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魔法とスマホの魔界戦記RPG  作者: 常日頃無一文
第1章:勇者目指して頑張りましょう。わっしょい♪
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7:マドンナリリーの能天気シスター

 処女を喪失した訳ではないのだけれど、それでも女性として何か大事なものを喪失したことに違いない俺、ステビア・カモミールは、焚き火の前で静かに体育座りを決めていた。


「あ~、何だかとっても体が軽いわね。一体全体これはどうしたことかしら」


 艶々の顔を満面の笑みで彩り、「う~ん」と、まるで快眠から覚めたあとのように伸びをしているフィナンシェお嬢様と、


「ねぇねぇ、ご主人様? みーみのは美味しかったですかぁ? ですかぁ?」


 実に愛くるしく、人のプチショックを蒸し返してくれる可愛い桃猫みーみ。

 膝に桃色の体をすり寄せつつ、1オクターブ高い声で聞いてくる。

 この子の頭を撫でながら、俺は涙声で頷く。


「うん、美味しかったよ。美味しかった。ううう」


 何となく泣いている。


 悲しいのではない。


 悲しくはないのだけれど、何だろう。涙の理由は分からない。

 とりあえず犠牲者が出なかったことを、今回は良しとすべきだろう。

 れっつ、ポジティブ・シンキング。

 俺はギュっと拳を握り、ウンっと誰とになく頷いた。


「さて、一段落着いたことやし、ウチはもういぬわ」


 火にあたって暖を取っていた死神めいた女の子、スカリンが、カチャカチャと軋むような音をたてて立ち上がった。

 体を伸ばし、ポキポキと節々を鳴らす。

 ガイコツが方言しゃべりつつ、健康そうにストレッチする姿は、なかなかにシュールである。ハーっと深呼吸。


「もうトラブルはなさそうやし、この寒々しい戦闘モードも解除やな」


 と。

 戦闘モード? 

 俺は、みーみの頭を撫でつつ涙目をスカリンに向ける。


「よい!」


 死人にしては活きの良い声を発して、彼女は、バザっとフードを、まるでヒーローがカッコウつけてマントを払うように脱ぎ


「は!」


 素早く裏返して再び身に纏った――その瞬間である。


「な!!!」


 俺はこれまでのショックを吹き飛ばされる勢いで驚愕して


「「なんだってー!?!?!?!?!?!」」


 俺のみならずフィナンシェお嬢様まで叫んでいた。


 そう、そこにガイコツなどいなかった。


 いたのは、白百合マドンナリリーの飾りをあしらった、美しい青の修道服をまとい、フード下より健康的な小麦色の肌をのぞかせた、元気よさそうな女の子である。

 恐るべきことに、容姿がこれまた端正。

 絵筆で描いたような眉に、クッキリとした二重の下には艶やかな黒の瞳。

 少し勝気な笑みを浮かべる口元には、小さな八重歯が覗いている。

 一言で言うなら、ちょっとヤンチャそうな女の子。

 年の頃はやはり同じぐらい。


 ともあれ、

 先ほどとは似ても似つかぬその姿に、


 ――これが、スカリンなのか?


