22:エレベーターを抜ければそこは
CERO的に確実に誰にも言えないようなこと。
そんなことを、お風呂場で護衛のみーみさんにされたにも関わらず――。
しかし俺は泣かずに健気なことに――。
再び居間で行われようとしていたポン太の性別確認ストリップを思い止まらせ――。
そしてそれの提案者であるティラミスをも宥めて自重させ――。
さらにはエクレールにこれ以上龍帝のメシを食べるのをヤメさせ――――。
最後にとどめとばかりに、
俺は彼女らに今ナスべきことを言ったのだった。
「グス。もうそんなアホみたいなこと皆やってないでさ。とりあえずエクレールの堕天御免状がさ。ヒック、正規の手順を踏んでないのは明らかになったから、グス。まずはそれを武器に、天界へエクレールの堕天は不当だったって直訴しに行こうぜ」
言ったのだった。
大事なことなので二回言いました。マジでステビアちゃんGJだわ。
自分で自分を褒めつつ、目をゴシゴシとこすりつつ、そういう具合の方針を俺は打ち出したわけなのだが。
「ときにステビアはん。なんで風呂あがり一番に泣いてんの?」
少し冷静さを取り戻したティラミスが、大変余分なところに気付いた模様。俺は鼻をススってから
「え? 俺べつに全然すごく泣いてないよ?」
「いやいや全然すごく泣いてる。むしろもう散々泣きはらした、言うぐらい目真っ赤やで?」
「そんなことないって。グス」
「いやいや、『グス』言うてるやん」
だって涙が鼻に――いやいや自爆すんな俺。
「いやこれはその違くて。アレルギー性鼻炎とかで」
「龍界にスギ花粉はとんでへんで」
「持ってきたんだよ」
かなり無理があると思いつつも、ヒック言いつつも、最低限度のプライドを保つために無茶を言い繕えば、そこでお隣のツヤツヤしてるみーみが「にゅふふふふ♪」とネコハンドを口に当てて笑いつつ
「それはそれはもしかして♪ ボクが御主人様の大事ニャとこをニャメニャメしまくって最後はビ○ンビク○さ――」
――ただいま映像が乱れておりますが、お使いの端末は正常です――
時刻はそろそろ日没あたりである。
龍帝の社殿を離れた俺達は、レッチリからやってきたメンツにポン太を加えた五人で、龍界と魔界とを繋ぐという超高高度エレベーターに乗っていた。
世界広し、あるいは龍界狭しといえど、まさかこんな設備が社殿裏に普通に存在しているとは、俺は夢にも思わなかった。
このエレベーターの到着先は、大変便利なことにダージリン修道会の近くである。
即ち俺達の目的地だ。
エクレールの堕天撤回を求め、まっすぐ天界へ赴かなかった理由は主に2点だ。
1点目は、エクレールが教会に不正堕天の証拠である堕天御免状を忘れてきたため。
2点目は、ティラミスが教会に天界復帰に必要なグリモアを忘れてきたため。
「「えへへへ」」
二人は揃って可愛く笑った。
なんだかこの信者にしてこの偶像という気もしないではなかった。
ところで、到着先が修道会の近くとは、即ち、このエレベーターは砂漠のどまんなかに存在していることになる。
だから俺は、これに乗り込む前に、『え? こんな龍界と魔界を繋ぐオブジェ、砂漠にあったっけ?』とおののきつつ聞いたのだが、しかしみーみがネコハンドの人差し指を立てて一言、『あったっすよ♪』。
重ねて聞けば、彼女は俺がすごく納得できる理由を、とてもシンプルに教えてくれた。
――御主人様は、ダージリン修道会につくまでボクの背中で寝てたので、知らないだけっす♪
それを言われてはどうしようもなかった。
しかしこれには、レッチリ出身者であるティラミスも驚いていた。
彼女曰く、こういうものが砂漠にあることは知っていたものの、まさかエレベーターだとは思わなかった、とのこと。それを聞いたポン太はニコニコしていった。
――私は、修道会にお邪魔する時いつもこれに乗っていたでござるよ。
「じゃぁティラミスさ、砂漠にあったこれを外から見て、いったいなんだと思ってたわけ?」
