28:ブレイ・ブルー
そこからの展開は不可思議だった。
次から次へと、デビルアンツが吸われるようにポン太へ跳びかかり。
そして狂牙にかかるかというその刹那。
彼女は、鼓を打つような『とぉん』という音を残して消失する。
そして。
アリの首は、雫の如くこぼれ落ちる。
再び彼女が現れたとき、場所は消失前と寸分違わず。
即ち、見るものは不動と錯覚する。
ただその巫女衣装がゆらりと神速の名残を残し。
握られた細枝が、緑の体液に塗れている。
ビシュ! という血振りをしただけで撓む、なんと枝の頼りないことか。
こんなものではデビルアンツの首は愚か、草花を押し切りにできるのかさえ妖しい。
けれども彼女は言った。
――キレアジに頼った剣術など、棒振遊びにござる。
これはその体現。
これこそその顕現。
そして間髪入れずに襲いかかっていくデビルアンツたち。
間断なく襲撃する、赤色の悪魔。
それらはしかし例外なく。
尽くに。
鼓の音とともに消失する。
あとには紅白の巫女衣装が翻るのみ。
止めどなく零れ落ちる、
彼らの首。
若葉をすべる寒露のように、
儚い命を終えた蜉蝣のように、
落花を受け入れた椿のように、
――優しく首が落とされていく。
ぽたりぽたりと。
ぽたりぽたりと。
その様は雅で幽玄。
幻惑的で夢のよう。
殺戮がこんなにも美しくていいのだろうか。
斬殺にここまで心を打たれていいものだろうか。
――――『殺す』ことは酷く醜い。
これまで培った、そんな常識の道徳が、
瀟洒に瀟洒に否定されていく。
――殺めることは美しい。
酷薄な芸術に、皆が見とれていた。
積み上がっていく屍の山。
十数度目にもなる、湿った血振りの音がした時、
そこで。
「挑発にのるんじゃないよ!!!」
ようやく女王が我に返った。
その叱咤一つで、飛びかかろうと――自殺しようと――していたデビルアンツが動きを止めた。それと合わせ、龍の巫女も舞を休めた。
「ようく……分かったよ」
女王の白色の目が、皿のように剥かれている。
握りこぶしが、怒りに震えている。
しかしその矛先は。
怒りの対象は。
目前で仲間を無残に殺戮した、このポン太ではない。
剣の生命線であるキレアジ、それを用いた剣術など、サルでも出来る棒振り遊びと嘲り。
そして、
しかし『棒振遊びにさえ見えぬ剣術』で仲間を殺めに殺め、斬りに斬り捨てた、この彼女ではないのだ。
女王の怒りの矛先。
――――それは。
その一連の過程を呆然と眺めていた、
否、
『陶然と見つめていた』、他ならぬ自分だ。
仲間殺しに魅入られた自分を、自らで八つ裂きにしてやりたい。
それこそ女王の本心だった。
女王はしかし、その怒りを押し殺すように、強引に口を笑みの形に捻じ曲げる。
「……ようく分かったよ、あんたの強さがさ」
ポン太は再び沈めた腰をあげ、細枝を肩に担ぐようにした。
「一国の女王からの賛辞、身に余る。……さて、『余興』もここまでとして、そろそろ答えを聞かせてもらえないだろうか?」
ポン太は切れ長の目を細めてそう言った。
「我らの提案を受け入れ、双方これ以上争うことなく引き下がり、そなたたちは砂漠一の水源を手に入れ、我らは教会の平穏を手に入れるか。それとも、もう少しこの『余興』を続け、提案を吟味されるか?」
言いながらポキリポキリと、枝を折って見せる。なんでもないその所作が、ぞくりとする。
女王は、こんな『余興』という形で彼女の力を計らずとも、すでにステータス画面で『1兆』という理解を超えた数値を見ている。それはもはや、『強いか・強くない』かなどという次元で語れるものではない。
とはいえしかし。それは同時に、すぐに現実として受け入れられるほど、冷静な数字でもなかったのだ。
もしかして何かの間違いかもしれない。
なにせポン太はLV2なのだから。
HP1兆などという数値、どう考えても誤植の類だろう。
女王がそう考えるだろうと予想するのは易く、そして実際その通りだった。
女王は、ピンと来ていなかった。
彼女の強さがいかようであるかが。
そしてポン太自身、それを予期してこう言ったのだ。
