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百鬼戦乱舞  作者: 朝日菜
第六章 姫君の黒翼
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十八 『言葉の重み』

 末森すえもり家の特徴である塗りたくられたような黒い髪が、末森家の特徴であるうさぎのような瞳の形をした紫苑色の瞳にかかる。双子の兄であるはるは猫背なのか弟の紫苑しおんよりも背が低く、根暗でもあるのか目深にフードを被っていた。

 だが、その草食動物の瞳からは想像もできないほど強く強く末森を睨んでいる。ギラギラと輝く様は肉食動物のようで、その根源は憎しみなのだと結希ゆうきはすぐに気がついた。


 その隣に立つ紫苑は、生まれ持った美しい黒髪をくすんだ金色にわざわざ染めていた。分け目も髪の流し方も、瞳の形も艶ほくろも──何もかもが瓜二つな一卵性双生児。

 だが、兄とは似ても似つかないのが彼らが浮かべている表情だった。紫苑は丸々と目を見開き、小さめの唇は真っ青に染まって小刻みに震えている。


 兄が憎しみの権化ならば、弟はなんの権化なのか。悲しみ──それだけでは上手く語れない負の感情が紫苑につき纏っている。


「まさか……」


 そう言葉を漏らしたのは、双子の従兄の末森だった。

 慌てて視線を末森に戻すと、末森ははらはらと涙を流して泣いている。泣く気がなかったのか自分自身の涙に驚き、末森は全身をわなわなと震わせた。


「……会いたかった」


 唇を結び、末森は下を向く。


「俺たちは会いたくなかったよ」


 だが、すぐさま春は否定した。

 一歩前に出た春を紫苑が牽制し、紫苑は迷うように視線を落とす。そして彼岸花を踏み倒し、腰に下げていた《鬼切国成おにきりくになり》を抜刀した。


「──ッ!」


 飛び出した紫苑が狙っていたのは末森で、まったく動こうとしない末森は大人しく目を閉じる。


「〝琴良ことら〟!」


 そう叫んで《鬼切国成》を受け止めたのは、本庄ほんじょうの日本刀だった。


「主殿!」


 本庄の式神しきがみのナナギはすぐさま前線に出、紫苑が呼び出したタマモと刃を交える。

 スザクに目配せをした刹那、手元にとある感触が出現した。思い切り握り締めたそれはスザクが差し出した《半妖切安光はんようきりやすみつ》で、《鬼切国成》に共鳴するように猛々しく唸っている。


「──馳せ参じたまえ、ツクモ!」


 怒涛の勢いで飛び出したツクモは、柔らかそうな撫子色の長髪を振り乱して同じく末森に突進した。が、その直前でスザクがツクモの刃を受け止める。

 ヤクモは動揺を隠しきれない表情でツクモとスザクの剣戟を見、やがて末森を守るように真後ろから抱き締めた。


「四神よ、我に力を貸したまえ。我の名は──」


 読唇術どくしんじゅつで春が唱えた術式を読み取る。が、結希は彼の名前を読み取ることができなかった。

 春を隠すように、目の前に乱入してきた紫苑が必死になって本庄の刃を受け止めている。


「紫苑ッ!」


 結希は焦って紫苑の名を呼んだ。だが、紫苑は決して結希の方を見なかった。


 元《グレン隊》であるにも関わらず、先月結希と刃を交えたとは思えないほどに押されているのは単純に本庄が強いのか。それとも、紫苑の方に問題があるのか。

 あの日なんの迷いもなく結希に突っかかってきた紫苑は、何か考え事でもしているのか心ここに在らずといった様子だった。


ゆうさん!」


 ヤクモは春を視線で差し、結希は逸れていた意識を春に留める。

 四神から力を貸し与えられた春は術式を特技としているのか、紫苑とは違ってその場を動こうとはもうしなかった。矢継ぎ早に呪詛じゅそを飛ばし、その憎しみの矛先を結希だけに向けている。


「──ッ!」


 呪詛を《半妖切安光》で叩き切り、結希は瞬時に戦場と化したこの墓場を見回した。


「ヤクモ! 琴良殿と共にこの場から離れろ!」


「ヤクモ姐さん! 逃げたら絶対に許さないから!」


 ナナギとタマモは剣戟の最中であってもヤクモに声をかけることを止めず、互いに睨み合って青と緑の着物が舞う。


「貴方方はなんなのでございますかぁ! 末森様はご家族なのでしょう?! こんなことって……!」


「家族だから! ですっ! ツクモの為に、主君の為に、死んでください! ですっ!」


 スザクとツクモはお互いに理解できないとでも言うような表情で剣戟を続け、緋色と撫子色が交差しあった。

 紫苑と本庄は無言で互いを傷つけ合い、輝司こうしは何をするわけでもなく状況をただただ一人で見守っている。結希は《半妖切安光》の切っ先を真下に下げ、決して止めようとしない春へと突進した。


「来るな!」


 見た目にそぐわず吠える春は、末森だけに向けられていると思っていた憎しみを結希自身に向けて怒鳴る。結希はその迫力に思わず足を止め、慌てて自分に襲いかかる呪詛を叩き切った。


「やっぱり俺、あんたが本当に大嫌いだ……!」


 嫌われても仕方のないことをした。結希は瞬時にそう思った。そしてそんな言葉を数ヶ月前にマギクが吐いていたことを思い出し、春のことをまじまじと見つめる。

 春は紫苑を包み込む悲しみを身に纏っていなかった。ただただ憎しみしか抱いていなかった。


「殺してやるよ、姉さんの代わりにお前のことを……!」


 目深に被ったフードを外し、春は真っ直ぐに結希を見据える。眉間に寄った皺は《グレン隊》の構成員であった紫苑よりも恐ろしく──結希は〝それだけ〟を糧に生きている春をどういう目で見ていいのかわからずに迷った。