俺が尋ねると、彼女は肩をすくめて言った。
「え? バベルの塔やけど?」
バベルの塔、かつて人類が天界を目指して建造したとされる世界最初の建造物。
俺は素で、ふーん、と納得してしまった。
ともあれ何となく、これまでの違和感コンテンツを振り返ってみる。
スマホ、 ロケット、テレビ、露天風呂、神社、ペンギン。
――大丈夫か、このゲームの世界観。
グオーンというケーブル巻き上げの音を聞きつつ、俺は冷や汗を禁じ得なかった。
ティラミスもまた、エレベーターの現在高度を示す電光板の表示が、『龍界 → 魔界』となっているのを眺めつつ、『クリーエクレール号ってなんやったんやろ』と呟いていた。
ところでエレベータのすみ、頭にタンコブ作って正座しているのはみーみである。
先ほど、ゲーム画面が一時的に乱れる原因になったのは、おおよそ彼女の責任と言っても過言ではない。にも関わらず、さっきから全然反省の色が見られないので、今しがたご主人として罰を与えたのだ。
みーみはタンコブをネコハンドで撫でつつ、にゅーと唸りながら言う。
「おかしいにゃー。てっきりボクは御主人様、絶対喜んでると思ってたんだけどニャー」
俺は生暖かな目見ながら思う。
懲りてないなーこの猫娘。と。
ちょっとお説教しちゃろうか?
俺は腕を組んで睨みつけ
「それは絶対嘘だろみーみ。俺あのとき、全力で『やめて』言いつつ泣いてたじゃないか」
ちょっと強めの口調で言った。でもほんのちょっぴりだけクセになる要素があったのは秘密だ。
みーみはキョトンという。
「にゃ? あれ泣いてたんすか?」
と言ってから彼女は、まるで俺のあの時の表情を再現するかのように下唇を官能的に甘噛みし、あまつさえ目線まで恥らうように逸らして
「『っく……んあ』って」
と悩ましげな声をあげ――ティラミスとエクレールが目を見合わせた瞬間、俺は顔を真赤にしてペットにツカツカ近寄り
「追加懲罰!!!」
――ただいまエレベーター内が揺れておりますが、機器のトラブルでありません――
頭に二つ目のコブをこさえたみーみは腕を組んで黙考開始。
本気でなんで叩かれたかわかってないご様子である。なめとんかあのキティ。ポン太がちょっと前かがみなのもたいそう気になる。
ていうかね。
「あんな身体の洗い方をいったいどこで覚え――」
「御主人様の御主人様っす♪」
わかりきった即答に泣き崩れそうになった。
そうだ。そうだった。うちにはツインテールのとってもいけない教育者がいたのをまた失念していた。その意味でみーみもまた俺同様、犠牲者なのだった。
「御主人様の御主人とは即ち、ステビア殿の主君でござろうか?」
前屈みポン太が会話に参戦。その姿勢止めろし。
「そうっすよ♪ とっても強くてとっても賢くてとっても優しくてとっても可愛いっす♪」
みーみが言ったのはおべっか全開のようなセリフだけれど、しかしその何一つとして否定出来ないのもまた恐ろしい。
「そんで、超のつく変態な」
見ればティラミスが、口を『へ』の時に曲げて言っていた。おお、まだ怒っていなさるかシスター殿。
「変態にござるか?」
「変態やな」
「変態なのですかメイビー?」
「変態だな」
「変態っすね」
うんうんうんと事情知ったる三人は頷く。
――どうしよう、満場一致でお嬢様変態だ。
ふむ、とポン太が腕組みし
「これまでの短い流れを総合して考えると、ステビア殿はさきほどみーみ殿に、露天風呂にて変態な洗い方をされたでござるか?」
食いつかんで宜しい男の娘。後頭部から冷や汗出してたら、勝手に頷くみーみ。もう反省させんの無理かも。彼女はアメリカンジョークを言うアメリカンみたいにネコハンドを広げて
「ま~あれは他人とか異性にやったら確実に変態っすけど、同性や主従関係の相手だと、ネコは当たり前のようにやるっすよ♪? 単なる毛繕いっす♪」
照れもくさもなくケロッといった。俺はそれが信じられない。
あれが当たり前だって?
