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魔法とスマホの魔界戦記RPG  作者: 常日頃無一文
第2章:ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪ ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪
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29:悪魔王再び1


「 お 前 た ち ! ! ! ! 」


 あのビリビリと身体を打つ音圧が、再び空中の女王より発せられた。

 チェリー色のデビルアンツたちは一斉に首をあげ、自らの支配者を仰ぎ見る。

 上空。

 日没前の朱色の光を浴びた女王は、赤色の魔王とでも形容すべき禍々しいシルエットを見せつけていた。

 彼女は、自らを見上げる精鋭ともいうべき彼らに対し、まるで刑の執行を言い渡すかのよう冷徹に言い放つ。


「 こ こ で 死 ね ! ! 」


 ここでしね。

 自らの群れに、女王は死ねと号令した。


「一個たるお前たちは、いまここで死んで種を生かせ!」


 彼女は声を張り上げる。


「繁栄のための苗床となれ! 命を惜しむな! 捨てされ! 死ね!」


 その声には、どこか滾るような慟哭の熱があった。


「群れのための一個足らんと望め! 自我を捨てんと欲せ! 大河の一滴とならんを焦がれよ!」


 そしてその熱さに煽動されたように、悪魔のアリ達がアゴを鳴らし始める。


「女王のために、のちの世代のために、 ここで一個の使い捨ての、禍々しき凶器たれ!!」


 女王の咆哮で、デビルアンツたちのガチャガチャと鳴らすアゴの音が一層加速した。


「いまこそ研いできたキバを剥け! いまこそ磨きこんできたツメを晒せ! いまこそ育んできた暴性をあらわせ! いまこそ堪えてきた狂性を吐き出せ! いまこの瞬間より、お前たちは殺意の権化となれ!」


  デビルアンツのアゴが洪水のような勢いとなる。


「そしてもはやあの者たちはただの障害ではない!」


 女王が俺たちを指した時、デビルアンツの殺意の波が一気に俺たちを打ったのが分かった。それは凍えそうなほど鋭利ながら、

 しかし焼き爛れるようにどす黒い波。そんな矛盾に満ちた波だった。


「いまや我らという種にとって、あの者たちは仇敵にして脅威の災いだ!」


 言葉のたびに、一言のたびに、殺意の濃度が増して行く。


「さぁ、アタシの息子たち!」

 

 いよいよ女王が、その殺意の波を束ねにかかるべく、白眼で――さきほど俺を魅了しようとした魔眼で、デビルアンツたちを睥睨する。


「さぁ、アタシの息子たち!」


 しかしここで彼女は、表情を引き締めて群れを一括するのではなく。


 ゆるりと口元を弛緩させ、


 う っ と り と 笑 っ て み せ た 。


 それは理性を溶かすほど甘く、

 しかし狂性を暴くほど毒々しい、

 悪魔の笑み。


 交尾を終えたあとのメスの昆虫が、

 役目を果たし終えたオスに、

 愛しながら食らってくださいと言わせるための、

 悪魔の笑み。


「さぁ、アタシの可愛い息子たち……」


 蕩けそうな声で言いつつ、

 しかし女王はその手を振り上げ、

 断罪を下すように振り払う。


「こいつらをなぶりな」 


 その声は寝物語のように優しかったが、

 デビルアンツの群れは地鳴りのような咆哮で応え、

 そしてそれが合図となって乱戦が始まった。


 もはや戸惑う素振りも躊躇う素振りも見せず、雪崩うってくる赤の津波。


「ステビア殿!」


「分かってる! ……エクレールたちは逃げろ!」


 素直に従う、背後の都合四人。そして走りだす尻目、ジェラートさんは皮肉に笑った。


「魔眼で狂化強化バーサクか。鬼に金棒どころか蟻に砂糖やな」


 そうして俺とポン太は身構え、エクレールたちは全力で逃走する。脇目で一度、彼女たちの走る姿を確認してから、俺は再び視線を戻す。死兵と化して襲いかかってくるデビルアンツ。相当キツイだろう。守るべき女王がいるとなれば、群れが一気に手強くなるはず。ましてこのデビルアンツは先程とは層が違う。

