27:三界最強の剣士
一難去ってまた一難とはまさにこのことを言うのだろう。
10万からいたデビルアンツ――みーみ試算――の群を、エクレールたちが凄まじい奇跡で討滅し、それからまだ半時間と立たぬうちに。
新たなデビルアンツの大群が、ここへ到来したのだ。
それも、先程のはほんの前座で、
これこそが本番だと言わんばかりに。
デビルアンツ絶対の支配者であるクイーンを、群れの最後尾に伴って。
しかし俺はこのとき、群れにクイーンの姿があるのを、この目に捉えたわけではない。
しかしその存在は、容易に察知することができたのだ。
――この群れには、絶対に女王がいる。
少し考えて欲しい。
この判断を下すのは、実はそう難しいものではない。
命を賭けて守るべき王妃を頂いた軍の行軍と、
単なる下級将兵のみが指揮する軍の行軍とでは、
あからさまに進み方が違うはずだ。
この群れがここまでやってきた進軍はそう、緩やかで力強かった。
行く手を遮れば轢殺されそうになるのではなく、圧殺されそうだった。
その足運びは砂煙を巻き上げるのではなく、砂地を抉るようだった。
そのさまは単なる大群の『移動』ではない。
威厳と貫禄を伴った王者の『行進』である。
そうして到着し、いま。
俺達が目にしているデビルアンツたちには、やはり。
守るべきものを内包した、緊張が滲み出ている。
守るに値すべきものを内包した、誇りが滲み出ている。
――粗野な集まりではない。
虫ながらにして、己を誇るかのような堂々たる気風を放っている。
対峙しているだけで、気圧されそうになる。
これは……
「……これは相当手ごわいっすよ」
みーみが、俺の心境を静かに代弁した。
数は先ほどと同じぐらいである。
即ち10万ほどか。
ただし感じる圧力は、その数倍である。
そしてそれを省いたとしても、流石はクイーンに率いられてきたというべきか。先ほどのデビルアンツとは、見た目からしてもあからさまに違うのだ。
体色がチェリーのように赤く、そして体形も一回り大きい。さらにはシルエットも刺々しく、体の至る所に、針のようなトゲがついているのだ。
さきほどの群れを、例えば偵察アリや働きアリとするならば、今度のはあからさまに、軍隊アリという感じである。
俺は無意識に喉を鳴らしていた。
そしてそんな新たなデビルアンツの陣形は、前から見る限り真四角の方陣で、俺達とは睨み合うようにして止まっている。
互いの距離は20m程空いていて、そこから先は一歩も詰めてこない。
沈黙のままだ。
こちらもそう。
俺達もまた、黙って睨んでいる。
前衛に俺とみーみがいて、後衛にジェラート、ティラミス、エクレールという並びだ。即ち、コンビネーションアタックの布陣。
あの、10万のデビルアンツを壊滅させた陣形。
しかし、俺とみーみはともかく、エクレールの魔力はいまや0なので、あの聖雷を放つことはもう出来ない。故にこの布陣はハッタリである。
しかしそして、こうしてデビルアンツたちが足を止めているということは、それがいま効いているという状態だ。
――クイーンがいる状況では、迂闊な振る舞いはできないでござろう。
これはポン太が提案した策だった。
俺は思う。
――ここでハッタリとかマジぎゃんぶる!!
「まずは我らを前にして、行軍の足を止めたクイーンの英断に感謝致そう」
沈黙を破り、艶やかな声を発したのはポン太だった。その声音には信じられないことに、震えも怯えの色も一切ない。
「そして先の戦いで散っていったそちらの同胞に対して、この六人を代表して哀悼の意を捧げる」
そう言って彼は、切れ長の目をそっと閉じた。そして言葉の通り祈りを捧げるよう、微かに頭を垂れてみせる。
そのときだった。
「哀悼の意?」
デビルアンツの群れの中から、そんな声があがった。
それは彼らからは想像できない、高度な知性を感じさせる抑揚。そしてデビルアンツの濁ったような声とは程遠い、しかしどこか毒気のある甘い女性の声だった。
「あたしらとあんたらは敵同士だよ?」
俺は声の在り処に目を向け、そして目を見開くことになる。
上空。
そう、女王は上空から、俺達を睥睨していた。
まるで、見えない椅子にでも腰掛けるよう優雅に足を組んで。
正直に言おう。
気付かなかった。
前方の群れに気を取られすぎて、ほぼ俺達の真上にいたことに気付かなかった。
それは俺のみならず、おそらくはジェラートやティラミス、エクレールも。
彼女は言う。
「あんたらがあたしらの仲間を殺して、悲しむ道理がどこにあるのさ?」
