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魔法とスマホの魔界戦記RPG  作者: 常日頃無一文
第2章:ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪ ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪
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12:雷乙女ジェラート・ダージリン

 ダージリン修道会に入ったばかりである新米シスターのティラミスは、ある夜、不審な音を聞いて修室で目を覚ました。


 囁くように小さく耳に入ってきたのは、カサカサカサという、乾いた藁を混ぜるような音だった。

 いったいなんだろうか。

 ティラミスは身を横たえたまま、神経を針のように尖らせる。そして耳に意識を集中し、音の在り処を探った。


「……」


 音の出処は修道院の外、納屋の方から聞こえているらしかった。

 彼女はムクリと体を起こす。


 普通であればおそらく、とても気付けないような些細な音に、こうして敏感に反応できたのは、恐らく。ティラミスは明日、初めてシスターとして懺悔室に入るからに違いなかった。

 ティラミスはベッドに潜ってからもそのことを考えていて、消灯時間になってもなかなか寝付けずにいた。しゃべってはいけないことを言ってしまわないか。何人ぐらい来て、どんなことを言ってくるのか。

 遅くなって夢現になっても、色々な懺悔内容とそのやりとりを、ぼんやりシミュレートしていたのだ。

 要するに、緊張で気が立って、眠りが浅くなっていたのである。


 ティラミスはベッドから這い出、頭元のランプを手に持った。


「まさか泥棒じゃないでしょうね」


 呟いてから、1人静かに部屋の外に出た。


 当時12歳のティラミス・ダージリンは、まだ言葉にレッチリ訛りもなく、肌の色も今とは違って、ミルクのように白かった。

 中身もまた同様、今とは異なり、年相応の幼さと向こう見ずなところがあった。

 それは例えば、明日の懺悔当番で夜も眠れなくなるほど緊張するくせに、こうして夜一人で修道院を抜け、檜の棒を手に不審者のいる納屋に赴くことは、しかし全然怖気づかないという、そんな矛盾のような心持ちがそうだった。

 しかしそれは、彼女に言わせてみれば、

 ――緊張と正義は別物よ。

 ということだそうだ。

 

 砂漠の夜は大層寒い。

 ティラミスはブランケットを羽織りつつ、白い息をしながら夜の境内を歩いた。氷点下近い、身を切るような寒さに、手がかじかむ。

 ぎゅっと肩を抱いて進みつつ、風鳴を聞いて、ふと教会の方を見た。

 闇で真っ黒に塗りつぶされたそこは、魔物でなくとも、ゴーストが出るにはおあつらえ向きの雰囲気だった。

 ティラミスはつぶやく。


「お守りください、大天使エクレール」


 呟けどしかし、彼女は臆さなかった。


 納屋までたどり着くと、やはり中には誰かがいる様子だった。

 入口に体を横付けし、そっと中を伺う。

 暗くてよく見えないが、何か大人の女性のような影が、食料品の入った袋を漁っていた。

 ゴクっと喉が鳴る。

 

 ――デビルアンツじゃないみたいけど、大人の人だ。やっぱり泥棒ねきっと。


 さて、先制攻撃のチャンスだ。ティラミスは改めて気を引き締める。

 けど、このまま1人で戦えば、自分は返り討ちにされてしまう可能性が高い。なにせ、自分はまだLVは3だし、武器だってこの棒きれ一つなのだ。

 さてどうしよう?

 他のシスター達を起こして来たほうが良いのか。あるいは、この好機を逃さず突っ込んだほうがいいのか。

 彼女は暗がりで動く影を伺いながら、それを見極めようとした。

 そのときである。


「ふ~、大層なご馳走でござった」


 影が声を発した。

 それは柔らかく艷やかで、随分と美しい女性を想起させる声だった。

 ティラミスは身体を固くしてさらに様子を見守る。


「それではこのまま、今夜一晩の宿をお願い致そうか。ご免」


 影は続いて、そのままそろっと横になった。

 そのまますぐに、寝息。

 侵入者とは思えぬ、そのあまりに弛緩した態度に、ティラミスは驚くよりも先に戦意が湧いた。

 これは絶好の機かもしれない。

 ギュっと檜の棒を握る。

 いくら大人が相手でも、寝ていればそのまま気絶させるぐらいの一撃は、自分でも与えられるはずだ。

 ――よし。

 決心した。

 しかしそこで、ティラミスは、自分がいま二つの魔法を使えることを思い出した。


 一つは、里を出るときに習ったステータス参照魔法『みるみる』。

 もう一つは、ここの教会に受け継がれているLVダウン魔法。


 ティラミスは、昔聞きかじった言葉を反芻する。


 ――敵を知り己を知れば百戦危うからず。


 彼女はそっと、ステータス参照魔法を唱えた。

 納屋の外に、蛍のような淡い光が疾走る。



 名前:ポン太

 職業:流浪人(???)