 つまり二回りも三回りも手強いと考え無くてはならない。

 さらにそれに加えての、女王のあのげきである。

 これでもうハッタリの有無に関わらず、ヤツらは歯止めがきかない。


 ここからは純然たる戦だ。


 余分なものは一切なし。


 ――腹くくろうぜ勇者。


 撫子の柄に力を込める。

 襲いかかってきた強靭なアゴに狙い定め、


「わっしょい!!!」


 撫子を横薙ぎに振るう。

 覚醒時のように意識時間が飛躍することはなかったが、それでもあがったレベルはウソを言わず、悪魔のアリ達を滑らかに斬りさばくことが出来た。濃緑色の血飛沫が吹き上がる。間髪入れずにデビルアンツ第二の襲撃。敵は360度全方位。なんとも豪快にして出鱈目な殺到だ。俺は振り切った撫子をそのまま逆手に返し、


「わっしょい!!!」


 逆向きへの回転横薙ぎ。

 初太刀とは力のベクトルが真逆なため、これは連撃といえるほど滑らかではない。しかし振り切った刃の勢いを殺すように充填された力は、ちょうどしなった竹やデコピンの要領で撫子に蓄えられ、ただの一振りに比べて破壊力は倍加する。

 切断のみで終わらず吹き飛ぶデビルアンツの死骸。

 その様は刃物ではなく、まるで鉄槌てっついにでも弾かれたようだった。

 この両手ツヴァイヘンダーという剣は、『切り裂けずとも殴り殺す』という物騒な設計概念があるため、刃は重く分厚くそして刀身は長い。幅広の部分で殴っても人は死ぬ。ゆえに元来そこまでキレアジのあるものではないが、それでも殺傷能力は近接武器で群を抜いている。

 しかし『撫子』の刃はカミソリのよりも鋭い。

 迂闊うかつに触れば指の甘皮ぐらいは裂け、軽く薙げば花の一輪も散らされる。ツヴァイヘンダーにここまでの刃付けを行えばほぼ間違いなく過剰オーバー殺傷キルとなる。これはどう考えてもまともな武器ではない。つまり撫子とはそういう武器だ。そしてそんなものを、俺は全力でぶん回しているわけである。

 だからたぶん、いかな悪魔のアリとはいえ、当たればたまったもんじゃないはずだ。

 でもだからこそ当てちゃうのである。


 ――ごめんなちゃい♪


「わっしょいっさ!!!」


 新たな死骸がはじけ飛んだ。


 剣術は己の赴くままではなく撫子の赴くまま。

 即ち我流オリジナルではなく剣流アズユーライク


 背負うような刀構えは大上段よりもなお伊達を気取り、ろくな防具も身につけぬまま胴をがら空きに晒す。危険極まりなく大胆不敵、オールオアナッシングの構え。これも撫子の導き。

 極自然な流れとして、デビルアンツたちのアゴやツメはそこへ誘われる。急所であるが、逆に言えばそこを守備の要とすれば良い。乱戦において、敵の攻撃箇所に見当あたりがつくほど、しのぎやすいものはないのだ。


「わっしょい!!!」


 太刀使いは合理にして流麗。剣風に巻き上げられた悪魔たちの四肢が、砂漠に慈雨のごとく降り注ぐ。剣を扱うすべを剣術というのならば、剣に導かれて扱うこの術は、まさに剣心一体の境地。

 剣即ち我。

 我即ち剣。

 それがステビア・カモミールという名の勇者、青の戦姫ブレイ・ブルーに許された能力アビリティであると悟るのはもう少し先のこと。


 間断なく襲い来るデビルアンツを、しかし途切ない太刀筋で切り捨てる。


「わっしょい!!」


 気合と共に走る剣光と、ほぼ同時に吹きあがる血風。襲い来る様も迎え討つ様も怒涛であるが、その立ち回りに危なげはない。 

 いかに10万が一挙に襲い来るとはいえ、襲われる俺はあくまで俺一人自身である。

 故に警戒すべきは、精々自分の周囲360度の最近傍のみ。数にしてみれば、前後左右とその斜めの八体程度である。同時に襲いかかってこられるのはこのぐらい。

 

