20:討伐か相談か
龍帝住まう社殿の中。
青畳の匂いも香ばしい、居間に並べられた美味しそうな御膳を前にし、
凍結している青髪少女と、
白骨化している日焼け娘と、
珍獣見つけたような目で見ている大天使。
龍帝による第一声、それがまさかのオッパイ連呼につき、空気はマジ氷点下である。
その三人の対面では、巫女が笑顔のままに石化している。
目も鼻も口も、微動だにしない。
その隣では、今もピクピクしている白いフサフサ物体――龍帝。
こんなものが『自分のボス』であるという居たたまれない事実に、彼女は耐えかねたのか。
俺はその様に、ローカルな焦りを覚えた。
どうしよう、共感できるぞと。
「龍帝でござる」
と。
ポン太はしかし改めて、お隣の真っ白なフサフサを紹介した。通算三回目の紹介をした。
それに伴って彼女の石化も解除されたらしく、ポン太は俺達に向けて居住まいを正し、
「いやはや、第一声が客人に対する咳きとは、これは失礼ござった」
――――しわぶき、
それは咳のこと。
ゲホゲホいうあれである。
「龍帝もご覧のとおり相当な高齢故、身体が相応に傷んでおられる。フッサリしておられる。だからどうか今の無礼、ここは私に免じてお許し願いたい」
彼女はそう言って、三つ指をついて頭を下げた。今のは咳であると言いながら。
俺はピーンときた。
なるほど。
と。
理想はきっとこう。
今しがたの龍帝によるクリアなオッパイ発言は、しかしながら俺達全員による『聞き違え』であって、即ち断じてオッパイ発言などしておらず、龍帝は単に咳き込んだだけということ。
つまりあれは発言でもセリフでも挨拶でもなんでもなくて、具体的に言えば、今のクリアなオッパイ発言は、『ゲッホゲッホ』みたいなやつで、それがたまたまついうっかり『ゲッホゲッホ』ではなく『無乳はクリティカル、微乳はスピチュアル、貧乳はプリンシパル、凡乳はリリカル、微巨乳はワンダフル、巨乳はミラクル、爆乳はマジカル』みたいな発音に聞こえてしまっただけで、別にそういうのではなくて、あれはあくまで咳であると。
そういうことにしたいんだよね。
OKOK。
把握。
そ れ は か な り ム リ が あ る ぞ ペ ン ギ ン。
しかしでも
了 解 し た ん だ ぜ ポ ン 太 。
無理があっても、道理を通さなくちゃいけない。
これはそういう場であるから、ポン太が咳だと主張するなら、今のは咳としなくてはならない。
龍界へ唐突に押しかけたにも関わらず、
ポン太が龍族の一員だったということで実現した、
この奇跡にも等しい龍帝との穏やかな面会。
これはその程度の無理を押してでも、押し進めなくてはいけないイベントなのだ。
こんな瑣末が、エクレールの天界復帰に予断を与えるなんてもってのほか。
それはティラミス的にも。
それはエクレール的にも。
あるいは、俺的にでもある。
俺はポン太にウィンクでアイコンタクト。
し わ ぶ き 了 承 。
「まぁ。そりゃ世界が一つのときから龍帝はんは居はったわけやしな。たまにはおかげん悪うなってもしゃーないな」
と、笑顔で応答するティラミス。彼女もアイコンタクトもとい空気を読んだ様子である。
「世界創造神話の最初ぐらいに龍帝さんは出てきますねメイビー。だから今の魔界や天界よりも、龍帝さんは長生きですマストビー」
エクレールは人差し指を立てていった。9を素数と間違える娘も、流石にここは外さない様子である。
――よし。
俺は内心で頷いて、さもエクレールの言葉に驚いたような表情で
「言われてみればすごいよな。いま俺達と向かい合ってるのは、そういう神話に語り継がれるような存在なんだぜ?」
「いやー、うちのジェラート姉さんが聞いてたらビックリするやろな~、龍帝はんと面会やなんて」