――では女王よ。誰が屈強なものを群れから一人選ばれるが良い。
――私が直にお示し致そう。
――強に頼った強が、如何に虚しいものであるかを。
そして彼女はいま、示してみせた。
これ以上ないぐらい不可解な剣術で、デビルアンツを屠って。
己が偽や誤植の類でないことを。
それをようよう理解し、
女王の口元から笑みが消える。
結果がいま、わかりきったのだ。今の戦いぶりからして、結末は誰の目にも明らかだと。
このままデビルアンツを何匹送り出したところで、総勢10万を送り出したところで、このポン太には、かすり傷一つ負わせられないだろうと。
強どころか、強の強度が違う。
なにせこれだけ殺戮されながら
彼女の強さの意味さえわからないのだ。
切れないもので切ってみせ。
動かぬように動いてみせた。
ただひたすらに不可解千万。
ただしかしながら一騎当千。
そういうものと、いま対峙しているわけである。
ここはどう考えても、女王はこの提案を受け入れるしかない。
彼女の強さ、それはもはや群れの全て、そして自分の命までも危うくさせる。
もうこの段階で、デビルアンツの女王たる自尊心だの立場だの言っている場合ではない。
――死んでは元も子もない、
どころかこの力の差では
デビルアンツの存続という、種の趨勢がかかっているといっても過言ではないのだ。
そしてこの提案の内容にしたって、決して不条理なものではない。なにせデビルアンツたちは、当初の目的通り砂漠一の水源を手に入れるのだから。
返す返す、悪い話ではなかろう。
やはりこの期に及んで、受け入れぬ道理はない。
誰もがそう思った。
「どちらでもないね。提案は却下さ」
しかし彼女の返答は違った。
これにはポン太も眉を潜めた。
「一国の女王が下す決断とは思われぬ」
彼女は静かに続ける。
「冷静さを欠いて大局を誤れば、一国を失うでござるよ」
実際そのとおりだと俺も思う。ここで退かないのはどうかしている。どう考えたって破綻しているし、滅裂している。
あるいは、女王はもしかして、先ほど同様、怒りに我を失ったのだろうか?
そんな疑いを抱いた。
「ふふふふ」
女王が笑う。
「ふふふふふふふふふふ」
ここで笑う。
「ふふふふふふふふふふふふうふっはは」
ここで怒らず、笑う。
手の甲を口に当てて、愉悦するように笑う。
「あたしは冷静だよ」
腕を組んだ。
「きわめて冷静さ。冷静ゆえの、この判断さ。大局を吟味した上で、一国を守ることを最前提に考えた上で、この判断さ」
――――焦りにかられて、手を引くようなマネはしないね。
そう言った。
怒りゆえの、忘我の意地ではなく。
冷静ゆえの、大局的判断ゆえの、提案拒否だと、彼女は笑ったのだ。
そして、
その羽根をヴンっと振動させ、
ゆらりと上空へのぼった。
ポン太が後を追うように見上げ、目を細める。
「やっぱり、空はいいね」
悪魔のアリの女王は、そして最初と同じように空で足を組み、俺たちを虫けらのように睥睨する。
「あんたは強いよ。どうしようもなく強い。とてつもなく強い。圧倒的に強いさ。恐らくこの群れの誰を出しても、この群れの全てを出しても、あるいはあたし自らが戦いに臨んだとしても、あんたには負けるやも知れない」
まるで猫を愛でる少女のような声で、女王は言った。
「そのぐらい、あんたは強い。美しいまでに強い」
ただし、まるで血まみれのナイフを後ろ手に隠しているような、そんな怖気をにじみだして。
「その上で、提案を受諾されぬ道理がござらぬが?」
「受諾しない道理はあるんだよ」
女王が首を否定向きにふる。
そして、
背に隠していたナイフを抜くような声で、
そして、
これより猫を殺めると決めた少女の、
幼く残酷的な好奇をあらわにするような、
そんな狂気と愛らしさの混じった笑みで。
彼女は言った。
「あんたの強さはね――」
一対一の強さだ。
決闘形式の強さだ。
乱戦に特化していない。
「ふふふふ。――だからね」
敵味方が入り乱れて。
グチャグチャのゴチャゴチャになって。
前後不覚の上下不明に巻き込まれて。
もみくちゃのおしくらまんじゅうになって。
砂漠が肉の缶詰になったとき。
それでも強いわけ?
