0:終わりの始まり
「大変ですデザート様! 起きて下さい! 悪魔王ザイアークが魔王に反旗を翻してここキャッスル・エルヒガンテに大勢の魔物を率いて攻めてきています!」
魔王の側近タルト・ストロベリーが、石棺の中でグーグーと眠り続ける魔王デザートの肩をゆすり続けてから、早10分が経過していた。がしかし、この寝坊助魔王が1000年の眠りから目覚める様子は全くなかった。
「ああもう! お願いです起きて下さい! このままでは魔王城がムチャクチャになっちゃいます! 魔王様! 起きて下さい!」
石造りの頑丈な寝室がズゥンと揺れ、天井から1000年の間に積もった塵や埃がパラパラと落ちてくる。タルトは「ケッホケッホ!」とむせながら、なおもデザートをゆすり続けた。
タルト・ストロベリーが、魔王デザートを必死に起こそうとしている理由、それはもちろん、魔界の支配者たる彼に魔王軍を率いさせ、愚かな裏切り者たる悪魔王ザイアークを返り討ちにし、再びこの魔王城キャッスル・エルヒガンテに平穏を取り戻すためだった。
しかし現状、現実は理想からは程遠かった。
何故ならキャッスル・エルヒガンテの魔物たちは、デザートのことなどとうの昔に見限っていて、そのほとんどがキャッスル・エルヒガンテを脱走していたのだから。
魔界最強にして『生ける絶対』とまで言われた全知全能のフィナンシェ・エルヒガンテ前魔王、その息子たる彼デザート・エルヒガンテは、前魔王が偉大過ぎるということを差し引いても、魔王としてあまりにもアホ過ぎた。性格はわがままで自分勝手。傲岸不遜でオレ様魔界最強。笑い声は腰に手を当て高らかに『はっはっはっはっはっは』。好きなときに起きて好きなときに暴れ、好きなときに食べて好きなときに寝る。魔界の政情なんておかまいなし。魔王業? なにそれ美味しいの?
そんな彼は、ちょうど今から999年と11ヶ月ぐらい前、『俺様はいまから1000年ぐらい昼寝するからな! しっかり番をしてるんだぞお前たち! はっはっはっはっは』と家来達の前で高笑いし、自室に閉じこもってしまった。
それから魔王の家来達が、『デザートもうあかんわ』とこの城を離れるまで、ぶっちゃけ1時間もかからなかった。何故なら、その時にはもう、前魔王のフィナンシェ・エルヒガンテはいなかったのだから。
そういうわけで、もうここにとどまる理由なしとし、城の家来たちは末端の護衛から重臣に至るまで、城を出て行ってしまっていた。
ただ一人、彼の側近タルト・ストロベリーをのぞいて。
「くっ! もうこうなったら手段を選んでられないわ!」
タルトはデザートの肩から手を離し、壁にかけられた武器の数々に目をやった。ガトリングガン。ロケットランチャー。スナイパーライフル。ヌンチャク。あずきバー。グレネードランチャー。ショットガン。バールのようなもの。それらは昔、魔王デザートが中二病をこじらせて、古今東西から集めてきたものだった。
ひとまずタルトは、ガトリングガンを取り、秒間300発というサイクルで9mm弾をデザートにぶち込んでみた。
「おらおら!! デザート様起きて下さい!! キャッスル・エルヒガンテはまさに地獄ですよ!!」
結果、彼の髪型すら変えられなかった。
次にタルトは、ショットガンにスラグ弾を装填し、顔面にゼロ距離で全弾ぶっパしてみた。
「この距離ならば!!」
結果、彼の鼻風船さえ割れなかった。
「く……さすが魔王ね。人間の武器じゃ歯がたたないわ」
ポイとショットガンを捨てた時、ズズゥンと、再び大きく寝室が揺れた。
「まずいわね」
タルトはきゅっと下唇を噛む。今のは間違いなくキャッスル・エルヒガンテの城門が突破された音だ。護衛の魔物は一匹もいないから、ここまでザイアークの軍団が踏み込んでくるのも時間の問題だ。聞けばその数10万というらしい。そんな数、自分一人で相手にしてられるわけがない。
――こうなったら、もうデザート様を背負って逃げるしかないか。
自分の崇拝するフィナンシェ・エルヒガンテ前魔王の築いた魔王城。それを捨てていくだなんて、とても考えれない。けれども、この城とデザートを秤にかけた時、フィナンシェ・エルヒガンテはどちらを取れというのか、それは明白だった。
――さよなら、キャッスル・エルヒガンテ。
そう心でつぶやき、デザートを背に負おうとした時だった。
「ん~……そろそろ1000年か」
という、気の抜けたような声とともに、デザートが目を覚ました。奇跡が偶然か何なのか、実はちょうど今、デザートが昼寝宣言をしてから1000年と0秒だった。
「ふわぁ~~~ああ」
彼はアクビを噛み殺しながら上半身をムクリと起こし、眠気眼をこすりながら周囲を伺う。
そして、半泣き状態ながらも笑顔なタルトを認めると、
「……んん? なんだタルトじゃないか? どうしたそんな顔して?」
「何をのんきなこと言ってるんですかデザート様! いまとんでもないことが起きてるんです! 悪魔王のザイアークが! 魔界の支配権を手に入れるべくキャッスル・エルヒガンテに攻め込んできました! デザート様! いますぐ迎撃のご準備を!」
真剣な面持ちで言うタルトだったが、しかしデザートは間の抜けた声で「な~んだ。そんなことか」と言い、再び「ふわぁ~~~ああ」と大あくびをした。それにタルトは面くらい
「『な~んだ、そんなことか』じゃないでしょうデザートさま! このまま放っておいたら魔王城が亡くなってしまうんですよ! 魔王さまが生まれて育ったこの城が! フィナンシェ前魔王様が築き上げたこの一大帝国が!」
力説するタルトに、しかし魔王は軽くあしらうように手を『しっし』と振り、
「良い良い。そんなのほっといても。……ふわぁあ。形あるものは全て無に帰る。栄枯盛衰、驕る平家は久しからずってのはよく言ったもんだ。潰したきゃ潰せばいいぜ。ニャムニャム。そういうわけでタルト。オレ様は今から追加でもう1000年寝るわ。おやす――」
ドゴ! ボゴ! ガス!