「天界だってビックリですマストビー。実際に龍帝さんに会ったのは、天界でもごく一部の大天使と神様だけですメイビー」
三人は以心伝心し、世間話のような和やかさで会話チェーンを繋いでいく。
場の空気も良い感じで、温度は常温に向けて上昇していった。
ポン太も内心胸を撫で下ろしている様子である。彼女も時折相槌など挟んでくれた。
しかし依然、さっきの『咳』以外はピクピクしてばかりの龍帝。
一抹の不安は拭えない。
と、そこで。
「いやー♪ すっごい気持ちよかったっす~♪ 龍界のお風呂は最高っすね~♪」
という元気いっぱいな声とともにやってきたのは、首にタオルをかけたみーみだった。
俺はすぐに、彼女の到来がどんな影響を与えるかを見極める。
そしてすぐさま結論。
――これは調度良い。
ホカホカといい匂いを発散しているキャットレディに、内心でガッツポーズした。
これは、改めて場を仕切りなおすには絶好の機会だ。
みーみをダシにし、最初から龍帝や俺達の紹介もして、ここまで接待攻勢で何となく言いそびれてきた『本題』を、とうとう切りだそうではないか。
もちろん『本題』とは、
『龍帝討伐』というエクレールの堕天御免要件について、
俺達が直々に相談しにきたという件である。
それにしても、龍界に入ってきておきながら龍帝討伐の相談とは、実に失礼かつ物騒極まる内容だ。告げた瞬間、殺されても文句は言えない。
が、しかしである。
あくまで俺達は討伐の『相談』にきたのであって、『討伐』に来たのではない。
武力を振るいにきたのではない。
話し合いに来たのだ。
それをまず、正確かつ冷静に理解してもらはなくてはならない。
即ち、俺達に敵意はないということを。
しかしながらそういうものの類は、いくら口で言ったところで得られるものではない。こういうものは行動で示すべきものである。
――――故に俺達は、
こ こ ま で 徹 底 的 に 弛 緩 し た 態 度 を と っ て 、
敵 意 ゼ ロ を 示 し た わ け で あ る 。
言われるままに衣服や武器を取っ払って無防備に湯浴みし。
出されるままにお料理を口に運び。
ともすればみーみのように寝転んで眠ってみせて。
行動で示したわけである。
敵意がないということを。
如何に謀殺を狙う刺客であっても、
こ こ ま で の 隙 は 見 せ ま い 。
そう、これまでの態度の目的はそれなのだ。
別に無意味に温泉話を挿入していたのではない。
きちんとした伏線だったのだ(ほんとです)
そして実際、それが功を奏して。
俺達はこうして一国ならぬ一界の支配者へ、ろくな護衛を伴わぬまま面会を許されたわけである。
浴衣姿、お食事を挟んでというものすごくフレンドリーな感じに。
俺は思う。
ここまでくればもう、十分伝わっていることだろうと。
俺達が、龍帝の敵の類でないことは。
では。
――――そろそろ頃合いか?
俺はまずティラミスに目配せ。すると彼女はエクレールにウィンク。エクレールはチラチラとポン太に目を向けた。
ポン太は『承った。本日の用向きにござるな?』という感じにビっとサムズアップ。ちなみに現時点で、彼女は俺達の用向きについては知らない。
さて、挨拶も新たに切り出すか。
ドキドキドキ。
胸が高鳴り始めた時、
「にゃにゃにゃ?」
と興味深そうに龍帝に目をパチクリしだすネコ娘。
「えっと~。もしかしてその、ポン太のお隣に鎮座している真っ白ニャお方が~」
とネコ娘が言いかけた時、ポン太は、これは渡りに船とばかりに、みーみの方に正座した膝を向けて、
「みーみ殿、お察しの通りこち――」
「このネコ娘のパイパイこそC++じゃ!!!!!!」
「――らが龍帝にござる」
途中、再び龍帝が『咳いた』が、ポン太が被せるように言ったので大事には至らなかった。
至らなかったよな?
