6:桃猫『みーみ』で無限回復
さて数分後。
俺が一休みの焚き火を用意している隣では、頭に大きなタンコブを作って、口から泡を生成しつつビクンビクンしているバルバドス。
そして傍ら。
カチャカチャ震えまくっていた死神っぽいガイコツなのだが、コイツはバルバドスがお嬢様にシバかれて失神した途端、崩れるように両膝をついて手を合わせ、
「ふんならったへるもんね! ぽるぽなどっとぃ・うひょひょいひょい!(理解不能)」
さっきからずっと、呪文か言葉か何か理解不能なフレーズを叫んでいる。
「ぺんぺろぽんぽら! まんまんちっく・うひょひょいひょい!」
しかしながら、言葉の合間合間に土下座したり、泣くように目に手を当てたり、あるいは手を組んでお祈りのようなポーズを取っているあたり、
「命乞いしてるのかしらね?」
フィナンシェお嬢様は、ゾンビが開けていった穴を見て回りながら言った。どうやら、さっきのゾンビ集団に気に入った子がいたらしい。
――ふむ。
ともあれ。
俺は焚き火の調整が終わったので、何か喚いてるガイコツの方に近づいてしゃがみこみ、
「うっぽんぺぺろほんぬら! めんめめろぺんぺろ・うひょひょいひょい!(意味不明)」
すぅと、その頭に、グーした手をあげ
「はんぬぎってたまたままんまん! すここんすこんこ・うひょひょいひょい!(解読困難)」
振り下ろして『っご』と一撃。
「あいた!(痛い)」
ガイコツはガイコツハンドで頭を抑えた――って、
「しゃべれんじゃねーかクサレガイコツ!」
そのボロ布フードの胸ぐらを掴んで立たせ、睨みをきかせると、このガイコツはガイコツフェイスの前で祈るように手を合わせ
「堪忍や堪忍や! 悪気はなかったんや! だから命だけは助けてーなうひょひょいひょい!」
すごく流暢だ!
「白骨化したヤツが命乞いとか訳わかんねーんだよ! 哲学はヨソでやれ!」
「ぱんちらもってぃらぬぎぬぎぬぎぬぎ・うひょひょいひょい!(難読言語)」
「なんかムカつくからその『うひょひょいひょい♪』やめろ!」
お嬢様が向こうで「今のステビアのうひょひょひょいひょい♪ 良いわ」とか言ってるが、ひとまずそれに「ありがとうございます」と愛想笑いだけして、再びこのガイコツに向き直り
「とにかくその呪文みたいなのやめろ! お前には攻撃魔法かけられたっていう前科があるんだ、分かったな!?」
「ひー! ひー! やめるから殺さんとって! でも『うひょひょいひょい』はクーサレ語で『プリーズ』みたいな尊敬語なんですわ!」
クーサレ語? 聞いたことはないが、『シンドルワー』で話されるローカル言語だろうか。
しかし、
ふむ。
尊敬語と聞くと悪い気はしない。
俺はガイコツを下ろして腕を組み、
「じゃぁちょっとさ、そのクーサレ語で『ご機嫌いかがですか。ステビア様』って言ってみろ」
「わかった。ほな……コホン」
とガイコツはセキバライをしてから、
「まんまちんたーま! たまなしくっそステビア! やーいやー」
俺はその骨フェイスをベンベンしばいた。それはもうベンベンしばいた。フィナンシェお嬢様が口に手を当ててちょっと気にするぐらいベンベンしばいた。ガイコツは「あばばばばば」とダメージを受けた。
「な、なにをしますんやステビアはん!? う、うちはあんたに言われたとおり」
「誰がマ○こチ○こ玉なし糞ステビアだよガイコツ! いますぐそこの火にくべてお焚き上げしてやろうか!」