「わっしょい!」


 俺はコンパスのように回った。軸は俺自身の身体で、軌跡を描くのは撫子ツヴァイ・ヘンダーの刀身。まとめて一刀のもとに両断する。

 散らかるようにして舞う赤色の遺骸。濃緑色の血飛沫。

 単調な大振りだが効果はでかい。己を捨て、個を捨て、群れとして襲い掛かってくるデビルアンツたちには、むしろ相手心理をゆさぶる読みや、意表をつくといった剣術は効果がない。ここでは濁流を受け流すような太刀さばきこそが活路となる。


 俺はともかくそんな感じで、かたやポン太はさらに危なげなかった。


「龍剣『時雨しぐれ』、初伝五勢がニ勢、真向両断まっこうりょうだん霧雨きりさめ』」


 祈るような呟き一つのあと。

 そこかしこで雅な鼓の音が鳴って、

 そこかしこで血風が舞い咲き乱れる。


 こちらが剣の導きに従う剣術ならば、

 あちらはそれを予見して従わせる剣術。

 もっと分かりやすく言えば、

 こちらが剣に振り方を教えられているのに対し、

 あちらは剣が教えようとする振り方を先に振る。

 結局として扱い方は同じなのだが、そこに至る過程は歴然と違う。あちらは剣を導き、こちらは剣に導かれるのだ。


 ――そしてなにより、

 

 向こうが振るっているのは、単なる枯れ枝である。


「むむ? 枯れ枝と思うておったがこれは骨でござったか。どこぞの旅人が行き倒れたか、はたまたこの蟻の餌食となられたか」


 何かぞっとしないことを言いつつ、しかし彼女は瀟洒に瀟洒に、デビルアンツたちを斬りさばいていった。 

 

「そいつら2人だけじゃない!! 後ろに逃れていく4人もんな!!」


 痛点を突くような女王の指示に、俺は歯ぎしりする。


「いや四人ばかりじゃない! 手隙のやつは教会に向かって蹂躙しろ!」


 やはり女王がいると手強い。相当手強い。こんな数の利をきかした指示を出されたら、俺たちがどんなあがきをしたってどうしようもない。


「私達のみならず教会までとは、これはいよいよ手詰まりか」


 血風を咲かせるポン太の声にも、焦りが滲んでいた。しかし俺にも彼女にも、救援に向かう余裕などありはしない。轟くように、囲い込むようにめちゃくちゃと襲いかかってくる赤の軍勢。いまやそれは濁流よりよも強く霧よりも変幻自在で、一部で俺とポン太を囲みつつ、一部でエクレールたちを追走している。さらに今度は、教会襲撃にまで。

 俺は撫子を振るいつつ必死に思案する。

 彼女たちのもとに向かうには、襲い来るコイツらを始末し、さらには俺達と彼女エクレールたちの間を埋めるアイツらも始末しなくちゃならない。そしてその上で、教会にも追いつかなくてはならない。