後頭部に冷や汗しつつ全員で見守っていたら、みーみは
「へ~~♪ ニャンダか想像してたのは随分と違うっすね~♪ フサフサして撫でると気持ちよさそうっす♪」
等と失礼かつフレンドリーなことを言いながら、しかし場の空気的には非常に有難い発言をしつつ、みーみは俺のお隣にペタンと内股座りになった。
ちなみに今更だけれど、みーみはたいそうボーイッシュなのだが一応女の子としての自覚はあるようなので、異性即ち男性にセクハラめいた言動をされると、容赦なく『R&B』が炸裂する。
ゆえの俺の冷や汗だったのが、ひとまずやり過ごせはしたらしい。
みーみはホカホカの身体を俺に押し付けつつ
「いや~ついつい本分を忘れて長湯しちゃったっすから、その間にもう、話はだいぶまとまった感じっすかね♪?」
湯上りの気楽さそのままに、彼女は言った。しかしぬくいなーみーみ。
「エクレールを天界復帰させるために、神の仇敵たる龍帝さんをフルボッコにするっていう話は♪?」
彼女のこのセリフの直後、
再び空気が凍った。
「ニャ~♪ こうやってお食事も済んで和やかに話してるところを見るに、ニャんだか解決したっぽいっすね♪ で、果たしてどんニャ具合になったっすか♪? ニャッたっすか♪?」
零下273度の空気になっているにも関わらず、このキャットレディはウキウキとした様子で言った。
「ねぇねぇ御主人様♪ どうなったっすか♪ そこのフサフサはあっさりボコられてくれることになったっすか♪?」
早く早くと、まるで子供がおとぎ話の続きを親に急かすような口ぶりで、彼女は俺の浴衣の裾を引いた。果たして今この瞬間どんニャ具合になったのか、そんなの俺が知りたいよ。心のなかで俺は号泣だった。ここまで構築してきた雰囲気が盛大にクラッシュだもの。こんなのウェディングケーキに空手チョップするよりヒドイ。
今回は本当に奇跡のような展開だった。
無計画のまま勢いだけで龍界を目指し、荒ぶるロケットの中で龍帝に対する様々な対応策を巡らせていたのだが、しかし頭の悪い俺である、どれも下策だと途方に暮れつつ、龍界へはあっという間に着弾(着陸的な意味で)。
到着後、不発弾のような姿になったクリー・エクレールを振り返り、『ああ。龍帝への策のみならず脱出手段まで尽きたか』と絶望していたら、俺はそこでポン太(@まさかの巫女姿)と出会ったわけである。
俺とティラミスはそのつもりはないのだけれど、彼女にとって俺達二人は大の恩人ということで、どうぞどうぞあがって下さいな、という運びとなった。
そこで俺のスマホが――。
――フィナンシェお嬢様からの【返信メール】を着信したのである。
何に対する返信メールかと言えば、それは、ティラミスには口が裂けても言えないのだけれど、今回の龍帝に関する相談事である。
具体的には、『どうやれば龍帝の信頼を得られるか?』というような内容だ。
ここで、お嬢様に『討伐の相談』をしなかった理由は二つである。
一つ目は、測定不能天使エクレールをして、龍帝の討伐は『楽やあらへんな』とティラミスが言ったこと。
これで、俺の中ではもう『戦う以外の選択肢を検討しよう』という考えになってしまったのだ。
二つ目は、そもそもそういう相手の倒し方を俺などが聞けば、聡明なフィナンシェお嬢様のこと。一発で事情を看過し、問答無用で飛来して問いただしてくるのは用意に想像できたからだ。
それは、大天使エクレールがいる間は絶対に避けなくてはならない。
メールを送ったタイミングは、ダージリン教会にて、俺がエクレールの『堕天御免要件』を聞かされた直後だ。
より具体的には、ティラミスが、世界創造神話について語っていた時である。
俺はそのとき、メールを打つのに夢中だったので、彼女の有難い話を聞いていなかった。
なので呟いたセリフは、
――なるほど、根源過ぎて逆に分からん。もうちょっとスキップ宜しく。
である。如何に話を聞いていなかったか、それは、ティラミスのセリフに割り込んだことからも明らかだろう(ごめんなさい。普段はきちんとお話を聞く子なんです)。
ではその時分に送ったメールの返信が、
何故、龍界に到着するまでやってこなかったのか。
フィナンシェお嬢様からの返信が遅かったからか?
