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魔法とスマホの魔界戦記RPG  作者: 常日頃無一文
第2章:ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪ ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪
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14:そして旅立つ薄闇の世界へ

 ひと通りの話を聞き終えた俺は、「そういうわけだったのか」という、たいそう有り触れた返事をした。


 ティラミスの過去、ポン太との出会い。彼女がここに留まろうとした理由、彼女がネクロポリスに赴いた理由。

 そして、バルバドスと知り合った理由。


「ウチがこんな風に髪をくくったり、こんなレッチリ弁になったんは、まぁ今更言うまでもないけど、ジェラート姉さんの影響なんや。それから今もそれを続けてる理由は、あの雷乙女ジェラートの格好してる限り、教会はデビルアンツに襲われへんって感じやね」


 そう言ってからティラミスは頭を小さくかく。


「へへ。なんやポン太の話から逸れてもたな」


 照れくさそうに笑った。

 彼女は、教会を守るためにジェラートに似姿を取ったと言っているが、俺は本音は違うと思う。それこそ言わずもがなだ。


 エクレールとみーみは、グスっと鼻をすすっていた。


 目も真っ赤で、まるでウザギのような有様だ。本当に涙もろい子たちである。俺のゴシゴシは目にホコリが入っただけ。


「それで結局、その、ジェラートさんはネクロポリスにいたのか?」


 ハンカチで目元を拭いながら問いかけると、彼女は首を左右に振って否定した。


「おらへんかったわ」


 と。

 ただし、それは柔らかな笑顔で。


「ウチが行くまでもなく、ジェラート姉さんは天界の方へ厄介払いされとったみたい。クーサレ語駆使してゾンビや亡霊に聞きまくったけど、ジェラートなんて修道女、知らんって」


 ティラミスはそう言って、おもむろに教会を見上げた。

 その目はけれども、天井を飾る年代物の建築美を眺めているのではなく、その先の、ずっと上空に向けられているようだった。


「……修道会の規則破りぐらいでは、魔界行きはあかへんかったんやね」


 つぶやく彼女の横顔は、どこか清々しかった。


 それを見ていて、不思議と俺は救われたような気になった。


 ジェラートが、どんな修道女であったか俺には分からない。けれども、その影響を一番受けたであろうティラミスの性格や、その行動、あるいはいまの話から、少なくとも彼女がどんな人格の持ち主だったかは類推できる。

 そしてそれは、やはり魔界にとっては鼻摘みのような人物像だと思われた。だからもし、彼女が死後にネクロポリスにやって来たのであれば、その瞬間にも、彼女は天界へぶっ飛ばされてしかるべきだろう――俺はそう感じた。

 そして実際に、ジェラートはそうであったらしいから、俺はこんな気持ちになったに違いない。

 ジェラートのような人が、死後に集まる場所が天界なら、死後の世界は悪いところでは無さそうだ。

 と。


「あのさ、ティラミス姉さん」


 声をかけたのは、目が真っ赤のみーみだった。ティラミスが「ん?」と振り向く。


「ボクが生まれる前のことは良く分かったんだけれど、でもボクは、いつ姉さんに拾われたんすか?」


 そう言えば、ティラミスの過去話の中には、みーみに関することは何も言及されてなかったっけ。


 桃猫になる以前の、桃だったみーみ。


 そのときのみーみは、一体、どこでティラミスと出会ったのか。

 彼女はそれを知りたいのだろう。


 ティラミスはみーみの方を向いて言った。

 

「砂漠に落ちてたで?」


 衝撃の事実! みーみは砂漠に落ちていた!


 みーみが死んだ魚の眼になった。

 反面、スコップ片手にエクレールの目が輝いた。どこから取り出したのソレ?


