34:境界線
「大変ですマストビー!! 砂漠が最終絶叫天界兵器『口を慎み給え君は神の前にいるのだキャノン』にロックオンされてますマストビー!!」
一難去ってまた一難と言うべきか、デビルアンツとの決戦を終えた後、アホ毛をキュピーンと立てつつ砂漠を爆走してきたのはエクレールで。
「――ニャんていうことをアホ毛@測定不能センサー立ててエクレールがまくしたててるわけニャんでボクたちは全力で戻ってきたわけニャンす! 別に来たからといってニャにもできニャいっすけど!」
ニャんていう、身も蓋もニャい事を言いつつ後に続いてきたのはみーみで。
「けどこれで黒幕は間違いなくソクラテサーとアリストテレサーや! 間違いない! あの天界兵器の発射権限があんのは大天使長だけやからな!」
と、鬼気迫る様子で言ってきたのはティラミスで。
「それもそれやけど、ていうか、え……。いやいやいや! なんでアンタらクイーンと和解ムード演出してるわけ!? これどういう展開や!? デビルアンツもなんか綺麗なジャイアソばりにキラキラしとるし!」
そして最後、現状に対して一番冷静だったのはジェラートさんだった。
ともあれそんな感じに舞い戻ってきた御一行に対し、ひとまず俺は、クイーンと俺を見比べまくってるジェラートさんの方に返信してみる。
「和解ムードじゃなくて、和解したんです」
人差し指を立てて端的に言えば、このやりとりを聞いてようやくみーみが現状認識したらしく、
「え!? え!? マジっすか!? マジっすか!? あのデビルアンツと和平とかマジっすか!? マジっすか!? 信じられないっす! アンビリっす!」
丸い目がさらに丸くなっている。
「いやでも論より証拠っすね! いやいやでもでもやっぱり真相やいかに!?」
思ってた以上に現状は超展開の様子だった。
そのまま彼女は俺の方を向いて
「ああでもでも! やっぱりいまは緊急時ニャんで!! ここまでの超展開を今北産業でお願いっす御主人! でニャいと舐められるとこは全部舐めちゃうっす!」
このペットは俺を脅迫してるのだろうか? まぁとりあえず三行で言ってあげよう。
「デビルアンツとの決戦で負けた。そのまま降参した。そして今に至る」
我ながら完璧な回答なんだぜ。格好悪いとか無粋なツッコミはしないように。
みーみはネコハンドだけでなく尻尾まで振り回してビビった。
「ニャー!?!? ご主人負けたんすか!? 勇者っぽく覚醒しといて負けたんすか!? マジっすかそれ!?」
俺は素直に頷いた。
「うん負けた。もうすごく負けた。かつてないぐらいボロボロになった」
「でもそのわりには無傷っすね御主人!?」
みーみの指摘に俺は腕を組んで決め台詞。
「やられる前に負けた!」
「わっはー! 御主人かっこわる!」
言いながらみーみが飛びついてきたので、俺は全身で抱き止めた。なんだかんだでやっぱり、この子は俺が心配だったらしい。
けどもちろん、体格は彼女のほうが余裕で上なもので、俺は抱き止めた勢いそのまま「キャ!」っと押し倒され
「そんニャ情けニャい御主人にボクからおしおきっす!」
マウントポジションになり、ニュフフと猫娘は舌舐めずりとかした。フフフんもうこの子ったら――、
なんて笑えるわけはない。
この娘にはヒドい前科がある。
ていうか、いやいやいや、話と違う。
ここまでのあらすじに対して今北産業したら、これは免除だとみーみは確かに言った。言ったではないか。
彼女は俺の抗議に頷いて
「だから『舐められるとこは全部舐める』は免除っすけど、今度は『舐められないトコだけ舐めまくる』っす」
ニャんてことを、悪びれもせず言うネコ娘。
「舐められないトコ、へー、それどこ?」
聞くなよ俺、死にたいのか、絵的に。
「御主人が最終的にビクンビクンした○○○とか○○○とか」
サーっと血の気が引いた。引きまくった。チアノーゼみたいに。ふざけんなよお前。
俺は救いを求めるように蟻の女王に目をやった。