 春も、紫苑も、根本は悪人ではない。


 多分、マギクも彼らと同じで完全なる悪人ではないのだ。そういう運命が悪で、そういう運命を歩ませたのが──。



「お前も、琴良もっ、殺してやるよ!」



 ──怒りの遠吠えが結希の足を竦ませて、飛んできた呪詛に対する反応が遅れる。


「ヤクモ! 鬼魔駆逐急急如律令きまくちくきゅうきゅうにょりつりょう!」


 刹那、目の前にヤクモが出現した。ヤクモは春の呪詛をすべて消滅させ、くるりと振り向き結希を見据える。


「結さん。誰がなんと言おうと、結さんは生きなければならないお方でありんす。結さんが生きていてくれたから、この土地は生きているんでありんす。あの時結さんが死んでいたら、多くの人間の世界は灰色のままだったんでありんす」


 必死になって訴えるヤクモの言葉は、末森の本心で間違いはなかった。


 ヤクモは、誰のことも恨んでいない。憎んでいない。他人を尊重し、愛し、悪ふざけもするどこにでもいる〝人間〟だ。


「春! 紫苑!」


 打ちひしがれていた末森が大声で叫ぶ。


「俺は、二人の仲間にはなれない。けど──望みを叶える味方にはなれるよ」


 膝をついていた末森が、かつてのアリアと同じく軍服の襟ぐりから日本刀を取り出した。鞘を払い、刀身を顕にし、そのまま──呆気なく腹を掻っ捌いた。


「末森ッ!」


 末森の負傷により形を保っていられなくなったヤクモが消え、本庄が戦闘を中断して走り寄る。腹部からとめどなく流れる血は地面に染み込み、捌いた拍子に飛んだ血痕が墓石を数基も穢していた。


「アリアくん、詳細は省きます。至急妖目総合病院おうまそうごうびょういんに来てください」


 本庄に指示されるがままに止血をし、結希は淡々とアリアを電話で呼びつける輝司を見上げる。輝司はまったく動揺しておらず、驚いて後退する春と紫苑を眺めていた。


「春! 紫苑!」


 ツクモとタマモもこんなことになるとは思っていなかったのか、言葉とは裏腹に怯えた様子を見せている。結希はそんな四人の本心を信じて来るように呼びかけたが、四人は森の中へと逃げていった。


「輝司さん!」


「今はまだ泳がせておきましょう。素性がバレているのも、毎回前線に出てくるのも彼らです。今捕まえるときっと大物を逃してしまいますからね」


「隊長殿、救急車を呼びました。すぐに駆けつけてくれるそうです。ナナギ、ヤクモは任せた」


 ナナギは一礼し、すぐに姿を消す。末森を抱えた本庄はきつく唇を噛み締めて、墓地の外へと歩き出した。


「あっ、俺も行きます!」


 辺りを警戒するスザクを連れ、結希は本庄の後を追う。末森を抱えるその姿は、数ヶ月前に目の前で見た本庄を抱える末森の姿そのもので。結希は唾を飲み込み、どこまでも対照的でどこまでも互いを支え合っている副長の二人を見守った。


 時間をかけて山道を下りると、同時に救急車のサイレンの音が聞こえてくる。救急車は遅れて下りてきた輝司が着いた途端に目の前に止まり、そこから慌てた様子で出てきたのは叶渚かんなだった。


「琴良くんッ……! っ、琉帆りゅうほくん、琴良くんは私たちに任せて後から乗って!」


 レスキュー隊である猫鷺ねこさぎ家の頭首に正式に任命された叶渚は、結希と輝司が見えていないのか末森をストレッチャーに乗せて救急車の中へと運んでいく。


「隊長殿と結希も早く!」


 スザクを帰して本庄に言われるがままに乗り込むと、叶渚はそこで結希と輝司の存在に気づいたようで驚きの声を一瞬漏らした。


「琉帆くん、結希くん、輝司先輩! 琴良くんの詳しい情報をできる限り教えてください!」


 今まで接していた彼女が別人だと思えるほど、三人から状況を聞いた叶渚は救急隊員として的確に処置を進めていく。

 叶渚の指示で動く救急隊員も彼女のことを深く信頼しているように見え、先月消防隊員を率いて現場にやって来た彼女も嘘ではなかったのだと結希はようやく思い知った。


「琴良くん、頑張って……! 琴良くん……!」


 処置を進めながらも話しかけるのをやめない叶渚は、ほんの少しだけ泣きそうで。結希はようやく叶渚と末森、そして本庄が同級生であり同じ生徒会役員であったことを思い出して息が詰まった。


 言葉は重い。何よりも。


 意識のない末森は、春と紫苑の望みを叶えようとした。だが、直後に見た二人は明らかにショックを受けており──本気で殺したがっていたわけではないことが伺える。

 結希は唇を噛み締めることしかできなかった。すれ違い続ける末森従兄弟の不幸が本気で憎かった。


「琴良くん!」


「琴良お兄ちゃん!」


 顔を上げると、いつの間に妖目総合病院に着いていたのか精神科医の冬乃ふゆのと循環器科医の明彦あきひこが真っ青な顔色で下ろされたストレッチャーを囲んでいた。


「明彦先生は琴良くんの循環を診て!」


「もちろんよ冬乃先生! 来て、叶渚お姉ちゃん!」


 明彦は自分が率いた医者と叶渚が率いた救急隊員と共に処置室へと向かっていく。残された冬乃は同乗者の三人を見、震える体で結希のことを抱き締めた。


 熾夏しいかは確か救命救急科医だが、今日は陽陰おういん学園の文化祭のせいで休みをとっていた。

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