18:これが噂の天然露天風呂
青畳の匂いが香ばしい、龍帝の住まう社殿の中。
俺達は縁側に腰を落ち着け、鹿威しに枯山水という和の趣いっぱいの庭園を望みつつ、抹茶と水餅を食べていた。
「冷たくて美味しいですマストビー」
お隣のエクレールはホンワリとした息をつき、龍界の涼を堪能している様子だった。
「砂漠は暑かったもんね~」
俺も竹串で水餅をつつきつつ、鹿威しの立てる『カッコーン』という小気味よい音に耳を傾け、つかの間の命の洗濯をしていた。
「古いけや~」
畳に寝そべっているみーみの、唄うような声。
「カエルのみこむ、水の音~」
俳聖の名句が多少ホラーに改変されていたが、575という和歌として風情はあったので許してしまった。
そしてそのときタイミングよく、庭の奥でポチョンという、池の水を叩く音がした。
「へ~。水仙生けてあるんや」
庭を見れば、浴衣に着替えたティラミスが雪駄を履き、池の周りをそぞろ歩いていた。
どうやら湯浴みからあがってきたらしい。
俺は後ろ向いて、気持ちよさそうに寝そべっている護衛に声をかける。
「みーみ、先にお風呂入ってきなよ」
するとこのネコ娘は、ちょっと寝起きの気怠そうな声で
「にゅ~ん……♪ ボクはもう少しゴロゴロしてるっすから、先に御主人様どうぞ」
言いつつ、彼女はゴロニャンと寝返りを打った。
そういうことなら。
俺は傍らに置いていたお風呂セットを持って立ち上がって
「エクレールはどうする? 俺と一緒に入る?」
声をかけてみると、彼女の目が輝いた。
「背中洗いっこしてくれるんですかメイビー?」
「うん。そういうわけで、入ろっか?」
俺は小首を傾げると、
「入りますマストビー!」
彼女もお風呂セットを持って立ち上がった。
別館へと続く檜の廊下を、二人で進む。
ここからも、情緒ある庭を望めるような造りになっていた。
外と内の境界が希薄なせいか、開放感たっぷりだ。
木の床は素足にひんやりと心地よい。
屋内とはいえ、裸足で歩くというのはなかなか新鮮だった。
しかしながら、顔が映るほど磨きこまれた木目の艶を見れば、なるほど。土足などもっての外だと思った。
「これがショウジですかー。本当に紙でできてますマストビー」
龍界特有の調度である、紙と木で出来た引き戸を、エクレールは珍しげに見ながら言った。
彼女は人差し指で、紙の張られたアタリをつんつんしている。本当に好奇心旺盛な子である。俺はクスリとなった。
歩いて数分、少し開けた部屋に出たかと思うと、暖簾のある入口が二つ程出てきた。
二つの色を見比べる。
ひとつは臙脂色で『女湯』とあり。
ひとつは濃紺色で『男湯』とある。
確か、俺達は臙脂色の方だったはずだ。
「こっちだね」
俺はエクレールの手を引いて暖簾をくぐった。
さっそく、脱衣所の方から檜の良い匂いと温泉の香りが漂ってきた。
しっとりとした湯気に、心がウキウキとなる。
さてさてそれでは、噂の天然露天風呂とやらを堪能して参りましょうか。なんでも美肌と肩こり解消に効果があるそうな。
ありがたやありがたや。ふふふ。
*:しばらくお待ち下さい。
「いや~、良かったね!」
「すっごく気持ちよかったですマストビー!」
二人して浴衣に身を包み、リラクゼーションルーム的なお部屋で冷えたコーヒー牛乳の瓶を掴んでいる、俺とエクレール。
ティラミスから聞いた噂の天然露天風呂。それはもう、文句なしの5つ星温泉だった。
サウナはあるし薬湯はあるし、休憩用のリラックスチェアもあればミストサウナ、岩盤浴も完備。
温泉にしたって赤湯と白湯があり、赤湯は身体が芯から温まるし、白湯はとろみたっぷりだった。近くには冷泉まであって、長時間の入浴でも、心地よく楽しめるようになっていた。しかもそれらが、綺麗な庭園をもしていたというからもうびっくり。
まさに極楽の湯だった。
俺は冷えたコーヒー牛乳を、ゴクゴクと一気に流し込み、
「っぷはー! 至福!」
満面の笑みで口を拭った。
火照った身体に牛乳のヒンヤリは最強である。
かたらエクレールの方は、可愛らしくチビチビと両手で飲んでいた。
俺は彼女の方を向き、
「エクレール。こういうの一気に空けたほうがうまいんだぜ?」
こうグイっと、と手を傾けてアクションする。彼女は小首を傾げて
「え、そうなんですか?」
