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魔法とスマホの魔界戦記RPG  作者: 常日頃無一文
第2章:ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪ ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪
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10:三界の支配者、龍帝

 ティラミスからの説明によれば、天使は堕天しても天界に復帰できるよう、堕天御免状というものを神から持たされるらしかった。


 その堕天御免状に書かれている要件を満たせば、如何なる堕天使であっても、晴れて天界に復帰できるのだという。


「これはもちろん、エクレールはんやベルゼブブかって例外やあらいへんで」


 彼女はそういった。


 ベルゼブブと聞けば、俺は嫌でもあのスカトロ貴公子の顔がさっと浮かぶ。カールしまくった金髪に、ミョンとあがったヒゲ。そして貴族全開のあの出で立ち。


 俺は腕を組んだ。


「そういえばベルゼブブも、元は天界の天使だったんだよな。なんで堕天したんだっけ?」


 もののついでと、俺は尋ねた。

 ティラミスがシレっと言う。


「アイツ、神さんのカレーにウ○コ混ぜたんや」


 それは滞り無く堕天しろ。


「それもカレー鍋に全裸でまたがってな、『ヘーヒルトベンデル!』って」


 ダイレクトショットですか、ははは。


 ――それもう八つ裂きにされても文句言えんレベルだろ。


 ていうかそもそもそんなヤツが天使として生成される時点でこの世界観おかしい。クリエーター仕事しろ。ああ、変な汗が出てきた。


 ティラミスは続ける。


「で、その時はパン焼き蒲から戻ってきたコック天使に現場を見られてな。必死に言い訳したらしいんやけど、そのまま通報されて現行犯で天界警察に捕まったわけや」


 なんか意外に俗っぽいんだな、雲の上も。


「ていうかその状況で一体何を弁明してようとしてたんだよあのスカトロは」


「アイツ曰く、『カレー鍋にベンダシタイナー』」


 何に対する言い訳なのかさえわかんない!


 っていうか


「それでも堕天御免状が与えられたのかよ」


 よく死刑にならなかったな、とか言えば、ティラミスは苦笑する。


「まぁ天界の規則やしね。神さんは基本的に慈悲深いんよ。ちなみに、ベルゼブブの堕天免除要件は、『今後一切、食物に排泄物を混ぜるべからず』なんやけれどな」


 それが守れない意味が分からない。


「ところでベルゼブブがスカトロとして覚醒したんはいつ頃なんだ?」

「生まれつきらしいで」


 即答ありがとうございました。

 生まれつき終わってたわけか。

 

 せっかくだ。ちょっとメールしてみようか? 

 俺はスマホを取り出し、堕天御免状の件について尋ねることにした。

 メーラーを立ち上げると、ティラミスが覗きこんできた。そのとき確かに、ちょっとだけフワっとアップルパイの匂いがした(でも本人には言えない)。

 彼女は言う。


「へ~、ベルゼブブのメアド知ってんの? いつ交換したん?」


 俺はメール文を打ちつつ答える。


「ネクロポリス出ていく時に、バルバドスが『一応』って教えてくれたんだよ」


 ぶっちゃけこんな早く送るとは思わなかったけれど。

 送信ボタンおん。


 数分後、返信を知らせる着信があった。

 メーラーを開いて見る。


 ----------


 差出:スカトロ貴公子

 件名:Re:そういえば堕天御免状どうなったよ?

 本文:ダメざんすねー。カレー味のウ○コからウ○コ味のカレーに変えたと報告して直訴したざんすが、即日却下されたザンス。ワーデルモーデル。全く、この旨味が分からない天界の連中は本当に気の毒ザンスね。それに比べて我が国王バルバドスは実に聡明ザンス。最近はベンデルカレーの日に一緒にこの特性ウ○コ味カレーを賞味してくれるザンス(なぜか泣きながらザンスが)。ヘーデルトベンデル。しかし味がいくら至高でも、やはりスパイスで再現してるせいザンスね、チンからフローラルな香りが全く消えてしまったザンス。そうそう、これは老婆親切ザンスがね、マダムステビア。姫君はともかく、魔王様には注意したほうがいいザンスよ。あの時ずっとマダムステビアを、魔王様はご覧になってたザンスからね(殺意はなかったザンスが)。さて、そろそろチンはジャック・オ・ランタンたちをシンドルワーの森へ遠足に連れて行く約束があるザンスから、これでアディオス。追伸:国王からの伝言ザンス。『ピンチのときは何時でも呼ぶんだぜベイベー』。これはスカリンにも言伝よろしくザンス。