問われて、改めてクイーンを見る。
日に焼けた小麦色の肌。
絹のように白く滑らかなロングヘア。
妖艶で端正な顔立ち。
年は人で言えば20代半ばだろうか。
即ち。
女王は蟻と呼ぶには、
あまりにも人間に酷似していた。
その背に、水晶のように透けた虫羽根がなければ、
その頭に、二揃の触覚がなければ、
その体が、あるいは軽鎧と錯覚するような赤の甲殻に覆われていなければ、
彼女は、そう。
大層美しい女性だったに違いない。
心からそう思った。
……ふぅわり。
そんなオノマトペが似合うような緩やかさで、女王は俺達とデビルアンツたちの間に降り立った。まるで水面にさえ、波紋一つ起こさぬような柔らかさで。
「ご教示願おうかい?」
俺はそして、真正面より彼女と対峙して背筋が凍った。
女王の目に浮かぶ色は、怒気や敵意のように生ぬるいものではない。
その白色の瞳孔は、ただ純粋に、刺し殺すような鋭さで凍てついていた。
「答えによっては、この場であんたら餌食だよ」
赤い口元が称えるのは、ネズミを追い詰めたネコのようにうっとりとした嗜虐な笑み。小さな舌がペロリと唇を一舐めする。
そこには人間には許されず、外道にだけ許される危険な色香があった。
このまま魅入られてしまえば、例えば、『どうか愛しながら食らって下さい』と献身してしまいそうな、そんな倒錯的な恍惚を覚えてしまいそうになる人外の魅力。女王はそれを、フェロモンのように醸し出していた。
俺はこの時なんとなく分かった。
生殖行為を終えたオスの昆虫が、
恍惚のままメスにくわれてしまうというその気持が。
ゾクっとなる。
「敵味方で勘定ができるほど、命は軽いものではござらんよ」
平然と言ってのけたのは、ポン太だった。
彼は俺の前までソロソロと歩み出る。そうして、いつの間にか女王に釘付けになっていた視界を彼の背に遮られ、ハっと我に返ったようになる。するとそのとき、女王の舌打ちが聞こえた。ポン太から小声で、「ステビア殿、あれは魔眼にござる。真正面から目を合わせてはならぬよ」。
ポン太はそして女王に言う。
「されど、命を賭した戦いにおいて、死力を尽くして臨むのは礼儀と心得る。故に我らは、尊敬の念を持ちそれに応えたまで」
そして何時かのように、俺の前でポン太が斜めに構えた。そう、アミーゴたちから俺達をかばうようにした時のように。
「いまの哀悼に、それ以上の意味はござらぬよ」
彼の声は艷やかだが、しかし鋭利だった。まるで薄衣に包まれた刃物のように。
女王はポン太を値踏みするように目を細め、「まずまずの答えだ」と、しかし『今はまだ生かしておいてやろう』程度の殺気を残して言った。
ポン太がかすかに振り返る。
「さて、此度の事情。あらましはここにいるジェラート・ダージリンより伺っている。ダージリン教会の地下にある水源が、そなたらの目的であると私は理解したのでござるが、相違は?」
「ないね。そのとおりだよ」
女王は同意した。
「こっちはなにぶん大家族で、ちょっとやそっとの地下水が汲めるところじゃあっという間に枯れちまうのさ。だからあたしらには、あそこが必要なんだよ」
「それで、あそこからウチらを立ち退かせるために、あんたは教会やエクレールはんを手に掛けようとしたんか?」
声を発したのは後方のティラミスだった。
女王の白い視線が、流れるようにそこへ向く。しかしそこで彼女の姿を認めた途端、小首を傾げて
「おや? 日焼けにオーバーポニーテールに……その容姿。雷乙女が二人いるじゃないか。あのとき受けた部下の報告とは違うね?」
女王は眉をひそめ、ティラミスを伺い始めた。
あのとき受けた部下の報告とは、教会に攻めてきたデビルアンツを、ジェラートが撃退した時のことを言っているのだろう。
そして確かに、ジェラートもティラミスも、容姿はシスターとしてはちょっと変わってるし、それでいてソックリだ。女王が首を傾げるのも無理は無い。まぁ、ティラミスは、ジェラートに憧れてそうしたのだから当然だけれども。
ティラミスはちょっとモジモジしている。ここで、この格好はジェラートのマネです、というのは言うのが小恥ずかしいのかもしれない。
「雷乙女はウチや」
ジェラートだった。女王の視線がそちらへ向く。
「そして妹が姉に似るんは当たり前やろ?」
言いながらジェラートは、ティラミスより少し前に出た。こんな細かなフォローまで入れる辺り、場違いながらジェラートのティラミスに対する親愛の深さを感じてしまう。ちなみにもちろん、彼女たちに血縁関係はない。