 と絶句し、目を見開いている俺に、この元気よさそうなシスター娘は、ニィっと笑い


「へへへ~。意外やったか? ウチの正体?」


 イラズラっぽく言って、人差し指を立ててきた。

 かたやフィナンシェお嬢様は流石の貫禄。

 狼狽えている俺などとは違い、上品な面持ちのまま目を妖しく細め、血色のツインテールをサラリと流してからこういった。


「手篭めにする(まぁなんて可愛いのかしら)」


「お嬢様に置かれましてはセリフと思考が入れ替わっておられます」


 粛々と訂正する。

 これはこれはと、髪を流してつくろうフリだけするフィナンシェお嬢様に、スカリンは無邪気にアハハハと笑った。そして


「さて、これで最後のネタばらしも済んだことやし。ホンマにいぬわ。少しの間やったけど、なんとなく楽しかった。たぶん笑ったんも久しぶりやと思うし」


 気のせいか、彼女のヒマワリのような表情が少し陰ったようにみえた。

 しかし俺の違和感をよそに、スカリンは続ける。


「それにこれ以上一緒におったら、なんか別れ辛ろうなりそうやしね。へへへ。それから――」


 スカリンは、まだ口からブクブクと泡を吹いてヒックリ返っているバルバドスに目をやり


「あのカエルも堪忍したって」


 その目に浮かんだ悲哀を、今度こそ見落とさなかった。


 彼女が小さく漏らした、次の言葉も。


「アイツも、ウチと一緒で、人質とられてこんなアホやってるだけで、ホンマはええヤツなんよ」


 と。

 俺は立ち上がった。

 やはりさっきの表情の変化は、気のせいではなかったのだ。


「人質って、どういうことだよスカリン」


 尋ねる俺に、「え?」と彼女は小首をかしげたが、しかし無意識に呟いたと悟ったのだろう、彼女はフード下の顔を「しまった」というように曇らせた。

 ただしそれも一瞬のこと。

 彼女はすぐに取り繕うような笑みを浮かべ、フードの上から頭をかき、


「あちゃ。最後になんかいらんこと言うてもたな。あはは。まぁ今のはなしにして」


 言いつつ彼女は手を合わせ、お願いするような、あるいは困ったような、どこかバツの悪そうな苦笑を浮かべる。

 俺はしかし、いや、だからこそ食い下がる。


「そんなこと言われたって無理だって。人質って一体どういうことなんだよ?」

 

 詰め寄る俺の表情に、もう誤魔化しはきかないと悟ったのだろう。スカリンの笑みは、どこか自嘲気味なものに変わり、首を小さく左右に振った。


「ステビアはん。あんまり死者こっちの事情には首を突っ込まんほうがエエ。それにこれは、話したかてどうにもなるもんやないし」


 俺は彼女の肩をつかんだ。ビクっとスカリンは震えたが、構わずまくしたてる。


「そんなこと言わずに話してくれって!」


 と。自分でも驚くぐらい大きな声で言った。


「俺やっぱり、お前ってこういうこと積極的にするキャラじゃないような、そんな気がしてたんだって!」


「え?」


 俺は言う。


「変な言い方だけどさ、おまえら悪党になりきれてなかったんだよ! 敵としてヒドく失格してた! 敵としてダメダメだった! もうお笑いの域だった! ゾンビもカエルもお前も!」


 お前ら、絶対に悪党として失格してる。

 

「だから、教えてくれ。な?」

 

 眉根を寄せて、すがるような口調で俺は言った。

 スカリンはけれども、小さく首を否定向きに振る。


「いいや、こればっかりは。アカンねん……」

 

 と。

 焚き火に当てられた彼女の端正な顔は、もう消沈の域だった。


「話しなさいスカリン」


 振り向くと、お嬢様が腕を組んでいた。


「魔王の娘フィナンシェ・エルヒガンテとして、私はこれより貴方に命令するわ。抱えている事情を話なさい」


 その声には、一切の反駁を許さぬ冷徹な響きがあった。

 けれども、声音の奥には優しさが垣間見えるような、そんな、肉親を説教するような口調だった。


 しかしそれでも、スカリンは口篭って俯いてしまった。


「堪忍や。やっぱりこれは言われへん」


 その途端である。

 フィナンシェ・エルヒガンテは背中のコウモリ翼を一杯に開き、そこから魔王の気を夥しく、毒のように放散した。

 木々は揺らめき、突風が逆巻き、焚き火の火が一瞬にして消え、空の色が再び焼けたような赤に変わった。

 俺はその勢いについすっ転び、みーみは「ご主人様!!!」と俺に小さな体を呈し、覆いかぶさってきた。

 見上げたら、お嬢様がスカリンの目を見据えている。

 ルビー色の、光を放って。

 その口が開いた。


「分 を 弁 え な さ い。人 間 風 情」


 それはいつかに聞いた、背筋も凍るような声だった。


「魔王エルヒガンテの一人娘たるこの私が、一人間風情に名乗りをあげた上で、直々に命令を下したのよ? 思い上がるのも大概になさい。いかなる事情であれ、人間ごときが私の命令に背くのならば、その無礼には死を持って贖うしかないわ。良い? 死にたくなければ言いなさい」


 その目が、フリプール村のカミモールジジイを残滅した時の冷徹な目になったので


「お、お嬢様お待ちください!」


 俺は慌てて立ち上がり、スカリンとフィナンシェお嬢様の間に入る。しかし


「控えなさいステビア」

 