 LV:2



 彼女は思った。


 これは、本当に単なる泥棒ね。

 それも素人の。


 まだ魔法を操る技量が未熟だったため、ステータス詳細までは分からなかったが、自分よりLVが下だと分かれば問題ない。

 私だけでもいけるわ。

 彼女は確信した。

 しかしながら、ティラミスは思いの外慎重で冷静だった。彼女は高ぶる気持ちに油断大敵と反芻してから、


「ハ!!」


 気合一発飛び込むと同時、


「喰らいなさい!」


 攻撃ではなく、LVダウン魔法を唱えた。

 影が驚いて振り向いたその顔に、ネズミ花火のような螺旋の光が命中する。


「ぴぎゃ!?」


 っという間抜けな声。よしこれでアイツはLV1のはずだ。生まれたての赤子も同然。

 ティラミスは檜の棒を右手で振りかぶり、


「この泥棒め! ダージリン修道会のティラミスが成敗してやる!」


 左手のランプをグイと突きつけ、その正体を白日のもとに晒す。

 そして一撃を食らわそうと全容を捉えた瞬間、


「あ、あれ?」


 彼女は拍子抜けした。

 一体どういう見間違えをしたものか。

 そこにいたのは大人の女性などではなく、マルマルとお腹を膨らませた、そして如何にもプニプニしてそうなペンギンだったのだ。

 これはどういう事か?

 ピタっと静止してしまうティラミス。


「…………」


 つぶらな瞳で、そんな彼女をじっと見つめてくるプニプニ生物。

 構えたままキョトンとしているティラミスに、やがてペンギンはおもむろに頭を下げ、


「夜分遅くに失礼致した」


 ビクっと震える。


「驚かせて申し訳ない。この通りでござる。どうか平にご容赦願いたい」


 ペンギンが、

 しゃべった。


 ティラミスは頭が真っ白になる。プニプニは続ける。


「今更のことのようで恐れ入るが、ここで僅かばかりの食料を頂戴した」


 平たい手の指す先には、おおよそ全修道女の3日分に相当するパンの袋か、ペタンコになって畳まれていた。

 ソレも大概ショックだったか、しかしそんなものより、眼前のプニプニのほうが、ティラミスにとってはヤバかった。プルプルと震えてくる。


 ――砂漠にいるはずのない南国生物が、


「驚かせるつもりは全くなかったのだが」


 ――やたらとイイ声で、それも戦国言葉を話し始めたもんだから


「しかしどうやら、そなたの安眠を妨げてしまったようでござるな。重ねて申し訳ない」


 ――いい加減勇敢少女ティラミスもパニックを起こし、


「閑話休題。私の名は――」


「とぇありゃあああ!!!!」


 ポコン!


