7
すいません、遅くなりました。
難産でした・・・そして短い。申し訳ありません。
缶ビールとつまみを片手に、葵紗は異世界へ“落ちて”きた。
痛い。
葵紗が最初に感じたのは、そんなことだった。
「って、ホント痛いっ?」
がばっという音がしそうなくらいの勢いで起き上がった彼女は、その自分の行動に違和感を覚える。
「え……」
まず初めに見えたのは、雑草の生えた地面。後頭部に痛みを感じ、頭を垂れて痛みを訴える箇所を右手で押さえれば自然、視線は地面を向く。
そこにあったのは、先ほどまで彼女が歩いていた舗装された道路などではなく、人間の手など一切入っていないであろう、雑草の生い茂った地面。
「は?」
なんだ、これは。
痛みも忘れて顔を上げた葵紗の目に映ったのは、大きな満月だった。
月って、こんなに大きかったっけ。
空を遮るものなど何一つない空間。
葵紗の目に映る夜空にはただひとつ、中天にかかる月。
やわらかな月の光は、それまで葵紗が見てきたよりもつよく、広く周囲を照らしている。
地球ではまずありえない光景に、彼女の思考はしばし止まる。
「夢……じゃあないか」
ほけっと空を見上げていた葵紗は、自分の声に頭の痛みを思い出し、そこに手を当てる。どうやら少したんこぶができているようで、ちょっと触っただけでも鈍い痛みがある。ぬれた感触はないから、血は出ていないようだと安堵する。
いや、どれどころじゃない。
「ここ、どこ?」
途方に暮れた彼女の言葉に、返る声はなかった。
* * *
ごくごくと喉が鳴る。
少し温くなってしまったビールは、それでも心地よい喉越しで葵紗の疲れを癒してくれるようだ。
缶の飲み口から口を離し、ふうっといつもそうであるように満足げな吐息が漏れる。そこにつまみの端を咥え、少し顔を動かして口の動きで食べる。今日のつまみは裂けるチーズだ。滅多に食べないが、たまに食べたくなる不思議。これが出始めた頃のCMが脳裏をよぎる。
口をもごもごさせながら、葵紗はぐるりともう一度周囲を見渡す。月は既に傾いているが、その光量は十分あたりの様子を彼女に知らせている。
動くものはまったくと言っていいほど見当たらない。虫一匹いないのはさすがにおかしいと思いつつ、あまり得意でないのでありがたいとも思っている。
特に差し迫った危険がないと判断した葵紗は、とりあえず自分の傍らに視線を落とす。動くたびに痛む後頭部が少し鬱陶しい。
すると右手の辺りにかさりと音を立てる、買い物袋が落ちている。拾い上げて中身を確認すれば、帰り道で買ったビールが3本とつまみのチーズ、鳥の照り焼き、そして朝食用の食パンがきっちり揃っていた。
「よかった。落とさなかった」
それは酒好きゆえの呟きか、現状で食料が確保されていることの喜びか。
どちらにせよ安堵した葵紗は、もうひとつ持っていたはずの鞄を探して視線を巡らせる。いつも右肩に掛けているのでそちらを見れば、少し離れたところにそれはあった。
少し身体をずらして手を伸ばし、足の上に抱える。食料は抱えたまま下ろさない。
鞄の口はしっかり閉じていたので、外側のポケットを先に探る。財布とスマホ、家の鍵が入っているはずだ。
手を入れて感触を確かめ、取り出して確認する。財布の中まで見て、何もなくなったものはないと確認し、スマホを弄ってみる。が、うんともすんともいわない。
「壊れた……のかな?」
頭の隅でそうではあるまいと思いつつ、取り敢えずもとの場所に戻して鞄の口を開く。
化粧ポーチと少量の筆記具とメモ帳、スケジュール帳が間違いなくあるのを確認し、無くなったものはないと判断した葵紗は、しかし別の事実に困惑する。
「やっぱここ、異世界、だよね?」
答えるものはないと知りつつ、呟かずにいられなかった。
ひゅうるりと、冷たい風が吹いたような気がした。
彼の出番はまだまだ・・・