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お約束の内容が続きます。
使い慣れた葵紗の鞄は、魔法の鞄になっていた。
見慣れた鞄をじっと見つめる。外見はどこも変わったところはない、多少使い込んだかんのある黒い鞄。外ポケットが5つほどあり、間違えないよういつも入れるものは決めていた。そのうち3箇所は埋まっていて、残りは空きだ。それはさっき確認した。間違いない。
ただ、中央のチャック式の箇所だけがいつもと違った。
中身はあった、確かに。入れていたものはひとつも欠けずに出てきたのだが。
突き当たるはずの“底”だけがなかった。
これはあれだろうか、RPGによく出てくる何でも入る道具袋とかそういうものだろうか。
いや、ゲームとかほとんどやったことはないが、いわゆる異世界トリップものの小説なんかの類はいくつか読んだ覚えがある葵紗にとって、それは文字の世界の存在でしかない。
実際ゲームをプレイしていたならイメージもはっきりするのだろうが、いかんせん媒体が文字なだけに自分自身の想像しか頼るものがない彼女にとって、これが“そう”であると自信を持って言える根拠はなかった。
自分がいつも使っていた普通の鞄が何もせず道具袋になるなんてゲーム、そうないだろうとは思うが。
試しに財布とか普段入れてないものを入れてみる。取り出そうとしても手に触れるものは何もない。
なので財布を出そうと思ってみる。
手に触れる感触がしたので、それを掴んで手を出してみると、いつもの財布が出てきた。
「うん、まぁ、そうだろうね」
半分以上納得していないくせにそんな科白が出てくるあたり、現実逃避をしているのかもしれない。
取り敢えず取り出したものの今のところ使う当てのない財布は、また鞄の中に放り込んでおく。どうせ思うだけで目当てのものを取り出せる、とかいう類のものだと断定した葵紗の動作は、至極おざなりなものであった。
鞄の検証は取り敢えず終わったので、今度は何を確認すべきかと考える。
「ここはお約束のステータスとか、そういうものかな。たぶんだけど鞄がこうなった以上魔法は絶対あるはずだし」
一人暮らしを始めてから何かを確認するときには独り言が多くなった葵紗は、以前読んだ小説の内容を思い出しながら呟く。
しかしそれが見れたところで自分に内容が理解できるかといえば、それは怪しい。
「“ステータス”」
念じるだけでいいのか、声を出さなければならないのかわからなかったので、確実にできるだろうと声を出して念じてみた。
「おっ」
ぶんっという機械の稼動音に似た音を立て、胸の辺りに半透明のヴィジョンが出てくる。それもあまり大きいものではなく、ちょうど携帯ゲームくらいの大きさだ。
ますますファンタジーだな。と思いつつ画面を見ると、やはり今の葵紗自身の状態が見れるらしい。
睦月 葵紗 女
人間/調理師
状態:怪我
HP 79/100
MP 999/076
火属性魔法Max 水属性魔法Max
風属性魔法Lv.3 地属性魔法Lv.4
光属性魔法Max 闇属性魔法Lv.2
料理Max 薬師Lv.3
鑑定・気配察知・探査
毒耐性・麻痺耐性・催眠耐性
「……お約束すぎじゃね?」
つい家族からはことあるごとにやめろと言われていた、妙な言い回しが出てきた。
それは仕方ないと突っ込まれたわけでもないのにぼやき、順に見ていくことにした。
名前と性別、種族職業はその通りで突っ込みどころはない。種族が出るあたり、おそらくエルフやドワーフなんかもいるのだろう。
状態で怪我とあるのはおそらく、今存在もこれでもかと存在を主張してくるたんこぶのことだろう。これも怪我か、そうか。
消化不良気味に納得したところで、HPとMPだ。これはまんまゲームに登場する体力と魔力の値だろう。
「なんかHP低くない?」
まず葵紗が思ったのがそれだ。
葵紗の拙い知識からいくと、ふつうゲームとかだと初期値が100で最大値が999とかのはずだ。3桁表示されているからその認識で間違いないとは思う。
なのに100って。
ちょっと不満に思いつつ、それも当たり前かもしれないと考え直す。
葵紗は特にスポーツをやっているわけでもなく、ウォーキングやストレッチなど日常的な運動もほとんどやらない。仕事が休みの日は大抵昼まで寝て、家事をした後は読書や携帯ゲームで遊びながらごろごろしているのが多かった。
もともと運動神経はさほどよくないので、そちら方面にはさっぱり興味がなかったのだ。最低限の体力があるだけましなのだろう。
自業自得なのにちょっとだけ落ち込むのは、人間にありがちな身勝手な感情なのかもしれない。
続きます。