思い出して顔が発火しそうになったが、しかしティラミスもエクレールもポン太も、あろうことか、『なーんだ』という感じに、むしろホっと胸を撫で下ろして安堵していた。
え、なにその反応?
ポカンとなった俺に、彼女たちは揃って苦笑する。
「なんや社殿で大騒ぎするから、てっきりもっとすごいことされてるんや思ってたわ」
とティラミス。
「龍帝のヒゲをムシリ出したときは何があったと思ったでござるよ」
とポン太。
「勢いそのまま、ステビーは私の羽根で涙を拭いてましたマストビー」
とエクレール。
言ってから銘々に、「あははは」っと笑った。俺もみーみも釣られて、「はははは」と笑った。みんなで仲良く朗らかに、あははははっと笑った。
――――どんなたくましい想像してたんだよお前たちは!!
「ていうか毛繕いでも十分あれだろ!? ダメな感じだろ!? なんだよその、いまの和やかな反応は!?」
謎の悔しさを覚えて食って掛かるステビアちゃん。ティラミスはそうかな? みたいに小首を傾げて
「ネコって懐いてたら舐めてくるもんやないの? 特に飼い猫とかやとしょっちゅう」
俺は握りこぶしを作って歯ぎしり。ぐぬぬ、なんか反論できない。
いやいやでも、確かに懐いた飼い猫は飼い主を慕って舐めてくるもんだけど、みーみはそういうのじゃなくてその、ネコとかじゃないだろ。姿とかすごく人間人間してるじゃないか。
しかも『自分はネコで俺は御主人』だと割り切ってる分だけ、スキンシップの一環であり悪いことではないと思い込んでるだけ、みーみはたちが悪い。彼女は加減がないのだ。
しかしそれも、ただのネコであればお痛が過ぎた時、「こらこら」と笑いながら引きはがせるかもしれないが、しかしみーみはそうはいかない。彼女はマーシャルアーツを会得した獣人である。俺のような剣士見習の小娘では引き剥がすどころか、抵抗さえできない。
しかもその舐め方とか舐めた場所とかが確実にジャレをこえていた。
お嬢様監修だけあって相当にヤバかった。なんせ軽くペロペロが侵入してきたから。←心の綺麗な人にはわかりません、ご安心ください。
そのあたりの事情に一人拳を固めている一方で、相変わらず「大げさだなー」みたいに笑ってる三人。すげーむかつくんだぜ。
「やっぱり猫だと舐めるっすよね♪」
「舐めます舐めます。私も天界で飼ってる猫には色んなとこを舐められましたマストビー」
そのお気楽な口調に頬が痙攣する。朗らかに言ってますがね大天使さん、俺が受けたことを本質的に言えば、全裸の状態で力の強い大人に組み敷かれ、要所を『執拗』に舐められたわけなんですよ? それもフィナンシェお嬢様直伝の『マッサージ』つきで
「うちも修道会に一時期住み着いとったネコにはさ、それはもう笑い死ぬぐらい舐められたで? ほっぺとか首とか」
だから次元が違うんだよ! みーみが「そうっすよね~♪」とか相槌。いつの間にか正座まで解除してやがる。ぐぬぬー。もう言っちまおうか? 何されたか言っちまおうか?