「それより答えや。あんたらデビルアンツは水源を狙うために、ウチらを退去させるために、『信仰対象』である教会に危害を加えようとしたんか?」
彼女のこの問いには探りが入れられている。
デビルアンツがエクレールや教会を狙ったその意図は、女王自ら考えたものであるか。あるいは、誰かから入れ知恵されたものであるのか。
即ち、さきほど俺達が辿り着いた、アリストテレサー、ソクラテサーという黒幕がそのことに関与しているのか否かである。
女王が問いかける。
「村を獲るのに長を抑えることが、そんなに不自然なのかい?」
ジェラートは否定向きに首を振った。
「いいや。巣を乗っ取るために女王をほじくり出す。なんとも虫らしい考え方やと思うわ。これはほんの確認や」
「……確認な。けどその問いはつまり、そこの小娘とあの建物が、お前の巣にとっての女王だと認めるということだね」
女王が微かに頬を釣り上げた時、俺はしくじったと思った。
今の女王の口ぶりは、教会やエクレールが、ダージリン修道会にとってかけがえの無いものであるとは知らなかった口ぶりである。そして、それに対してジェラートが答えを与えてしまった格好だ。エクレールと教会が急所であると。
これでいよいよ、デビルアンツたちはそれらを狙ってくるだろう。
そう焦燥した時、
「認めるよ。その二つはウチらにとってなにものにも代えがたいもんや。言うなればまさに『巣における女王』みたいなもんやね」
しかしジェラートは違ったらしい。
「せやけど今の言い方、つまりあんたらは『それが女王やということをこれまで確信せずに、しかし女王やと知って襲ってた』わけやな」
ピクリと、女王の眉が動いた。そしてそれを彼女は見逃さない。
「なるほど。やっぱりあの教会襲撃は、自分で行き着いた結論やないわけか」
ハっとなった。
しくじったのはジェラートではなく女王のようだ。
「まぁ信仰や宗教を理解せえへんヤツに、『偶像を奪われたら聖地に意味がなくなる』なんていう道理、分かるわけないわな」
ここまで来れば、女王が誰かに入れ知恵されたのは、ほとんど裏付けがとれたようなものである。
自らで辿りつけない理屈を行使できるのは、それを『教えられた』時だけだ。
「で、それを教えたのはアリストテレサーか?」
ジェラートは問いの勢いを緩めなかった。もう黒幕はほぼ確定し、裏付けもとれたようなものなのだが、100%の確証がほしいらしい。
しかしこれは、紛いなりにも修道女が、天界の大天使長に弓引こうとしているのだから、慎重になるのは当然といえよう。
「あるいはソクラテサーか?」
彼女が言った時、女王は小さくため息を付いて言った。
「そんな名は知らないね。あたしはそいつをガゼカと呼んでいたよ」
――――ガゼカ。
聞いたことのない名前だ。
アテが外れたのだろうか。
微かに眉をひそめそうになったとき、後ろからティラミスが「アリストテレサーが悪魔王やった頃の名や」と耳打ちしてきた。
俺は頷く。
OK。
つまり、ビンゴだ。
「事情はあいわかった」
再びポン太だった。
「確かに群れが10万、20万という数にもなれば膨大な水が必要でござろうな。ましてここは砂漠。水源が豊富なダージリン教会に目をつけた理由が、いい加減なものとも思えない」
彼は話を急に切り替える。必要な情報はもう得られたので、後は引き下がってもらうだけだと踏んだらしい。
女王はポン太の方に目を眇める。
「分かったら、さっさとそこをどきな」
どきな、という言葉が少し意外だった。
違和を覚える中、女王はかすかにだけ、自らの勇壮な護衛たちを振り返って言う。
「幸い、今こいつらの腹は膨れてるんだ。素直にそこをどけば、命だけは見逃してやるよ?」
俺には、これが女王の真意でないことが分かる。
命乞いを聞かないデビルアンツが、こんな慈悲の言葉をかけるわけがない。
だから見逃してやるというより、見逃さざるをえない。
そう考えているに違いない。
そう思う根拠は、先のエクレールの奇跡である。
レッドホットチリペッパー砂漠を青一色に焼き清めた、裁きの光――ブライトニング・ジャッジメント。あれをまたやられたら、いかにこの群れが屈強とはいえ、ただでは済まない、どころか、跡形も残らない。そう考えているはずだ。
だから彼女も、俺達と同様、戦闘は回避したいと考えているはずだ。
故にこれは、女王なりのハッタリだろう。
――これは好都合。
俺は内心ガッツポーズ。