 ----------


 俺はスマホをしまった。


「どうやった?」


 ティラミスが訪ねてきたので、俺は普通に答えた。


「アイツもう魔界安定だわ」


 しかし最後の方の魔王に関するくだり、一体あれどういうことだろうか。



 さて、お昼すぎである。

 ティラミスの拵えた、ダージリン教会に伝わるサボテンのフルーツ煮込みを全員で美味しく頂いたあと、俺とティラミスは長椅子に腰掛けて、エクレールが持っていた堕天御免状を開いていた。

 エクレールは、通路で横になってスヤスヤ寝ているみーみのそばに座り、撫でるような毛繕いをしている。


「ねんね~んころり~♪ なの~ですか~メイビー♪」


 音程の危うい、けれども可愛らしい声で子守唄を囁いていた。みーみはグッスリである。


「ミーミーは~、良い子~ですマストビ~♪ ねんねです~ね~♪」


 微笑ましいこと限りない光景に、クスリと笑ってしまった。

 ああいう二人を見ていると、なんとなく。

 このままでもう良いような、堕天御免とかもういいような気さえしてきた。

 彼女が泣いていたことも踏まえ、

 天界より魔界にいたほうが、エクレールにも良いんじゃないか、と。


 とりあえず、もう一度文面に目を戻す。


 『大堕天使エクレール:堕天御免要件:神に仇なす龍帝を討伐すべし』


 ティラミスは、ふむ、と手をアゴに当てている。こっちは信仰者だからか、目は真剣そのものである。


「龍帝か……。こら、ホンマに厄介払いされてるんやな」


 ――――龍帝。

 俺はそれがどんなのかを知らないけれど、名前からして如何にもすごそうだ。

 しかしけれど、正直な話。あのエクレールの測定不能レベルの戦闘能力で倒せない奴など早々いないだろうと思う。

 俺は尋ねる。


「なぁティラミス。その龍帝って、あのエクレールでも心配になるほどのヤツなのか?」


 すると彼女は、「楽やあらへんな」、と首肯した。


「この世界は魔界と天界の他にも、幾つか異世界があるって言われてるんやけれど、いま確認されている一つに龍界いうのがあってな、そこの支配者が龍帝なんや。つまり、エクレールはんの堕天御免要件は、一つの世界を征服してこい言うのとあんまり変わらへん」