「ひーひー。や、やめて。堪忍や。そんなんしたらウチ骨しか残らへん!」
「もとから骨しかねーだろうが!」
「そ、そうや! もし助けてくれたらウチの宝もんあげるさかい!」
「なんだよダメもとで言ってみろ」
凄みをきかせると、何故か骨のくせに頬がピンクになって、それからクキキと顔を横に向け
「うちのヴァージン」
「フィナンシェお嬢様お手を煩わせて申し訳ありませんが、ちょっとそこの燃え頃な松明を取っていただけますか」
「う、うそうそ! うそや! ひー! ひー! 熱い熱い堪忍堪忍!」
フードを俺にチリチリ焦がされつつ、、
「こ、これをあげるさかいに堪忍や!」
必死の様子でローブの袖から取り出したのは、丸々としたひとつの桃だった。
俺はそれを渋い顔で見る。
「命乞いでモモ一個かよ」
「も、桃一個やて!? 何言うねんこれはうちの処女の次に大事なもんや!」
ガイコツはムキーっと、怒ったような言い方をしてきた。
頭から湯気がプンスカと出て、拳をグルグル回してる。やだ可愛い。
何だが急に可哀想な子かもしれないと思った。
わかったわかったと、俺は怒ってる骨をなだめてから振り返り、いまも目当てのゾンビを探索しているお嬢様に尋ねる。
「どうしますお嬢様? もう流石にこのガイコツ刃向かってこないと思いますし、放っておいても害はないと思いますけど」
彼女は頷いた。
「ステビアがそうしたいなら、私は構わないわよ?」
俺はガイコツに向き直る。
「聞いたとおりだよ。よかったな。お嬢様に感謝しとけよ。それから」
ポン、と。俺は受け取った桃をガイコツのてのひらに返した。
「俺には良くわからん価値観だが、この桃はお前にとって処女の次に大事なんだろ? なら持っとけよ」
言ってから踵を返す。
「それからもう家に帰れ。じゃーな」
言いながら、再び焚き火のそばへ歩いて行く。そして思う。
処女って、あの死神めいたガイコツ、女だったのかよと。
てっきりオッサンだと思ってわと。
人どころか魔物は見かけによらないなと。
世界の広さをそんな辺りにシミジミと感じつつ、さて腰を下ろそうかというところ
「アンタほんまええ人や!!」
背後からのガイコツボイスに振り返る。そしたらさっきの骨が帰るどころかこっちにカチャカチャとダッシュしてきて
「やっぱりこの桃猫『みーみ』のご主人はあんたしかおらへん!」
言うやいなやその桃で俺の頬を思い切り殴――ぼへ。
「なにすんだよお前は!」
頬を抑えつつ突っかかりかけた俺を、しかしこのガイコツはガイコツハンドでピタっと制して
「待ち! これでみーみのインプリンティングが終わったはずや!」
インプリンティング?
知らぬ単語に動きを止めたら、差し出されたもう片方のガイコツハンド。その上に、彼女――でいいんだよな――は、さっきの桃を乗せていた。
それを見つめていたら、急にビクンと――
「動いた!?」
確かに、ガイコツの手の上で桃が、いま痙攣した。
「なになに? 中に何かいるの?」
フィナンシェお嬢様が興味津々とそばに寄ってきた。その後ろでゾンビ穴のひとつからさっきのニセ歌姫っぽいのがニョキっと、あ、また引っ込んだ。
そして彼女がガイコツの手の上に顔を寄せたちょうどその時、その手の上で、桃がモコモコと波打ちつつ、その形を球型から変えていく。
「これが無限回復特効薬とも言われとる、伝説の桃猫や」
無限回復特効薬?
伝説の桃猫?