 流された目にも

 かけられた声にも

 ただそれだけで、一万回は人を殺せるような、

 恐怖と呼ぶにはあまりに生ぬるい、

 圧倒的どころか、決定的な毒が込められていた。

 俺もみーみも、その毒で、石のように動けなくなった。

 

「私はいまこの身の程知らずに説教している最中よ。貴方は口を挟まないで」


 そう続け、目線を切った。

 呪縛から解かれたとき、俺は改めて思い知らされる。

 フィナンシェお嬢様が、一体どう言う存在なのかを。


 ――しかしながら、


「なんや、魔族最強のフィナンシェ・エルヒガンテ。噂ではえらい恐ろしいのに」


 こんな状況にあってスカリンは、怯えるどころか、悲しげに笑っていた。そして自棄にでもなったのか。


「本物のフィナンシェはんは、全然違うんやな」


 俺はその言葉に、血の気が引いた。死ぬ気かと思った。しかしさらに、その上で彼女は


「ひとっつも怖ないわ」


 そういった時、空気が変わった。

 冗談ではなく、本気で。


「スカリンさ~」


 それはまるで、嵐の前の静けさとも言うべき、空気と状況にグロテスクなぐらい似合わない陽気なお嬢様の声


「あんまり調子乗ってるとね~」


 そして嵐の到来を告げるかのように、その口が三日月のように開いて、


「さすがにこの温厚な私だって悪魔だからさ~」


 白磁のように綺麗で整っていたその歯が、突然、獣の乱杭歯のように尖った。

 豹変に絶句する俺。


「人 間の メス 一 匹 、 ワラ の よ う に 殺 す ぞ 」


 怖気おぞけそのもののような声音で発したあと、彼女の瞳は急に縦に細り、その口同様、獣のようにおぞましくなった。 


 次に起きたのは嵐。

 フィナンシェ・エルヒガンテを中心とした、赤と黒がカオスに混ざりあった嵐。無限魔力という、数字のお化けが実世界に顕現した、その副作用たる現象規模の魔力奔流。

 中心地のここは無風ながら、しかしその外は荒れ狂い、この『シンドルワー』の森を新地に換える勢いで、木を根こそぎ吹き飛ばしていった。

 俺には分かる。

 否、分かった。


 スカリンはフィナンシェお嬢様の逆鱗に触れた。


 だから殺される。

 絶対に殺される。

 造作なく殺される。

 容赦なく殺される。

 至極当然、

 それを直感で理解した途端、急に、俺の目からボロボロと涙が溢れてきた。

 スカリンが殺される。

 それはダメだと心が叫んだ。


「お願いスカリン!!」


 気づけば女の子みたいな声で、


「お嬢様に謝って!!」


 これまで出したことないような声で、


「お願いだから! お嬢様様に謝って!!」


 そんなセリフを、泣き叫んでいた。


「お願いだから!」


 そして、そのまま、


「お願いだから!」


 情けない声で、泣き出してしまった。

 顔を両手で覆って、肩を揺すって。

 ひっくと嗚咽しながら。

 無力に。

 みじめに。

 何も出来ずに。


「ごめんなさいステビア」


 ピタリと、嵐がうそみたいに収まった。


「少しやり過ぎたわ」


 恐る恐ると顔をあげると、フィナンシェお嬢様は怒るでもなく、ただ苦笑していた。


「ここまで脅せば、スカリンも怖がって事情説明してくれるかなと思ったのだけれど、先に貴方を泣かせてしまったわね」


 言いながらフィナンシェお嬢様は、まだ状況理解ができず、ヒックとか嗚咽している俺の元にしゃがみ込み、


「本当にごめんなさいね。私のステビア」


 頭を優しく撫でてくれた。

 見つめるその顔は、俺のよく知るお嬢様のもの。先ほどに見た、恐ろしげな部分は何ひとつもない。


「怖がらせて、ごめんなさいね」


 彼女は髪を撫でながら、改めて優しく、そう言った。

 この様子だと、少なくとも怒っていないのは本当らしい。

 それでも俺は、恐る恐る尋ねる。


「ヒック、お嬢様、本当におこってませんか?」


「全然。まったく怒ってないわよ?」


「ヒック、人間のメス一匹とか、あっさりデストロイですか?」


 彼女はそれに、ツインテールを揺らしながら首を左右にフリフリ。


「人間の女の子を手にかけたことなんて、これまで一度もないわよ?」


 そして指で、涙を拭ってくれた。

 そしてそれを口に寄せ、

 あ。

 という間もなく、ペロっと、フィナンシェお嬢様は舐めた。

 ポカンとしてる俺の前で、彼女は吟味するように目を閉じる。


「この味は肝に銘じておくわ。もう二度と、ステビアにこの味の涙は流させない」


 そう言ってから目を開け、


「約束するわ」


 彼女は微笑んでくれた。


 ん~、

 なんだろう。


 なんか、


 とっても。


 至福?