 世界を征服してこい。

 そう聞かされたら、強さ云々を抜きに無理ゲー臭がしてきた。


「まぁ本当は教会に来た人にこういう説法するのがウチの仕事やし、ちょっと付き合ってや」


 そう言って、彼女は体ごとこちらに向いた。


 話は世界創造神話の第一章にまで遡る。

 つまりは世界の起源。


 この世界が、ただひたすらの広大無辺な『無』であったとき、まず最初に光が生じたそうな。この光が天界の始まりとされる。

 光は世界の半分を神々しく照らしたが、反面、照らされなかった残りの半分は黒々とした影となった。この影が魔界の始まりとされる。


「そしてその光と影の間、そこに生じている曖昧な薄闇。それが龍界の始まりでな――」


「なるほど、根源過ぎて逆に分からん。もうちょっとスキップ宜しく」


「もう、せっかちやなぁ……って! 話し聞いてへんやん!」


 ティラミスさんはスマホいじってる俺に気付かれました。

 俺はごめんなさいと謝罪しつつ、こっそり『メール送信』をタッチしていおいた。レッチリ電波わるいけど大丈夫かな? キャリアも良くないし。

 俺は密かに心配していた。


 ともあれ話はすごくとんで、世界創造神話の第十七章あたりである。


 世界が天界と魔界に二分され、各々の勢力が領土拡大を進めていった末のこと。

 それぞれの支配者たる神と魔王が初めて矛を交えた、第一次聖魔大戦の最中である。

 長きにわたって、天界からも魔界からも中立を保っていた光と影の狭間――薄闇の龍界、その支配者たる龍帝が、どういうわけか急に、魔族たちに加担したのだ。


 ティラミスは言う。


「龍帝が魔族側についた理由については、諸説あるんや。例えば、『神に勝った暁には世界の半分をやる』、そう魔王に持ちかけられたとか。あるいは、魔王に良くない魔法をかけられて利用されたとか」


 けど、そのどれもが、龍族参戦の理由としては決定打にかけるらしいわ。


 ティラミスはそう言った。

 俺が先を促すように頷くと、彼女は続ける。


「龍帝はそもそも領土に無関心やったし、抗魔力も突出してたらしいから。そやから、真相は今もって謎」


 世界の覇権を争う大決戦。

 これまで静観中立だった龍帝の参戦。 

 魔王と結託。

 理由は不明。

 世界の大きなミステリーだ。


 さておき、


 この龍帝の、第一次聖魔大戦への参戦は、拮抗状態にあった天界と魔界の戦いに決定打を放ったそうだ。


 龍帝参戦以後、戦線は怒涛のような勢いで天界を侵食し、みるみるうちに神の軍勢をのみこみ、おおよそ10日のうちに、世界は影一色に、即ち魔界一色に塗り替えられたそうな。


「早い話が、神様がコテンパンにされたわけやね。龍帝に」


 その話を聞いて、俺は素直にビビった。


「どんだけ強いんだよ」


 と。

 当時の魔王と悪魔王がどんなものかは知らないが、しかし以前に見た戦国魔王とか、蝿の王ベルゼブブやヨルムガンドといった悪魔王から、だいたいの予想はつく。

 そしてそういうのと拮抗していた神の軍を、みるみるうちに撃退していった力など、俺には想像がつかない。


 もしかして、龍帝ってフィナンシェお嬢様クラスだろうか?


 だからティラミスは、あのエクレールのレベルをして『楽ではない』と言ったのだろうか?


 そんな恐ろしい想像さえよぎった。


「それが奇妙なんやけどさ」


 ティラミスは腕を組む。


「龍帝は強いことにはえらい強いかったらしいんやけど、それでも精々で戦闘力は悪魔王クラスって言われとって、龍帝に付き従う龍族自体も数がごく少数やったらしいわ。そやから決して、戦争の形勢を一方的に傾けるような力はなかったとされてるんや」