インプリンティングに続く要領を得ない言葉が二つ。けれども俺に、それを疑問に思う余裕はない。目の前でモコモコと形を変えていく、桃にクギ付けなのだ。
――そして。
桃はやがて、その桃猫という名に相応しい、薄桃色の手乗り猫になった。
クリクリとしたレモン色の大きな目を持ち、フワフワとわたあめのように柔らかで、そして甘い香りのする毛をした子猫。
その猫が、小さく「みぃ」と鳴いた。
「やだなにこれちょっと! めちゃくちゃ可愛いじゃない!」
おー、お嬢様が鼻血を召されておる。
確かにその通り、ガイコツの手の上で大人しくしている猫は、可愛いという形容詞以外浮かばない容姿である。しかしながら無限回復って――
「さぁ、今からインプリンティングが始まるで」
言いながら、ガイコツはその場にしゃがみこみ、桃猫を足元に下ろした。
地面にチョコンと降り立ってからすぐに、猫に異変が起きた。
足元の桃色猫がもう一度「みぃ」と鳴いたとき、ピンとたった耳と耳の間、そして左右外側の毛が、いまの桃色からもっと色の濃いピンク色に変わり、みるみるうちに伸び、
「な、なんだこれ!?」
驚く俺の前で、まるでそれをショートボブの髪のように伸ばしてみせたのだ。しかし異変はさらに続く。
桃猫はまた「みぃ」と鳴いて、すると今度は、再び体全体がムクムクと波打ちつつ、その骨格を変え始めたのだ。
「!?!?!?!?」
唖然とする俺とフィナンシェお嬢様。そんな二人に、ガイコツは人差し指を立てて平然と語る。
「インプリンティングいうのはな、桃猫がご主人と定めた相手に奉仕しやすくするよう、相手の似姿をとることなんや。ほれ」
言っている間に、その桃猫は俺の腰辺りまで大きくなり、後ろ足二本だけで立ち上がった。
前足も体の横にきちんと開き、人で言う胸のあたりも微かに膨らみ、
「……まじか」
顔も、あれよあれよというまに、女の子らしい愛らしさのある表情になっていた。
いやむしろ、
これでは逆に、
女の子に猫耳と猫鼻をつけただけのようにさえ見える。
「みぃ」
もう一度鳴いたとき、その声音は本当に女の子のようだった。
そしてぐっと伸びをした直後、彼女の体を覆っていた桃色の毛が『パ』っと音を立てて四散した。
ハラハラと毛が散ったのは、腹部と肩と腕、そして腿のあたり。
胸周りはマダラで、手と膝から下は丸々と毛が残っている。
いよいよ持って、可愛い女の子が猫モチーフの衣装を着ているとしか思えない。
愕然としていたら、その猫めいた女の子は俺の方を向いて
「ご主人様。はじめまして、みーみです」
俺よりもさらに1オクターブは高い声で、愛らしくそう言った。さらにそれから、とろけそうなほど愛らしい笑顔で「みぃ♪」と笑ってみせた。
同時、フィナンシェお嬢様が倒れた。魔王討伐!
いやいや。
「お、お嬢様しっかり!」
フィナンシェお嬢様の後頭部に手を差し入れつつ呼びかけると、
「ステビアに続いてミーミ。なんてことかしら。ハーレム構築開始早々、こんな可愛い子が立て続けに現れるなんて、私はきっと夢を見ているのよ」
なんだか幸せそうにまま召されそうになっている!
俺はアセアセとしていたが、はっ! と思い至り、『ステータス画面』をポップアップする。
光の線が空を疾走した。
名前:フィナンシェ・エルヒガンテ
職業:魔王の眷族(生ける絶対:ブリージング・アブソリュート)
LV:53万
HP:1(瀕死) MP:無限
装備:宵闇の翼『ヴェスパー・ウィング』
解説:魔族最強にして魔王エルヒガンテが溺愛する一人娘。その強さは圧倒的と言うより決定的。Cカップ。身長160cm。体重44kg。現在萌え死寸前。別に悔いはない。変態。バカ(実質的な意味で)
ひっ
「ひえーーーーーー!!!! お嬢様がほとんど死にかけな上に不必要な身体情報が解説されてるーーー!!!」
ムンクの『叫び』みたいに絶叫したら、隣でガイコツも同じようなポーズを取っていた。
「アカンこのままやとフィナンシェはんがいってまう!!!」
なんかガイコツまで焦ってる!! こっちはホラー映画の『スクリーム』みたい!