 ホッコリする。

 すごく。


 ―――ふむ。


 この際ちょっと甘えてみようかな?


 俺は再び涙声で


「ヒック、さっきのギザギザの歯はなんですか?」


 実はどうもいいことを問うているのだが、しかし彼女は俺が泣いているせいだろう。


「あれ? あれはフィナンシェ戦闘モード第二形態よ。チラっとだけ見せちゃったわね」


 普通に答え、パチリとウィンクした。ふむふむ。第二形態とかあるのねお嬢様。じゃ次の質問ね。これ重要。


「ヒック、世界で一番好きなのは誰ですか?」

「ステビアに決まってるじゃないの、そんなの」


 即答しつつ、ぎゅっと抱きしめてくれた。

 やばい。行間ないとかマジ爆速即答。

 惚れそう。

 花の蜜みたいにいい匂いのする胸の中で、調子に乗った俺はさらに尋ねる。


「ヒック、世界で一番可愛いの誰ですか?」


「わた――」


 お嬢様反省していないな、よし。


「うううやっぱりお嬢様怒ってます!」


「す、ステビアに決まってるじゃない!」


 よし。ええぞ。


「本当ですか?」


 秘技、涙目上目遣い。


「本当よ。本当。ステビアが世界で一番可愛いわ」


 お嬢様陥落!

 えへへへ。俺サイテー。


「あとで美味しいもの一杯買ってあげるから、もう泣かないで? ね?」


 顔を覗き込みながら、まるで自分の子をあやすような口調で、彼女はそう言った。やばい。このシチュはクセになるかも。

 思いつつ俺は答える。


「やだ」


「え!?」 


「ステビアはんって、案外メンドウ臭いんやな」


 スカリンが、頭に汗を落としつつ、生暖かな目で二人を見ていた。

 お嬢様は苦笑する。


「ええ。私には従順に見えて、けれども一度言い出したら、基本的には譲らない子よ? ……フリプール村で身受けするときの出来事を聞いたら、貴方卒倒すると思うわ」


 ふむ。

 それは身受け金額のことを言っているのだろうか。

 それとも、一度デストロイしたあの変態ジジイを、俺が泣いて彼女に蘇生させたことを言っているのだろうか。


「まぁそんなところも、私は好きなのだけれど」


 言いながら、フィナンシェお嬢様は俺の頬にキスしてくれた。

 よし、そろそろ機嫌直してやるか! ←注:召使です。

 鼻をススリつつ立ち上がる俺に、スカリンはけれども。


「ま。こないして、フィナンシェはんが脅すフリまでして首を突っ込んでくれんのは、ウチ、ほんまに嬉しい。嬉しいんやけど、だからこそやっぱり、そんなヒト巻き込まれへん」


 だから、これは言われへん。

 彼女はそう言った。


 つくづく、身の程知らずな言葉だと、俺は思った。

 だってこのスカリンは、まるで対等な友人のように、フィナンシェお嬢様と接しているのだから。


 なにせ、


 その正体が魔王の娘だと知ったあとも、俺が号泣するようなさっきの脅しを受けたあとでも、彼女は、フィナンシェお嬢様を『フィナンシェはん』などと、親しげに呼んでいるのだから。

 俺の『ステビアはん』と同じように。

 まるで、友達みたいに。

 本当に、身の程知らずだ。


 ハァっと、

 フィナンシェお嬢様が、脱力するようにため息を吐いた。

 表情も疲れたようなものに変わる。

 呆れたのだろう、きっと。


「貴方って、バカかお人好しか何なのか。本当に分からないわね」


 お嬢様は呆れ笑いの様子だった。

 スカリンは今も、少し憂いを帯びた笑顔でにこにこしている。


「びゃあああああああああああああ!!!!!!!!!」


 突然の号泣音に飛び上がれば、消えた焚き火の隣でバルバドスが蘇生していた。心臓止まるか思ったわ。


「ベイベー!! スカリンが言えんのやったら、このバルバドスが言いますぜフィナンシェ様ベイベー!! だからスカリンの命は助けたってくださいベイベー!!! びゃあああああああああああああ!!!!!!!!!」