「そうそう。さぁさぁ。ぐいっといっちゃいなよ」
そうして勧めてみると、エクレールは意を決すようにウンと頷き、そのままビンを両手で掴んでごくごくごく。ごくごくごく。
そこに、みーみがお風呂セットを持ってやってきた。
「あ、御主人様とエクレール、もうあがったんすか♪?」
尋ねるネコ娘に俺は頷く。
「今しがたね」
「にゅ~~、残念。もう一回一緒に入って色んなとこ洗いっこしませんか♪?」
「謹んでお断り致します」
ネコハンドをわきわきさせているネコ娘に、俺はきっぱりと言っておいた。こんなのと裸で二人とか御免被りたい。みーみは「ちぇ」っと言ってから、しかし何か閃いたかポンとネコハンドを叩いて
「あ。そういえば、御主人の御主人からメールあったすか♪?」
言われて俺は、浴衣の袖からスマホを取り出した。
メーラーを立ち上げ、参照する。
フィナンシェお嬢様からの新着はなかった。
というか、圏外だった。
「ダメだな。やっぱりここは電波届かないっぽい」
俺はスマホをしまった。レッチリで最後に受信したメールでは元気そうだったけれど、内容がほとんど廃人ゲーマーめいてたような。一抹の不安。
「そういえば、スマホのキャリアどこでしたっけ御主人?」
みーみの問い。
「え、ソフティー・パンクだけど?」
「あ~あそこだと全然ダメっすね♪ それじゃ魔界の中でも結構厳しいっすよ♪」
それは重々承知。デパ地下とか絶対無理なのである。
俺は腕を組んで
「そうなんだよね~。今のとこソフティーのメリットって、『俺のソフティーだからメール届かなかったんだ』って言い訳ぐらいしかないんだよね」
しみじみ言った。
「それじゃあ御主人様♪ ボクと一緒にドコデモ入らないっすか♪?」
それはまぁ、常々考えてきたことではあるんだけど
「でもソフティー・パンクの社長、もうすぐプラチナ回線いれるとか言ってたしもう少し待ってみようかと思うんだ」
本音はキャリア変更メンドイというのがあったりする。俺の端末、シムフリーじゃないんだもの。
「ボクはそれ信じない方がいいと思うっすけどね~♪」
みーみがネコハンドを組んだ。
「昔、ソフティーってスマホの料金プランで『ゴールドプランDX』を発表したとき、公取入ったっすよね♪?」
公取とは、魔界公正取引委員会の略で、簡単に言えば詐欺めいた商売をするところを断罪する怖い組織なのだ。ちなみに同系列に魔界児童ポルノ撲滅委員会というのもあるが、あっちはもっと怖い。
俺は回想する。
「そういえばなんかあったね。そんなの」
確かソフティーの社長さん、昔Arcadia戦姫ニュースに出ていたような。『スマホ維新!』とか書かれたパネル持って。
「つなぎ放題無料とか歌いつつ実際は特定の時間帯だけだったりしてたっすよね♪」
「そうだったっけ?」
「そうっすよ♪ それでホワイトとかダブルホワイトとか出来たっす♪」
「みーみスマホ事情意外に詳しいのね」
俺は微妙に感心していた。
そこでふとエクレールのことを思い出し、
「そういえばエクレールってどんなスマホだっけ?」
尋ねると、ようやく牛乳を飲み終えたらしい彼女は、口周りにブラウンのリングを作って
「私はガラケーですマストビー」
と言って、折りたたみ式のを見せてくれた。
みーみと二人して興味津々と覗きこむ。
「おー。有機ELパネルはやっぱり黒が綺麗っすね~♪」
「ZONYスタイル限定ですマストビー。私はメールと電話だけできたらいいのでこれで幸せですメイビー?」
「まぁあんまり頻繁にネットしないならスマホである必要もないよねー。みーみとかヘビーユーザーだけど」
「ボクは一日一回はまとめブログみないと精神安定しないっす♪ しょんぼりアンテナとか俺様ゲーム速報とか」
「若干中毒だよみーみ」
「確かにそれだとガラケーは厳しいですマストビー」
そんなスマホ談義などをしていたら、ティラミスがやってきた。
「お~い、そろそろ夕食やで~」
と。
俺とエクレールは「それじゃ、行きましょうか」「はい」という感じに連れたち、みーみはそのまま「でわでわのちほど♪」とそのまま温泉に向かった。彼女はゴハンを食べなくても大丈夫なキャットレディなのである。
――――さて。
それではいよいよ、
龍帝に今回の件を話す時が来ましたか。
俺は努めてリラックスした気分で、しかし静かに決意を固めた。