「良い訳ないじゃないですか! 何考えてるんですか魔王様! あんまり調子こいてっと私マジでぶん殴りますよ!?」
「もう殴ってんじゃねーか! 頭に三段乗アイスクリームみたいなコブができてるよちくしょう!」
握り拳作って怒鳴るタルトに、デザートはちょっと涙目で頭を抑えつつ言った。しかしそれに、タルトはきつい表情のまま腕を組んで言う。
「良いですかよく聞いて下さいデザート様! いまデザート様はザイアークに城を取られても良いって言いましたけど、そうなると魔界の支配権はザイアークに移って、デザート様はもう魔王じゃいられなくなるんですよ? 本当にそれでも良いんですか?」
「いやちょっと待てタルト。その理屈はおかしいぞ」
急にデザートがマジな顔になったので、タルトも気を引き締めて「何がでしょうか?」と問えば
「どうしてザイアークが魔王城の主になって魔界の支配権を手にしたら魔王になれるんだ?」
タルトはすっ転んだ。
ヨレヨレと立ち上がりながら彼女は言う。
「むしろデザート様にとって、魔王って一体何なんですか? 魔界の中心に築きあげた魔王城の王座に座り、魔界を支配する存在を魔王って言わないんですか?」
「オレ様の定義する魔王は違うぞタルト!」
デザートはそこで棺から颯爽と降り立ち、いつもの悪童ぶりを彷彿とさせるような勝ち気な笑みをニっと浮かべ、犬歯を見せながら豪語する。
「魔王とはこのデザートのことであり! デザートとは魔王のことだ! それ以外に魔王の定義は一切認めない! なぜならオレ様こそ、魔王にふさわしい真の魔王だからな! はっはっはっはっはっは!」
腰に手を当て盛大なアホ笑いをするデザートに、タルトは呆れながらもめげずに言う。
「じゃあ、もしその魔王様であるデザート様を差し置いて、魔王を名乗ろうとする悪魔王が現れたらどうしますか?」
「愚問だな。そんな身の程知らずで無礼な奴は、このオレ様が直々に成敗してくれる!」
握り拳を作ってビシっとポーズを決めるデザートに、タルトは言う。
「そいつ、今ここの城門突破してきましたよ?」
「なんだと!? タルト! お前はオレ様の側近でありながらどうしてそんな重要な事を最初に言わなかった!!」
最初からそれしか言ってねーよアホガキ! という言葉は辛うじて飲み込み
「そういうことですからさっさと戦支度して下さい! もうアイツら目と鼻の先まで――」
と言いかけた最中、魔王の寝室扉が乱暴に開かれた。
*
キャッスル・エルヒガンテの城門を突破し、さてどれほどの悪魔や魔物が迎え撃ってくるのかと身を硬くしていたのは、悪魔王ザイアークの部下、ゴーレムのワキアークだった。
彼はこのほど、悪魔王ザイアークの命令により打倒魔王ならびにキャッスル・エルヒガンテ攻略というトンデモ任務を授かっていたので、ここまでの道中震えに震えていた。なにせNPC汎用キャラクター的な自分に、主人公勇者がラストに挑むようなダンジョンにいきなり赴けと言うのだから。
だから魔物10万という大群をザイアークから授かりつつも、ワキアークは道中をマグニチュード6ぐらいで震えながらやってきていた。
しかし到着してみれば、キャッスル・エルヒガンテの城内は予想に反して魔物はおろかネズミ一匹さえいなかった。しかも城の中はホコリまみれの荒れ放題で、まるで廃城のようなのである。彼は率いてきた魔物共々、ポカンと石のように固まってしまった。
さらには、魔王の寝室を調査にいかせた部下からも敵発見の連絡はないし、外で待たせてある部下からも同様に連絡はない。加えて、いま自分のいる王の間にも特に異常はなかった。念の為にスマホの電源も確認してみたが、きちっと電波は来ている。さすがは『MUbyKDDI』、『ソフティーバンク』とは大違いだと思った。ともあれだから、連絡が不通になっているということではない。つまり、キャッスル・エルヒガンテは真実として、どこにも魔物がいないのだった。
でもこれはいったい、どういうことだろうか。
「おかしいガン。あの絶対魔王フィナンシェ・エルヒガンテの居城が、こうも安々と陥落するとはどういうことだガン。きっと何かあるガン。このワキアークのアメジストのように輝く頭脳がそう言ってるガン」
そうして彼が岩のようなアゴをゴツゴツと擦りながら思案していたら
「ワキアーク様! きししししし! 見て下さいっすよこの財宝!」
なんだガン? とワキーアクが振り返れば、巨大な二足歩行ネズミみたいな魔物が、その両手に金銀財宝を抱えて、いやらしそうな笑みを浮かべていた。彼はワキアークの側近、鼠人族の魔物ヤラレアークだった。ねずみ男とも言う。
ヤラレアークは鼻をヒクヒクさせつつ笑い、
「さすがはキャッスル・エルヒガンテですぜワキアーク様。あらゆるところにお宝がもうザックザックでさぁ。ダイヤの指輪にエメラルドのティアラ、初回限定盤のPS5にPSVITA2。魔界の田舎にもっていけば、一城の主となるようなお宝ばっかりですぜ。きしししししし。こりゃもうザイアーク様が到着するまでの間に、ちょっとぐらい頂戴しない手はないんじゃないですかぁ? きししししし」
「ヤラレアーク。そんなことより妙だと思わんかガン?」
「あえ? ナンスか? そのわざとらしい語尾がっすか? きししししししし」
「ばかもん。このあまりの無警戒ぶりだガン。ここに来るまでの道中、魔界の住人達はまるきり無抵抗、そして城に入っても敵はなし。罠もなし。これはいったいどういうことだガン?」
「ん~、言われてみればそうっすね~。フィナンシェ・エルヒガンテが失踪したとはいえ、それでもここは魔王城っすからね」
ヤラレアークは頬をポリポリとかきつつ言う。
「確かにあっし達がフルボッコにされるようなLV40以上の魔物がゾロゾロいたって不思議はないっすよね。ていうかあのチビガキ魔王も見当たらないし、どこいったんすかね?」
ワキアークはゴツゴツの腕を組み、
「ザイアーク様から聞いた情報によれば、前魔王フィナンシェ・エルヒガンテが失踪したあと、どういう訳か現魔王のデザート・エルヒガンテも長きの眠りについたそうだガン。この遠征はそもそも、その両魔王実質不在という千載一遇の好機を突くという形で決行されたのだガン。しかしそれでも、城内にいる凶悪な魔物との大合戦は避けられんということで、ワシらは10万という大群を率いてきたのだガン。それが……この有り様だガン」
ワキアークとヤラレアークは、好き放題に略奪を繰り広げている部下の魔物たちを見つつ、少しばかり思案する。