言っちまおう。
「一つ例え話をしようか?」
俺は人差し指を立てて、一同に言う。
皆が視線を向けてきた。よしよし、では聞くが良かろう穢れを知らぬ乙女ども、俺が果たして何をされたか。
「裸にされて貴方は今組み敷かれています。どうしますか?」
「ぜ、全力で抵抗するわ!」
のっけから上ずってるティラミスちゃん。それ見たことかと思いつつ、俺は首を左右にフリフリ。
「抵抗は認めますが、おそらく無駄骨ですね。なんせ貴方を押さえつけているのはキャットレディですから」
チラっと一瞬、みーみの方を見たシスター。みーみはキョトンだ。
「じゃ、じゃぁ大声出しますマストビー!」
両手をグーにして言ったエクレールちゃん。俺は彼女にも首を左右にフリフリ。
「出すでしょうね。俺もわんわん泣きましたから。でも声なんて届きませんでした」
彼女は眉根を不安げに寄せて、俺とみーみを見比べた。みーみはキョトンだ。
「私はされるがままにござる」
「男の娘は黙ってなさい」
頬を染めてお色気満載に言う巫女に即答する俺。みーみはちょっと首をかしげている。
「さて、その状態でですね。突如貴方を組み敷いているキャットレディが赤ちゃんになるわけです」
「「「赤ちゃん?」」」
皆が口を揃えていった。
「そうです赤ちゃんです。それも、とってもお腹をすかせた赤ちゃんです。そして貴方をお母さんだと思うわけです。……ところでお腹がすいた赤ちゃんはお母さんになにをしますか?」
問いかけると、エクレールが
「それはもちろん、ミルクが欲しくてオッパ」
言いかけたが、しかしすぐに顔を真赤にして両手で口を塞いだ。ティラミスも俯き、みーみだけが「にゃ? もしかして露天風呂のお話っすか?」である。男の娘は深呼吸していた。この時点で既にもうクリティカルな様子。
でももちろん続けますよ。
あれだけ彼女たちは笑ったわけですから。
「さて、貴方は力の強い『赤ちゃん』に組み敷かれて、いま出もしないミルクをあの手この手でオネダリされています。もちろんお口を使うのは当たり前ですが、ネコハンドを使ったり時にはしっぽを使ったりです」
耳まで赤くなっているお二人さん。一方みーみさんは「御主人様の御主人はあれで『出るわ』って言ってたんすけどね~。でも『下の方から』ってニャにかな?」というギリギリアウトを呟かれました。男の娘は深呼吸が『ひっひっふー』になっていた。
「それがだいたい15分も続くと、貴方は多分想像もつかない境地に達すると思います」
俺はワザと怖がらせるような笑みを浮かべ、
「理性や知性がアメのように溶け、酔ったように前後不覚になり、得体のしれぬ衝動で心拍が高鳴り、言いようのない火照りを全身に覚えているはずです」
「わ、悪かったわステビアはん!」
ティラミスだった。顔真っ赤に加えてちょっと涙目だった。
「笑ったウチが悪かった! せやからもう、堪忍や!」
彼女は言った。一方エクレールはもう両手で耳を塞いで「あーあー」言っていた。男の娘は小声で「ワッフルワッフル」言っていた。
「仕方ない」
俺は嘆息しつつ終了宣言。
まぁ本当は、そこからがあのみーみマッサージの本番だったのだけれど、ジャンルが変わるのでこのぐらいにしておこう ←実は多少盛って話してる。
ただし最後に一言だけ。
「なめなめが始まるのはそこからだったんだけどな!!!」
チーン、という音がした。
これはもしかして、皆の心境を表しているのだろうか。みな固まっている。
ふふふ、しかしようやく分かったか。
俺がいかに恥ずかしい目にあったということが!