「ぴぎゃ!?」


 プニプニの頭に一撃。ペンギンは「おおおお」と頭を両手で抑えて悶絶しつつも、しかし既に二打目の構えに入っている少女に


「ちょ、ちょっと待つでござる!? 私は決して妖しいものではご」


「うるさい問答無用よ泥棒ペンギンめ! とえりゃぁあ!!」


「ぴぎゃ!? ちょ、冷静になるでござる!」


 こうして夜の納屋の中、修道少女と戦国ペンギンの騒がしい追いかけっこが始まった。


「は、話を聞いてほしいでござるよティラミス殿! 繰り返すが私は決して妖しいものではござらんよ!」


 ヨチヨチ逃げながらペンギンは必死に弁明する。


「うるさいうるさい! 夜の修道会の納屋でゴハン食べてるペンギンが昔言葉で妖しくないなんて言っても全然説得力ないんだから!」


 ティラミスは破れかぶれに棒を振り回しながら追いかける。


「ティラミス殿! どうか落ち着いてくだされ! そのように滅法に振り回されては納屋の中が散らかり放題になるでござる!」


「うるさいわね! だったらおとなしく私に殴られなさいよこのゴザルペンギン!」


「それは勘弁でござる! 私のHPはもう残り3しかござらん!」


「だったらせめてあと2発は喰らいなさいよプニプニー!!!」


 バタバタバタ。

 ドタドタドタ。

 ブンブンブン。

 べんべんべん。


 いくら真夜中、いくら修道院から離れた納屋とはいえ、

 流石にこれだけ派手に1人と一匹が暴れていては、

 熟睡中のシスターも目を覚ます。


「誰やそこにいるのは!?」


 外からの声に、ビクっと1人と一匹は固まった。

 ティラミスはグっと握った拳を口元に手を当てて


「わわわ! どうしようジェラート姉さんだ!」


「知り合いでござるかティラミスどの?」


 ポン太が逃げ足を止めて尋ねる。


「知り合いも何もここの修道女長エルダー・シスターよ! 怒ったらデビルアンツだって逃げ出すぐらい怖いんだから! ああもうどうしよう!?」


 ランプの明かりが近付いてくる。アセるティラミス。


「これは良い機会にござるティラミス殿。こたびの騒ぎは私の責任故、三つ指揃えてお詫びなど一つ」


 やたら落ち着いてペタペタと外に行こうとするペンギンに、


「アンタが出てったらややこしくなるから!」


「ちょ! ティラミス殿!」


 彼女は構わずペンギンのお尻を蹴っ飛ばして適当な棚に放り込んだ。

 扉が開いて、ジェラートの持つランプの明かりが彼女を照らしたのはその直後である。

 

「……ティラミス?」


 ジェラートは整った眉を寄せて、何故か、「え、えへへ」としのぐように笑っているティラミスの顔を見た。


「こんな時間に、いったいどないしたんや?」


「あ、あの。そ、その」


 しどろもどろになっている彼女をよそに、ジェラートはランプを巡らせて、納屋の中を見た。

 転がっている、エクレールに捧げるためのワイン樽。

 ぶちまけられた、パンの袋。

 荒らされた形跡のある、野菜棚。

 そして妙に埃っぽい、中。


「ね、ネズミです!」


 ティラミスの声に、再びランプの明かりが彼女を照らした。

 ジェラートの鋭い目が、ティラミスを射抜くように見る。


「ネズミが! こ、ここを荒らしまわってたので! 追いだそうとして! それで……」


「ネズミが納屋の食料庫をあさってたんか?」


 ジェラートが問う。


「そうですそうです! ネズミが食い散らかしてたんです!」


「ほ~。随分大きなネズミやったんやな」


ジェラートの目線は、ポン太が食したと思われる3日分のパン、その空き袋をジトっと見ている。


「あは、あはははは」


 乾いた笑いのティラミス。


「で、ちなみにそこの棚でビクンビクンしとる青と白のペンギンみたいなプニプニはなんや?」


 ティラミスはそのまま凍るかと思った。そして凍った。


「あれがネズミか?」


 ジェラートの問いに、彼女は口を必死に曲げて


「ね、ねずみ……です」


 やけくそ気味に言った。


「ネズミなぁ……」


 ジェラートの視線の温度が、急に下る。


「ティラミス・ダージリン!」


「はい!?」


 背筋を打たれたようにピシっとティラミスは直立する。


「そこの棚で蠢いて、何か口をモグモグ動かしてる青と白のプニプニは絶対にネズミやと、大天使エクレールの名のもとに誓えるか?」


 キっと鋭い目が、彼女に睨み降ろされた。

 さっきはちょっと大袈裟のつもりで、デビルアンツも逃げ出すと言ったが、彼女はその『大袈裟』という表現を改める。

 この剣幕ならば、本気で悪魔のアリも逃げ出すだろう。


 事実、デビルアンツたちがこの教会にまで侵入してこないのは、かつて境内まで襲ってきた蟻達が、ジェラートによって返り討ちにあったからだと、そう先輩修道女たちに教えられている。