――例えば、後ろの娘たちを巻き込んでさ?
――守りきって、なおかつ戦えるのかい?
これはまずいぞと俺が焦燥した時、
明らかにポン太の目も動揺に動いた。
もちろんそれを見逃す女王ではなかった。
「……おかしいと思ったのさ」
そして己の直感を確信とするように言う。
「あんたぐらいの強さを持つヤツが、なんでさっきの戦いでは身を引いていたのかってね」
女王は、俺達がコンビネーションアタックで戦っていた、さきの戦いのことを言っているらしい。
何故これだけの強さを有していながら、しかしあの時、ポン太は戦わなかったのかと。
「わざわざご存知のことを聞かれるか? 私はジェラート殿を呼びに参っていたのでござるよ」
一見、至極当然のポン太の返答だった。
が。
女王は否定向きに首を振る。
「呼びに参った、ではなくてさ。呼びに参らざるをえなかった、だろう?」
その言葉に俺は眉をひそめる。言葉の違いは些細であるが、意味することは決定的な差異だから。
空中の女王は、組んだ膝の上で頬肘を立て、ポン太を覗きこむように見下ろして言う。
それはとても、決定的なことを。
「あんた、本当は単に自分一人が守れるだけなんだろ?」
だから、
何も出来なから、
呼びに行かざるを得なかったんだろ?
それとも、
「ここでこの群れが、散り散りのバラバラのグチャグチャのめちゃくちゃになって、あんたは愚か後ろの小娘どもも含めて阿鼻叫喚になったとき、あんたは小娘どもを全て庇いつつ、これまでと同じように群れを始末できるってのかい?」
ポン太は何をか言わんと口を開きかけたが、しかし声が出てこなかった。
何か言おうとして、でも何も出て来なかった。
すぅ、っと、女王が目を細めた。
「どうやら答えは聞くまでもなさそうだね」
そしておもむろに、
背後の大群を振り返る。
「……お前たち」
女王の声が、まるで笑いを噛み殺すようだと思った時、ポン太が俺たちを振り返って「逃げろ!!」と叫んだ。
女王が告げる。
「群れをばらばらのぐちゃぐちゃに崩して、あのたかだか6人を飲み込んで貪りな」
それは提案却下にして
それは作戦失敗にして
それは戦争開始とする
敗北の合図だった。
女王の下知を受けて
大軍がのたうってきた。
「こうなったら一目散や!! 逃げんで!!」
ジェラートの声。そしてそれを合図に一斉に、俺達は向きを変えて全力で走り出す。
「たー!! 逃げるたってすぐ追いつかれるやろこれ!!」
「どうしてアリさんはあんなに乱暴なんですか!?」
「言葉が通じるのに意思が通じないとか意味分かんないっす!」
「ここ一番のハッタリで負けてしまったでござる! 面目ない!」
「いやいやよくやったよポン太! あれは相手が悪すぎた!」
銘々の捨てゼリフを吐いて逃げる都合六つの背中。
それを追うように、
事実追いかけてくる、
デビルアンツたちの、瀑布のような踏破の轟き、
砂漠が身を震わせるように振動し、
砂煙が跳ね上がり、
赤黒い津波が押し寄せてくる。
振り返らずとも分かる。
迫ってくるのは純然たる阿鼻叫喚だ。
もしも仰ぎ見れば、それは壮観とさえ言えるだろう10万からなる赤色の悪魔。
その殺到。
想像するだけで、腰が砕けそうになる。逃げる膝が、笑いそうになる。
「にゃーーーーーもう!! やっぱ御主人の御主人様には繋がらないっす!!」
スマホいじりつつもみーみは余裕の先頭。流石はキャットレディ脚力ハンパない――感心してる場合じゃないけど。
しかし確かに、あんなものに襲われては逃げるしか無い。
圧倒的多数を相手とした、無秩序な乱戦。
それへの突入。
これは考えうる最悪の展開だ。
仮にいま、エクレールの魔力が残ってたって、あの直線的な聖雷は群れを崩されたらどうしようもない。ジェラートさんのだって同じだ。ある程度の融通は効いても、混戦で活きるような魔法でないのは同様。まして逃げながら放てるほど楽なワザでもない。
「やばいやばいやばい! 足音大きなってきたで!」