 非常に困難だ。

 そしてしかも、相手にする数は10万と暴力的だ。


「ドコマデ ツヅケル?」


 胴を斬られて、死にかけているアリが泥のようにうめいた。


「イマ デ セイゼイ 70 グライ ダゾ ?」


 その言葉に気が遠くなる。


「ノコル ワレラ ハ 9 マン 9 セン 9 ヒャク 30 。 ハテシナイナ」


 あまりに現実的な絶望の言葉に、撫子の導きを失いそうになる。手がかじかんでくる。


「ワレラ ハ トメドナイ キリガナイ サイゲンナイ」


 生気を削るような言葉を、別のデビルアンツが泥のように言う。


「ソシテ ニチボツ モ チカイ」


 そこでようやく、俺は自分の息が『白く』なっていることに気付いた。


 そしてさっきの手の悴みが、


 絶望によるものではなく――――。


 寒さによるものだと気付いたとき、

 以前にティラミスより聞かされたここの話が過ぎった。


 ――レッドホットチリペッパー砂漠の気温は、日中は50度を超え、夜は氷点下を下回る。

 ――比較的過ごしやすい明方、夕方の時間帯は危険な魔物が徘徊し、砂の海には、

 ――その時間帯に出歩いた人間たちの亡骸が、数多く埋もれている。


 そう、砂漠の夜は――レッドホットチリペッパー砂漠の夜は、


 凍 え る ほ ど 寒 い の だ 。


「ヒ ガ クレル マデ ニ オマエ ハ 10 マン ヲ キレル カ?」


 砂漠の朱色が、紫色に陰り始めている。


「マダ カダラ ハ ウゴク カ?」


 自覚した途端に、

 徐々に徐々に、

 斬り損ないが生じてくる。


「セイゼイ アガケ セイゼイ コロセ」


 撫子のいうことを、聞けなくなってくる。


「ワレラ ハ ムゲン ダ」


 膝が震え、あまつさえ剣を取り落としそうになった時、


「ステビア殿!!!」


 ポン太の声。

 

 あ、と思った時には、撫子が『絶対に損なうな』と言っていた失敗デビルアンツのキバが、斜め上より降り掛かってきた。そこで足が絡み、格好の悪い尻もちをついてしまう。


 詰んだ。


 そう思った時に、


 ……とぉん。


 鼓を打つような音がして、そしてそのキバが俺を捉える前に首が落ちた。

 眼前に龍の巫女が舞い降り、俺をかばうように動きを止める。


「ごめん、ポン太」


 その華奢な背中に詫びれば


「戦えるかステビア殿?」


 振り返らず、静かに問われた俺。

 立てるかと言われたら即答できたのに、戦えるかと言われたら声が詰まってしまう。

 だって今は、

 撫子が重くて、

 撫子が長くて、

 仕方がない。

 だから即答できない。


 あんなに己の一部と感じられた剣が、

 いまはまるで鉄枷のようなのだから。


「ぽ、ポン太は……寒くないの?」


 立ち上がりつつ言う。身体のみならず、声までが震えていた。おかしい。こんなにも急に、身体は冷えるものなのか。

 襲いきたデビルアンツの首を、改めて落としたポン太が応える。


「私はペンギンでござるからな、寒さにはいささかも」


 軽い冗談を言っているが、もちろん俺は笑う気になれない。状況は深刻極まりない。とてつもなく危うい。

 だって彼女の腕からは鮮血が滴り

 真っ白かった袖が、袴のように赤く染まっているのだから。


「ポン太……?」


 彼女から苦笑が聞こえてきた。


「やれやれ、このままでは生命力が1兆あっても危ういでござるな」


 ――危ういだって?


 想像だにしない言葉を耳にし、頭を打たれたような衝撃を受けた時、再びデビルアンツの襲撃。

 撫子より『ここだ』と下知を授かるも、しかし腕が振るえない。


「っく!」


 初めて聞く、ポン太の苦虫を噛んだような声。

 そして鼓のような雅な音。


 彼女の姿が消失して

 彼女の姿が出現する。

 同時に、

 デビルアンツの首が7つと宙を舞った。


 が、


 直後に、彼女の右肩が裂けて血を噴いた。


「っあぐ!」


 悲痛なうめき声をあげ、傷口を押さえて彼女が膝をついた時、


 俺は肉が動かないなら骨で動くばかりに、


「わっしょい!!」


 ポン太の前へと割って入り、新手の悪魔を捌いた。

 そして振り返って叫ぶ。


「ポン太!! いったいどうしたんだよお前!?」


 すると、うずくまって苦笑を浮かべるポン太の額には、玉のような汗が浮かんでいた。

 本当にいったい、何があったのだと彼女の『ステータス画面』を呼び出した時に、俺は思考停止を余儀なくされる。



 名前:大風院ポン太

 職業:龍帝の眷属(皇龍妃:インペリアル・ドラグレイア)

 LV:2

 HP:1500/1兆 MP:0

 装備:砂漠で朽ちた名も知らぬ者の骨


 HPが、1500。


 1兆という桁外れの値から、

 何をどう間違えてここまで至ったものか、

 1500という至極現実的な数値までに、ポン太の体力ヒットポイントが落ち込んでいた。


 ――逆に言えば、

 

 これまでに、いつの間にか。

 9千9百9十9億9千9百9十9万8千5百という意味のわからぬダメージを、

 その痩身に負っていたことになる。


「何が……あったんだよ」


 掠れるような声で問いかけた時、彼女は、痛みに歪みそうになっている口を御すようにして言った。

 