「ふ~む~。考えられるケースとしては、名前のひとり歩きっすね」
「名前のひとり歩き?」
「生ける絶対だとか魔王だとか、そういうのっす。昔はちょいとばかりすごかったのかも知れないっすけど、それに纏わる伝説のほとんどが尾ひれの着いたものばっかりで、ホントは言うほど大したことなかったんじゃないっすかね? だから、あっし達が攻めてきた途端に尻尾巻いて、魔王共々トンズラこいたとか?」
「むぅ……そんなことがあるかガン? なにせ魔界の支配者である魔王。伝説のすべてが尾ひれとは思えないガン」
「まーまー。仮に幾つかが真実だったとしやしょう。けどその伝説の主はフィナンシェ・エルヒガンテだし、ソイツが今いないのは確かっすからね。デザートなんて、所詮はフィナンシェ・エルヒガンテの息子ってだけでちやほやされててて、一回も戦闘したことないそうじゃないっすか。それなら全然怯える必要なんてないっすよ。それにほら」
と、ヤラレアークはスマホを取り出し、自分たちのステータスを表示する。
「アッシたちだって、そこまでビビってるほど弱くはないっすよ」
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名前:ワキアーク
種族:岩人族ゴーレム
職業:悪魔王ザイアークの部下:千人長
LV:30
HP:4000 MP:0
装備:岩石砕きの拳
解説:ザイアークから程々に信用された部下。名前からにじみ出る脇役感がハンパない。
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名前:ヤラレアーク
種族:鼠人族モルモッティ
職業:悪魔王ザイアークの部下:百人長
LV:20
HP:1500 MP:0
装備:ネズミ捕りクロー
解説:ワキアークの側近。名前からにじみ出るヤラレ役感がハンパない。
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「うむ、たしかにそうだガン。レベル20や30といえば、魔物や悪魔の中でもかなり強さだガン。准悪魔王ぐらいと言えなくもないガン」
「きっしししししし。そうでしょう?」
「うむ。間違いないガン。ワシも気負い過ぎたかのう。ガハハハハハ!」
「きししししししししし!」
と、二人の魔物が笑った時だった。
「ふぃ、フィナンシェ・エルヒガンテだブーーー!!!」
という部下の悲鳴が、魔王の寝室の方から響いてきた。
そのあまりに不吉過ぎる名前にワキアークとヤラレアークが「「フラグきたこれー!?!?」」と絶叫すれば、一体の魔物が吹き飛んできて、王座の間で大の字にぶっ倒れた。
ワキアークがドシンドシンと駆け寄れば、倒れているのは豚人族ゴブリンの『ブタオさん32歳』であり、その全身には無数の刺突痕が穿たれていた。
――あの『ブタオさん32歳』が一撃だガン!?
ワキアークが驚愕していたのも束の間。
「おのれよくも俺達の『ブタオさん32歳』をやったなブー!!」
「もう絶対許さないだブー! 覚悟するブー!!」
「この『ブタ丸よしえドリーム18歳』が相手だブブブー!」
という豚人族の頭悪そうな掛け声のあと、しかしすぐに彼らもHP0になって吹き飛ばされてきた。
「ぎゃぶー! やられたブー!」
「丸焼きだぶー!!」
「照り焼きブブブー!」
そのあまりの無駄散り具合に、後続の魔物たちはヒーヒーギャーギャー言いながら王座の間まで退却してきた。
ワキアークは震える。震えまくる。マグニチュード25ぐらいで震えまくる。おかしい。おかしい。有り得ない。絶対ありえない。フィナンシェ・エルヒガンテがいるとか絶対に有り得ない。あの魔王は魔界から跡形もなく消えたはずだ。『魔ニュー速報』でスレ乱立して確認しまくったじゃないか。
じゃぁいったいなにがあった。何があった。何があったのだ。
コツンコツンコツンという足音が近づいて来る。
隣でヤラレアークも震えている。げっ歯類特有の前歯をカチカチ鳴らして震えまくっている。
そんな彼らの前に姿を現してきたのは
「魔王の間に断りもなく土足で踏み込んでくるなんて、いったいどういうつもりよ?」
その姿は紛れも無く、フィナンシェ・エルヒガンテだった。
魔王の寝室より現れ、
魔王の間に集結した魔物たちに目を眇めて斜に構える彼女。
華奢な背からは魔族の証たるコウモリ翼を生やし、
鮮やかな血色の髪を長いツインテールにくくり、
胸元がハート型に開いたブラックレザーのボンテージドレスで細身を包んだ、容姿端麗なその彼女。
年齢不相応な色気と、歌うような声音のせいで大人びて見えるが、年の頃は15.6とも。
噂に違わぬフィナンシェ・エルヒガンテの妖しい可憐さに、彼らは絶望が到来したのだと知る。けれども、ヤラレアークが手にしていたスマホの表示が、『フィナンシェ・エルヒガンテ』ではなく『タルト・ストロベリー』となっていたことに気付き、
「だ、騙されるなっすーーー!!!! そ、そいつはフィナンシェ・エルヒガンテなんかじゃないっす! タルト・ストロベリーとかいう別の魔物っす!」
腰に手を当て、斜に構える彼女は「は?」と眉を潜める。
「いつ私がフィナンシェ様の名前を語ったのよ? 勝手に勘違いして勝手に自己解決しないでくれる? ……まぁ確かに、このコスはフィナンシェ様へのオマージュ全開だけど」
ちょっと頬をピンクにして言う彼女に、ワキアークは汗の代わりに砂を拭いて
「ふう、危うく騙されるところだったぜガン。しかしなかなか狡猾な手を使うじゃないかキサマ」
「いやだから策とか弄してませんて」
「もう大丈夫たお前たち。あの娘は愚かなことに自ら馬脚を表しおったガン! 豚人族四天王がやられたのもきっとまぐれだガン!」
さっきの四天王かよ、とタルトが額に大粒の汗を垂らせば、
「そういうことで、とっとその小娘魔物をやっちまえガン!!」
ワキアークが吠えながらゴツゴツの指でタルトを指させば、魔物たちが一挙に彼女に殺到した。豚人族に鼠人族に岩人族、妖魔族に死霊族といった魑魅魍魎が、一斉にタルトに襲いかかる。
彼女は獰猛に襲いかかってきた魔物たちに、臆すことなく半身となって呟いた。
「そう。愚かなのね」
微かにその口元が笑みを浮かべた時、ようやく魔物たちは、彼女の手に握られていた漆黒のトライデントスピアに気付く。そしてそれが、彼らが魔界で見る最期の光景だった。
タルトがスピアを横薙ぎ一閃。
