなった。
息を吐く。どうしてこの人の幸せを願っているのだろう。
兄さんは、いとこの人があの日言った「生きて」に生きる力を貰ったのだと前を向いて語っていた。きっと、ほとんどの人はそうなのだろう。でも、火影にとっての生きる力は「生きて」じゃなくて「紅葉を守って」だ。他の人とは、違う。
火影は振り返り、いとこの人に近づいて触れるように首を絞める。どくどくと脈を打つ部分に爪を立てて、火影は震えながら息を吐いた。
姫様を守る。いとこの人の力なんかなくっても、火影は姫様を守れる。だから、いとこの人はもう二度と傷つかなくていい。姫様の泣き顔はもう二度と見たくないし、いとこの人のことも、これからは火影が守るから。
でも。でもね?
──本当の貴方は、もう六年も前に死んでいるでしょう?
火影たちが触れたいと願っていたいとこの人は、いとこの人の中にはいない。ぽろぽろと泣いていたあの日の少年は、いとこの人であっていとこの人ではない。
いとこの人に出逢って、再会して、火影は本当に嬉しかった。でも、それはあの日の少年であって歩くことも食べることも困難だった木偶人形の少年ではない。
そんな人は、知らない。いらないから──月虹が美しかったあの日、姫様がいない隙に火影はいとこの人をこの縁側から突き落とした。
──ゴッ
鈍い音をたてて中庭に倒れた木偶人形を嘲笑ってやるつもりだった。でも、じんわりと赤黒い血を流す彼は火影の想像以上に人間だった。
そんなことさえ考えることができなかった火影は思わず後ずさり、自分がいとこの人にしてしまった罪の重さに耐えられなくなって何もできなかった。
本当の木偶人形は、火影が思っている以上に火影なのだ。
幸いなことになんの後遺症も残らなかったが、いとこの人はあの日のことを覚えていない。火影を責めることがない。覚えていてもきっと責めない。
火影は唇を噛み締めて、きっとこのまま首を絞めても赦してくれそうないとこの人のことが怖くて手が震えた。
「どうして……貴方なの……」
きっとみんながそう思う。
どうして、貴方にだけこれほどの数奇な運命と宿命が絡みついてしまったの。
どうして、貴方だけが土地神の寵愛を受けているの。
少しでも土地神が他の誰かを愛していたら、貴方は普通でいられたのに。愛されているから、みんなが貴方を見つけてしまう。貴方もみんなを──バケモノの欠片を見つけてしまう。
だから貴方は、百の妖を擁する百妖家の眷属になってしまったようなものなのに。
それさえも貴方は肯定するし、この先歩むであろう人生でさえ否定しなさそうで火影の方が苦しくなる。
『貴方のことも、これからは火影が守るから……!』
そう誓ったのに、火影はいとこの人を守れた試しがない。
いとこの人に守ってもらって、いとこの人が傷つかないように守る決意をして、いつの間にかまた守られるようになってしまったことが本当はすごく苦しくて辛い。
このまま、貴方を楽にしてあげた方がいいのかと思うくらいに。
火影は指に力を込めた。半妖の力があればすぐにでも逝ってしまいそうで、最期の言葉があの言葉だったら吐きそうになるほど苦しくなることに気がついて手が止まる。
せめて、愛しているだったら──。
ううん。火影はいとこの人のことを愛していないし、いとこの人は嘘でも「愛している」なんて言いそうにない。言っている姿さえ想像できなくて、火影は不意に乾いた笑みを漏らした。
想像できないのは、いとこの人が絶対に火影に対してそれを言わないとわかっているからだ。
それを言ってくれたのは、母様と、朝羽さんと、姫様だけだ。
母様や朝羽さんは言わずもがな、姫様のことも心の底から愛している。
あの日偶然出逢ってしまった姫様の傍に、火影はいとこの人に頼まれたからという理由でいるわけではない。火影自身が姫様の眩さに惹かれてお慕いしようと思ったのだ。
あの日、あの時、数ある地下都市へと通ずる階段から辺境にある鴉貴家の蔵にその身を投じてくれた少女が結城紅葉で本当に良かった。
もっともっとお傍にいて慕っていたい。でも、姫様はいとこの人しか見ていない。
今までのいとこの人じゃないことをちゃんと受け入れて、ゼロから関係を築いたいとこの人しか姫様の視界には入らない。
ようやく火影のことを見てくれたと思ったのに、姫様の視界にはあの百妖家の姉妹たちも入っていて。あの食事会で火影も火影の過去と決着をつけて歩み寄ろうとしたけれど、足が竦んでしまって駄目だった。
また、迷惑だと言われることが怖かった。
「…………大嫌い」
知らぬ間に声を漏らす。
貴方が火影の人生を狂わせる。だから嫌いで穢したくなる。
でも、それと同じくらい火影は貴方を失いたくない。
火影はずっと、いとこの人に救われていた姫様に救われていたのだ。いとこの人に救われたこの世界に生まれて生かされたのだ。
いとこの人がいなくなったこの世界で、火影は生きていける自信がない。姫様と共に生きていける自信がない。生きていいのかがわからない。
八年も、火影は人として生きて来なかった。
常識も、道徳も、学力も何も身につけないまま生きていて、いとこの人と共にそれらをすべて学んできた。姫様といとこの人が火影のすべてだった。
貴方はあの日、火影の妖力に気づいていて姫様をあそこに閉じ込めたの?