 流れを読めずに、いきなりビッタンビッタンと頭を着けて土下座し、スカリンの命乞いとかし始める赤カエル。まだドキドキと胸を抑えてる俺。

 そしてフィナンシェお嬢様は、これを好機とばかりに目を細め


「良いわ。貴方たちの隠している事情を話すのなら、スカリンのみならず貴方の無礼も許してあげるわ」


「あ、ありがたき幸せですぜベイベー!!!!」


 スカリンは、すっかりとのせられたバルバドスに苦笑していた。もうこうなっては仕方ないか、と言うように。

 みーみは俺の膝裏で、目をパチクリとさせ、カエルの方を見ていた。

 バルバドスは顔をあげ、


「じ、実はベイベー! このバルバドスは死者帝国『ネクロポリス』を支配するあるお方に、この森『シンドルワー』を通る旅人から、通行料と称して身ぐるみを剥ぐよう言われておりますベイベー!」


 カエルは泣きながら言った。最初に「ワイロをギブミーと」襲ってきた理由は、強制されたものだったと。

 その言葉がウソか本当か、それは探るべくもない。

 バルバドスはもう、お嬢様の正体を知っているのだから。

 しかし。


 死者帝国?

 あるお方?


 俺はその辺に気を配りつつ、引き続き耳を傾ける。

 カエルは続ける。


「も、もちろんこのバルバドスは、腐っても死んでも死者長ネクロマンサー! そ、その方に丁重にお断りしましたベイベー! 出来ませんベイベーと! そしたら、そしたら、その方は」


 ひっくゲロゲロとカエルは嗚咽してから、


「バルバドスの妻と娘にお城仕えするよう言われましたベイベー! びゃああああ!!!!」


 再びバルバドスは泣きじゃくった。

 今度は顔を伏せて、噴水のように涙を飛ばしまくった。

 もうゲロゲロゲロビャァビャァ言って、次の言葉は聞き取れない。


「まぁそれで、あのバルバドスはんはこんなツマラン事やってるんよ」


 代わりに語りだしたのは、スカリンだった。

 

「もう想像ついてる思うけど、嫁はんと娘はんが城仕え言うても、実質は人質なんよ。待遇も劣悪。ネクロポリスにある城の地下牢にぶち込まれて、食事もろくにあたえられてへんらしいわ」


 言って、スカリンは下唇を噛んだ。

 俺にはなんとなく、その辛さと惨めさが分かる。

 少し前まで家畜小屋で寝起きし、食事は一日一食山羊のミルクスープ一杯だけ、そんな生活を送っていたから。


「その上でな、バルバドスはんが言われとるホンマの命令は、ここ通る人を殺してから身包みを剥げって言われてんねん」


 殺すって、


「そんなことまでする必要あるのか? 取るものとって追い返せばいいじゃないか?」


 俺が半ば腹立たしさも込めて問うと、彼女は否定向きに首を振った。


「この不正をどこかにチクられたら、それはマズイから口止めのため、って言うのと、それからネクロポリスは死者の国やからな。殺した人を国民に迎え、奴隷にするわけや」


 ギリギリっと、俺は我知らずに拳を握っていた。

 多少の卑劣さなら笑い飛ばす自信もあったが、これを笑えるほど、俺はそこまでミジメに落ちぶれてはいない。

 こんなことを言う資格や権限があるかしらないが、しかし言わずにおれない。

 言わせてもらう。


「マジ……許せない」


 スカリンは、今も号泣しているバルバドスを、静かに見下ろしながら続ける。


「けど、やっぱりバルバドスはんは殺生は出来へん言うてな。通行人はワザと逃がして、毎回、ネクロポリスに戻って報告するときは、『今回も取り逃がしましたベイベー!!』言うてんねん。それで、報告のたびに城で、ずっとムチ打たれてるわ。ただ金品まで略奪に失敗したら、娘はんや嫁はんにも罰が及ぶらしいから、さっきみたいにステビアはんやフィナンシェはんにしたみたいなことは続けてたけどな。恐喝みたいなやつ」


