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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第一章 金狸の幻術
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十二 『一人じゃ何もできないから』

鈴歌れいかさん? 開けますよ?」


 勝手に取っ手を回しながら尋ねた結希ゆうきは、朱亜しゅあとは比べ物にならないほどに狭い部屋と暗さに目を疑った。


 壁一面に設置された二重の本棚には漫画やフィギュアが置かれている。部屋の中央には質素な布団が敷かれており、そこにはパソコンを呆然と見つめる鈴歌がいた。

 暗い場所には慣れているが、一応電気をつけると鈴歌が眩しそうに目を細めた。


「鈴歌さん」


 ここまで来ても返事がない。結希は鈴歌の目の前でしゃがみ込み、そのショッキングピンク色の瞳を見つめる。光がないその瞳はパソコンの画面に釘づけで、覗くとそれは風丸かぜまるが好きなオンラインゲームだということがわかった。

 鈴歌は、《シュロさんが離脱しました》という文をその瞳に焼きつけていた。


「鈴歌さん。これから大事な話があるので、リビングに来てくれませんか?」


「…………シュアも?」


 今にも消えそうな声で、鈴歌はようやく顔を上げる。目が合った。その瞳は、星の引力のように結希を惹きつけて揺れていた。


「…………シュアも、リビングに行った?」


「行きましたよ」


 その言葉を聞いて腕を伸ばす。その速度は、引きこもってから最も速いものだと鈴歌自身も自覚していた。


「…………おんぶ」


 上目使いでせがまれる。この部屋を出たのは自分の意思ではないと、目で見てわかるようにする為に。それで誤魔化そうとするつもりだった。

 そんな鈴歌の思惑を知らないまま、結希はただただ驚いていた。突破不可能の要塞と呼ばれている鈴歌が、こうもあっさりと部屋から出ようとしていることに。


「おんぶで出てくれるなら、お安いご用ですね」


 笑って、鈴歌に背中を向ける。鈴歌は遠慮なく背中にしがみついた。


「…………ほどよい筋肉質」


 ぼそっと呟かれた鈴歌の言葉を聞かなかったことにして、立ち上がる。バニラのような香りがして、それが鈴歌の匂いだと気づくのにそう時間はかからなかった。


 リビングに着くと、幽霊でも見たかのような表情で全員が結希と鈴歌を見つめる。


「あの鈴姉れいねぇが……。お兄ちゃんすごい……」


「新記録だぜ、絶対」


 なんて、心春こはる椿つばきが話している。

 結希は鈴歌を下ろして、呆然としている愛果あいかにはにかんだ。それを見た愛果はわざとらしく咳払いをして、座るように指示を出す。


「で、結希。なんじゃ、だ、大事な話とは」


 ソファの一番端に座っていた朱亜は、指をもじもじとさせながらまた顔を赤らめた。鈴歌は朱亜の隣に座り、無表情で結希を見上げる。

 その光のない瞳は、誰よりも真剣さを帯びていた。


「それは……」


 愛果を見る。愛果は無言で頷いた。


「……実は、陽陰おういん学園には陰陽師おんみょうじが張った結界があるんです」


 愛果以外の誰もが息を呑んだのがわかる。


「それが今日、破られていたことがわかりました」


「そんなっ! ほんとなのかよ!」


 椿は目を見開いて立ち上がった。心春は俯き、鈴歌は難しそうな表情をする。朱亜は一瞬脱力し、けれどもすぐに姿勢を正した。


「破られていたということは、もう一度張るんじゃな?」


「けど、そんな簡単に張れるものなの? その結界、学園全部を囲むんでしょ?」


「愛果さんの言う通り、結界は張り直せますが準備に少し時間がかかります」


「…………最短で?」


「今夜には」


 鈴歌の目を見て結希は答えた。この中で一番年上なのは五女の鈴歌だ。心なしか、無表情の中に真面目な表情が見え隠れしている気がする。


「…………ユウキは、ボクたちに何をしてほしい?」


結兄ゆうにぃ! なんでも言っていいよ!」


 ぐるぐると腕を回しながら、やる気に満ちた瞳で椿が言う。心春や愛果、朱亜も異論はないようで、結希の指示を待っている。


 だが、正直、誰も何もしないでほしかった。


 結界を張った後、半妖はんようにどんな影響があるのかわからない。みんなを危険な目に合わせたくない。


「結希」


 初めて愛果に呼ばれた自分の名は、揺るぎない意思が込められていた。



「もう陰陽師ひとりで背負って戦うな。……ここには、半妖ウチらがいるじゃん」



 優しさに包まれて黙って俯く。


 自分にとって一人は当たり前。けれど、この家の姉妹たちにとってはそうじゃない。


 それが違いだと気づいていた。それが、こんな意味も含まれているのだと気づいていた。

 姉妹のやる気と元々の使命が結希の考えを打ち砕く。誰かの気持ちを二度と無下にはしたくなかった。危険な目に遭うかもなんて、自分もそうであるように、姉妹からしたら今さらだった。