「――というのは冗談でさ」


 ひでー冗談である。おお、みーみが安堵の溜息吐いてる。反対に今度はちょっとエクレールがガッカリしてる。砂漠掘って手に入れようとしていたのだろうか。


「ここに入ってたんよ」


 ティラミスはそう言って、自分のフードを指さした。


「バルバドスはんからもらった、このマドンナリリーのローヴにさ」


 彼女は以前、その事についてバルバドスに尋ねてみたことがあるそうなのだが、当時、ベルゼブブの目を欺いてローヴを手に入れたバルバドスは必死だったようで、どういう状況でみーみの桃が紛れていたのか、彼自身にもよく覚えていないらしい。


「確かこれをバルバドスはんが手に入れた経緯は……」


 ベルゼブブによるダージリン修道会への襲撃前夜まで、バルバドスは、なんとかティラミスの身を隠せるものはないかと、虜囚の身にまで落ちぶれつつも、しかし探せる範囲で旧ベンダシタイナー城を探っていたらしい。そしたら、地下にそのローヴはあったのだという。


「そんでそれを咄嗟に被ってみたら、全身が骨になって『びゃああああ!!』ってワメいたらしいわ」


 俺はガイコツフードになったバルバドスを想像する。


 ――むぅ。


 カエルの骨ってどんな感じなんだろ? 


 じゅるり、っと音がしたので、『またみーみか』と振り向けば、エクレールだった。

 目をキラキラさせて『死神カエルさん』とか呟いてる。この子の感性かわってるかもしんない。そしてそんな子にヨシヨシと愛でられてるみーみがちょっと不安そうになっていた。

 俺は腕を組む。


「しかし、適当にスカリンとかスルーしてたけど、考えてみれば変わった衣装だよな。裏返して着れば死神ってさ」


 マジマジと見ながらいう。

 深い蒼色をしたこのローヴ、生地はサテンかシルクだろうか。随分とサラサラしていそうだ。そして刺繍による模様は、蒼の生地によく映えた白百合マドンナ・リリー。上品で美しい取り合わせだと思った。


「ウチにも詳しくは分からへんねんけど、まぁ相当年代モノや言うのは、造りで分かるけどね」


 彼女は言った。

 ローヴはティラミスによって丁寧な手入れが為されているとはいえ、しかし経た年月までは隠せない様子。ところどころに、相応の痛みは見られる。


「さて、昔話もこれでしまいにして、ささっと龍界に行ってまうか」


 ティラミスは、発起するように元気のある声で言った。


「エクレールはんが堕天したまんまやったら、この修道会もお開きなってまうし、ジェラート姉さんも堕ちてきてまうしな」


 彼女はそう言った。

 ティラミスが、エクレールを天界に戻そうとする理由に、俺はもう疑問を抱いたりすることはない。彼女は自分の為にも、姉と慕う人のためにも、そして、ダージリン修道会修道女長としても、エクレールは天界にまします大天使でなくてはならないのだ。