刹那、槍先が五月雨のように乱れて全てを串刺しにした。
凄絶に響き渡る嵐のような斬撃音。
「な……」
瞬く間に解体された魔物の残骸に、目が飛び出ているワキアーク。
跳びかかっていった都合20もの魔物たちが、
全て中空にいながら、三叉の鋭刃に刺し穿たれたのだ。
「なぁんだぁガン!?!?」
絶叫するワキアーク。腰を抜かすヤラレアーク。彼女はそれに対し、トライデントスピアをビュバババババ! っという鋭い風切りを音を立てて旋回させ、最後は演舞の型のように脇に挟んで静止させた。
「矛先が3つでも刺し傷が100を越えるなんて怪異、北欧の怪蛇にはあることよ。何のことだかサッパリというのなら、武芸には槍術があるとでも思えばいいわ。まぁ御託はこのぐらいにして――さて」
彼女は人差し指を、ワキアークと彼を囲う魔物に向けてクイクイクイ。
「無駄散りしたい雑魚から来なさいな。ただの一匹残らず、例外なく駆逐してあげるから」
――この強さ、尋常ではないガン。
目にしてようやく、ワキアークたちは理解した。魔王の城に攻め入るということの意味を。取り返しの付かなさを。
「わ、わ、わ、ワキアークさ、さ、さ、様……」
マグニチュード300ぐらいで震えに震えまくっているヤラレアークが、震える手を辛うじて御しながら、自分のスマホのディスプレイをワキアークに見せていた。
その表示に、ワキアークのアゴがガゴーンと外れる。
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名前:タルト・ストロベリー
種族:魔神族サキュバス
職業:魔王の側近:神殺しヨルムガンド:『ゴッドイーター』
LV:20万
HP:1500万 MP:2000万
装備:トライデントスピア『バルバドス』
解説:死者帝国ネクロポリス出身の魔神。その凄絶にして華麗な槍捌きは、神殺しと恐れられた初代ネクロポリス国王バルバドスを凌ぐ。前魔王フィナンシェ・エルヒガンテを崇拝しており、彼女のためなら身命を投げ打ってでも魔界を守りぬく。
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「ぜ、全軍撤退ガン~!! 城の外までよーいどーん!」
号令か悲鳴か判じかねるような声で、ワキアークたちは砂煙をあげつつ逃走していった。タルトは「逃さないわ!」と後を追い始めるも、しかしその足は緩やかだ。チラリと後方――魔王の寝室を振り返る。
――デザート様、もうご自分の武器は見つけたのかしら?
タルトはデザートを気にした。
いま程度の魔物であれば、10万来ようが100万来ようが、恐らく自分の敵ではない。けれども、魔王城に攻めてきた愚か者たちを、恐怖と共に追い返すべき存在は、魔王の側近たる自分ではなく、やはり魔王自身でなくてはならない。でなくては何時までたっても、デザートは魔王として恐れられるべき存在にならないからだ。タルトの懸念ばそれだった。
しかし、
――せっかく司令官が浮足立ってるなら、このままなし崩しに追い返すのが被害最小。今回はその間までにデザート様が合流できれば良しとするか。
彼女は内心でそうつぶやき、今回は自分一人で10万を片付ける覚悟と決心を固めた。
タルトは、ザイアーク軍の司令官たるワキアークとその補佐であるヤラレアークたちを城門より追い出して、城へと繋がる跳ね端まで来た。そこには聞いていた通り、10万という大群にしても大群の魔物たちが、魔王城の前に展開していた。
タルトは追い足を止めて、彼らを見回す。
ザイアーク軍は豚人族や鼠人族といった獣人族のみならず、本来は彼らと相性の悪い夢魔族や死霊族といった妖魔族までが、一軍となって結集していた。どうやら悪魔王ザイアークは本気らしい。
「ぎゃははははははは!! 罠にかかったガン!! やれ!! 死霊族きっての呪術師『コックリさん』よ! その恐ろしい魔法で小娘を震え上がらせてやれ!」
大群の中からワキアークの声がしたかと思いきや、タルトの右側からねずみ花火のような魔法が走ってきた。見ればボロ布をまとった死霊族ウィスパーが、城の堀の上に漂っており、自分に魔法を仕掛けてきたようだった。
それはあまりに遅く、あまりに弱々しい低級火魔法『ホム』。
タルトにとって避けるのは容易だったが、その回避動作を取ることこそ自分を小物にしてしまいそうな気がしたので、受けて見せ、さらに呆れてやることにした。
ぼわっと全身が炎に巻かれる。無論ダメージはない。
が。
「なによこれ!?!?!?!?」
タルトは急激に襲ってきた脱力感に愕然とした。
「きしししっししししし!! かかったすわー!!! その火魔法『ホム』には呪魔法『ガタ』がかかってるっすわー!!! 立ちどころにお前のLVはガタ落ちっすわー! ほれみろ~~!」
と、大群の中から上の方にニョキっと突き出されたスマホには、信じられぬ自分のステータスが写っていた。
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名前:タルト・ストロベリー
種族:魔族サキュバス
職業:魔王の側近
LV:2
HP:150 MP:200
装備:トライデントスピア『バルバドス』
解説:レベルが『ガタ』落ちしたタルト。その能力は魔神ではなく魔族サキュバスとさほど変わらない。
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魔物たちが喝采をあげた。
手を叩き鳴らし勝利の勝どきを挙げた。調子に乗ってスマホで『艦これ』を始めるヤツもいた。『魔王城陥落ナウwww』とSNSバカッターで呟く奴もいた。急激に弱体化したタルトを『やーいやーい雑魚魔族www』とバカにし始めた。死霊族はボロ布から舌を『あっかんべろべろばー』と出し、豚人族は尻を向けてばんばんと叩いた。皆が寄ってたかってタルトを嘲笑しまくった。
俯いて握りこぶしを作り、ワナワナと震えるタルト。怒っている。非常に怒っている。そしてそれがより魔物たちを面白くさせているらしく、彼らは一層に笑い声を張り上げた。そしてさらにはついに、彼女の逆鱗に触れるキーワードを、死体族ゾンビが発してしまった。
「あばばばばwww あばばばばwww 貧乳ツインテールwww」
――それだけは止めておけば良かった、
と、後に彼は死者帝国ネクロポリスで語っている。
プッツーーーン
と、
何かの紐が切れるような音がした。