「それじゃあさ、龍帝はどうやって戦ったんだよ?」


 俺は至極まっとうな問いを返した。

 ティラミスは大きく頷く。


「そこなんやな、そこ」


 と。そして彼女は言った。


「世界創造神話によれば、龍帝も龍族も、第一次聖魔大戦において、まともに戦ってすらなかったらしいんやわ」


 彼女の言葉で、俺の謎はさらには深まる。


 龍帝の強さは悪魔王止まりで、

 そして龍族自体も数は少数ながら、


 しかし大戦の戦局を一変させ、

 しかし戦闘にほとんど参加していなかった。


 ――――むぅ。


 俺は黙考など始めてしまう。


「後ろで応援とかしてたんじゃないっすか♪?」


 ふと見れば、いつの間にか目覚めたみーみが、エクレールのほっぺをプニプニ触りながらの発言だった。みーみ、一応その子大天使だかんね。


「ねぇステビー……」


 エクレールが可愛くハニカミつつ呼びかけてきたので、「どうしたんだ?」と返せば。


「私、ミーミーが欲しいですマストビー」


 護衛をオネダリされてしまった。

 俺がそれに、『あのエクレール、一応きみの堕天問題なので一緒に考えよう』と突っ込む前に、


「エクレールそれは無理っすよ♪ ボクは御主人様センパイに飼育されてるから」


 みーみがネコハンドでエクレールの頭をポフポフしながら言った。いやまぁ、確かにそれはそうなんだけれど、なんだかその言い方はちょっと


「ミーミーはステビーに飼育されているのですかメイビー?」


 キョトンと尋ねる測定不能天使。


「そうだよ♪ ボクは御主人様センパイのペットっすからね♪」


 頷いて応じるネコ娘。

 だからその言い方はちょっと、その。


「そうですかー。ミーミーはステビーのペットですかー」


 と、エクレールは残念そうに眉根を寄せた。どうも本気で、この子はみーみを気に入ったらしい。人差し指加えてネコ娘見てる。

 っていうかあの、エクレールさん。

 ちょっとこちらの、龍帝討伐問題にも参加してもらえると嬉しいというか。


「じゃぁ私がミーミーのペットになったらダメですかメイビー?」


 小首かしげて問うエクレール。おお、落ちぶれたなー大天使。


「あ、それ名案っすよ♪」


 みーみがネコハンドをポンと叩いた。みーみ、繰り返すけどその子一応大天使だからね。


「ちょ、ちょっと待ちいな!」


 ガタンっと慌ただしく席を立ったティラミス。流石にシスター焦るわな。信仰対象が変態の召使のペットのペットとか。ヒエラルキー下がり過ぎ。

 何か言いかけたティラミスに、しかしみーみは平然と


「大丈夫大丈夫っすティラミス姉さん♪ そんなマジにならなくても、ボクきちんと分かってますって♪」


 にゅふふっと、しかし陽気に肩をすくめて言った。その所作のせいか


「ほ、ホンマやろな!? え、エクレールはんは何かこんな感じやけど、これでもレッキとした大天使やから冗談あかんで?」


 シスターはまだちょっと必死の様子。ネコ娘は頷き、


「分かってるっすって♪ 大丈夫っす弁えてるっす♪」


 重ねて重ねていった。それでようやく、しかしややまだ訝るような表情のまま


「ほな、ええけど……」


 ティラミスはそう言って、そしてちょっと疲れたように「ハァ」っと嘆息しつつ長椅子に腰を降ろし、


「ちゃんと大事に飼うっすから♪」


 そのまま滑って転んだ。

 見事なコケっぷり。さすが生粋のレッチリ人。

 その様子を見て、アセアセしながらエクレールは言った。


「あ、あの、ティラ! 私ちゃんと大丈夫です! 分かってますマストビー!」


 どうやら幾ばくか、彼女のほうがみーみより常識的らしい。


「きちんと飼われますからマストビー!」


 俺も滑って転んだ。



 とりあえずその後、話にはエクレールとみーみも加わるようになった。


 俺の隣にティラミス、ティラミスの隣にエクレール。みーみは通路で正座。 

 今のお題は、『いったいどうやって、龍帝はろくに戦わないまま魔族に圧倒的勝利をもたらしたか』だった。


 みーみは、ネコハンドを挙手し、


「ボクはやっぱり、さっきの応援説に一票っす♪」


 どこまでもこのノリらしい。

 ティラミスの目が生暖かいにも関わらず、ネコ娘は続ける。 


「例えば! このシナリオのタイトルみたいに、龍族が全員で『ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪ ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪』とか、そんな音頭とってたとか! ないっすか!?」


 ないだろ。

 でも俺は想像イマジンしてしまう。


 照りつける太陽、うだるような暑さ。

 夏の聖地甲子園。

 滲む汗、光る涙。

 ダイヤモンドで繰り広げられる、幾多のドラマ。

 スタジアムの観客たちが、ボックスの打者まおうにエールを送る。マウンドの投手かみ穿うがてと。

 魔界チームVS天界チーム。

 両雄相対する、その中で、

 魔王にエールを送る、その名は龍帝応援団。

 旗手が大きな旗をはためかせ、楽隊が太鼓でリズムを取り、トラペットが主旋律をリードする。

 さぁみんなで応援だ。

 俺達が打球の追い風となろう。

 届け、俺達の応援エール

 せーの。

 ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪ ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪


