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魔法とスマホの魔界戦記RPG  作者: 常日頃無一文
第2章:ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪ ヘイヘイヘイ天界ビビってる♪
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9:メイビー・マストビー・エンジェル

 エクレールから聞き出した彼女の堕天理由、そこには別に、『まさにこれ』といった理由があるわけでもなかった。


 本当に最初に、ティラミスから聞いた小さな失態の累積。それが溜まりに溜まっての堕天ということである。


 本当に、ただそれのみである。


 ――例えば、

 神様に献上するための花を活けた花瓶、それをこかしてしまったとか。

 神様主催の天界会議に寝坊して遅刻したとか。

 神様にお出しするオニギリ、それの塩を砂糖に間違えてしまったとか。


 本当にそういう、他愛のないものばかりだった。


「もうドジだなぁエクレールはさ」


 俺は腹を抱えて、大きな声で笑った。


「いくら大天使でもそんなんやってたらなぁ、はははは」

 

 ティラミスもまた、大きな声で笑った。


 キョトンとしているエクレールに対し、俺達はこれみよがしに笑った。


 そう、要するに。

 彼女が堕天してきた理由、それは本当に、なんでもないものなのだ。なんのこともないものなのだ。実に、しょうもないこと。

 それでもあえて、エクレールの堕天に何か『正当な』理由を求めるならば、彼女がドジだった、そういう他はない。

 あるわけがない。


 本当に、たったそれだけなのである。

 他は何もない。

 絶対に、ない。

 他に、堕天に値すべき、正当な理由はない。


 だから俺とティラミスは笑った。

 大きく笑って、彼女の堕天理由を、滑稽なものにしようとした。バカバカしい理由で堕天したのだなと。


 みーみは、黙って俯いていた。


 彼女は俯いて、両手ダブルネコハンドを、ギュっと拳の形にしていた。そして小さく震えている。


 エクレールは、笑う俺達の様子と、それと正反対の表情で俯いているみーみを、伺うように見比べている。


「あ、あの」


 と、エクレールはみーみに尋ねる。


「ミーミーは、どうして笑えないのですかメイビー?」


 みーみが顔をあげた。明らかにその表情は、笑顔とは遠かった。だからエクレールは、さらに眉根を寄せる。


「ステビーとティラは、あんなに楽しそうに笑ってますマストビー? ミーミー、どうしてですか?」

 

 

 その問いに、みーみもまた精一杯の笑顔で答えようとしたけれど、


「えっと、あのさ」


 ただ溢れるものがこらえ切れなかったせいなのだろう。彼女は誤魔化すように手の甲で目元を拭い、


「へへ♪ めんごめんご。ちょっと目が疲れちゃってて♪」


 そういったまま、目をゴシゴシとしながら背を向け、


「にゅ~ん、……ボクそろそろオネムだから、適当なところで転がってくるっす♪」


「あの」


「また明日っす♪」


 それだけを残して、みーみは、手を伸ばすエクレールの問いに答えぬまま、早足でその場を後にした。

 彼女が扉を出ていった後も、エクレールは、その後ろ姿を追うように、しばらくじっと扉の方を見ていた。


 出ていく時に、震えていた肩を、気にするように。


「さて、今はもう堕天理由なんてそんなクダラナイことどうでも良いし、さっさとそれを免除する条件について考えようか」


 俺はこの微妙な雰囲気を振り払うように言った。


「せやな。せやせや。そんなアホくさいこと考えとっても意味あらへんしな」


 ティラミスも一度鼻をすすってから、そう言った。


 そして気付けば、俺もティラミスも目元を拭っていた。

 きっとここが乾燥しているせいだろう、目がショボショボするのだ。グスっと鼻もすする。あー、粘膜までやられたか。


「あの、ステビー?」


 エクレールが、小首を傾げて問うてくる。俺は「ん? どうしたんだよ?」と、目をこすりながら聞く。


「ミーミーは、どうして泣いていたのですかメイビー?」


 あはは、と俺は笑ってみせた。


「実はここまでさ、みーみは眠る俺を背負って夜通しレッドホットチリペッパー砂漠を走ってきてたんだ。だからきっと、目が疲れてたんだと思う。あの子もそう言ってただろ?」


 エクレールはそれに、そうですか、と、まるで大人から難しい理由を聞かされた子供が、よくわからないながらも納得するような口調で返事をした。

 そしてそのあと、彼女は続ける。


「じゃぁ、どうしてステビーもティラも泣いてるのですかマストビー?」

 