 そうだったのか。


 俺は、今も『びゃぁああああ!!!!』と泣いてるカエルに目をやった。

 そして確かに、よく見れば、背中にはムチの痕がたくさんついていた。


「最初は模様か何かと思ってたけど、ムチのあとだったんだな。で、スカリンも似たような事情?」


 俺が尋ねると、彼女は頷いた。


「まぁ、ウチの人質言うのはちょっと特殊やけど、だいたい同じ感じやな」


 そうして溜息を吐いたとき、周囲の地面にボコボコボコと穴があいて、さっき逃げていったゾンビ達が一斉に飛び出してきた。

 そしてヨダレとか鼻水とか涙とか撒き散らしつつ、バルバドスの周囲に集まって、膝をついてペコペコ頭を下げ始めた。

 彼らは口々に


「へんぬるってらぽんぽら! もるもんとってぃら・うひょひょいひょい!」「すこんしこんしこんこ! ぱるぱんぽってら・うひょひょいひょい!」


 と、クーサレ語を喚きだした。


「なんて言ってるんだ? こいつら」


 スカリンに尋ねる。


「だいたいはバルバドスの命乞いやな。それから、そっちのゾンビは、バルバドスがここで取り上げた通行料を、自分はもらって生活してるとか、バルバドスはこれまで一度もゾンビの戦死者を出さなかったとか、身を呈して守ってくれたとか。そういうのやな」


 俺は今更なことをジョークで言ってみる。


「実は、あのカエルいいやつなのか?」


 スカリンが、クスリと笑った。成功だ。


「言うたやろ。ええヤツやって。それに、ウチが『ネクロポリス』の支配者に手篭めにされんよう、この死神に変装できるフードをくれて、『コイツは骨と皮どころか骨しかないガイコツですぜベイベー!』ってカバってくれたんも、バルバドスはんなんよ」


 なるほど。

 少しずつ彼らの輪郭が掴めてきた。


 ふと気づけば、フィナンシェお嬢様がバルバドスの前まで歩み寄っていた。

 ゾンビが、彼女にバルバドスの命乞いをするように一層頭を下げまくる。ヘッドバンキングみたいに。ちょっと振りすぎ。


「バルバドスと言ったわね?」


 彼女が問いかけると


「ハハー! ベイベー!!!」


 と、バルバドスはカエルのように這いつくばって頭を下げた。カエルだけど。


「人質にされたっていう、貴方の家族の写真はある?」


 静かに問いかけると、カエルは、ぐすんと鼻をすすってから、傍らに置いていたミツマタのヤリを手に取り、その柄の底、そこをキャップのように取り外し、中から一枚のそれを取り出した。

 筒状に丸まっていた写真を、丁寧に手で広げ。


「これはネクロポリスから送られてきた数少ない写真ですベイベー! バルバドスのお守りですベイベー!!」


 そしてそれを、恭しく、フィナンシェお嬢様に掲げるように差し出した。

 お嬢様は受け取り、目を細めてみる。

 俺も気になって、そばに寄って覗いてみた。


 そこには、青空の下、草むらの上で、バルバドスそっくりなカエルが三段重ねになっていた。


 三匹とも、幸せそうに笑っている。

 まるで親子ガエルみたいなポーズに、俺はクスリと笑う。

 たぶん、二段目の少し小さい青のカエルが嫁さんで、一番上の、緑のミニサイズが娘なのだろう。

 上二匹は女性らしく、口に小さな口紅が塗ってある。ちょっと可笑しかった。

 写真には、手書きで矢印が書かれてあり、それぞれ『パパ』『ママ』『わたし』と幼い字で書かれていた。


 フィナンシェお嬢様が、写真を裏返す。


 するとそこに、手書きメッセージが二つ記してあった。


 -----


 愛するバルバドスへ。


 私も娘も大丈夫です。お勤めもしっかり果たせています。

 だから貴方、くれぐれも体に気をつけてください。

 いつか必ず、また三人で幸せに暮らせる日が来ます。


 最愛の妻より愛を込めて。ゲロゲロゲロ


 -----

 