これはうまくいく。
確信した。
しかしその一方で、こういう危ういハッタリを効かせてでも女王たちが退かないのは、やはり群れの水事情が逼迫しているからに違いない。それこそ、群れの要である彼女自らが、前線に出張らなくてはならないほどに。
――しかし同時に、
さっきの聖雷をさっさとやってこない俺達にも、疑問は感じているだろう。
あるいは、『もしかしてもう聖雷が放てないのではないか』。そう勘ぐられている可能性も十分ある。そしてそこを確信されたら、問答無用で俺達は殺されるだろう。
デビルアンツにとっていまや俺達は、大勢の仲間を殺めた敵なのだから。
総合して考えれば、やはり現状でも、刃物の上を渡り合うようなやりとりが必要だ。
俺はポン太の方を見る。
「退く訳にはいかぬ。我らにも言い分があるゆえ、ここに留まっている」
ポン太は静かに言った。そしたら女王は
「なんだい。言ってみな。内容によっちゃこのまま轢殺だが」
あまりにも穏やかな声でいうので一瞬OKと了承しそうになったが、いやいやいや。
ポン太は静かに頷いて、そして今回の落とし所を言った。
「教会は譲れぬが、水源はお渡ししよう」
これが今回のポン太の策だった。
デビルアンツたちが止むに止まれぬ事情で水を求めているなら、水源は彼らに譲らざるをえない。さもなくば、このさきずっと、ダージリン修道会にはデビルアンツの襲撃というレッドホットチリペッパー砂漠で一番の脅威がつきまとうこととなる。しかしもし、デビルアンツたちが水以外に修道会を襲う他意がないならば、水源を譲ることで今後の安全は保証される。
そしてその可能性は実際に高い。
何故ならば、彼らが食糧事情にしかほとんど関心を示さないことは、ティラミスが骨だけの『スカリン』に変装すれば襲われなかった事実からも明らかなのだから。
また、今後のダージリン修道会の水源は、ポン太が『なんとかするから任せるでござる』とぺたんこの胸――男の娘なのでそれでいいんです――を張って言っていた。あまりに自信満々に、というか若干申し訳なさそうなぐらい強調していたので、眉唾であるがティラミスたちも了承している。
それ故の、この発言である。
「同意頂けるなら我らは素直に引き下がる」
デビルアンツは、レッドホットチリペッパー砂漠で最大の水源を手に入れる。
ダージリン修道会は、信仰の要たる教会とエクレールを守ることができる。
そして互いに、戦いは回避できる。
悪くないはずだ。
さて、女王はどうでるか?
俺達は固唾を飲んで見守った。
そして
「さっきから気付くかなと思って、黙ってたんだけど」
女王はそして、それに口を開いた。
ただし、
「その気配がないからいい加減言うよ」
その目を狂性むき出しに大きく開いて。
「 さ っ さ と ど か な い と マ ジ で 殺 す よ 下 等 ど も 」
その凄まじい音圧に、思わずのけぞりそうになった。
実際エクレールはしゃがみ、ティラミスは一歩下がった。流石というべきはみーみとジェラートで、みーみは俺を守るよう前に来て、ジェラートはティラミスの前に身体を割りこむようにした。
声量が大きかったのではない。声音が恐ろしかったのではない。今のはそんな単純なものではない。
一番近い表現で、威圧感だ。
圧倒的な威圧感が、そのまま音になって襲いかかってきたのだ。そんな感覚が、いましがた全身をビリビリとふるわせた。俺はしびれる手をギュっと握りこぶしにして思う。なるほど、10万規模の悪魔のアリを従えるに相応しい力が、確かにこの女王にはあると。
が、しかしこの返答、策は失敗に終わったのだろうか。
しかしこれまでの流れで、ポン太やジェラートがミスを打ったとは思えない。女王からはうまく情報を引き出し、落とし所にも順調に持ち込めたはずだ。そしてその間に、彼女の逆鱗に触れるような失言もなかったはず。
ならば一体、どうして、彼女はこうも激昂したのか。
女王が姿勢を崩すよう腰に手を当てた時、その目がすわった。
殺意一色に。
そして彼女は嘲るように言った。
「さっきから砂漠で悪魔な女王に口を聞いているのか、あんたら分かってんのかい? のぼせるなよ。あんたらと対等に口利くだけでもあたしは虫唾がはしってんだよ。ブチギレそうなんだよ。そのうえあんたらと慣れ合って矛を納めろってのかい? 思い上がんなよ。履き違えんなよ。なに対等にもの言ってんだよ。土下座しなよ。平伏しなよ。砂地に頭擦りつけて、泣いて震えなよ。詫びなよ。恐れなよ。命乞いなよ。さもなくば我が身を呪って自害しなよ」