「す、ステビアはん」
ティラミスの声が震えている。まぁ、それはそうだろう。お嬢様のセクハラ発言に馬車を飛び出しちゃうウブな彼女が、こんな仕打ちに例え言葉の上とは言え耐えられるわけがない。やれやれでもちょっとやりすぎたかな――
「御主人様!」
何があったか、みーみの叫び声とともに俺は彼女に抱かれるように横っ飛び。
「あ」 っと思う間もなく身体が流れたら、俺の頭があった位置を狩るように、黒い鎌のようなものが薙がれ、切っ先がエレベーターの内壁にメキリと刺さった。
なんじゃこりゃ!?
そう思ったとき、床に二人で転げた。キャっと小さく叫ぶも、幸いみーみが抱くようにしてくれていたので、身体はどこも打ちはしなかった。
しかしいまは、その僥倖よりも、『いったいこれは何事?』という混乱が頭を占めていて、俺は反射的に自分の立っていた後方上部を見やった。
エレベーター入口が開いている。
どうやら、さっきのチーンは扉の開く音だったらしい。
つまりこれは魔界に――レッチリ砂漠に着いたのか?
疑問に目を眇めたら、確かに外には、夕暮れ時の黄金色の砂丘が、雄大に広がっていた。
再認する。
たしかに、ここはそう、レッチリ砂漠だ。
間違いない。
――えっと、ところでさっきの黒い鎌は?
疑問に思った時、そこで俺は、天井で蠢いていた真っ黒な影に気付いた。
見上げて、そのまま放心する。
エレベーターの天井部、そこにいつの間にか、3mという巨体を滑りこませた黒い昆虫が、六本の足で内壁に食らいつき、網目状の二つの目で俺を見下ろしていた。
「は?」
その奇怪でおぞましい光景に、思わず俺はマヌケな声で呟いた。
が。
俺はこれを知っている。
非常によく知っている。
見たことはない。
聞いたことはある。
即ち知識として知っているのだ。
それもつい最近知った。
レッド・ホット・チリ・ペッパー砂漠を集団で移動する最悪の魔物。
最低限度の意思疎通は可能ながら、
しかし人間は餌としてしか認識しない。
故に何人もの犠牲者を砂漠で出して、
そして前修道女長ジェラードがいなかれば、
ダージリン修道会さえ崩壊させていたであろう悪魔のアリ。
これはティラミスから聞いた通りの姿、
――デビルアンツだ。
ショック状態のままにそれを見つめる。
カーボンのように光沢のある黒の身体は堅牢そうで、
大きなラグビー型の頭部には網目状の複眼が二つと、
腕ほどもある触覚が探るように動いている。
ガキガキと左右に噛み合わさるアゴは、大樹さえねじ切るほど強靭に思われた。
俺はそこで小さく「ひ」っと声を漏らす。
自分の後方にそんなものがいたという事実と、
いまさっきガチで死にかけていたという事実と、
そして、
いまなお間近でそのもののツラを拝んでいるという、
恐怖トリプルインパクト。
さらにはこの巨大昆虫、ワキワキとラグビーボールのような顔を俺によせて
「――」
大きな悲鳴をあげようとした時だ。
ウチの子がキレた。
「御主人様に触るな殺すぞクソムシ」
みーみだと悟るのに数瞬を要した低い声の直後、破裂音とともにムチのように迸った一撃。
視界が紙芝居のように一瞬で入れ替わる。
目の前にあったデビルンアンツの顔が消え、
しなやかに伸ばされたネコソックスが現れた。
遠くの方で豪快な着砂の音。
デビルアンツが吹き飛んだのだ。
ものの一撃。
そして必殺。
皆がこの、みーみの鮮烈な躍動に唖然となった。
戦う五線譜『メロディアス・ハンター』。
踊りが狩りのダンシング・ハンティング・マーシャル・アーツ。
『R&B』のパワームーブ。
トーマスフレアをアレンジした――首狩回し蹴り。
ネックハント・ラウンドハウス・キック。
