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自分たちの関係は不可思議だ、と彼女は思う。
本日の昼食はサンドイッチ。食パンではなくバターロールに似たパンに、具材は瑞々しいレタスと鳥の照焼き、スライスされたトマトとチーズ、微塵切りにした茹卵と胡瓜のマヨネーズ和え。それに冷やしたお茶と凍らせたライチもどき。食後には程よくとけているだろう。
それらを家と野菜畑が見渡せる位置に敷いたシートの上に広げ、振り返った彼女の目に入った光景は。
草が生い茂っていたそこにはクレーターが生まれ、その中心部には彼女の背丈ほどもあろうかという岩が鎮座し、のめり込んでいる。
周囲は当然草木のない更地と化し、折れたり切断されたりした木がそこら中に散らばっている。自然破壊は胸が痛む。でも乾燥した後は有り難く燃料として使わせていただきます。次に彼が来るまでには元に戻っているだろうし。
そして求める姿はクレーターとは家を挟んで向こう側、つまり破壊した森の中に在り、とても目の前の光景を作成したとは思えない和やかな雰囲気を醸し出しているのが、離れた場所に居る彼女からも見て取れる。ちなみに彼らの周り50メートルほどの範囲は草一本生えていない。いつもは見えない低い空が見える。薄くだが少し雲が出ているようだ。
あなたたちの修行は森を破壊することか。
突っ込むことなど最初に放棄した彼女は心中のみでそう呟き、遠くで会話する彼らの耳に届くよう、魔力を乗せて声を発する。
「昼食ができました」
それにいち早く反応したのは彼の方で、次の瞬間には彼女の目の前に居た。
まだ言い終わらないうちに力を使ったな、と彼女は見る。一瞬前まで彼が居た場所を見れば、大げさに肩を竦める師匠の姿。どうやら彼女の魔力に反応しただけで、声すら聞いていなかったようだ。
「今日は何だ?」
内容も聞いていないくせに、何の疑問も持たず聞いてくるところを見ると、修行中に彼女が声を掛けるのは食事の用意が整ったときだけであると認識しているようだ。
……まぁ、強ち間違いでもないが。
それにしても、だ。
「あなたの頭の中はそれだけですか」
「それがなければ今更、師匠との手合わせなどやってられるか」
「物好きな人ですね」
「酷い言い草だ」
俺はお前の手料理が好きなだけだ、と。
笑う彼に、彼女は今日も泣きたくなるのに。
「異世界の料理は興味深いしな。うちでは絶対こういうものは食べられない。しかし――」
笑いながら言う彼は、そこで本日の昼食を目に入れちょっと残念そうに言う。
「今日は温かいものは出ないのか?」
「毎回同じものでいいのならご用意しますよ?」
間髪入れず返された微笑に、彼は少々ひやりとしながら用意された席へ向かう。
その場に胡坐をかき、お預けを食らった犬のような表情を浮かべる彼に毒気を抜かれ、彼女はお茶を入れるために自分もそこへ向かう。
ゆっくりとそちらに向かいながら、その光景を静かに、感情の読めない目で見つめる師匠に気づいているのは両方か。
「師匠、早くしてくださいよ」
「食べる前に手を拭いてください」
彼に用意しておいたお絞りを渡した彼女は、同じようにシートに座った師匠にもそれを渡す。そして自分もお絞りを使った後、お茶を配ってシートの中央に置かれた大皿の覆いを外し、本日の昼食を披露する。
「おぉ、久しぶりだな」
「道中の携帯食でしたからね」
「具材は変わっているな」
「あんな味気ないものは、料理人の名にかけて今現在出せません」
あれはあれで美味かったが、と彼は徐に合掌して「いただきます」と言うなり、サンドイッチをひとつ手に取り口に運んだ。
二人の会話中に師匠は既に食べ始めていた。もちろん挨拶は欠かしていない。それに気づいていない二人ではないが、師匠の心遣いに最初の頃はともかく、今はまったく気にしないことにしている。それに思うところがないわけでもなかったが、何も言わず二人の邪魔をしないために気配を薄くしている。
それがほとんど意味のないものだとしても、それが必要なことであると知っているから。
「今日の効果は?」
「疲労回復に、若干の治癒効果。それに微弱だけど魔力回復も含まれている、かな」
「あ、それやっぱりこれの効果なのね」
「そういえば前もこれが入っていたな」
「組み合わせ次第だけど、間違いないわ」
確かこの弟子は、料理などからきし駄目で、多分に薬学の心得があるだけだという記憶があるのだが、それは間違いであったかと師匠は思う。
確かに料理に関しては一家言あるやもしれないが、何故彼女の料理の薬効など判別できるのか。
もしや二人で旅をしていた間に判るようになったか。
そこは師匠の想像でしかないが、多分外れてはいまい。
用意されたサンドイッチは二桁に上ったが、明らかに3人で食べるには多すぎる。
作成した彼女自身そう思っていたから、保存しておいて明日の自身の昼食にでもしようと考えていたのだが、その予想を裏切って大皿は瞬く間に空になってしまった。
そんなに食べてよく胸焼けがしないなと感心しつつ、言葉少ないながらも張り合うように大皿の中身を平らげていった二人の姿に微笑ましいものを感じながらお茶を啜っていると、なにやら不穏な空気を感じたように、ライチもどきを頬張った彼が疑問符を浮かべた視線を向けてくる。
「なんだよ」
「気にしないでください」
そう言われて気にならない人間が何処にいるのか。
彼女がそう言う時は何も答えないことを知っている彼は、そのまま口をもごもごさせてそれ以上追求することはしなかったけれど。
かわりにライチもどきを咀嚼し終えた途端。
「今日の夕食は?」
「また夜までいるつもりですか」
「偶には息抜きさせろよ」
「お前はしすぎだ」
早くも本日のディナーに話題を移した彼に、彼女はいつものことながらため息を漏らし、師匠は僅かに青筋を立てる。
それもまた、毎度の、彼が訪れる度に繰り返される場面。
そもそも異世界人であり、元の世界でも薬学に一切携わったことのない彼女は、それらに関する知識などまったくといっていいほど持ち合わせていない。
そのことは1ヶ月しか共に居ない師匠にも判っていることで、確かに彼女の能力のひとつに薬草を見分けられるものがあるが、それはあくまで机上の知識にしか過ぎず、その調合法等はまったく知らないのだ。
彼女ができるのは、その薬草を料理のスパイスとして使用することだけ。
師匠も彼も立場上薬草の知識には長けている。しかし、彼女のように料理に使い、尚且つその薬効を余すところなく発揮させることのできる人間には、ついぞお目にかかったことはない。
だからこそ師匠は愛弟子とはいえ、彼が彼女に自分を任せることに否やを唱えなかった。
彼女がどれだけこの世界において希少で、危険極まりない存在かを理解できたから。
彼にとっていかに大切で、失えないものだと知ったから。
たとえ師匠の立場が、それだけの理由を許さなかったとしても。
二人が自分に感謝し、笑うから。
師匠は残り少ない人生を彼らのために使い、自分の持てるすべてを伝え、いついかなるときも笑っていようと決めたのだ。
たとえそのために、その命失うことになろうとも。
“彼”を、護るために。
後日全話に修正入れます・・・