横耳に聞いたティラミスの声。それに焦燥し、そして実際に、轟きが爆音のようになってきていっそう焦燥する。ポン太の決闘の間に、実は少しずつつ俺達は後退――ポンちゃんの指示ですさすが――していたとはいえ、それでも精々100mちょい。あっという間に埋まってしまうだろう。つまり即ち、最後尾はポン太だ。
「殿は任せるでござる! あの女王の言う通り、私の身一つであれば危なげなくやり通せる故!」
頼もしいのか頼りないのか分からない発言が後方で上がった。場違いな笑いが漏れそうになる。
しかしながら
一番恐れていた危惧を、
一番恐ろしい相手にやられた。
だからやはり、間違いなく。
これは逃げの一択だった。
背中を向けて全力疾走。
何もかもに脇目もふらず、
自らの命のみを考えた全力逃走。
それが俺の動物的本能。
否、
生命を持つものとしての、当然の行動。脚気検査レベルの反射行動。
命あっての物種。
死んでは元も子もない。
言い古されて、言い古されすぎて、もはや一周回って逆に新しいぐらいの、常識的摂理。
それによる行動を、俺達は決行している。
が。
しかし。
まさかのそれを、
まさかのそれを、
真っ向より否定する『もう一人の俺』が、
このときこの瞬間に誕生し、
この土壇場の窮地で誕生し、
あろうことか。
「――!」
逃げるこの足を停止させた。
駆けるこの足を踏み止まらせた。
本能による逃走を、否定させた。
砂地をギュっと踏み込んだ自らの足に、
俺は嘘だろと思ったが、しかしそのうえで口がこう叫んだ。
「エクレール!! お前はティラミスとジェラートさんを抱いて翔べ!!」
該当三人が俺を振り返り、そして揃って驚愕の面持ちになった。それはそうだろう、ここでの停止は自殺行為に等しい。
しかしエクレールも俺の叫びに応えるよう足を止め、そして大声で返す。
「で、でも! 私の翼は一枚しかないですマストビー! だ、だからお空なんて翔べま――」
「お前は翔べる!!」
どこにそんな根拠があって
どこにそんな自信があって
どこにそんななにがあって
俺はこんな無責任を口走ったのか。
「絶対にお前は翔べる!! 信じろ!!」
俺は何を言っているのだろうと本気で思った。
思いながら呆然とした。
呆然と見つめる三人にも呆然とした。
にも関わらず。
口は勝手に開いて、
喉は勝手に声を絞り出す。
「おまえは天界の大天使だろ! 空ぐらい翔んでみせろ!」
無茶を無責任に叫ぶ。
「おまえに惚れぬいて人生を捧げた修道女二人ぐらい!! 抱えてやれよ! 救ってみせろよ!」
無茶苦茶を滅法に叫ぶ。
「だってお前は絶対にできるんだから!!!」
エクレールは放心するような表情になった。内心、何を言っているのだお前は、という感じなのだろう。
俺だってそうだ。
本当にこれが俺のセリフかと自失しそうになっている。俺は俺を見失いそうになっている。正直自分でも自分がサッパリわからないのだ。気でも触れたんじゃないかと思った。
「ステビア殿!!!!!!」
ポン太の引き裂くような声に、俺は背後で生じた死を悟った。当たり前だ。陣形を崩して猛烈な速度で迫ってくるデビルアンツに対し、悠長に立ち止まって声など張り上げてる余裕がどこにある。
「あ」
という間さえなかった。
強靭な力が、頭部にめり込む感触があった。左右からの痛みを伴った鋭い圧迫。強靭なアゴに頭からかみこまれたのだと、死ぬ直前に分かった。
そして訪れる命の境。
暴走し加速する知覚感覚。
1秒が100秒へ。
100秒は1000秒へ。
1000秒は10000秒へ。
時間がゴムのように引き伸ばされて、緩慢に死を受け入れる。
走馬灯の一種だろうと、冷静に受け止めている自分がいた。
この状況を分析している自分がいた――これは逃走していた自分。
そして同時に、
訪れた状況を覆そうとする自分が、やはりいた――これは逃走を否定した自分。
本能は思考に勝る。
だから俺は逃走した。
しかし魂は本能に勝る。
だから逃走を否定した、とでも言うしかない。
これは魂ぐらいしか説明がつかない。
命がけの逃走を否定してまで、
こうして死の間際にまで追い込まれてまで、
俺の魂はしたいことがあるらしい。
どのみちここまで来たら噛み殺されて終了だ。脳症やら血をここでぶちまけ、バッドエンド。物語もこれでおしまい。ゲームオーバー。
