十四 『カラスの黒翼』
骸路成愛来は元《グレン隊》の構成員で、現在は《カラス隊》の寮に住んでいる。表向きは警官となっている《カラス隊》には所属しておらず、尋ねると中学を卒業したらすぐに入隊するとアイラは答えた。
不意に、脳裏に紅葉と火影が過ぎる。彼女たちの下の代にいるアイラが高校に進学しないとなれば、生徒会はほとんど二人だけで仕事をすることになるだろう。
結希は唇を引き、仲違いをしたままの二人の行く末を憂いた。
アイラを連れて教室に戻ると、あらかじめ一緒に行動すると約束していた生徒会役員が全員揃って縁日で遊んでいた。
今日の午後の裏方担当は八千代で、結希が合流し彼が第一体育館に向かうまでが全員で共に文化祭を回れる時間となっている。
「ゆうゆうお疲れ〜」
「お疲れ、ゆう吉」
亜紅里と明日菜は真っ先に結希に気づき、傍らに立つアイラに視線を向けて怪訝そうな表情を見せる。
「ゆ、誘拐だぁ!」
「ま、迷子……?」
「どっちも違う」
結希はため息をつき、風丸と八千代、そしてヒナギクの反応を見た。
《十八名家》とはいえ一族から勘当されているアイラのことを知っているのかいないのか、八千代だけが驚いたように目を丸くしている。ヒナギクは知った上で興味がないのか無反応で、六年前に拾われた風丸は何も知らないようだった。
「アイラちゃんの公演までまだ時間があるからしばらく一緒でもいいか?」
「別に構わないぞ。貴様の好きにすればいい」
「はっはーん。ぼっちなんですなぁアイラちゃんは」
いの一番に駆け寄った亜紅里はアイラに親しみを込めた笑みを送る。この中で唯一アイラと共に暮らしている亜紅里は慣れているのだろう、なんの気兼ねもなくアイラの両肩を掴んで輪の中に引き入れた。
「アイラちゃん、射的やってみる?」
「え、じゃあ……」
アイラは割り箸で作られた銃を八千代から受け取り、恐る恐るダンボールで作られた的を見据える。だが、一瞬にして張り詰めたような空気を出してアイラはすべての的を撃ち倒した。
「なるほど。なかなかの腕前なのだな」
「……別に」
ほんの少しだけ照れくさそうに頬を緩ますアイラは、ちらりと亜紅里を見上げてハイタッチを交わす。
「すっげ〜、百発百中じゃん……つーか最高記録? なぁなぁどうなの?!」
「最高記録だぜ〜。ほら、これ景品な」
係のクラスメイトから景品を受け取ったアイラは微笑み、ひとしきり回って今度は二年C組へと足を向けた。
「……お化け屋敷だぜ、結希」
「だからなんだよ」
「……七人でどうやって分けるよ」
人混みの中顔を近づけて小声で声をかける風丸を訝しげな視線で見、明日菜と八千代の教室へと視線を移す。確かに七人だと多すぎるかもしれない。
「三・四で二手に別れればいいだろ」
「つっまんねー! お前のそういうところマジでつっまんねー!」
風丸は吐き捨てるように牙を向き、そっぽを向いて腕を組んだ。
「黙れ風丸。容赦なく握り潰すぞ」
「最大で三人だけ。だから、二・二・三」
明日菜は呆れたように息を吐き、立っている順番で人数を分けていく。ヒナギクと亜紅里、八千代と風丸、そして結希と明日菜とアイラだ。
「それもつっまんねー! せっかくなんだからだんじょ……あっいやめんごめんごだから握り潰さなぴぎゃあ!」
「ほんとにお前は学習しねぇな」
床に倒れた風丸を一瞥し、ヒナギクに引きずられた亜紅里、そして八千代とアイラ、最後に明日菜と共に中へと入る。
自分たちのクラスと同じ作りであるにも関わらず、複雑に入り組んだ内部は想像以上に薄暗い。だが、夜目が効く結希にはたいしたことなかった。
「……ゆう吉、あまり離れないで」
先に行き過ぎた結希のブレザーの裾を鷲掴み、思い切り引き寄せて明日菜は息を吐く。怖がったわけではなく、これ以上結希が遠くに行かないように見張っているようだ。
「ねぇゆう吉」
「ん?」
「この前、《十八名家》の会合があったんだけど……」
「あ」
「ぎゃあ?!」
呼ばれて振り向き、忍び寄る脅かし役に気づいた結希は口を閉ざして固まる明日菜を無言で見下ろす。仕方なく引きずってゴールを迎えると、全員が腰を擦る風丸を見下ろしていた。
「ん、戻ったか」
「ねぇねぇ、途中で『ぎゃあ』って聞こえたんだけどあれってアッスー? 珍しくね〜?」
「……知らない」
不貞腐れたようにそっぽを向き、別のクラスに向かうことを明日菜は急かす。アイラは予想通りだが、八千代も意外と平気そうな表情で明日菜の反応に首を傾げていた。
「そういや明日菜、さっき何を言いかけてたんだ? 会合がどうのって……」
「あぁ」
明日菜が相槌を打つと、びくりと前を歩いていた八千代の肩が微かに震える。
「日曜に会合があって、現頭首と次期頭首候補たちが顔を合わせたの。そこで全家同時に世代交代をするって話が出て……妖目は選出されなかったんだけど、百妖家は誰が選出されるのかと思って」