何の音だろうかと判じ兼ねる前に、タルトの姿が消失し、ザイアーク軍団に一陣の旋風が踊り込んできた。同時に五月雨のような槍の刺突音が鳴り響き、魔物たちが砂利石のように蹴散らされていく。またその近くにいた魔物達も、その刃風を浴びるだけで戦闘不能していった。
その暴威の主が吠える。
「誰が貧乳だゴラー!! 私の年齢的にはこのサイズで適正なんだよ滅界にブち込むぞホルスタインマニアが!」
切れている。もといブチ切れている。勝利の余韻に勝手に浸っていた魔物たちは、突如発生したその災害になすすべもなく吹き荒らされて、散り散りになってぶっ飛んで行った。それは竜巻だった。竜巻だった。タルトの振るうトライデントスピアが起こす竜巻だった。
「いやいやいやいや! おかしいおかしいおかしいガン!!! どうしてレベル2の魔族がレベル10以上の魔物を一撃でHP0にしてるんだガン!!!」
泣き笑いつつ後退していくワキアークは、逃走の片手にスマホを操作し、もう一度ステータスを表示する。
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名前:ぷっつんタルト
種族:殺意の波動に目覚めたサキュバス
職業:駆逐
LV:1000万
HP:15億 MP:20億
装備:激しい怒り
解説:解説不能
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「解説不能過ぎんだろチクショウ!!!!」
ツッコミを入れつつ突っ込んでいった死体族スケルトンは、しかし骨も残らないまま解体された。
そんな感じに忘我のタルトに蹴散らされた数は実に3万体。あちらこちらにHP0の魔物たちが大の字に横たわり、辺りは魔界に相応しい見るも恐ろしい屍の山が築かれた。
そうして中央を突破してきたタルトに追い詰められたワキアークとヤラレアークは、腰を抜かしつつ『あひょひょひょひょ』と泣き笑いし、『もうダメぽ』と人生を諦めていた。
が。
「……あれ? 私どうしちゃったんだろ?」
ふっと、タルトの瞳に色が戻った。
全身に纏わり付いていた禍々しい殺意の波動も消失し、彼女は暴走前と何ら変わらぬ様子となった。そして、今しがた起きたこと、起こしたこと、それがまるで何か分からないとでも言うように、彼女は周囲と自分をキョロキョロと見回した。
ヤラレアークはその様子に、もしや!? とこっそりスマホを見て、それを確信し、にやぁっと笑った。
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名前:タルト・ストロベリー
種族:魔族サキュバス
職業:魔王の側近
LV:2
HP:150 MP:200
装備:トライデントスピア『バルバドス』
解説:レベルが『ガタ』落ちしたタルト。その能力は魔神ではなく魔族サキュバスとさほど変わらない。
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「ザイアーク軍!! 正気を取り戻すっす!! 今度こそサキュバスの娘は弱体化したっす!!!」
と、ヤラレアークは声を張り上げた。しかし魔物たちは俄には信じられず、震えながら怯えながら遠巻きに見守るばかりだった。が、ヤラレアークはそれも織り込み済みだったので、彼は自分の言を自ら証明すべくタルトに飛びかかっていった。
「チェストー!!!!!」
一息に距離を詰め、煌めく獣爪を斜め上からタルトに切り下ろす。彼女は咄嗟にトライデントスピアでそれを受け止め火花を散らすも
「っきゃ!!」
と、いともあっさり鼠人族モルモッティの力に押し負け、倒れ伏してしまった。
「トドメっす!!!!」
続けざまに振り下ろされる猛爪の連撃。それを彼女は必死の様子で転がりながらかわしていく。つい先程まで寝ていた土や石畳みが、コンマ一秒の差で深く抉りとられる。まさに危機一髪の連続だった。
「く!」
彼女はようやっとのことで距離を離し、体勢を立て直した。そしてトライデントスピアを構え直すも、その姿がもう魔物たちに畏怖を与えることはなかった。きししししししっと、モルモッティのヤラレアークは笑う。
「てっきり最初の一撃でやられると思ったっすけど、やるっすね? LV2のオマエとLv20のアッシとじゃぁ、何もかもが10倍も違うッスのにね。きっしししししし。まぁ悪あがきもどこまで続くか見ものっすけどね。きっししししし」
下卑た笑いを浮かべながら、ヤラレアークは爪と爪をこすりあわせた。今すぐ、この爪でオマエを切り刻んでやるとばかりに。
タルトは、この途方も無い劣勢に渋面した。実際、10倍位上のレベル差を覆した戦いなど、過去に聞いたことがない。このままではやられる。
それに、もし奇跡的にこのモルモッティを倒したところで、さらにそれよりもレベルが10も高いゴレームがいるし、あるいはその後か先には、7万という途方も無い数の魔物が控えているのだ。
――万事休すね。
タルトは舌打ちした。
こうなったら、もう魔王デザートがやってくるのを待つしかない。ないがしかし、これほどまで時間が経っても来れないということは、何かあったのだろうか。まさか、全て追い出したつもりになっていた魔物だが、実は何体かが魔王城に残っていて、そいつがデザートに何か……
――そんなはずない!!!
弱気が生んだ嫌な妄想を、頭を振って払う。ブリージング・アブソリュートが、フィナンシェ・エルヒガンテが信じたその息子が、そんな情けない理由で戦えなくなるわけがない。それにデザートは、自分が小さな時から一番傍で見てきたのだ。だから分かる。彼はそんな情けない終わり方をするわけがない。
大丈夫。
デザートは必ず、自分を助けに来てくれる。
そう思うと、不安は霧のように溶けて消えた。
「ふふふ……」
口から自然と笑みが零れた。
「ん~~?? 何がオカシイんすか? この絶体絶命のピンチを前にして、気がおかしくなったっすか?」
口ではそう言いながらも、タルトの笑みの理由が解せなくて、猜疑心の強いヤラレアークは一抹の不安を心に生んだ。タルトはそこで、尚一層に笑う。
「さてね? それよりもうかかってこないの? 私はまだ無傷よ」
挑発するように、彼女はトライデントスピアを肩に背負い、人差し指をクイクイと曲げる。
「レベル2の魔族ごときに手こずる獣人族だなんて、聞いたことないわよ?」
――戦士やめて、その爪で井戸でも掘ってれば?