 全員の顔を一人一人見て回る。そして、決断した。


「何人かは俺と一緒に来てください」


「…………了解」


 鈴歌は、誰にも気づかれないほどに小さく微笑んだ。同時に全員が頷く。


「結兄、準備って具体的にどうするんだ?」


「人もそうだし、衣装とか道具を揃える必要があるんだ。結城ゆうきさんの家まで取りに行かないと」


 結希は、ズボンのポケットに手を入れた。


「ゆうき?」


「俺じゃなくて、《十八名家じゅうはちめいか》の結城さん」


「結城って、百妖ウチと同じ政治家……っていうか町長じゃん。なんで……」


「あの人たちも陰陽師なんですよ。町長というのは、表向きの職業です」


 ポケットから取り出したのは紙切れだった。紙切れというのは見た目だけで、結希はそれを手のひらに乗せる。


「何それ」


「見ていればすぐにわかりますよ」


 手のひらに、自分の中にある〝力〟を集中させる。



「──馳せ参じたまえ、スザク」



 呟きと共に紙切れが離れた。小さく光り、桃色の髪を持つ幼い少女が現れる。

 少女スザクは、緋色の瞳を開けて自らの主をじっと見上げた。


「結希様っ、お久しぶりでございます!」


「久しぶりって、先週も会っただろ?」


「いいえっ! 私は毎日結希様のお役に立ちたいのですっ!」


 ぶんぶんと首を横に振ると、ツインテールの髪もでんでん太鼓のように揺れる。彼女は床に正座して、緋色の瞳を潤ませ結希を見つめた。


「誰、この変な子」


「俺の式神しきがみのスザクです」


「はっ! 結希様! ここはどこですか! 人が見ています! 私のことを見ていますぅぅうう!」


 周囲の異変に気づいたスザクは、顔を赤らめ袖で自分の顔を隠す。


「落ち着けスザク。この人たちは大丈夫だから」


「ゆ、結希様ぁ……」


「で? なんでアンタはスザクを呼んだの?」


 スザクの頭を撫でる結希と、急に現れて騒いだスザクに苛立った愛果は、鋭く尖った声を出した。

 何故こんなに苛立つのだろう。愛果自身もわからない。


「俺の代わりに結城家に行ってもらうんです。スザク、俺の狩衣と道具を持ってきてくれ。それと、学園の結界を張り直す為に五人以上の陰陽師を集めてほしいと」


「わかりました!」


 頭を下げ、まばたきをする暇もないままスザクは消え去った。

 嵐が過ぎ去ったかのような静寂が一瞬あり、誰もが徐々に緊張を解く。結希は椅子に座り、一人で思考を巡らせた。


「愛果さん、俺、誰がどの妖怪の半妖なのか把握してないんですけど……」


「知ってたら気持ち悪いから」


「え。あ、まぁ、そうですよね」


「アンタは何も心配しなくていい。今夜アンタについてくメンバーは、ウチらで勝手に決めるから」


「そうそう! 結兄は夜になるまでちゃんと準備しとくんだぞ!」


 結希は短く頷いた。脳裏には、人為的に切られたフェンスが浮かぶ。ただのイタズラか、それとも半妖の裏切りか──。


「……何故、裏切り者がいるんですかね」


「え? なんで結兄がそれを?」


「ウチが話した。結界が破れてたのは、フェンスに穴が開けられてたから。だから、もしかしたらって」


「なるほどのぅ。確かにその線はありそうじゃな。そもそも、イタズラ心で白院はくいん家が一番力を入れている学園に傷をつけるなんて、愚かにもほどがある」


 朱亜の意見も最もだった。陽陰学園に結界が張られたのは、白院家が一番力を入れ、充実した設備があり、町の避難場所と指定されたからなのに。


「…………半妖でも、祖先は妖怪。人間の血が混じっていても、妖怪」


 膝の上に置いた手のひらを鈴歌は見つめる。


「だから人間を……」


 裏切ったという言葉は言えなかった。鈴歌が、遠回しに自分たちもそうであると言っていたから。


「っま! アタシには理解できないけどな!」


 だというのに、椿は暗い雰囲気を吹き飛ばしてにかっと笑った。


「悪いことしたらやっつける! これは常識だっ!」


 親指を立てた陽気な椿は、無意識に姉妹たちの心を救う。本人にそんなつもりはなくても、彼女はいつだって他人の心を救っていく。


 どうしようもないくらい眩しかった。そんな彼女の悲しい顔は見たくないと心から思った。

 結希は微笑んで、今夜、何があっても必ず姉妹を守ると心に誓った。

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