 けれども。


「あ、あの……」


 少し躊躇いがちに声をかけてきたのは、やはりエクレールその人だった。


「私、その、でも」


 ティラミスの顔をチラチラと伺いながら、上目遣いになったり目を伏せたりしている。エクレールのそのさまは、まるで悪戯したことを親に報告する子供のようだ。

 そして彼女は、思い切った様子でキュっと拳を作った。


「私は、天界よりもここにいたいですマストビー!」


 そして俺が予想していたことを、彼女が言った。

 これについても、疑問に思うところは何もない。

 エクレールがどういう経緯で天界から堕天してきて、どんな気持ちと理由でここで泣いていたのか。今更それを蒸し返さなくてはならぬほど、俺もそこまでバカではない。

 そして、

 その上で彼女が、天界への復帰を望んでいるのかどうかも。


 ティラミスはしかし言う。


「エクレールはん、ウチらとホンマに一緒にいたいんやったら、エクレールはんは天界に戻らなあかへん」


 その口調はもう、断定の域だった。ついさっき、一緒にエクレールの話に涙を流していたティラミスとは思えないほどに。


「ど、どうしてですか? 私は、今このティラやステビー、ミーミーと一緒にいられたら、他に何もいりませんマストビー」


 エクレールの声はすがるようだった。そして僅かながらも戸惑いも込められていた。どうして、自分を引き離すようなことを言うのかと。


 ティラミスはそれを諭すように言う。


「一緒にいられたらって。それやったら、エクレールはんはいつまでウチらといてくれるんや?」


「ずっとです! 永遠です! マストビーです!」


 大天使は即答した。迷いのない目と口調で、ハッキリとそういった。

 精神的に幼い彼女が、『永遠』という言葉を口にしたせいだろう。俺はその意味を正確に計りかねていた。それは『とても長い』、あるいは、『死ぬまで』、という比喩なのだろうか。


 ティラミスが応える。


「……永遠か。けれど、ウチら天使やのうて生き物やからさ――」


 決定的なニュアンスを込めて。


「あと長うても、60年そこいらで死んでまうんよ」


 その直後、エクレールから感情の色が消えた。

 まるで吹き消されたロウソクのように、エクレールは大人しくなった。


 悲嘆な表情が消失し、変わりにややウツロともとれるような、そんな力の抜けた顔をして、ティラミスの目を見ている。


「……あと、60年」


 言葉の意味を確かめるように、エクレールが改めて呟いた。


「60年。あとたったの、それだけなのですか?」


 信じられない、というような様子だった。


 60年が長いのか短いのか、それの判断ができるほど俺はまだ人生を生きていない。けれども、エクレールにとっては、いまの悲しみも吹き飛ばしてしまうぐらい、短かったらしい。


「本当に、本当にそれだけしか、生きてられないのですか?」


 メイビー? と、改めて確認するように、彼女は言った。ティラミスは頷く。


「人間はそういうもんなんよ。みーみはまぁ、成長の速さがウチらと違うから、いくらかウチやステビアはんとは違いが出るかもせえへんけど、それでもそう変わるもんやないと思う」


 ティラミスは言葉を濁しているが、成長が早いというのは、つまりそれだけ、命の道を歩む速度が早いということである。

 つまりエクレールがこのまま残ったとして、彼女が俺たちと一緒にいられる時間は驚くほど短く、そして、みーみと一緒にいられる時間はさらにということだ。

 

 ――もちろん、俺とみーみがいられる時間も。


 ふと彼女の方を見る。表情はどこか寂しげだった。

 猫耳も少ししおれている。


 ――もうちょっと甘やかしてあげようかな? 


 俺はそう思った。


 しかしながら、


 命には限りがある。

 こんな当たり前なことでも、口に出して言われて、実際に声として耳に聞き、再確認すると、急に何か、儚いような気持ちになってしまう。


 ―――人間って、いつか死ぬんだ。

 と。

 場所が教会で、語り手がシスターだからか、漫然とそんな当たり前なことを、俺は噛み締めてしまった。


 ティラミスは続ける。


「そうして60年が過ぎてウチらが死んで、そのまま天界へ行って、そのときエクレールはんが魔界にいたら、エクレールはんは1人でどこに行くんや? アテはあるん?」


 エクレールはうつむいて、ゆっくりと首を左右に振った。

 彼女が落ち込むのは分かる。

 エクレールに言わせれば、『たったの60年』先に、待ち受ける運命がそれだと、教えられたわけでなのだから。


 そしてティラミスは、結論を言った。


「そのときウチらを、天界で迎えてくれへんの?」


 エクレールが顔を上げる。


「そこから先の永遠を、一緒におってくれへんの?」


 ティラミスのこの言葉には救いがあった。


 限りある命。

 その命の終わりは――、

 ――死後での生誕なのだ。


 『輪廻』という言葉を、昔、フリプール村に訪れた別の宗教家より聞いたことがある。

 その宗教では、生物は生まれたり死んだりを、グルグルとサイクルのように繰り返すらしい。これを『輪廻』といい、そして、そのサイクルから抜けるのを『解脱』とか言うそうだ。なんでも、魂が未熟なウチはこの『輪廻』を繰り返し、一定の徳というものを積めば、魂は『解脱』するのだそうな。