ずっと聞きたかったけど、それを聞かなければならない相手はもう死んだ。でも、火影のすべてであるいとこの人は、今ここにいるいとこの人だ。どっちも、火影の大切ないとこの人なのだと認めざるを得なかった。
だから結局、火影はこの人を楽にしてあげることができない。
諦めて、首元から手を離す。手汗を自分の制服で拭って、火影はいとこの人の寝顔を見下ろした。
──生きて。
声には出さず、唇だけを動かして告げる。いとこの人はみんなにそう言ったけれど、いとこ人は誰にもそう言って貰えなかったのを火影は知っているから。だから、生きて。
貴方が死ぬのは、火影が殺そうと決めた瞬間でいい。
いとこの人がくしゃみをして、もぞもぞと起き上がった。火影と目が合って、いとこの人は不思議そうにまばたきをする。
「火影」
「なんですか?」
「お前まだここにいたのか?」
「火影がいる場所は火影が決めます。いとこの人が決めないでください」
火影は、自分の意思でここにいる。
すべては自分の意思だと必ず叫ぶ。
いとこの人は「そうだな」と笑って、火影の隣に座り直した。ほんの少しだけ動けば手を繋げる距離にいるけれど、火影といとこの人が触れ合うことは決してない。
「そういえば火影、あの金剛杖はどうしたんだ?」
思い出したように問うたいとこの人を見上げ、火影はきゅっと唇を結んだ。
『一緒に、紅葉を助けよう?』
頼んでもいないのに、火影に無理矢理約束をするいとこの人。そんな彼の〝一緒〟は〝一緒〟ではない。
「火影は鴉天狗の半妖です。だから、姫様の付き人として生存することを許可されています」
この言葉は嘘じゃなかった。
「……あの時の火影は、飛ぶことしかできませんでした」
いとこの人はなんでもできるけれど、火影は飛び立つことしかできない。だからいとこの人の負担になってしまう。
『いや、今はこれで充分だ。それに、できないことがあるなら少しずつできるようになればいいんだよ』
あの時、火影は苦しくて辛かった。
いとこの人が「今は」と言うから、火影はあの日から血の滲むような努力をした。
『姫様を守る為ならば努力します。それに、火影と姫様には、いとこの人の成長を間近で見てきたという自負がありますから』
あの言葉も嘘じゃないから──
「だから、貴方にかっこ悪い姿を見せないように修行をしたまでです」
──突如手元に現れた金剛杖と共に、火影はこれからもきっと強くなる。
「ふぅん。別にかっこ悪くはないけどさ」
ぽりぽりと首を掻き、何かを思っているのかいとこの人は宙を見つめていた。
「なんて言うか、すごい頑張ったんだな」
貴方に比べたら全然頑張れていないけれど、褒められたことは素直に嬉しい。
「覚醒前にあそこまで成長したのは火影が初めてだと思うぞ」
「本当ですか?」
「あの十三姉妹を見てきた俺が絶対に保証する」
「本当に……」
……本当に火影は、百妖家の姉妹たちを超える成長ができたのだろうか。
「覚醒もしたしな」
「はい」
あの人たちに追いつけるのだろうか。
八年も出遅れてしまった火影が。あの人たちやいとこの人と肩を並べて戦えるのだろうか。
……いや、戦ってみせる。守ってみせる。
あの日戦って、守って、亡くなってしまった母様のように。星になった母様に向かって火影は誓いを立てる。
黒き翼を広げ、紅き枷を打ち破って。母様の愛によって姫君のように守られた火影は、星空の彼方まで飛んでいける。