「……は?」
予想外の内容に思考を止め、結希は静かに眉根を寄せた。
「誰からも聞いてない?」
「いや、何も……」
息を詰まらせ、その日だけはやけに早く帰宅した千秋のことを思い出す。
「……世代交代って、一体誰が次期頭首になるんだ?」
「元々交代していた家は含まれなかったんだけど、泡魚飛家は和穂さん。綿之瀬家は風さん。妖目家は明彦。首御千家は青葉先生。猫鷺家は叶渚さん。鬼寺桜家は虎丸さん。小白鳥家は冬乃さん。芽童神家は八千代で、結城家は涙さん。鴉貴家は蒼生さん。白院家はヒナギクで、阿狐家は亜紅里で、小倉家の交代はなし。未だに沈黙を続けているのはゆう吉のとこの百妖家だけ」
そして、ないとは舌を切られても言えないほどの縁で結ばれた彼らの──訪れてしまった運命に結希は何も考えられなくなった。
「妖目と風丸は頭首にはならないけれど、もしも百妖家に交代があるのなら……ゆう吉にはなって欲しくない。それだけ」
振り向いた八千代は微妙に苦笑していて、それがいいと暗に言っているように見える。そして、その表情が数分前に見た和穂のそれとぴったり重なった。
「着いたどー!」
亜紅里は、同じく次期頭首に選出されたにも関わらず努めて明るく両腕を振り上げる。
あの冷淡な亜紅里のどこにそんな底抜けの明るさがあるのか。そう思っても答えてくれる声はない。
「センパーイ!」
「だっ?!」
腹部に衝撃を感じ、真下にある胡桃色の生物がなんなのかを理解した結希は頬を緩ます。
「ボクが主演の映画を見に来てくれたんですかっ? 嬉しいぃぃ〜! 心臓止まりそうっ!」
「だからシャレになんないだろそれ」
はしゃぐ翔太を押さえつけ、容態が急変しないか見守る結希は教室の中から自分を見つめる椿に気がついた。
「うえっ」
目が合い慌て、照れくさそうに出てくる椿は頬を掻く。見れば椿はスチームパンク風の警官服を着ており、横で喜ぶ翔太は同じくスチームパンク風のマフィアのような服を着用していた。
「久しぶり、結兄。えぇっと……この服はアタシの趣味じゃなくて衣装なんだ。アタシの趣味じゃないから全然……!」
「その割りにはノリノリで映画撮ってたじゃん。何言ってんのノーキン」
何も言っていないのに手を振って否定し、翔太の襟首を掴んで慌てて椿は引っ込んでいく。今からその教室に入る予定だったのだが妙に入りづらくなり、先に入っていくヒナギクたちの後ろ姿を結希はただ見つめていた。
「アイラ〜!」
アイラと共に振り返ると、手を振る私服姿のアリアと麗夜、そして朔那が近づいてくるのが見えた。
「展示見たよ〜」
「えっ」
今度はあからさまに頬を朱色に染め、アイラは今にも泣きそうな表情で唇を結ぶ。
「家族の絵、素敵だった」
そう言ってにこっと笑ったアリアは、そっとアイラの頭を撫でた。撫でられたアイラは無言で頷き、さっと焦るように目元を拭う。
視線を移すと、アリアに付き従うような形でそこにいた麗夜と朔那は若干表情を緩ませて母子のようで姉妹のような二人を見守っていた。
「そろそろ公演だから」
唯一残っていた結希に告げ、アイラは頭を下げてアリアらと共に去っていく。振り向いて手を振ったアリアに手を振り返し、一息ついた結希はスマホの画面を見て時間を把握した。
一日目終了まであと二時間。紅葉と火影の劇まであと一時間。
椿と翔太がダブル主演を務め上げたというピカレスク映画はたったの半日で噂になるほどの評価を得ているが、同じくダブル主演の紅葉と火影の劇はどうなるのか。
何をしていてもここ数日はそのことばかり考えてしまい、《十八名家》の世代交代の件も含めて結希は表情を曇らせる。
「いとこの人っ!」
そして、その表情を一瞬にして変えたのは火影の悲鳴にも似た声だった。
「火影?」
「姫様が……っ! 姫様を見ていませんか?!」
周りにぶつかりながらも結希の下へと駆けつけて、倒れ込むように前のめりになった火影の表情は悲愴に満ち溢れていた。
「いや……見てないけど」
「そんなっ……!」
最後の希望が無残にも砕け散ったかのように、火影はへたっと腰を抜かす。
「いないのか?」
まさかと思い尋ねると、火影は唇をきつく噛み締めながら頷いた。
「千羽は……」
常に紅葉と行動を共にしている彼は何をしているのかと思い、彼が火影に見えていないことを思い出す。
結希も唇をきつく噛み締め、椿と翔太の教室の中にいたヒナギクにアイラと自分の件を告げて廊下を駆ける。
「学園中探したのか?」
「探しました!」
怒ったように叫ぶ火影を宥め、閉鎖された屋上を生徒会役員だけが持つマスターキーで開け放った結希は紅葉の妖力を一瞬にして探し出す。
「やっぱり外か……。火影、飛べるか?!」
「誰に何を聞いているんですか!」
突風と黒き羽根を辺りに撒き散らし、同じく瞬時に変化をした火影は結希を抱き上げ黒翼を広げる。
そして大空を睨みつけて高く高く飛翔した。