 大好きなパパへ。


 パパ、ケロンはいつも元気です。

 シッポも取れたので、もうパパとママと一緒です。

 いつか、必ずオウチに帰ろうね。

 そしたら、カエル泳ぎの続きを教えてね。


 ケロンより。ケロケロ。


 -----


 不覚にも、俺は目元を拭ってしまった。

 まさかカエルに泣かされる日が来るとは思わなかった。

 くそ。


「ありがとう、バルバドス」


 フィナンシェお嬢様は、写真を丁寧にバルバドスに返した。

 そして再び受け取るカエルに、彼女は微笑む。


「二人共、可愛いゲロゲロガエル美人ね」

 

 魔王の一人娘という雲上人から、直にそんな言葉を受けたせいか、あるいは単純に嬉しかったのか、バルバドスは『びゃぁあああ!!!』と再び目から涙を噴水のように飛び散らせた。のみならず、ゾンビ達も『あばばばばば!』と泣いた。


「それで、その『ネクロポリス』の支配者は誰なの?」


 フィナンシェお嬢様は尋ねる。

 バルバドスはその問いに答えるのに、しばらくためらう様子だったが、しかしもうここまで来たら隠しても仕方ないと思ったのだろう。


「ぐすん、魔王軍72柱の1柱、ハエの王ベルゼブブ様ですベイベー」


 鼻をすすりつつ、そう言った。


 その名前を聞いた途端、フィナンシェお嬢様の目の色が変わった。


「ベルゼブブ……」


 名前を復唱してから、


「アイツ。趣味が腐ってるとは前々から思っていたけれど、性根もきちんと腐っていたのね」


 静かな怒りを込めて、彼女はそう言った。


「ご存知なんですか、お嬢様?」


 伺うように尋ねる俺に、彼女は流し目。


「ええ、スカトロ貴公子ベルゼブブ。ハエだけあって三度の飯よりウ○コが好きっていう、魔界でも指折りの変態よ」


 注:本ゲームは目下のところ変態ばっかです。


「特にウ○コの早食い競争においては他の追随を許さないわ」


 そんな競争種目があるとはさすが魔界。ハンパないぜ。

 人知れず後頭部に汗を落としていたら、お嬢様はツインテールをサラっと流し


「事情もわかったし、さっさと行きましょうか」


 音もなく、歩み始めた。


「行くって、どちらにですか?」


 期待を込めて、その背中に聞く。彼女は微かに振り向いて、笑った。


「知っていて聞く辺り、本当に可愛らしいわねステビア。私そういうの大好き。そして行き先はもちろんネクロポリスよ」


 俺はガッツポーズした。

 ワンテンポ遅れて、みーみも『み♪』と鳴きながらポーズのマネをした。やだこの子可愛い。思わず抱き上げる。


「ま、待ちやフィナンシェはん!」


 手を伸ばして止めたのはスカリン。お嬢様は足を止める。


「い、いくらフィナンシェはんが魔王の娘でも、ベルゼブブは魔王軍の一柱に君臨する悪魔王の一柱やで!? 戦おうたらタダじゃすまへん!」

 

 ええ、と彼女は頷いた。


「そうね。タタじゃすまないわ。『死なせてください、お願いします』って泣き叫ぶまでいたぶってやるわ」


 人生訓。どこで誰を敵に回すかわからないから、魔界での行動には気をつけましょう。


「私はね」


 お嬢様が、そしていつもの、決めゼリフ的な口癖を言うべく振り向いた。

 腰に手を当て、斜めに構え、手の甲でツインテールの片方をサラリと流し、妖しく目を細める。


「可愛いものを可愛く扱わず、綺麗なものを綺麗に扱わず、美しいものを美しく扱わないヤツは、例外なく駆逐することにしてるの」


 歌うように言った。

 この言葉を聞いて死なずに済んだのは、今のところバルバドスのみである。


「あんなに可愛らしい奥さんと娘さん、それから貴方の姿を見せられて、黙っている私ではないのよ」


 言いながら、フィナンシェお嬢様は、いつの間にか不安そうに、目に涙を貯めていたスカリンに歩み寄った。

 彼女は手で目元を拭いつつ、


「せ、せやけど! やっぱり! ウチはフィナンシェはんには戦――」


 続く言葉を遮るように、フィナンシェお嬢様は自身の人差し指を、彼女の唇に当てた。スカリンが目をパチクリとする。

 そんな彼女に、囁くような声で言った。


「ベルゼブブの始末をつけたあと、貴方は私が身受けするから。そのつもりでいてね?」


 それからそっと離す。

 スカリンは、頬がちょっとピンクになっていた。 

 やっぱりなー。


 そしてそんな自分を慌てて否定するように、あるいは繕うようにスカリンは、


「そ、そんなんどうでもええ! けれども」


 と何か言いかけたようだったが、


「それが聞けたら十分よ。安心して」


 彼女は遮り、こう言い切った。


「絶対に、確実に、100%。ネクロポリスはこの私が浄化し、そしてそこに存在する全ての不幸を全て取り除いてあげる。貴方たちに本来の笑顔を本来のままに返してあげる。約束するわ」