それは、魔王軍ザイアークの百人長を任された彼にとって聞き捨てならない暴言だった。そして、鼠人族にとって『井戸でも掘っとけ』はこの上ない侮辱だった。
ビキビキビキっと、ヤラレアークの頭に青筋が走る。
「そこまで死に急ぎたいっすか。このサキュバスは!」
ヤラレアークは先程とは比較にならない速度で飛びかかってきた。
振り下ろされる鎌鼬のような一撃。しかしタルトはそれを受け止めず、スピアの柄で受け流し、その勢いを回転の力に変えてクルリと身を翻す。
「こしゃくっす!!」
ヤラレアークも同じように身を翻しながら二撃目を狙う。電光石火の一撃。しかしそれより先に、スピアの切先が横に薙がれていた。事後になってタルトは言う。
「早さは貴方のほうが1.5倍上。認めるわ。けれども槍術は攻防一体。そして私の防御即攻撃の間に二度も攻撃が入るほどは早くなかった。早さが2倍だったら相打ちだったかもね」
この段になって槍術を理解した鼠人族は、己の終焉を予感し呟く。
「アディオっす?」
ほぼ同時、スピアの切先が多頭の怪蛇のように乱れ咲き、五月雨のような連撃となってヤラレアークを刺し穿った。
「ぴぎゃあああああああ!!!! ヤラレたっすわあああああ!!!!!!!」
あまりにもお約束な断末魔とともに、彼のHPは0となって大の字に倒れ伏した。魔物たちがどよめく中、タルトはスピアを一振りしてから脇に挟み、動かぬ鼠人族に一言告げる。
「強に頼った強さを見せた時点で、貴方は私という存在に敗北していたのよ」
魔物たちが後ずさった。
たかがLV2の魔族ごときに、ザイアーク軍の副司令官がやられたという事実。それはあまりに重かった。しかしそれ以上に、今の槍捌きはレベルでは測れぬ強さがあることを理解し、恐れをなしたのだ。
タルトは、茫然とする彼らを見て思った。
もしこのまま、浮足立ってザイアークの軍が立ち去ってくれれば、満点とは言わなくとも、及第点の結末と言えるかもしれないと。
しかし。
「なるほど、流石は魔王城に侍る悪魔だガン」
この事実に浮足立たず、むしろ地にしっかりと足をつけて受け入れたのは、その総司令官たるゴレームのワキアークだった。
彼はドシンドシンと、タルトを囲う魔物たちの前に歩み出る。
「副司令官の鼠人族を破ったのは、見事だったガン。だが、しかしこの数万を相手にも同じことができるかガン!?」
岩のような拳を振りかざし、彼は司令官として魔物達にハッパをかける。
「出来るわけがないガン! いまの奇跡は奇跡だからこそ! そう何度も続くわけがないガン! 聞けザイアークの魔軍共! あと数万回も、このただのサキュバスが奇跡を起こせるかガン!?」
ザワザワザワと、魔物たちが騒ぎ始めた。そして口々に、『無理だ』『ムリポ』『無理でやんす』『muriじゃんぬ』『無理というかミリ』と、呟き始めた。
タルトには分かる。いまのワキアークの言葉によって、魔物たちの戦意が回復し始めていることを。そして、それはもちろん、当のワキアークにも伝わっていた。ゴーレムは、振りかざした拳をブルンと振るい、自分たちの優勢を誇示してみせた。
「ぬっははははははは。よし。これで、本来の姿にザイアーク軍は戻ったガン!」
そしてこの機を逃さぬように、立て続けに言う。
「さぁ、ザイアーク軍の魔物たちよ! このサキュバスを血祭りにあげ、キャッスル・エルヒガンテを陥落させるのだガン!」
それを合図として、魔物たちが雄叫びをあげつつ雪崩打ってタルトに殺到してきた。
ち! と舌打ちしてトライデントスピアを構えるも、明らかに勝ち目はなかった。けれども、諦めるわけにはいかない。奇跡は単純に起きないからこそ奇跡であるが、しかし同時に起きるからこそ奇跡でもあるのだ。
目前まで迫りきた無数の猛攻。もしもまともに受ければ間違いなく、HPは0になる。しかしかといって、捌いたりいなしたりできるような攻撃密度ではない。
――起こせるかしら、奇跡をもう一度。
彼女は迫りきた死を前に、トライデントスピアを握りしめる。そして全運と命をかけて、彼女はそれを横に薙いだ。
途端、
青の閃光が視界を真横に分断し、
タルトの目と鼻の先まで迫っていた数百の魔物すべてが、
真っ二つに斬滅された。
いったい何が起きたのか。タルトも魔物も理解せぬまま、しかし不可解の正体はタルトの前に闇色のマントを靡かせて舞い降り、返す刃で続く数百体の魔物を一撃で斬り伏せた。
「なんだこりゃ!?」「なんだこれ」「まじイミフ!?」「ちょおま!?」
魔物たちの悲鳴。それはもう剣のリーチがどうとか威力がどうとかいう次元の話ではなかった。弱者よ退け。身の程を知れ。絶対者の振るう一撃とはかくあるべし。と、決定的な格差を見せつけるかのような、まさに魔王の一撃だった。
そんな具合に立ちはだかった絶対死に、魔物たちが足を止めたとき
「は っ は っ は っ は っ は っ は ! 」
という少年の哄笑が、魔界の空に響き渡った。
そのとき空には俄に暗雲が立ち込め、まるでその登場を祝福するかのように豪雨が降り注いできた。亀裂のような稲光が空を駆け巡り、その鋭い雷光が、到来者の姿を照らし出す。
刃物のように鋭い青髪を逆立て、目を大きく剥いて血色の瞳で睥睨し、犬歯を見せつけて高笑いをする少年。背には闇に溶けるマントをまとい、担いだ大剣は青く光る。果たして彼の者は何者か。もはや疑問の余地などない。
魔王城キャッスル・エルヒガンテが城主。
生ける絶対ブリージング・アブソリュートの実子にして現魔界の支配者。
通り名は『終わりの始まり――ビギニング・オブ・ジ・エンド』
生まれながらの最強が約束された小さき暴君――リトルタイラント。
魔王デザート・エルヒガンテ。
その顕現だった。
