高校時代のおはなし
彼と私は、高校三年間同じクラスだった。
でも、ただそれだけだった。
卒業式当日。
前日に配られた卒業アルバムには、すでに仲のよい友達たちからの寄せ書きをもらっていた。
あとはほかのクラスの友達からももらえたらいいな、なんて。
「森川くん森川くん!!コメントちょうだい!」
「わたしにもわたしにも!!」
私のクラスで一番人気の森川くんには、女子たちがこぞって寄せ書きを求めた。
無論、私もその一人。だって森川くんは、わたしにとっていわゆる推しメンだ。
だって森川くんかっこいいもん。
アイドルグループのメンバーの中で、一番好きな人を「推しメン」というように
私たちはクラスで一番好きな男子を「推しメン」と呼んでいた。
ただし、本命はほかにいるのが基本。
推しメンはただの推しメン。観賞用的な存在だ。
だから女子たちは本命にはなかなか寄せ書きなんてお願いできないくせに、
推しメンには軽々しくお願いできるのだ。
アイドルにサインをお願いするのと同じような感覚。
……まぁ、今の私がそうなんですけどね。
「あ、樹くんもコメントちょーだい」
「ちょーだいちょーだい!」
ほかのみんなみたく、軽い気持ちでやればいいのに。
むしろ、私にとって本命なのかさえ疑問なのに。
「(どうして樹くんに、お願いできないかなぁ……)」
ただの友達、いや、それ以下のクラスメイトでしかないのに。
樹くんとは確かに三年間同じクラスだった。
同じ教室に存在していた。
でも、特別会話を多く交わしたわけじゃない。
なにか委員会が一緒になったわけでもない。
濃い時間をともに過ごしたわけでもない。
ただ同じ教室に一緒にいただけ。
席が近くになればちょっと話をすることもあるけど、
それだけ。
基本的に女子があまり得意ではない樹くんと、そんなに話もできるわけもなく。
なのに私は、樹くんのことをずっと目で追ってしまっていた。
でも別にそれだけでよかった。
そりゃ付き合えたらいいなー、なんて思ったりもしたけど
そんなことは無理なのは承知。
こんな自分から行動を起こさないひとに、そんな幸せはやってこない。
樹くんも、何度か告白されているようではあったけど、
部活に打ち込みたいから、とすべてを断っていたらしい。
そんなことを聞いてしまったら、なおさら告白なんて遠いイベントだ。
「真奈美、樹くんにコメントもらった?」
唯一、私の気持ちを知っている結衣に聞かれるけど、
「……もらってなーい」
そう答えるしかない。なんで動かないかな私の足は。
「だろうと思った」
「結衣さんにはお見通しですか」
「当たり前です。じゃ、いこっか」
「え、」
そういって引っ張られていった先は、まぁそうですよね。
樹くんのところだった。
「樹くーん、私たちにもコメントちょうだーい」
「いいよ」
さらさらと交わされる会話についていけない私。
え、なに、コメントもらえるの?
「はいこれ。真奈美のから先に書いてくれる?」
「わかった。じゃあ相川は俺の書いてくれる?」
「え、あ、うん。いいよ」
平然を装って返事するけど、心臓はばくばくいってる。
どうしよう、なに書こう、ああ、もっと綺麗な字を書ける子になりたかった…!
でも長い時間悩むのも失礼かな、と思い、
「三年間ありがとう! 部活に一生懸命な姿がかっこよかったです。 これからもよろしくね!」
なんていう無難な文を書いてしまった。
でもかっこいい、という言葉が入れられたので満足。
「はい、相川できたよ」
「ありがとう。樹くんのアルバムは結衣に渡していい?」
「いいよ、ぜひコメント書いて書いて」
樹くんから受け取ったアルバムを、なかなか開くことはできなかった。
だって、なんの印象もありませんでした、とか書いてあったら死んでしまう……。
「ほい、書き終わったよ。樹くんコメントありがとね」
「おう。こっちこそ書いてくれてありがとな」
そういって樹くんは友達のところに戻っていきました。あ、森川くんだ。
本当に仲良しだな二人とも。
「……真奈美、なんか言うことない?」
「ありがとうごさいました結衣様」
「アイスおごってね」
「え」
「おごってね」
「……はい」
とにもかくにも、本命である樹くんからコメントがもらえたのだ。よかった。
思ったほど泣かなかった卒業式も終わり、
クラスで焼肉も食べに行って、
みんな元気で! そういって解散して、私の高校生活は終わった。
そして帰宅し、今目の前には自分の卒業アルバムがある。
自分のベットの上でアルバムと見つめ合うこと、数分。
「(……陰が薄い子だったね、ってもし書かれてたら思い切り泣こうそうしよう。よし。)」
意を決して、樹くんからもらったコメントを読むことにした。
「三年間同じクラスでお世話になりました。女子と話すの苦手だけど、
相川と話すのはすごい楽しかった。これからもよろしく!」
「……は、」
なにこれ。なにこれ。なにこれ。
「(お世辞?お世辞だよね?みんなにそう書いてるんだよね?思わせぶり男?)」
もしくは無意識天然ボーイだったのかな、樹くんて。
むしろ私が自意識過剰なだけだな、これだけじゃ。
そうだきっとそうだ絶対そうだ。だから、だから、
私の心臓よ、暴れるな!
「(期待するな、だってこの先、会うことなんてないんだから)」
彼の進学先さえ、知らないのだから。
でも、今日だけ、今日だけは。
ちょっと幸せな気分のまま、寝てもいいよね。
樹と真奈美の高校時代のおはなしでした。