――身の程を知りなよ、下等生物。
このセリフで、俺達は理解した。
さっきのは威圧感ではない。
自尊心だった。
ある種歪んでいるとしか思えないぐらい、女王としてとてつもなく大きな自尊心が、さっきは音になって放たれたのだ。
確かに、レッドホットチリペッパー砂漠において、最悪と言われるデビルアンツ。それを10万という規模で束ねる女王。相応の自負や自尊心はあるだろう。
しかしそれを差し引いても、今のセリフは、やはり常軌を逸していると言わざるをえない。狂気的ですらある。
つまりそもそも、
だから俺達は、
女王のキャラクタを見誤っていたのだ。
交渉可能な余地があると、どうしてか思い違いをしていた。
そうではなかったのだ。
話が通じないのは、デビルアンツと同様らしい。
俺は諦めた。
が。
しかしある意味、最も恐るべきはポン太だと思った。
「先ほどの戦いはご覧にならなかったのか?」
その実に落ち着いた物言いは、先ほどと全く変わらなかった。
しかもこの場にあって、気圧されるどころか緊張感さえないかのように、彼は足元にたまたま落ちていた細い枯れ枝を拾い、手慰みのように先端をポキポキと折始める。
これには女王も、少し面食らった様子だ。今の啖呵には相応の効果があると思っていたらしい――実際俺はビビったけど。
女王は再び元の調子になおり、
「いいや、しっかりと見たよ。そこの娘たちが放った青の稲妻は、このあたしの目にもしっかり焼き付いてるよ。けどさ――」
彼女は、枯れ枝を触っているポン太に言う。
決定的というより、致命的な言葉を。
「あれもう、一発も撃てないだろ?」
と。
この言葉には、皆が等しく絶望したと思う。
これまでエクレールの力を匂わせるのを大前提として、話を進めてきたのだから。
それを知られたら、もう本当に、理論的にどうしようもない。
が。
「そう考える理由は?」
ポン太は依然、平常だった。
今の言葉にも、眉一つ動かしていない。
そして、ピュンピュンという音を立てて、先ほどの枯れ枝を軽く振った。
この態度、今なおあくまで、ハッタリを貫こうとしているらしい。
しかしそのハッタリをバッサリと切り捨て、
代わりに最大の驚きに塗り替える言葉を、
女王は言う。
「往生際が悪いね。あたしにはあんたらの『ステータス』が見えるんだよ」
ショックに身が固まるより先に、女王がその手を掲げた。
そして見開く俺の目線の先で、光の線が暮れの空を疾走する。
そして描かれていくのは、紛れもなく俺達の『ステータス画面』。
――――どういうことだろうか。
ステータス参照ができるのは、この世界における特別の証。
即ち、PCのみ。
――一体、彼女は何者なのだ。
呆然とする俺の耳に、彼女の声が曇って聞こえる。
「そこの娘、名前はエクレールだ。元あったMPは1京だが、今はゼロのようだね」
これで切れるハッタリは、完璧に失せた。
後ろから、ジェラートの「くそ」という小さな声が聞こえた。
俺の前で、みーみが覚悟を決めたようにジャキンとデュアルクロウを解放する。
もう、どうしようもない。
切れるカードは、何も残ってはいない。
このまま悪あがきしかないのか。
一瞬、アリストテレサーやソクラテサーのこと――こいつらデビルアンツが、彼らに利用されているということを言い出そうと思ったが、しかし、それがこの窮地を救うとは思えず、やめた。
仮にその事実に対して女王が憤怒したとしても、仲間を殺した俺達を救う道理がそこにはないからだ。
俺達を殺してから、ゆっくりとその算段をすればいいだけのこと。
それだけのことだから。
――――万事はここに休す。
そう思いつつ、俺もみーみと同様、背中の撫子を抜こうとしたのだが、
だが。
「そなたは大層な誤解をしているな」
ポン太はまだ、この後に及んで顔色一つ変えていなかった。
「先ほど我らが屠ったデビルアンツの群れが、例えばそなたらにとって前衛や偵察といったものであるとするなら」
言いつつ、頼りない枯れ枝を担ぐように肩に載せる。
「あの雷も。我らにとってはほんの小手調べに過ぎないでござるよ」
一瞬、俺でさえ耳を疑いそうになった。
ティラミスとジェラートとエクレールのコンビネーションアタック。
イベント限定の公式反則魔法。
魔力量1京の一斉解放。
砂漠そのものを焼いた青の聖雷。
世界創造神話にさえ語られた奇跡。
魔界そのものを墓標にかえんばかりの、十字火炎の連鎖。
さっきのあれが、小手調べだって?