「「「「「「「でででででででたああああああああ!!!!!!」」」」」」」
魔物たちがファンファーレのようにどよめいた時、しかしそれを魔王デザートは大剣ひとふりで沈黙させる。
刃鳴りの音が空を一裂き。
その刃はどこにも触れていない。何も切ってはいない。しかしその太刀筋は青の閃光を飛翔させ、闇空の暗雲を割いて満月を覗かせたのだ。
空模様さえ『腕力』でねじ伏せて見せた魔王に、絶句する魔物たち。彼らに向けて、デザートは再び高笑いをする。
「はっはっはっはっはっは! さっきまでの勢いはどうしたお前たち! オレ様一人が出てきた途端に腰が引けているではないか! はっはっはっはっはっは! 強いのは弱くなった相手に対してだけか! はっはっはっはっはっは!」
デザートはそして大剣を振りかざし、その切先を魔物たちに差し向け
「第一ザイアークとやらはどうした! 聞けば悪魔王のくせにオレ様の代わりに魔王になりたいそうじゃないか! ならば今この場に名乗り出て、このオレ様を倒してみろ! そうすれば魔王だと認めてやろうじゃないか!」
デザートは数万の軍を前に挑発した。が、もちろんザイアークが出て来られる訳がなかった。なにせ当の本人は今、自らの城に篭って『ブレイバー!』を読んでいるのだから。
「ふん! 魔王になりたいやつが名乗り出られんとは! 聞いて呆れる! 10000万億兆年は修行して出なおして来い! お前たちもだ!」
そう大喝して魔物全軍を怯えさせてから、デザートは、自分の真後ろでへたり込んでいるタルトを振り返った。そして手を差し伸べて言う。
「ケガはないかタルト? 遅くなって悪かった。なかなかオレ様に相応しい服が見つからなくてな」
そうやって笑う魔王が、あまりにもアホみたいだったので、タルトは『やれやれ、散々迷ってド定番ですか』と呆れ笑いするつもりだった。が、
「……あれ?」
どういう訳か、涙がこぼれて来た。タルトは慌ててそれを拭った。そして笑って誤魔化そうとしたけれども、口からは笑い声の代わりに嗚咽がこぼれて来た。一体どうしたのだろう。タルトは自分でもその理由が分からなくて、戸惑いながらも目を両手でゴシゴシとこすってしまった。
「タルト……」
そんな彼女の様子に、デザートの血相が変わった。
「……いいか。よく覚えておけ魔物たち」
ゆらりと彼が振り返った時に、
「このオレ様はな――」
すべての魔物たちは絶望した。
「――可愛いタルトを可愛く扱わず、綺麗なタルトを綺麗に扱わず、美しいタルトを美しく扱わない不届きな奴は、例外なく駆逐することにしてんだよ」
そのときタルトの瞳が揺れた。
デザートがそして、大剣を頭上に掲げた時、
立ち込めていた暗雲より稲妻が駆け下りて、その刃に炸裂した。
円形状の衝撃波が迸り、魔物たちの悲鳴があがる。
魔物たちの歓喜一色を絶望一色に塗り替えた魔王が、
ニィっと犬歯を見せつけて、その絶望を一気に加速させる。
「さぁ、これがお前たち愚か者の末路だ。分際を弁えなかった者への征伐だ。――終わりの始まり」
――ビギニング・オブ・ジ・エンドだ。
見やれば彼の掲げた大剣が、
その刃に青炎を滾らせていた。
長大な刃を飾る、空よりも澄んで、海よりも深い青の炎。
淡く放たれる光は包み込むように優しく、
滾るスパークは戒めるように厳しく厳か。
どこまでも清く、そして美しい。
そこに魔物が持つべき禍々しさは欠片も見られない。その神々しさは紛れも無く、天界の加護を得た者にのみ許される、神の奇跡だった。
彼の登場以降自失し、石像のごとく立ち尽くしていたワキアークが、言葉を漏らす。
「バカなガン……。て、天界の加護を……。勇者にしか許されぬ神の祝福を……魔王が受けているだと」
それは奇跡をしてなお有り得ぬ光景だった。天界と魔界。光と闇。実と虚。現と夢。それほどまでに混じらぬ2つが、今現実として、デザートの掲げる大剣を触媒として、溶け合っているのだから。
「……まさか」
ワキアークが唯一の可能性に思い当たり、声を漏らした。魔王が天界の祝福を受けられる、唯一の可能性を。
「まさかガン……。今持って謎に包まれている魔王の片親の謎……、それはまさか、魔界と天界の争いに終止符を打ったステ……」
「続きは死者帝国で考えな!!」
ゴレームの問いにデザートは答えず、ただその青炎を薙おろして問いもろとも蒸発させた。
「ごああああああ!!!!! やられたガーん!!!!」
指揮官のコテコテ断末魔。
刃より迸った青の疾走が、いともたやすく数万の軍を両断する。
疾走の軌跡はさらに悲鳴のような地鳴りを伴って、大地から青炎の嵐を噴き上げた。
青の悲鳴が瀑布となって荒れ狂う。
それは全ての魔物を灰へと浄化する、神の慈悲と怒りが込められた裁きの炎。
時にそれは、敬虔な修道女の祈りに応えて砂漠の魔物を焼き払い、
時にそれは、聖魔大戦で魔王を深淵に追いやったとされる奇跡。
――それは。
聖雷エクレール。
紛れも無いその顕現だった。
魔王城の前に展開していた魔物たちは、
そうして一つの奇跡を堺にすべてが灰となり、風に洗われ消え去った。
微かに燃え残った魔物のスマホが、故障による気まぐれからか、デザートのステータスを表示する。
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名前:デザート・エルヒガンテ
種族:魔神
職業:魔王:終わりの始まり:『ビギニング・オブ・ジ・エンド』
LV:30万
HP:3500万 MP:500万/1000万
装備:大剣『ブレイバー』
解説:生ける絶対と言われたフィナンシェ・エルヒガンテの血を引く魔王。心身の幼さに反し、その強さは既に魔界最強。片親は今でも謎に包まれているものの、彼の持つ武器と髪の色が手がかりと言われている。皆は分かるかな?