ノンノン。
俺のスマホのキャリア、
『ソフティー・パンク』だからこそあり得る、
『俺のソフティーだからメール届かなかったんだ』現象である。
もちろん、このことは俺しか知らない。
敵を欺くには味方から。
故に、みーみにもティラミスにも、フィナンシェお嬢様からの最後のメールは『レッチリ』で受信したものだと言ってある。
が、これはこれで嘘ではない。
時系列的にこのメールは、『最後から二番目』のメールなのだから。
ともあれ。
さてそれでは。
そろそろご覧頂きましょう。
メールの内容は以下のとおり。
差出:お嬢様
件名:Re:そういうことで龍帝に敵意を抱かせない方法を下知下さいませ
本文:たいそう驚きの展開になっている様子ね私のステビア。このメールについては聞きたいことは山ほどあるのだけれど、どうやら火急の様子だから理由は問わず簡潔に方法を伝えるわ。よく聞いて。敵意を抱かせないためには敵意を抱かぬこと。それだけよ。本質的には徹底的に堕落し、決定的に油断しなさい。具体的にはそうね。もしも龍界に旅立つようなことがあれば、そこの温泉に入ってくつろいだり、入浴後に冷たいコーヒー牛乳など飲んだり、鹿威しの音色でも聞きながら畳で寝転んだり、美味しい御膳を頂いたりなさい。あそこはとても居心地の良い場所よ。安心して楽しむことね。何も恐れることはないわ私のステビア。私がいるから大丈夫よ。貴方に爪の先でも害が及ぶような事態になるならば、その手前の段階で私自らが龍帝を駆逐してあげるから。何も心配はないわ。閑話休題私のステビア。今回の件は近頃堕天が決まった大天使エクレールという名の美少女とはどの程度関連しているのか、気が向いたら教えてちょうだいね(はぁと)
そう。
ここまでは全て。
フ ィ ナ ン シ ェ お 嬢 様 の 手 の 内 だ っ た と い う か ら 、
恐ろしいというか頼もしい。
この下知について、俺はティラミスに、フィナンシェお嬢様の名を伏せて提案している。
そしてこの現状がそうであるように、提案は受け入れられた格好だ。
龍帝の社殿に入るとき、彼女は俺のこの提案(実質はフィナンシェお嬢様)に、こう言ってくれた。
――ステビアはんがそう言うんやったら信じるよ。ほな、せいぜい龍帝のおもてなしを楽しませてもらうわ。
いともアッサリとそういった。
その理由について聞くと、彼女はニィっと八重歯を向いて言った。
――だって、バルバドスはんとベルゼブブが決闘した時、ステビアはんはウチのいうことを信じてくれたやん? 『バルバドスはんが勝つ』言うウチの言葉をさ。……信じるって、お互いのもんやろ?
と。
俺はそれで、これを一層全うしたくなった。
なぜかというと、もちろんティラミスの信に応えたいというのもあったのだけれど、それ以上に、この件は俺が間に入っているとはいえ、実質としてこれは、フィナンシェお嬢様の提案をティラミスが承諾した格好となっているからだ。
――即ち、
これが成功すれば、ティラミスとフィナンシェお嬢様をもう一度会わせる糸口になる。
そういう可能性があるのではないかと、俺は期待していたからだ。
けれども。
「ねぇ御主人様♪ どんな感じにニャったっすか♪?」
み ー み さ ん の お 陰 で 全 て 水 泡 フ ラ グ で あ る 。
氷点下の空気の中、
1人ホカホカとしている護衛に、
ユサユサユサとゆすられながら俺は途方に暮れていた。
眠気眼で突貫作成。
あとで修正色々いれると思いますが、
ひとまずおやすみなさいです。