「なぁクイーン、そろそろお前から援護があってもいい頃だ。例えば『いや、アタシはステビアに特大の塩を送られたんだよ。ステビアは強かったさ。情けなくなんかないさ。超絶クールさ』とか『アタシの方もあれで精一杯だったからね。ギリギリ。これはもう五分だよ。いやむしろちょっと負け気味だったよ』とかね。それで俺が意味深に微笑みつつ『ま、もう良いじゃないか済んだことはさ』とか話題を変えて締めくくるとか、それ最高に誰も傷つかないだろ。ていうかでないと俺が死ぬだろ。お前は言うべきだ。言わなくちゃならない。ていうか言ってください。お願いします」
「本格的に格好悪いなステビアはん」
「黙ってろ日焼けシスター。勇者だって命は惜しい」
ていうか仲間に舐め殺されるとか全然RPGじゃないもん。
そんなやりとりをしていたら、クイーンは『分かったよ』という感じに頷いてくれた。良かった。持つべきものはアリの女王。
「お姫様にしてはよく頑張ったほうだと思うよ。褒めてやる。だからまぁ、舐め舐めは勘弁してやんな」
デビルエグいな。さすがクイーンだわ。
そしてこの砕けすぎた感じのクイーンの言葉を聞いて、みーみは目をパチクリとさせた。
それからシゲシゲという感じに彼女の顔を見つめつつ
「にゅー、こうして見るとどっかで見たことがあるようニャ気が――――」
なんていう、すごく気になるフレーズをつぶやいた時である。
「あー!?!?!? とうとう天界兵器のスイッチに大天使長の指が触れたと私のセンサーが言ってますマストビー!!!」
と、半ば絶叫してるエクレールに目を奪われたら、彼女の逆立ったアホ毛がもうキュピンキュピンと電波を放ちまくっていた。そうだ緊急事態だった今。
ティラミスがそこで、恐らくはダージリン教会から持ってきたのだろう世界創造神話の記された聖典をババババっとめくり、
「あった!! 世界創造神話の第十七章!! 第一次聖魔大戦の時にその天界兵器は魔界に向けて使用されとる!」
そこでバルバドスが身を乗り出し、
「そのときはどうなったんだベイベー!?」
焦燥するように問えば、
「どういうわけか天界が滅んだらしい」
ベルゼブブがすっ転んだ。
蝿の王はヨレヨレと立ち上がりつつ
「ワーデルモーデル。なんザンスかそれ? 天界兵器って自爆装置かなんかザンすか?」
ティラミスはベルゼブブに言う。
「いや、れっきとした戦略兵器や。せやからホンマやと、それで魔界は大ダメージを被るはずやったんや。……まぁ、そのときは不具合か何かしらんけど、ホンマ予想外のアクシデントかなんかやったんやと思う」
この二人の会話も実にナチュラル。こちらもこちらで和解した様子だ。
しかしながら、予想外のアクシデント?
本当にそうだろうか?
俺が疑問に内心で首をかしげる一方、ティラミスは続けてこう言った。
「とにかくあの天界兵器、威力で言えば都市の二つ三つが軽く蒸発するって言われとるからな。実際、試射の段階で魔界は地図を書きなおすぐらい地形が変わったって言われとるから」
場の空気が凍った。
冗談じゃない。
そんなもの撃たれたら砂漠どころか教会だってタダじゃすまないだろ。
「何とかして防ぐ手立てはないのかベイベー!?」
蛇に睨まれた蛙のように汗かきまくってるバルバドス。そのギョロ目がエクレールの方を向いたので、彼女はオロオロと応える。
「だ、大天使長様を止めることができるのは、大天使長補佐様だけですマストビー!」
と。
その言葉は実に詰んでいた。
だってその二人こそが、今回の黒幕だもの。
唯一の発射権限保有者が悪党とが、本当にどうしようもない。
そして彼らがどういう理由でここにロックオンし、
どういう心境で発射装置に指をかけているかだなんて、
そんなものはもう明白だから。
――それは
エクレールが不当に堕天させられた理由
クイーンが魔眼で運命を狂わされた理由
ダージリン修道会をデビルアンツが襲う理由
バルバドスとベルゼブブが堕天してきた理由
ポン太の一族がほぼ壊滅した理由
それらの理由全てのが元凶が
ソクラテサー、アリストテレサー
その二人にあると
俺達が突き止めてしまったから。
なにせその二人は他ならぬ、大天使長と大天使長補佐である。
そんなものが、こんな大罪を犯していただなんて神様に発覚した日には、
もちろん、彼らはただじゃすまない、どころの話でさえない。
天界さえ揺るがす大事となるに違いない。
――――ならば間違いなく、
彼らはここに撃ってくるはずだ。
俺たち諸共、その真相を始末するために。
「どどどどどどどどどどどどどうするんすかーーー!?!?!?!?!?!?」