そんなことになるぐらいならば。
――宜しい。
俺はミリミリと頭蓋が軋む音を聞きつつ決意する。
ならばやりたいことやってみせなさいよ、
オニューな『俺』ちゃん。
そうして意識時間で10秒。
実時間で0.0000000000000001秒。
その間に出した、
なんともやすっぽい、しかし命を捨てて魂を信じたこの結論。
本能を超えて魂に身体を投げ渡すというそれ。
それを決定した途端、
「 わ っ し ょ い ! ! ! 」
裂帛の気合と同時、視界がくるりと回った。
両腕が『動くべくして動いた』。
――湿り気を伴った、肉を切り裂き骨を絶ち斬る音が数度。
両腕に感じた手応えは、滑らかな摩擦と切断。
鉄槌を打ち合わせるような耳をつんざく音と、そして火花。
まさかの、振り切った撫子が砂を打つ音だった。
ピタリと風景が静止した時、
ゴロゴロゴロと周りに転がったのは、悪魔のアリの首。おおよそ10。
これらの首は、俺の振るった撫子が跳ねた。
それを否定するつもりはない。
否定したいのは、この撫子の手応え。
重さを忘れていた。
長さを忘れていた。
そして。
まるで柄が手のひらに吸い付くようだった。
剣先にまで神経が通っているかのようだ。
なんと軽く、なんと馴染むことか。
まるでこんなもの、己の一部じゃないか。
まるでこれがなければ、己は不完全ではないか。
撫子はこんなにも、俺と一体化していた。
その手応えに愕然としつつも、
――ごめんなさい。
謝罪の言葉を借りた感謝の気持が、新たな俺の心でこだました。
俺は剣に語りかけたのだ。
今になってようやく、貴方の使い方が分かった。と。
貴方の意味が、こんな土壇場で分かった。と。
――これからは間違えないから。
と。
瞑目さえしていたそこへ、
「御主人様!!!」
みーみの、叫び。
センパイではなく、ゴシュジンサマという、悲痛な叫び。ああ、なんて必死な声なんだ。あの陽気なみーみが、そんな声でこんなことを言うなんて、まるでそんなの、俺の命が危機に瀕してるみたいじゃないか。
開眼する。
八方から襲いかかる赤色の悪魔、
恐るべきそれらを、
まるで、
全身が目になったかのように、ありありと感じられた。
ギリっと奥歯を噛み締める。
柄を握り締める力が、万力のようにしなる。
信じられぬ力の奔流を受けて戦慄きつつも、
俺は撫子の導きに従って、
撫子を背負うように構え、
「わ っ し ょ い !!」
裂帛の気迫を放った時、世界が色を失い、モノクロ画像になった。
意識時間が再び延長され、
1秒が100秒へ。
100秒は1000秒へ。
1000秒は10000秒へ。
デビルアンツたちも静止した。
こ こ よ 。
撫子から、声ならぬ声がした。
素直に身を委ねると、剣が八方へ乱舞のように迸った。
さながら円運動のような、途切れのない八連撃。
身体を分断された八体の悪魔は、しかし未だ空中で俺の命を狙わんとしたまま、
時間の間で凍りついていた。
意識時間にして5秒ほど。
実時間にして一瞬よりも短い刹那のとき。
それが経過したのち、
モノクロ世界は色を取り戻し、
延長されていた意識時間も実時間に足並みを揃え。
八体の切断片が、血風を吹き上げ、微塵となった。
「御主人がポン太みたいに消えたっす!?!?!?」
みーみのアンビリバボーというような声が聞こえてきた。
どういう理屈かしらないが、
さきほど俺は『消えていた』らしい。
そして次の襲撃に備えて寸暇を惜しむよう血振りをしたとき、
重剣とは不似合いな、
『ビシュ!』っという風を縫うような軽妙な音がした。
「ステビア殿」
とぉん、という不可思議な音を立て、
デビルアンツの死骸を生んで、
俺と背中わせに現れたポン太。
そしてデビルアンツたちは、一時行軍の足を止めたようだった。
俺たち二人を前にして。
そして津波のように、再びアゴをガチャガチャガチャと鳴らし始める。
そう、あのときのように。
ポン太の不可解を目の当たりにした、あのときのように。
「なんなんだよ……あんたら……」
女王の声が、頭上にあった。俺はしかし見上げない。見るまでもなく、彼女が怯えているのは明らかだったから。