それも予備動作ーを挟まない、ノーモーションヒット。
いまの一撃は武装こそしまわれていたようだが、
そんなものが瑣末と思われるほどの電光石火だった。
痺れた思考でも、俺は彼女の様子から、即座に起きた事態を理解できた。
みーみの、三日月のように細まった『キレ』たような瞳。
笑っているとさえ見間違えるほど、怒気に歪められた口元。
そこから覗く、普段は見せない獣としての牙。
ピンと張った猫耳。
この有り様、とてもネコ娘などとは言えない。
むしろこれは、この様相は――
人狼とでもいうべき獰猛さが、彼女からは滲みでいた。
しかしつまり、それほど。
みーみはかつてないほど怒っていたのだ。
理由はもちろん、
俺が、御主人様が殺されそうになったからだ。
――即ち、
デビルアンツは、正真正銘みーみの『本気』の力で蹴り飛ばされたのだ。
これを見れば、先日のアミーゴたちとの格闘で、如何に彼女が遊んでいたのかが明白である。
比較は愚か、同一とも思えない。
しばらしたあと、一転、みーみがいつもの端正かつ可愛げのある表情に戻るやいなや、彼女は俺を抱いたままこちらを向いて
「大丈夫っすか御主人様!? 怪我ニャいですか!? 怪我ニャいですか!? お怪我はニャいですか!? 他にも怪我とか怪我とかニャイですか!? ボクの無限回復チュッチュいりますか!?」
「ないないない! ないからないから! もう全く何もないから! そしてチュッチュもいらないから!」
急変に焦る俺。
「脳震盪とか低血糖とか蕁麻疹とかそれもニャいですか!?」
「いまそれが心配される理由が定かでないよ!?」
「2+5はいくつですか!?」
「7だ!」
そこでほっと安堵するように、みーみは桃色な吐息をはいてから、そっと立ち上がった。
「い、いきなりなんやったんや今のは?」
尻餅をついてるティラミスの声。それはデビルアンツの襲撃に向けられたものか、みーみの一撃に向けられたものか。
「い、いまのはアリさん……ですか? メイビー?」
エクレールも背中を壁に貼り付けつつ言った。
問われたみーみは、しかしその目を彼女にではなく、外に、レッチリ砂漠の方に向けてすがめている。
「……扉が開いた時、匂いで嫌ニャ予感はしたんすけど……」
囁くように彼女は言った。
「嫌な予感……でござるか?」
ポン太が腕を組みながら応答した時、みーみは俺達の方に向き直った。
「これ――」
そしてここに一つの絶望を告げる。
「大群……ってレベルじゃニャいっすね」
俺はそれを聞いて、おもむろに外を覗いた。
恐怖からではなく、その言葉を否定したくて。
そして目に飛び込んできたのは、地平線を染める真っ黒な光景だった。
最初、みたとき、地平線そのものと勘違いしていた、蠢くそれら。
俺は目を見開きつつ、ここで一つのセリフを思い出した。
それはいつか、ティラミスが姉と慕うジェラード・ダージリンが、ダージリン教会に攻めてきたデビルアンツに言っていたものだ。
――女王蟻に伝えや。もし修道会を取りたいんやったら、今の10倍デカいやつを1000倍の数で寄越してみ、言うてな。
俺はその言葉をもって、
俺はこの光景をもって、
彼ら悪魔のアリに、意思疎通の力があるということを、最悪ながら理解した。
どうもどうも無一文です^^
セフセフ? セフ?
さてともあれ。
第二章のメインイベント、これより幕を開けます^^
ここまでプレイして頂けたプレイヤー様には
是非付き合っていただきたい展開が待ち受けています。
どうぞどうぞお楽しみに^^
追伸:過去話をちびちび文章校正などしてます。
一気投稿したものはやっぱり読み苦しいですね(爆)