武器えものは扱い方を違えると、扱うものに害をなす」


 そして無理にでも笑みの形に口を曲げた時、


「赤子が刃物で遊んで、手を切るのと同じ理屈にござるよ」


 口端より小さく、血の道が筋を引いてきた。


 武器を掟破りに扱えば、

 代償は己に降りかかる。


「そしてそれは、鋭ければ鋭いほど、危ういものにござる」


 ましてそれが、

 棒切れで斬り殺め得るほど真髄を極めた剣術ならば、

 その扱いを間違えた代償の大きさも、

 致命的そうおうとなる。


「私の剣は、あの女王の看過した通り、誰かを守り得るようなものにござらん」


 己のみを守るための護身の剣。

 龍剣とはそういうもの。


 彼女は言った。


 何者も己からは殺さず

 何者も己からは守らず

 ひたすらに己だけを護身する剣術。


 俺はそこで悟る。

 ポン太が傷ついた理由が、俺自身であることに。


 何も難しくはない。


 彼女は、己のみしか守ってはならない龍剣という剣術で、俺を守った代償を負ったのだ。


「不可解でござろう? しかしモノを極めるとはそういうものにござる」


 極めるとは特化すること。

 特化するとは他の全てを捨て去ること。

 ただひたすらに切断の本質を求め続け、それに特化していく最中にあって、龍剣は使用者の安全さえも捨て去ったのだ。そしてそれは、あまりに鋭すぎた、極めすぎたゆえに、誤用したものには冷徹にして決定的な代償を払わせる。

 命という、代償を。


 デビルアンツの襲撃。しかしいまや彼女は動けない。


「いつかステビア殿に申し上げた通り」


 ポン太は自嘲気味に言う。


「いまの私は、足手まといにござるよ」


 そして哀しく笑う彼女の横顔が、

 デビルアンツのアゴにさらわれそうになった時、


 再び意識時間が引き伸ばされる。


 1秒が100秒へ。

 100秒は1000秒へ。

 1000秒は10000秒へ。


 デビルアンツたちも静止した。

 

 こ こ よ 。


 撫子から、声ならぬ声がして、

 刃の辿るべき道が示される。


 そしてそのとおり、身体を『動くべく動かせば』、ポン太を救えるのは明白だった。


 けれども体が動かない。


 全く動かない。

 指一つさえ動かない。

 凍えている。

 どうしようもなく、凍てついている。

 まるでデビルアンツ共々、俺も時間のはざまに閉じ込められたみたいに。


 ポン太が、ゆっくりと飲み込まれていくのが見える。

 悪魔のくちに。

 彼女の端正な顔が。

 

 見ること以外に、何も出来ない己がいる。

 徹底的な己の無力を、ここに痛感する。


 覚醒したばかりの勇者が、戦傷ではなく寒さで無力になる。

 ろくな手傷を負わぬまま、守るべきものを目の前にして、ただの寒さに動けなくなる。


 あまりに無様だ。

 あまりに不様だ。

 あまりに、あんまりだ。


 そのキバが、ゆっくりと彼女の白いうなじに食い込んでいくのが見える。

 キバの切っ先が、肌に食い込み、温かな血の粒が膨らんでいるのが見える。


 それでも身体が動かない。

 どうしようもなく動かない。


 目の前で、彼女が死んでいくのに、俺は動かない。動けない。

 怒りの力で覚醒とか、ここで独自の能力アビリティが発動するとか、そういうドラマティックなものも一切なかった。


 ――ポン太はここで死ぬ。


 冷たい現実が頭にギンギンと響く。


 ――ポン太が目の前で死ぬ。


「やだ……」


 なんていう情けない声が、涙と一緒に漏れてきた。


「やだよこんなの」


 現実逃避と現実否定と、そして現状拒否の上ずった声が、漏れてきた。


「やだってば!」


 緩慢に緩慢に

 しかし深く深く食い込んでいくそのキバに、

 俺は時のはざまに凍てついたまま、泣いていた。何も出来ず泣いた。


 そして撫子の限界か意識の限界かは分からないのだけれど、


 とうとう意識時間が現実時間に足並みを揃えていく。


 10000秒は1000秒へ。

 1000秒は100秒へ

 100秒が1秒へ。

 