「『切断』の本質を、もう掴まれたのか?」
ポン太の声は驚愕に満ちていたが、しかしそれ以上に、歓喜に震えていた。
俺はなんだかそれが照れくさくて笑う。
「分からない。なにせこちとら、生まれたての**なんで、まだキレアジ上等の太刀使いだよ」
**といった。
俺はいま、自分を**といった。
そう、俺はいま激変したのだけれど、何に激変したのかは分からないつもりだった。
でもいま、あからさまに、当たり前のようにして、自然とその正体を口ずさんだ。
**と。
そう、間違いなく俺は**といった。
「**……。やはりそうでござったか」
そしてしかし、ポン太は、これまでのことが全て腑に落ちたと言わんばかりの声で、そう言った。
「やはり、世界を救うのは**でござろうな!」
彼女の声から驚愕は消え、歓喜だけになった。
**。
俺は**。
そっか。
オニューなステビアちゃんは、**でしたか。
その自覚を承認すべく、俺はステータス画面を開いて横目に見た。
名前:ステビア・カモミール
職業:勇者(青の戦姫:ブレイ・ブルー)。
LV:33
HP:3700 MP:1000
装備:両手剣『撫子』
解説:ついに主人公として覚醒したステビア・カミール本来の姿。勝利の女神に寵愛され、行く末にエンディングを確約された彼女の剣は、すべての障害を勇ましく切り払う。バカ(鈍感的な意味で)
――――勇者。
そう、俺は勇者と言ったのだ。
――――勇者。
承認された自覚を、噛んで含めるように反芻する。
フリプール村で長く夢見ていたあこがれが、まさか自分であったと知ったこの瞬間を。
感動はない。
感激はない。
歓喜もない。
ただしかし、
自覚だけは確固だった。その証として、
――――俺は彼女たちを守る。
そんな気恥ずかしさを伴うようなセリフを、なんら躊躇うことなく心に誓える。
そしてそう誓うだけで、撫子を握る手のひらに、こんなにも力が篭っていく。
これを勇者と言わずに、
なんというべきか。
「では勇者ステビア殿」
ポン太の声。
「青の戦姫、ブレイブルー。私とともに、この殿を任されてくれぬだろうか?」
彼女はそして、足元から枝を拾い上げた。あくまで得物はこれらしい。
「喜んで」
俺は再び、撫子を背負うように構える。
「けどまだまだ未熟なんで、ご指南よろしくだぜ?」
横目にウィンクすれば、彼女のクスリと笑う声が聞こえた。
――――さて。
いよいよ俺の物語が動き出す。
そんな実感が、身体のいたるところで疼いていた。
とはいえ。
しかしこの激変、
考えてみれば。
当然といえば当然なのである。
何故ならば
さっきあんだけデビルアンツを倒したんだもの。
経 験 値 一 杯 一 杯 入 っ た で し ょ う よ 。
などと味気ないこともひとつ、言ってみる。
照れ隠しで。
さて。
そんなふうにタッグを組んだ2人のちょっと後方では、
エクレールたんが2人の修道女を抱えてフライアウェイしようと、
羽根をパタパタさせつつウンウンうなっておりました。
「あの、やっぱり無理せんほうが」
「翔べますマストビー! んぬぬぬ!」
「ティラミス姉さん、その黒羽根で仰いでみたらどうっすか?」
お出かけ前の駆け込み投稿でございます(爆)
なので、あとあとミニ修正は入ることでしょう(爆)
さて主人公覚醒ですが、これからいよいよ。
アノ人とかアノ人とか出てきます。
第二章もエンディングへ向けてラストスパートへ。
果たしてどんな結末を迎えるのでしょうか??
私の狙いは、プレイヤーさんに
「ふざけんなwww」
って言わせることです(爆)
そして予告通り、2章でこのゲームは一度完結致します。
一旦そこで休憩に入ります。(3章ぐつぐつ煮詰めますので)
3章開始は、このお話が総点250ptぐらいになったあたりを目安にしようと思います。自分にとってのハードルですね^^
基準は、プレイヤーさん10名ぐらいから
「なかなかだ。ちょっとこのゲーム育ててやるわ」
という判断がもらえれば、継続作品として合格ということです。
ではでは、また次回にお会いしましょう!