みーみがテンパったように言った。
「このままだと砂漠も教会もボクたちもみんなみんな跡形ニャッシングっすよー!?!?!? ニャにか止める手立てはニャいっすかーーーー!?!?」
至極当然の、彼女の問いかけ。
しかしながらその問いかけに対して、
検討する前から俺の本能は告げる。
――阻止は不可能であると。
――絶対に止められないと。
――確実に発射されると。
が、しかしこれは弱気の結論ではない。
絶体絶命、絶対絶望的な状況に陥ったこの展開に対し、挽回するなんてもうありえないと、この今を諦めるようにして出てきた結論ではない。
――阻止は不可能である。
この結論は、勇者として外れ得ない、俺の直感がそう告げているのだ。これはそもそもそういう『流れ』であると。
故に間違いなく、あれは発射される。
しかしだ。
俺は深呼吸する。
しかしそれが『避けられぬ流れ』であるならば、
物語はそこで終わるわけがない。
そこから先へ、
物語は先へ、
展開が進行していくはずだ。
『流れる』とはそういうことだ。
ここから物語は、流れとして進行していく。
前に。
前に。
もっとドライに言うのであれば、
これは単なるイベントシーンなのである。
プレイとプレイの間に挟まれる、束の間の観劇だ。
であれば意思はひとまずおいて、
ワクワクと世界を鑑賞していれば良い。
皆が焦燥に騒ぐ中、
俺は場違いな笑みを浮かべてしまった。
――――なんだ? この楽観的な考え方は?
俺は今更、自分に驚いてしまう。
そんな直感を閃かせた勇者としての自分に。
なんてメタで、なんてゲーム感覚な思考なのだろうと。
けれどもそれが勇者としてのセンスであるならば、
それはもう決定的な確定事項だ。
――これはただのイベントシーン。
プレイヤーの介在が許されないし、そしてその必要もない、ただの観劇。
――――であればしかし、なんのイベントシーンだ?
俺は目を閉じて真相に至ろうとする。
これは次シナリオに接続するためのイベントシーンか?
これはバッドエントとして到来したイベントシーンか?
どちらも違う。
わかっている。
これが何のイベントシーンか。
だって俺は、その答えを言ったじゃないか。
俺らしからぬ、満面の笑顔で。
戦いに闘いぬいた末に、
それを勝ち得た、
この世界の、
もう一人のプレイヤーに対して。
ク リ ア お め で と う ! !
と。
――そう。
だからこのイベントシーンは、
ク イ ー ン の エ ン デ ィ ン グ だ ! ! !
俺は開眼した。
「よし」
と言葉さえ口にして。
そしてそういう結論に達した所で、
閉幕の開幕を、
次期龍帝が告げる。
「防ぐ手立てはなくとも、守る手立てがないわけではないでござるよ」
皆の視線がポン太に収束した。
集まる期待と不安の入り混じった視線、
彼女はそれに、凛と応える。
「龍剣とは護身の剣。天界兵器であろうが天地崩壊であろうが関係ござらぬ。それが他ならぬ護身を極めた私を脅かすのであれば、かかる火の粉を払うが如くに退けるまで」
ポン太は言い切った。
大言壮語極まりないその言葉を、さも至極当然の真理であるかのように、冷静にして沈着に言い切った。
そして、
魔界の地形を変えるほどの火力を誇る天界兵器を、
たかが一人の護身術が防ぎきるというペテンを放たれた俺達は、
しかし誰一人として笑わなかった。
大風院ポン太。
龍族最強にして次期龍帝。
皇龍妃
生命力はレベル2にして兆の桁
かつて魔界の魔物を駆逐するほどに狩り殺した神話の剣士。
切味は剣術の枷と断じる不可思議の剣聖。
実際に目の当たりにしてなお不可思議だった護身の真髄。
他ならぬそんな彼女が言ったのだ。
説得力がないわけがない。
――――なるほどしかし、
――――随分と無茶なエンディングだ。
俺の笑いはもちろん心の内。
顔は焦燥を繕っている。
だって、彼女がようやく迎えたこのエンディングに、つまらぬ水を差してはいけないから。
しかしポン太は、俺達に対して謙虚に言う。
「疑われるのは最もでござる、それ故、他に手立てがあれば是非それも合わせて講じてもらいたい」
と。
彼女はそう言った。
そしてその淡麗な小顔を天に向け
「――しかしもし各々(おの)方、もしも御手隙であれば――」