「もうハッタリは通用しないよ」
ポン太同様、彼女も一切動じてはいない様子だった。
「レベル2の御姉チャン。あんたらにもう、ろくな攻撃方法が残されていないのは分かってるんだ」
女王の言うことは、もう紛れも無い真実だ。
これはハッタリなどではない。
彼女には真実、ステータス画面が見えているのだから。
そして実際、ポン太のレベルをこうしてしっかりと見破っている。
2と。
しかしそれでも、
「これ以上は、口で言っても分からぬでござろうな」
ここでポン太が、最大のハッタリをかます。
「では女王よ。誰が屈強なものを群れから一人選ばれるが良い」
ポン太は衣擦れの音も華やかにはんなりと、
数歩前にいでて、斜めに構えた。
「私が直にお示し致そう」
切れ長の目で、見栄を切ってみせる。
「強に頼った強が、如何に虚しいものであるかを」
流石に俺達は止めに入った。俺もみーみも身を乗り出し手を伸ばし、お前バカかアホかペンギンかと説教すべく体を動かそうとし、けれども。
しかし、
そろっと柔らかに、ポン太が腰を落としたとき。
誰もが息を呑んでしまった。
ポン太のその所作が、その構えが。まるで練達の武人どころか達人の域までに――、
堂に入っている。
型に嵌っている。
完成されている。
洗練されている。
誰もがそのような言葉を、脳裏に浮かべたに違いない。
ただ腰をゆるく落としたそれだけのことで、本当にそれだけで、それそのものが美技の如くに完成されていた。
しなやかで、柔らかで。そして全てを懐柔するようなおおらかさを備えていながら、しかし付け入る隙は一切ない。
棒切れ一つを携えるだけで、ここまでの表現力を演出できるものだろうか。
そんな場違いな問いを、恍惚と思い浮かべてしまうほどだった。
ただ腰を落としただけ。
しかしながら恐ろしく、しなやか。
それにはあの女王でさえ、目を奪われているようだった。
どうしてだろうか。
それは分からない。
ただ純粋な洗練が、その所作にあったのだ。
ポン太が担いだ棒切れを、静かに納刀のように腰へ据えたとき、女王が我に返って言った。
「……良いだろう。余興の一つと思って答えてあげようじゃないか。……ネメシス!」
叱咤するような女王の呼びかけを受けて、群れより一匹のデビルアンツが躍り出る。
「ダイヤモンドでさえ砕くっていう自慢のアゴで、そこの姉ちゃんの相手をしてやんな」
下知を授かったそれが、ポン太の前までゾロリと進む。
燃えるような赤の甲殻を持つそれは、この一回り大きな群れの中にあって、さらに2周りは大きかった。
体長は、ゆうに6mはある。
それがしかし、残像を伴うほど鋭敏な動作で、群れより跳ねてきたのだ。
ガキン、ガキンという、鉄槌を同士を叩き合わせるような音。それがアゴを噛み合わせる音だというから、実に恐ろしい。
「その切れ味抜群の口で、一口ずつ舐るように、じっくりと食らってやんな」
女王が猫なで声で、しかし残酷なことをいった。
もうこれは、冗談ですまされない。
ここまで来たなら、ポン太は戦うしかない。
そっと、ティラミスが八咫烏の羽根をあげようとしたその手を、しかしジェラートが制すように手で抑える。それにすがるような目を向ける彼女に、ジェラートは首を左右に振った。しかしそれは、勝算がある、というものでこそないが、手遅れだ、というような諦観の様子でもない。それは正鵠を射るならば、一か八か、というようなものである。つまり、
ポン太には、きっと何かある。
そう彼女は踏んでいるらしかった。
「では、始めの合図をよろしく頼もうか」
その言葉に、女王が笑った。
「悠長だよ姉ちゃん。もう喰い合いは始まってるんだ。さっさとやんなよ」
「左様でござるか。……では、ネメシス殿と言われたな」
ポン太は、巨大なデビルアンツへ切れ長の目を向ける。
「そちら何か言い残すことは?」
まるで撫でるように優しげに尋ねたポン太へ、ネメシスと言う名のデビルアンツは泥のような声で答える。
「エサ ハ ダマレ。タダ、クワレロ」
相変わらずの、本当に相変わらずの、慈悲のない、人の心を解さぬ言葉だった。
それに彼が、黙祷を捧げるよう、厳かな口調で答える。
「――承った」
と。
途端、デビルアンツが目にも留まらぬ速さで襲いかかる。
あがる悲鳴はエクレール。
そして、事は決した。
……とぉん。
鼓でも打つような雅な音を立てて、
巫女の衣装はひらりと、春風にそよぐ桃の花のように舞った。
その美しさに、
目のみならず、
心までが奪われた時、
とろりと、
デビルアンツの首が、
まるで雫がこぼれるような滑らかさで落ちた。
数瞬後。
緑色の体液が、その首なし胴より吹き上がった時、
ようやく俺達は我に返って、
その場より一歩も動いた様子のない、ポン太に絶句した。