 いやいやいや。

 

「野球の試合じゃないんだよ。野球の試合じゃ」


 さすがに突っ込む俺がいた。


 それはそれとして、さて、世界創造神話の続き。


 そうしてこうして。

 魔王に敗れた神は地上を追われ、遙か上空に雲で出来た世界を作らざるを得なくなったのだという。


 これが今の天界だそうな。


 ティラミスが、エクレールの頭を半分無意識に撫でながら言う。


「ま、ここで話してても拉致あかんか。とにかく、龍帝が原因で戦局が一変したのだけは事実らしいわ」


 ティラミスはそう言って、ひとまず謎について議論を締めた。


「ちなみに、どんなふうに天界はやられたわけ?」


 俺もそれに合わせて問いを変えると、彼女はこう答えた。


「龍帝参戦10日で、天界は訳もわからんまま一気壊滅やったらしい。天界の誇った最終絶叫兵器『口を慎み給え。君は神の前にいるのだキャノン』とか、天界最強鬼畜兵器『ハハハ、みろ。魔界がゴミのようだ砲』も無効化され、発射直後に倍返しの砲撃を受けたって言われてる」


「いろいろ確かにいみわからないな、それ」


「当時の神さんも、あまりにショックでメガネが割れて悲鳴をあげたらしいし」


 気のせいか、俺の中で少し信仰心が薄まったような気がした。

 みーみがそのとき、肩をちょんちょんちょん、


「なに?」


 と振り向けば、ちょっとムカツクしたり顔で


「流行りの服は嫌いですか?」


「なにそれ」


「同じ印が君の家の古い暖炉にあった」


「だからなにそれ」


「小僧から石を取り戻せ!」


「わかったから黙ってなさい」


 後頭部に汗しつつ、愛情に飢えてたらしいネコ娘の頭をなでなで。みーみはまったりした。

 しかし、なるほど。

 龍帝と聞いて、ティラミスが『楽ではない』といった理由、それは俺にもよく分かった。

 第一次聖魔大戦の決定打を放ったヤツを倒せだなんて、確かに、エクレールがいくらぶっ飛んだ強さを持っているとはいえ、何か保障的なものを言い切れるほど、そんな甘いとは思えない。

 まぁそれもそうだけど。それにしても。


 いったい、龍帝って幾つなんだろうか。


 第一次聖魔大戦の頃から今までずっと生きてきているなら、もう星クラスの年齢じゃなかろうか。


 そしてその、龍帝という名前。

 そこと考えあわせれば、その姿は、威厳と知性にあふれた、老齢の巨大な竜神。それが俺の想像だ。如何にも恐ろしげ。 


 俺はエクレールの方を見る。

 彼女は、ティラミスに甘えるようにもたれていた。無造作にして無垢に、ティラミスの髪を触っているその姿は、姉に甘える妹ですらなく、母に甘える娘であるような気さえした。

 返す返す思う。

 討滅などという概念、この彼女とはつくづく無縁であろうと。


 そしてまた、俺は今更もう、ティラミスがエクレールの堕天免除を願う理由など聞くつもりはない。


 祭壇の後ろに祭ってある可愛らしい彫像に目をやる。

 その容姿は驚くほど、エクレールにそっくりだ。


 ティラミスは、ここにいるとき、ずっと彼女を崇めていたのだろう。

 あるいはシンドルワーの森にいたときも、ずっと彼女のグリモアを気にしていたのだろう。


 信仰を胸に生きる修道女が、

 信仰の対象の堕天を救いたい。


 そう思うことに、何の違和があるだろうか。


 それは素直にそう思う、そう思える俺がいた。

 俺だって、最初は教会でシスターとして育ったのだから。


 ――――けれどもそれが、


 果たしてエクレールの幸せとリンクするのかどうかは、

 恐らくまた別の問題であろうとも思う。

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