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「魔王に抗う愚を思い知ったか愚か者どもめが。はっはっはっはっはっは!」
腰に手を当て、いつもの調子で高笑いをするデザート。
いつもならその幼稚さに呆れて、早々に溜息を吐いてしまうタルトだったが、彼女はいま、地に腰をつけたまま、どこか陶然とした様子で、デザートを見上げていた。
やがてひとしきり笑って満足したのか、彼はタルトの方に歩み寄り
「立てるかタルト? オレ様に傷を見せてみろ」
「え? あ、その……デザート様」
どういうわけか、差し伸べられた彼の手が、急にタルトには恥ずかしく感じられ、反射的に後ずさってしまった。
それに、デザートは片眉をあげて訝しがる。
「どうしたタルト? なんだか体も熱っぽいぞ? まさか、妖魔や死霊に毒か呪いでもかけられたか?」
「あ、いえ、そんなことはないです」
そそくさとタルトは立ち上がる。
そして身についた埃を払って居住まいをただし、コホンと咳払い。アホに加えて鈍感の極みなデザートには有り得ぬこととはいえ、立て続けに奇跡が続いた今である。そんな時に妙な勘ぐりを入れられるのは避けておきたい。
「あの……その。デザート様」
であるはずなのに、タルトは直球でそれを聞いてしまう。呼びかけられて「なんだタルト?」と言う魔王に、彼女は言った。
「さ、さっきデザート様の言ったセリフですけど。その、そ、それは本当ですか?」
言うまでもなく、それはフィナンシェ・エルヒガンテの『駆逐三原則』を借りた言葉に他ならない。
可愛いタルトを可愛く扱わず、
綺麗なタルトを綺麗に扱わず、
美しいタルトを美しく扱わない不届きな奴は、
例外なく駆逐することにしてんだよ。
今尾思い返すだけでも、タルトは胸が嬉しs(削除)恥ずかしさで焼けそうになる。
そんな乙女の胸中はともあれ、『ん~』と腕を組んで考え込んでいたデザートは、
「何のことを言っているのかわからんが、オレ様はウソはつかないぞ」
と、そう言った。
「なにせ、ウソは弱者が生き延びるためにつく処世術のようなものだからな! そして魔界最強のオレ様は、誰にでもウソをつく必要がない! だってオレ様は魔王だからだ! はっはっはっはっはっは!」
と、デザートは腰に手を当て、悪童のように高笑いをあげた。
そうやって笑うデザートを見ていたら、タルトもおかしくなって笑ってしまった。大きな声で笑ってしまった。そして、本当に、デザートのことをバカだなと思った。
そう、彼は魔王だと言っても、魔王のように振る舞ったことは一度だってない。ただ毎日を好き勝手に、子供のようにはしゃいで過ごしていただけだ。
外にいても内にいても周囲を畏怖させることなく、時には街の子供達に溶け込んで、教会や街中を走り回ったり、農家の動物に悪戯したりして遊んで過ごしていた。
政治ひとつとってみても、彼が下々の魔物から金品を巻き上げるということはなかった。献上品を治めさせたことさえ、一度だってない。魔王城にあるものは、彼が遊びのついでに獲得してきた戦利品ばかりだ。
そんなデザートは、いつも自分を魔王だと豪語するけれども、しかし一度だって、魔王のように恐ろしくあったためしがない。どうみたって、それは子供がやるヒーローごっこのそれと変わらないのだ。
家来たちは、それを亡国の兆しだと言って彼を見捨てていった。こんな子供は、魔王の器ではないと。
しかしタルトは、こういう魔王が魔界を支配するのも悪く無いと思った。むしろ、そうやって治められた魔界はどんな風になるのか、見てみたいと思った。
タルトはそして、そんな理由で魔王城に残った自分は、救いようのないバカであると自覚していた。けれども、やはり好きなモノは仕方がなかった。もともと気ままにネクロポリスと飛び出してきたのだし、これからも思うままに生きていくしか、術を知らなかったし。
――私は、デザートが支配する魔界を見てみたい――
それが、彼女が、デザートと共にいる理由の一つだった。
「よ~し、寝起きの肩慣らしだ! ちょっとその悪魔王ザイアークとかいう不届き者に、オレ様の偉大さを知らしめてやるか!」
そう言って、デザートは大剣を背中の鞘に収める。
「知らしめてやるって、これから攻めに行くんですか?」
タルトが尋ねると、デザートは頷いた。
「まぁな! けど、もしも今回のことを素直に謝って、これからは忠誠を誓うって言うなら許してやる! なにせオレ様は魔王だからな!」
タルトは頭痛を覚えて手を頭にやり、首を振りながら嘆息した。
「そんな甘いこと言ってたら、また寝てる間に魔王城攻められちゃいますよ?」
と、無駄と知りつつ最低限度の苦言を呈した時、彼は振り返っていった。
「そのときはまた守ってくれよ? タルト」
え? と彼女は呆気にとられた。
「すっごい頼りにしてるからさ」
そうして子供のように『にぃ』っと笑うデザートが、どうしてかタルトは見ていられなかった。
彼女は赤くなった顔を伏せたまま、彼を追い抜き、サクサクと歩いていく。
「じゃぁ、話し合いをするというなら頭脳派を一人連れて行きましょう」
デザートは慌ててタルトの隣に並んだ。
「頭脳派だって? ふん、オレ様より賢いヤツが魔界にはいると言うのか! はっはっはっはっはっは!」
「いますよ」
それはもう砂利よりも多く。と言う言葉は飲み込んでから、代わりに彼女はいまだアホ笑いもとい高笑いしているデザートにこう言った。
「クライネルットにいる堕天使のエクレア・クリーミィちゃんです。あの子を連れて行くんで、先にクライネルット教会に寄っていきますからね」
その瞬間、笑ったままの姿勢でデザートは固まり、サーっと血の気が引いた。
「え、いやちょっと待った! タルト! エクレアだけは勘弁してくれ! 他のヤツを頼む!」
「ダメです。こういう交渉事には、頭が良くて素直で品行方正で、そして可愛くて筋の通ったエクレアちゃんみたいな子が不可欠なんです」
「いやいやダメだ! エクレアだけはダメだ! お願いだ頼む! おいタルト! 魔王がこうやって頼んでるんだぞ! 無視するなタルト!」
「いくら魔王様のお願いでもダメです。それともデザート様。魔界最強ともあろう魔王様が、まさかエクレアちゃんみたいに優しく可愛い子が、『怖い』なんてこと、ないですよね?」
「へ!?!? ば、ば、バカだなー!! こ、このオレ様が!! え、え、え、え、え、エクレアが怖いなんて、そ、そ、そんなのあるわけないじゃないかー! は、はっはっはっはっはっは!」
「そう、それは良かったです。じゃぁ、さっさと行きますよ、クライネルット」
「ぬううぐぐぐぐ……」
こうして二人は、魔王城キャッスル・エルヒガンテを後にして、悪魔王ザイアークののもとに旅立っていった。これから二人に待ち受けているのは、いったいどんな物語なのか。その時のお話は、また次の機会に。
予告的なものです。
はてさて、今度の魔界はどんな魔界?
追記:レベル設定にミスがありました。修正します