「で、でも!」


「知らないの?」


 なお食い下がるスカリンに、フィナンシェお嬢様は100万ドルの笑顔で言った。


「私、この世界で『絶対』なのよ?」


 絶対。

 フィナンシェお嬢様は、自分のことを最強とは言わなかった。

 絶対。

 そう言った。

 何だか、そこがもう最強すぎて、俺は同性ながら惚れてしまいそうになる。ポーっとなる。


 ふと思い至り、俺は『ステータス画面』を参照することにした。

 光の線が空を疾走する。

 そこに、『ステビア』『フィナンシェ』のほか、新たに二つの名が追加されていた。


 その名前に、俺はフフフと笑ってしまう。

 どうやら、これからネクロポリスに乗り込むのは、俺とお嬢様のみならず――。


 YOU♪ バルバドスが仲間にして欲しそうに見ているYO♪ 

 仲間パーティにしますか? 『はい・いいえ』


 YOU♪ スカリン(???)が仲間にして欲しそうに見ているYO♪ 

 仲間パーティにしますか? 『はい・いいえ』


 ――どうも、こう言うことらしい。

 そういうことにしておこう。


 俺は二つとも『はい』を選択した。

 その二つの『ステータス』を参照する。


 名前:バルバドス・ゲロッパーズ

 職業:死者王ネクロマンサー

 LV:25

 HP:2500 MP:100

 装備:トライデント・スピア『おじゃまたくし』

 解説:魔王エルヒガンテがエンピツを転がして決めた死者王。かつては魔王軍72柱に名を連ね、勇敢に戦場を跳ね回ったこともあったが、幼馴染と身を固めてからは一線を退き、すっかりと丸くなった。家族だけでなく部下の面倒見も良いので、ゾンビからの信望は厚い。趣味は家族の写真鑑賞。バカ(真性的な意味で)



 名前:ティラミス・ダージリン

 職業:能天気シスター

 LV:5

 HP:400 MP:300

 装備:白百合の修道衣『マドンナ・リリー』

 解説:蠅の王ベルゼブブに囚われたシスター。レベルからは考えられない飛びぬけた魔力を持つ。豊富なサポート攻撃魔法が使えるが、その効果は当人さえ予測不明なものがほとんど。以前に空からペンギンの雨を降らせてネクロポリスをパニックにしたことがある。死神に変装可能。バカ(性格的な意味で)


 へぇー。

 俺は『ステータス画面』が空に霧散したあと、まだ何となく、狐につままれたようにフィナンシェお嬢様の背中を見ているスカリンに


「お前の名前ってティラミスって言うんだな?」


 と聞けば、彼女はビクっとこちらを向いて、


「え!? 何でわかったん!? あ、もしかしてステビアはん『ミルミル』使えるん!?」


「みるみる? なにそれ? 使えない」


「さぁ行くわよ。ステビア、イチャイチャしたいから早く私の隣へ」


「は、はい!」


「ば、バルバドスも不肖ながらお供いたしますベイベー!」


「当たり前よ。貴方には囚われの妻と娘の前にヒーローとして颯爽と現れ、ぎゅっと抱きしめる役があるでしょう?」


「びゃあああああああ!!!! フィナンシェ様ーーー!!!」


「こ、こら無礼者!」


 っご。


「気絶してくれるなよバルバドス。みーみを使った回復をお前にする自信はないからな」


「お、OKベイベー!!」


 こうして四人は、死者の帝国を目指して歩み始めた。

 こういう展開もあるなら、このRPGも悪くはない。

 そんなことを思っていた時代が、俺にもありました。


ピロリン♪ YOU♪ CG『ネクロポリスへの旅立ち』をGETしましたYO♪

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