 数年前の夕方、エサを求めてやってきた十数匹の偵察役のデビルアンツを、実際、ジェラートはたったの1人で迎え撃っていた。

 境内にまでゾロゾロと巨体を躍り込ませてきたデビルアンツたちに、修道女たちが教会の前で固まって震える中、

 ジェラートただ一人が、立ちはだかるように斜めに構えていたのだ。


 彼女はエクレールのグリモアを片手に彼らを睨みつけ、


「まだ『いねや』とウチは言わんよ。アンタら、半分は始末せんとどうせ分からへん手合いやろ? せやから教えたる」


 ジェラートが不敵に笑った。


いや」


 直後、悪魔の蟻は跳びかかるように襲いかかってきた。

 修道女たちの悲鳴。

 そんな中、ジェラートはかわすそぶりも見せず、ただ手を振りかざす。

 そして言い放った。


「 クリー!  エクレール!」


 次の瞬間、布を引き裂くようなバリバリバリ! という音と共に、光の帯がデビルアンツの群れの中をのうたウチ回った。

 激しい明滅の嵐が起きて、修道女達が悲鳴をあげて伏せる。

 大天使エクレールのグリモアを用いた、雷の奇跡。

 彼女が放ったのはそれである。


 青白いスパークの余韻を残して収まった後、修道女たちが恐る恐ると顔をあげる。

 そこには堂々と屹立したままのジェラートと、炭化したデビルアンツの山があったという。


 ただし、一匹だけ。


 戦意を喪失した状態で、デビルアンツは生き残っていた。


 それに向けてジェラートが、厳かに伝える。


女王蟻クイーンに伝えや。もし修道会ここを取りたいんやったら、今の10倍デカいやつを1000倍の数で寄越してみ、言うてな」


 さらに目を眇める。


「ただしそんときは、全殺しにして『無理や』て教えたるわ」


 そして踵を返しながら一言。


「いねや。大天使の慈悲や」


 そうして彼女は、伏せている修道女達を助け起こし、教会に消えたという。


 要するに、いまティラミスを見下ろしているのがそういう人なのだ。

 だからガクガクブルブルなのだ。

 ジェラートは目を眇めて言う。


「もう一度言うで、ティラミス。あれがネズミやと、大天使エクレールの名のもとに誓えるか?」


 ティラミスは喉を鳴らした。

 怖い。

 怖すぎる。

 ジェラート姉さんもすごく怖いけど、

 今この状況でまだモグモグ野菜食ってるペンギンも怖い!


 どんな神経と食欲してんだ。


「ち、ちかい……ます」


 言っちゃった。

 思わず言っちゃった。


 しばらくジェラートは、そのままティラミスを睨んでいたが。


「さいか」


 そう言うと目力をふっと弱め、


「ほな。そのネズミは、ティラミス。騒ぎを起こしたあんたが責任持って対処すること。ええか?」


 解放の兆しに、ティラミスの表情も緩んだ。


「は、はい!」


「それからここをきちんと片付けること、ええか?」


「は、はい!」


「よし。ほな、あとは風邪をひかんようにな」


 そう言ってジェラートは、自身の羽織っていたブランケットをティラミスに巻いた。

 ティラミスは嬉しくなる。


「あ、ありがとうございます!」


 ジェラートはティラミスにクスリと笑うと、そのまま去っていった。

 再びの静寂。

 急に緊張がほぐれたせいか、ティラミスはペタンとへたり込んでしまった。

 ハァっと、大きなため息。


 ――助かった。



 もぐもぐもぐ。

 もぐもぐもぐ。


 音のする方向を向くと、


 もぐもぐもぐ。

 もぐもぐもぐ。


 ほっぺをパンパンに膨らましたペンギンがヨチヨチと歩いてきた。

 今度はティラミスが、ジト目でそのプニプニを見る。


「むぐむぐ。ティラミス殿、このトマトはもう些か傷んでおる故、私が有りがたく頂くでござるよモグモグ」


 もう怒る気力などなくて、彼女はただ苦笑した。


「もう。そんなにお腹空いてるなら、いっそ一杯になるまで食べちゃえば?」


 呆れていった。ペンギンの、ポン太の目が輝く。


「そ、それは誠でござるか!?」


「ウソ言わないわよ、今更」


「大天使エクレール殿にも誓えるでござるか!?」


「調子のらいないの」


 そんな会話を、少し離れた場所でクスクスと聞いていたジェラートを、恐らく彼女は知らない。


 名前:ジェラート・ダージリン(24歳)

 職業:修道女長(雷乙女:ライトニング・メイデン)

 LV:30

 HP:2700 MP:1000

 装備:グリモア『エクレール』

 解説:雷の魔法に長けたダージリン修道会の長。大天使エクレールから聖痕を授かったというその力は、悪魔王からも一目置かれており、故にダージリン修道会に手出だしする魔物はほとんどいない。生粋のレッチリ人。長いオーバーポニーと小麦色の肌がトレードマーク。ティラミスからは姉と慕われているが、彼女もティラミスを妹のように可愛がっている。自分を真似て髪をくくったり、レッチリ弁の練習をしているのがこそばゆい。バカ(レッチリ的に)

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