「龍剣『時雨』、初伝五勢が一勢、左身抜打『落雫』」
彼はこの不可解な出来事について、何かの技名で応えた様子だったが、むろん俺にはサッパリだった。
ピシュっと、血振るいのように振られた棒切れより、デビルアンツの体液が散る。
その徹頭徹尾にわたって怪異な有様に、
「……なんだこれは」
震えるような声を出したのは、他ならぬ女王だった。
しかし、彼女のこの自失の言葉を、俺は滑稽とは思わない。
思えなかった。
むしろ、この不可思議な状況で、自分の意志で言葉を発せた事自体に、俺はなお、女王には『さすが』と畏敬の念を覚えたほどだ。
だって俺達は、その言葉をすっかり失ってしまったのだから。
ドシャ! っという音を立てて、ようやく首なしの巨体が崩れた。
群れがそして、慄くようにアゴを打ち鳴らし始めた。
その音はすぐさま群れ全体に伝搬して、洪水のようなうねりとなる。
殺気立っているのか、怖気だっているのか、それは俺にはわからない。わからないけれど、しかし。群れ全体に、何かの感情奔流が駆け巡っていることだけは分かった。
「……まさか。そんな枝で、そんな細枝で……。ネメシスの首を……」
女王は否定の言葉を期待するかのように、語尾をぼかして言った。
そしてもし、この言葉がデビルアンツたちの異変を代弁しているというなら、それは間違いなく、恐れの感情だ。
即ち。
デビルアンツの群れ全体が、
ポン太一人に畏怖している。
慈悲を知らぬ悪魔のアリに、
彼は棒切れ一つでもって、
その心に恐怖を植えつけた。
そういうことになる。
「――ご覧のとおりでござるよ」
ポン太は女王の言葉を肯定し、そして再び、細枝を担ぐようにして斜めに構えた。
「ふざけるな!!!!!」
女王が怒声を発した。
「ふざけんじゃないよ!!!!」
それはしかし、音量こそ耳をつんざくほどの大きさだったが、先ほどのように身をビリビリと打つような威圧感はなかった。
「そんな指でも手折れるような樹の枯れ枝一つで!!! 岩のような堅牢さを誇るデビルアンツを切れるわけがないだろう!! お前いったいどんな呪いを使った!! どんな汚い術を使った!! いえ!!」
「汚いかどうかはさておき。どんな術かと問われると剣術でござる」
そして女王が言葉にしたことを再現するように、
ポン太は、ネメシスの首を刎ねたばかりの枝を、
いまだ緑の体液に濡れた枝を、
ポキリポキリと、
指で手折って見せた。
女王の顔が青ざめる。
「業物ものが切れるのは鋭利なれば当然でござる。人が振っても猿が振っても真っ向両断でござろう」
バラバラに折り終えてから、そして、ポン太はまた新たな『枯れ枝』を足元より拾い上げる。
「しかしそれゆえ、刃のついた剣など補助輪のついた自転車でござるよ。……初習いの者ならそれでも良し。補助に導かれ、切断の本質に至ることもあろう。されど最後まで補助に頼りきって極めた剣術など、そんなものはただの棒振り遊びにござる」
そのとき新たな一匹が、ポン太めがけて群れより飛びかかってきた。あ! っと思うのも一瞬。
……とぉん。
再び鼓を打つような雅な音。
それのみを残し、ポン太は消えていた。
そしてデビルアンツが、消えた彼の姿を探そうと首を捻った時。
とろりと、それがこぼれ落ちた。
「真の剣術にとってキレアジなど、ナマクラに劣ったカセでござるよ」
声はそして、
「ちょうど、走りを覚えたものが補助輪を煩わしく感じるように」
デビルアンツの崩れた死骸の上、
つまり――もといた位置に、
ポン太はそのままいた。
一瞬で消えて
一瞬で現れたのだ。
なんと不可解なのだろうか。
「まぁ、このような剣法を使うからでござろうな」
そこで初めて、ポン太が笑みを浮かべた。
「これでざっと、100兆と2匹目でござるが」
ニィっと開いた口から、
「切れども切れども、一向にレベルがあがりもうさん」
その端正な顔立ちには似ても似つかぬが、
しかし龍族の名には相応しい、
剣山のように鋭い歯が、ぞろりと覗いた。
「しかし、それで十全でござるがな」
このとき俺は、もしやと思い、空へ『ステータス参照』の光を疾走させた。
ポン太のレベルが2であるというのは、そもそもティラミスから聞いた、彼女の過去話を通じて知っていただけのことである。
俺が自分で見たわけではない。
そしてさっきに、女王よりポン太のレベルが2であると聞いて、なお納得したわけであるが、しかしやはり。
俺が自分で見たわけではない。
こ こ で 思 い 返 し て 欲 し い 。
まず、ティラミスがどのようにして、最初、ポン太のレベルが2であると知ったのかを。
回想してみる。
――回想ライン――
彼女はそっと、ステータス参照魔法を唱えた。
納屋の外に、蛍のような淡い光が疾走る。
名前:ポン太
職業:流浪人(???)