その切れ長の目を遙か上空、
龍界のさらに先、
天界の某所に向けて絞り、
「どうかその手を拝借したい」
言ってからその口をニィっと歪めて乱杭歯を露わにし、
「これより全霊で護身つかまつる故!」
その透けるような白い手を、
まるで虚空を掴むように握りしめた途端である。
――砂漠と空を乖離する無限の地平線を、
――彼女のその手が握りしめていた。
そう。
地平線という風景の境界線を示す『概念』が、
どういうわけか『物質』としてしっかりと、
ポ ン 太 の 素 手 に 握 り し め ら れ て い た の だ 。
「な、なんだ……そりゃベイベー?」
茫然自失の声はバルバドス。彼は尻餅さえついていた。
「ど、ど、ど、どいう仕組みザンスかセニョリータ?」
震える声はベルゼブブ。目が飛びているのはお約束。
「も、もうポン太が何をしても驚かへんつもりやったけど……」
絶句したのはティラミス。視線の先には鷲掴みにされた境界線。
そう。
地平線を、握る。
そのあまりにも不可解にして不可解な、
意味不明にして不明に過ぎる怪現象に、
――俺達は唖然となっていた。
そしてそんな俺達に皇龍妃が応える。
「天界と魔界を乖離させ続けた龍界。されば私はその皇妃として一界の境ぐらいは手玉に取ってごらんにいれよう、このように」
と、彼女は好戦的な笑み満言ってから、挙句の果て、
握りしめた空と地の境を
『地平線』を
――垂直に立てた。
最早それを長いと形容すべきかどうかさえ分からない。
切っ先は天を抜き。
柄の端は地を穿つ。
しかしその薄さたるや、髪よりも細い文字通りの『境界線』
一言で形容すれば、
無限長の暗剣。
目の前に顕現したその怪異に、俺達はただただ唖然呆然となる。
「一度だけ、ご覧になる機会はあったでござろう? この概念武装は」
彼女は握りしめた『境界線』を見つめながら告げる。
地平線をもぎ取られた景色、
それは境界を失って曖昧となり、
陽炎のように滲んで揺らめいた。
まるで神話に記された初期の龍界
――薄闇の世界のように。
そして俺は彼女の言葉を頼りに、記憶の片鱗を探り当てる。
初めてポン太のステータス画面を見た、あの日のことを。
「さてそれでは、ステビア殿」
名を呼ばれてポン太の目を見た時、彼女は微笑んだ。
「これよりご恩返しをつかまつる」
ご恩返し?
そう言われて思い当たることといえば、ひとつの記憶しかない。
ポン太がペンギン(?)の姿で倒れていた、あの衝撃的な出会いの時にかけられた言葉。
――ご馳走を頂いたばかりでなく命まで救って頂いた恩義、いかような言葉を尽くしても足りるものではござらん。ステビア殿、此度のことは誠に誠に、誠に有難き幸せにござる。
――この恩義はいつか必ずお返しするゆえ、どうかいましばらくこの身にきることをお許しくだされ。
「そしてティラミス殿」
今度はティラミスの方にポン太は目を向け、
「これよりご恩返しをつかまつる」
そしてまた、彼女は微笑んだ。
ティラミスの方にも、何がしかし思い当たるフシはあるらしく、この怪異に唖然となりつつも小さく頷いていた。
それらを確認すると、ポン太は切れ長の目を再び天へと向けて、そしてその概念武装を――。
天魔乖離剣『瑞雨』の切っ先を、
八相に構えた。
天を抜かんばかりの長大な切っ先。
安々と構える皇龍妃。
これより開始されるは護身の真髄。
天界兵器さえ退ける龍族の奥義。
皆が固唾を飲み込んで見守る中、
その開始を、
ポン太はボソリとだけつぶやく。
まるでリハーサルのリハーサルのように、小さく囁くように。
しかしまるでまるで、
予想外の言葉を。
「ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪」
ところで『八相の構え』というのは野球のバッターみたいなやつです(爆)
どもども、無一文です^^
いやはやちょっとお久ですね。
結構小説から遠ざかってたせいで思うように書けませんでした。
ほんと時間は嘘つきませんね。
さて活動報告で申し上げておりましたが
結局、夢は叶えることにしました。
なので次作以降の筆名は何かに改めようと思います^^
でわでわまた次回にお会いしましょう^^