「そ、そうだ! なぁガイコツ!」
「うちの名前はスカリンや!!」
光の線が中空を疾走して文字を描いた!
スカル + 何とかりん♪(女の子の愛称にありがちなあれ。ex:ミノリンとかユカリンとか) = スカリン
「なるほどよくわかった! しかし今はどうでもいい!!」
俺はテンパってガイコツの肩を掴んで分解する勢いでカチャカチャ揺らしまくった!! スカリンは「あばばばばばば!」と言った!
「す、スカリン! たたたた、たしか! この猫って無限回復薬って言うんだよな!?」
「そ、そうや! どんな怪我もこの桃猫『みーみ』の桃エキスを飲めばたちどころに治るで!」
よし! 早くお嬢様の体力を回復させよう! 俺は早速そのみーみの使用法を参照すべく、ステータス画面をポップアップする!
名前:みーみ・カモミール
職業:ステビアのペット。
LV:1
HP:5 MP:0
装備:なし(鈴が欲しい)
解説:エサはご主人様の愛情とスキンシップがすべて。甘えん坊。嫌われると涙とともに死ぬ。伝説の回復薬でもあり、その口から分泌される桃エキスはハチミツよりも甘く、花よりも香しい。体力を完全回復させる。
ふむ。
俺はステータス画面をオフにし、しゃがみこみ、みーみの頭を撫でつつガイコツに問う。
「つまり、回復はこの子とキスしろと?」
「そうや」
ふむ。
なるほど。
あかん、こんな子をフィナンシェお嬢様にキスさせたらトドメや!!!!
「フィナンシェはんに回復やるんやったら、まずステビアはんがみーみとキスして、それからステビアはんがフィナンシェはんにキスせなあかん。早い話が口移し」
「スカリンさん話が早すぎてついていけません。なんで俺経由?」
「みーみはご主人様以外とは絶対ちゅっちゅしないんや」
「ちゅっちゅ言うな!!」
「失礼。つまりやな、そこのフィナンシェはんを蘇生させるためには、ステビアはんがまずみーみとベロチューを」
俺はその骨フェイスをベンベンしばいた。それはもうベンベンしばいた。みーみがキョトンと小首をかしげるぐらいベンベンしばいた。ガイコツは「あばばばばば」とダメージを受けた。
「あん」
何かフィナンシェお嬢様が官能的にうめいた! まさかと思って俺は再びステータス画面をポップアップする!
名前:フィナンシェ・エルヒガンテ
職業:魔王の眷族(生ける絶対:ブリージング・アブソリュート)
LV:53万
HP:0.1(ボチボチ死ぬ感じ) MP:無限
装備:宵闇の翼『ヴェスパー・ウィング』
解説:魔族最強にして魔王エルヒガンテが溺愛する一人娘。その強さは圧倒的と言うより決定的。ステビアからのキス待ち。早く。わっふるわっふる。変態。バカ(実質的な意味で)
ひっ
「ひえーーーーー!!! HPが小数点の単位になってしかも解説にお嬢様の願望が埋め込まれているー!!!」
「こら急がなあかん!! ステビアはん! 早くまずはみーみとチュパチュパす――」
俺はその骨フェイスをベンベンしばいた。それはもうベンベンしばいた。みーみが上目遣いでちょっと気にするぐらいベンベンしばいた。ガイコツは「あばばばばば」とダメージを受けた。
「か、回復魔法を。……う、うちにもちゅーを……」
倒れてカチャカチャ震えてるスカリンは放置し、俺はひとまず、みーみの方を見る。
みーみは、それはもうとろけそうな程可愛い笑顔で「ご主人様♪」と微笑んでいる。
俺の脳裏をさっきの解説がよぎる。
その口から分泌される桃エキスはハチミツよりも甘く、花よりも香しい。
その口から分泌される桃エキスはハチミツよりも甘く、花よりも香しい。
その口から分泌される桃エキスはハチミツよりも甘く、花よりも香しい。
「よ、よし!」
俺は意を決して、大きく息を吸い込んだ。