LV:2
彼女は思った。
これは、本当に単なる泥棒ね。
それも素人の。
まだ魔法を操る技量が未熟だったため、ステータス詳細までは分からなかったが、自分よりLVが下だと分かれば問題ない。
――回想ライン――
そう、当時のティラミスは、魔法を操る技術が未熟で、ステータスの詳細が分からなかったのだ。
そして、さらに今回のことを考えてみて欲しい。
女王が、俺達をすぐに殺さなかった、殺せなかった本当の理由についてである。
俺は最初、てっきり女王はエクレールの聖雷を恐れ、紛いなりにも俺達の話に耳を傾けているものだと思っていた。
しかし違った。
そのハッタリに騙されていたのではなかったのだ。
何故ならそれは、女王にはエクレールの『ステータス』が、MPがもう0だという真相が、見えていたのだから。
つまりエクレールたちに、もうあの聖雷なりコンビネーションアタックなりが使えないことは、女王には分かっていたはずなのだ。
しかしそれでも、彼女は俺達を殺さなかった、殺せなかった。
あんなセリフを言うぐらい敵視しているはずなのに、だ。
何故か?
考えられる理由は、これしかない。
女王は、『これ』を警戒していたに違いないのだ。
ようやく光の線が描き上げたポン太のステータスを、俺は見上げた。
名前:大風院ポン太
職業:龍帝の眷属(皇龍妃:インペリアル・ドラグレイア)
LV:2
HP:1兆 MP:0
装備:天魔乖離剣『瑞雨』(でも家によく忘れるのでたぶんイベント限定。通常は非武装)
解説:絶世の美女にして三界最強の剣士。剣術の腕はいまや達人を超えて神域に達しており、誰にも理解されぬ境地はひたすらに孤高で美しく、ただ不可解の一言。次期龍帝を目指してかつて行った武者修行では、魔物を根絶やしにするのではないかと恐れられたほど。斬り殺すこと実に100兆匹。数年前にようやくLVが2にあがった。姿もめでたく幼生から女性になれた。しかしながらある日、たまたま休んでいた某砂漠の某教会の某納屋で某修道女から『喰らいなさい!』とレベルダウン魔法を浴びせられ、あえなく『ぴぎゃ!』っとLV1へダウン。姿も再びペンギンになるというマヌケな過去もあった。ともあれ、本人は次期龍帝に相応しい男子として振舞っているものの、実はやっぱり女の子。そしてどう男らしく振る舞ってもそうは見てもらえないため、途方に暮れて一時は出家を考えたこともあった。が、最近『男の娘』という新たなジャンルを魔界で発見し、一念発起。そこに自らの有り様を見つけた(間違った形で)ポン太は、『男の娘』として生きることを誓う。はやいとこ誰かが、彼女に『いや、それは間違ってるよポンちゃん』と教えてあげることが望まれる。バカ(時代錯誤的な意味で)
俺は最早、何に突っ込めばいいか分からなかった。
しかしこれだけはティラミスに言ってあげたい。
ティラミス、別に裸見られても大丈夫だったよと。
フラグ回収じわじわじわ。
アルコール入った状態で書いたので、たぶんひどい文章でしょうねこれ(爆)
物語は、ジェットコースターでいえば今一番高いところです。
ここからあれですよ。あの、超落下絶叫タイム。
えっとここでいきなり、第三章についてです。
プロットぽいもののお話を少々致します。
のっけからヒドイですが、仕様です。ご了承下さい。
序盤をざっくり言えば、
本作主人公にしてヒロインであるところのステビアちゃんが、
股間にキノコが生えるという奇病にかかってしまいます。
それにフィナンシェお嬢様は大喜(削除)大慌てして、
彼女なりの『医療行為』を
『運営様に追放されない程度』にしちゃうわけですが、
けどやっぱり治らなくて(爆)。
魔界で一番発展している都市っぽい場所の大病院へ行きます。
そこで、何でもかんでも『お注射』で治そうとするヤバイ美人女医さんと、
この奇病の根源に関わる、発展都市の問題に彼女たちは出会ってしまいます。
そういうことで、、
次回は再びお嬢様がパーティに加入です(今回はワザと外してます。理由は第二章完結時にでも)。
さらには、ステビアの『最凶な義妹』が登場します。
3章の予定は、一応そんな感じです(マジでひどいシナリオです。今度こそ潔く15禁タグあるかもしれません)。
予定はそんな感じではありますが、しかし詳細は、
2章完結後にご意を伺い、判断していこうと思います。
楽しんでもらってこその小説ですので
需要のあるものを作っていきたいと考えてます。
第一目標は総合評価250pt!
最終目標は総合評価10万pt!
さて
そんな予告をしたところで、
そろそろベッドインしようと思います。
皆様おやすみ^^
追伸:10万はウソですが、数千ptぐらいは目標にシナリオ造りますよ!