 キバの速度も増して。


「ポン太!!!」


 ポン太の首が噛み切られ、途切れる音を聞いた。


 か否かというところ。


 その途端に彼女に降り注いだ光の明滅――閃光の爆発は、しかし恐らくポン太によるものではない。


 輝く何かが、ここへ墜落してきたのだ。

 そして本当にすんでの所だったのだろう、ポン太はグっと首筋を手で抑えていたが、しかし命は取り留めた様子だ。俺はすぐさま彼女のもとに向かうが、それを逃さずとばかりにデビルアンツが襲い掛かってくる。思わず目を閉じてポン太に覆いかぶさった時、


 ビュバババ! という旋風のような音と共に、頭上で骨と肉の弾ける音がした。


 恐ると目を開けると、半壊した悪魔の蟻の頭部が、すぐ脇に転げている。


「なんだお前は!!」


 女王の怒声。しかしそれに驚くまもなく、俺が正体を認めるまもなく、すぐさまそれは小竜のような躍動感を伴って、あるいは竜巻のような荒々しさでもって周囲の蟻を蹴散らし始めた。

 舞い上がる砂塵。

 うねるような風切の音。

 暴風にでも巻き込まれたように、デビルアンツの死骸が巻き上げられていく。


「なんなんだ、お前は!!」


 悲鳴のような女王の声にも、その猛威は止まらない。動きは鮮烈で豪快、迅速にして的確。演舞のような彩りさえ伴った刺突と殴打の嵐。東洋武術のような趣さえあるその動きはしかし伊達ではなく、討ち取るというより刈り取っていくような速度でみるみるとデビルアンツたちを押し返していく。

 まるでまるで隙のない連撃。

 打ち下ろし後が振り上げの初動。振り上げ後は打ち下ろしの初動。そんな初撃が次撃への布石という剣術にはない反則チート連鎖コンボ

 攻防一体の連撃。

 紛れもなく槍術である。

 跳びかかるそばから順次に刺し貫かれていく赤色の悪魔たち。ビュバババ! という風鳴りのような音を立てて、凄絶な槍裁きが蹂躙していく。悪魔の蟻を、虫けらのごとく蹴散らしていく。そう――。


 たったの一振りの三叉の槍――――、

 トライデント・スピアが。


「く! そいつを八方より囲みな!!!」


 女王の下知を受け、デビルアンツが文字通り八方より同時に襲いかかる。


 そこでそれが、


 ニイと笑った。


 同時、横薙ぎにされた槍先が分裂するように八方に乱れ、それぞれがデビルアンツの口内を中空で刺し貫いた。

 瞬く間に出来上がったデビルアンツの空中磔刑8つに、


「なんだいこれは!?!?」


 と、女王が我が目を疑うような言葉をあげたとき、

 降り注ぐ8つの死骸を背景バックにそれが大きな口を開いていった。


「北欧の怪蛇ヨルムガンド。二つ名はゴッドイーター。あり風情ごときのアゴでどうにかなる相手じゃないぜベイベー?」


 懐かしい声がよどみなく応えたが、それでもその動きは止まらない。


 デビルアンツが跳びかかるそばから、三叉の鋭刃が正確無比に迎え撃ち、ことごとくを撃墜していく。そしてその動作のいちいちにスキがなく、憎らしいまでに鉄壁だった。

 ポン太の剣術が不可解な強さであれば、この槍術は可解な強さである。故に女王は判断を誤らない。


 これはかなわないとありありと悟る。


「と、止まりなお前たち!!」


 これはたまったものではないとばかりの女王からの停止命令で、デビルアンツの波は殺到を留めた。

 それに合わせ、『それ』も動きを止めた。


「お前は一体何ものだ!」


 悲鳴にも近いその問いに、まずはビュババっ! と得物を風車のように一度回してみせる。それからそのギョロ目を向けて、


死者どこ国王どん悪魔王だれにそんな口を聞いてるのかわかってるのかベイベー?」


 まるで女王が俺たちにやった意趣返しをするように、それは見得を切った。


「が、いまはその非礼を許して応えてやるベイベー!」


 パン! パン! と弾けるような音は槍が砂地を打った音。全身に鱗の鎧をまとった青の悪魔王は、再び槍を旋風のように身体の左右に回転させ、美麗な型を決めてから高らかと叫んだ。