 もう、生も死も必要ないと。

 けれども、俺達の信仰する『世界創造神話』では、生物は一度死んでしまえば、後は天界に行くか魔界のネクロポリスに行くかだけで、その後はずっとそこで暮らすことになっている。


 円のように繰り返すのではなく、

 線のようにひたすら延長なのだ。


 つまり、エクレールにティラミスが問うているのはこうである。


 堕天したまま、この60年だけを俺たちと暮らすのか。

 あるいは、

 天界復帰し、60年後に天界で、永遠と一緒に暮らすのか。


 そういうことを聞いている。

 

 そのことを理解したエクレールは、「わかりました……」と、けれどもちょっとだけ元気無さそうに頷いた。


「よしよし、さいか」


 ティラミスが微笑んで、その頭をなでる。エクレールの表情も、それで解れた。

 全く、これではどちらが信仰し、どちらが信仰されているのか分からない構図である。


 そこで俺は、二人の様子を、なんだか指を加えて見ているみーみに気付いた。


 ――60年ね。


 俺は静かに歩み寄り


「ねぇ、みーみ」


 語りかけ、「ニャんです御主人様センパイ?」と振り向いた彼女の頬に、そっとキスをした。そして、今のでショック状態に陥って目をマルマルとしている可愛い護衛を抱きしめ――でも身長差的に抱きつく格好――て、


「いつも傍にいてくれてありがとうね。みーみ」


 自分らしくない、それはとても女の子らしい言葉で、みーみに感謝の気持を述べてみた。そしてもう一度、軽く伸びをして頬に口を付ける。相変わらず桃のような香り。甘くて春の香りがする、心地良い匂い。

 こういう恥ずかしいセリフを言えるチャンスは、人生で限られている。

 ならば逃す手はないだろう。

 だから俺は言った(言っちゃった♪)。


 そっと腕を解いてみーみを見れば、彼女は始めてハチミツを舐めた猫のような顔をしていて、俺の方を呆然と見ていた。

 そしてネコハンドで自分のホッペをグイグイ引きつつ


「こ、こんニャ出来過ぎてボク得ニャ展開が現実で起きるわけがニャい!」


「大丈夫だよここリアル魔界」


「もしかしてボクはレッチリ砂漠で行き倒れててこんニャ幻想を見ているのではニャいのか!?」


「いやいや、きちんと辿り着いてるから」


「もう一回ぐらいニャいとこれが現実かどうか分からニャいニャ!」


「もうちょっと上手に誤魔化そうねみーみ」


 所詮は猫知恵なりけり。なむなむ。

 思いつつ向きを変える。みーみはけれど、その日すごくご機嫌だった。


 さて。 


「龍帝がどんなのかは分からへんけれど、まずは会うてみよ思うねん」


 ティラミスは、振り向いた俺に言った。

 隣のエクレールの明るい表情を見るに、どうやら彼女の方も踏ん切りはついたらしい。

 しかし、


「行くって、そう簡単にいうけど、天界と魔界の間にあるんだろ? どうやって行くんだ?」


 ティラミス自身から聞いた話ではあるけれど、龍帝の住まう龍界は別名『薄闇の世界』。天界と魔界の狭間に存在するという、何とも遠そうで訳の分からない世界である。よし行こうと思って、そして気軽にいけるような場所ではないのではないか。


 俺はそういうわけで尋ねたのだが、しかしこのシスターは


「どうやってって、そんなの」


 まるでさも『これしかないだろう?』というような表情で


「ロケットやけど?」


 俺とみーみは、顔を見合わせた。

 エクレールはシャドーボクシングとかしてやる気満々だった。

空き時間にささっとポチっと。

第二章はいよいよクライマックスに差し掛かっていきます。

今回も伏線バリバリに貼ってるんで、予想などしてみてください^^

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