「ネクロポリス国王バルバドス・ゲロッパーズ!」


 トライデント・スピア『おじゃまたくし』をビシ! っと女王に差し向け、


「大親友ティラミス・ダージリンより、大恩人ステビア・カモミールの窮地と聞き、ここに歩いて推参したベイベー!!!」


 最後ちょっと間抜けな名乗りのせいで吹き出しそうになったが、でも、不覚ながら、俺は座り込んだまま目尻を拭ってしまった。いくらなんでもこの登場の仕方は、主人公を蔑ろにし過ぎだろう。


「バルバドス……だって……?」


 自失するような声は、女王のもの。


 ネクロポリスの国王。

 神殺しヨルムガンド。

 悪魔王。

 ゴッドイーター。


 その圧倒的過ぎる威名に、女王が喉を鳴らした時、

 視線は前に向けたままに、バルバドスが小さく言った。


「間に合って良かったぜベイベー」


 俺は万感の涙と笑いの洟に声を詰まらせつつも、問いかける。


「ティラミスは? エクレールは?」


「大丈夫だベイベー。安全なところにいるベイベー」


 いよいよ涙が堪えきれそうになくなってきた。


「それとジェラートももちろん一緒だベイベー。安心していい」


 鼻をすする。くそ、なんてタイミングで登場するんだお前は。


「みーみは?」


 そのとき、一瞬だけバルバドスが振り向いた。

 そしてその顔が焦燥していたので、俺の中で一気に嫌な予感が膨らんだ。


「み、みーみもいたのかベイベー?」


 背中越し、恐る恐ると確認するようなその声に、俺は卒倒しそうになった。あの子、どこかで逸れてしまったのだろうか。

 バルバドスが言う。


「ば、バルバドスの連れてきた仲間が保護したのは、ティラミスとジェラートと大天使と、そ、それから猫耳のネーチャンだけだベイベー。い、いますぐ連絡を送って」


 と、口の中からスマホを取り出し――えらいとこに仕舞ってるなこのカエル――に、


「いや、大丈夫。それならOK」


 と声をかけた。そして俺は目をゴシゴシとしながら心底『ほ』っと安堵する、が、


「そ、そうはいかないベイベー! あんな小さな桃猫が一人で脱出できたとは思えないベイベー!」


 どこかのJKばりにスマホのパネルを連打しまくるバルバドス。すごいのは槍術だけじゃないらしい。


「いやいやホント大丈夫だぜバルバドス」


「か、軽く考えちゃいけないぜベイベー! ステビアが思ってるよりここの砂漠は危険だベイベー!」


 そしてスマホを耳に当てるバルバドス。


「いや、分かってる。でももう保護されてるっぽいし」


「い、いやバルバドスはみーみを見てないベイベー! 見たのはティラミスとジェラートと大天使と、それからよく知らない猫耳のネーチャンだけベイベー!」


 そっか。そうだよな。みーみの激変知らないもんな。


「うん。その猫耳のネーチャンがみーみだから」


「だとしてもみーみが一人であの群れから逃れ――へ?」


 思わず振り返ったバルバドスの顔は、ギョロ目が点になるほどポカンになっていた。俺はそれに、一度鼻をすすってから言う。


「大きくなっただろ? あの子」


 ね? と小首をかしげてみせるも、


「…………」


 全くの無反応。


 絶句しているバルバドスと、

 それを見つめている涙目の俺を見つつ、

 ポン太は立ち上がってボソリと言った。


「ステビア殿には何人の恩人がいるのでござろうか?」


 このとき、ポン太が内心ちょっと嫉妬していたのは、彼女自身も気付いていない。


やってきました助っ人。


ですが相手はまだまだ大勢イます。


果たしてどんな具合に彼らを撃退するのでしょうか??


推理材料はもうマイテますので、ちょっと予想してみて下さい^^


でわでわまた^^


追伸:評価どうもありがとうございました!

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