 と。

 俺とティラミスは目を見合わせた。

 見れば、ティラミスの目は真っ赤だった。

 そして彼女の表情を伺う限り、俺の目も似たようなものなのだろう。

 しばらくだけ沈黙してしまったが、


「それはさ、ここが埃っぽいからや。しばらくウチ、教会開けてたしな。へへ」


 ティラミスが陽気に言った。

 俺も、「そうそう、ここがロクに掃除されてなかったからだよ」と、それにノッテおいた。

 するとティラミスが、それにわざとらしく肩をいからせて


「ちょっとステビアはん。それはウチが言うてもええことやけど、部外者のステビアはんが言うこととちゃうんちゃうか?」


 彼女はわざと、剣呑な言い方をしてきた。

 俺もそれに乗っかるように、腰に両手を当ててワザと肩をいからせる。


「はぁ? 部外者でも埃っぽいものは埃っぽいと感じるんだよ。文句言うまえに、祭壇の汚れ一つでもとっとけ。お陰で涙も鼻もグズグズだよ」


 ティラミスも口をへの字に曲げて言い返す。


「言われなくても今からやるわ。ウチかてグズグズやしな ったく口ばっか達者やわ」


 ティラミスはそう言いながら、再び修道衣の裾で目元を拭った。

 その時だった。


「あの、」


 エクレールが再び、伺うような目で見てきた。

 俺は、「ん? どうしたんだ?」と笑顔で応える。

 すると彼女は、その口を小さく強張らせながら開いた。


「『厄介払い』って、どういう意味なんですか?」


 ピクリと、俺は肩が震えそうになった。


「『失敗作』って、どういう意味なんですか?」


 ティラミスが、ぎゅっと拳を作った。


「『浮気相手の子』って、どういう意味なんですか?」


 俺は作り笑顔が、崩れそうになった。


「『堕ろしそびれた』って、どういう意味なんですか?」


 ティラミスが俯いた。


「『片翼は出来損ない』って、どういう意味なんですか?」


 俺まで俯いてしまった。


 ボロボロと涙を流し始めた彼女を、もう造り笑顔で見ることなんて出来ないのだ。


「え、エクレールは要らないって、どういう……」


 エクレールの声が、


「意味……」


 もう震えている。


「どういう意味なんですか……」


 再びエクレールは、膝を崩して泣きはじめた。

 絞りだすように、悲痛な声で。

 最初と同じように。


「ううううううううううう……」


 大きな声で、それから。

 わんわんと、声を上げて泣いた。


 俺はここで、最初と全く同じ光景を見て、自分が救いようのないバカだと気付いた。


 どうして、エクレールを泣かせてやらなかったんだ?

 なんで彼女を泣き止まそうとさせていたんだ? 


 泣く必要があったから、泣いていたんじゃないか――泣く必要がなかったら、泣かないじゃないか。


 天界で泣けなかったから、堕天して泣いてたんじゃないのか――堕天してまで泣いちゃダメなら、彼女はどこで泣けばいいんだ。

 

 エクレールが堕天してきた理由、

 そこに『正当性』を求めるなら、

 それは、彼女を厄介払いするために天界全体が行った、嫌がらせ、難癖、重箱の隅突きといったあからさまなモノを回避できなかった、エクレールの『ドジさ』しかなかった。


 その他の、


 『生まれてきたエクレールが、天使として出来損ないの片翼だったから』だとか

 『エクレールの母が、昔に父が気まぐれで手をつけた見ず知らずの下級天使だったから』だとか

 『母親が死んだからといって今頃娘を名乗られても厄介だと父に言われたから』だとか

 『お前はそもそも生まれてくるべき子ではなかったと父に言われたから』だとか


 こんなものが、

 こんなものが、

 こんなものが、


 正当な堕天理由になってたまるかと、


 だから俺達は笑ったんだ。

 笑うしかなかったんだ。

 笑い潰してやるしかなかったんだ。

 こんな、バカみたいな、理由は。


 でも違った。

 それは間違いだった。

 バカなのは理由じゃなくて。

 バカなのは俺だったんだ。


 笑うんじゃなくて、泣いてやるべきだったんだ。


 だって、エクレールは泣いてるじゃないか。

 だったら彼女と一緒に、俺は泣いてやるべきじゃないか。


 何勝手に笑ってんだ俺は、マジでバカだろ。


 俺は彼女の傍に蹲って、ギュっとその肩を抱きしめた。


「ごめんなさいエクレール」


 嗚咽している彼女を、自分の胸に抱き寄せた。


「本当に……、ごめんなさい。わたしバカだった」


 そして泣く資格のない俺までが、泣いていた。


「ごめんなさいエクレール。本当に、本当にごめんなさい」


 今更になって、最初から取るべき手段を取り出した。


 どんな言葉を尽くしたって、

 どんな言葉で誤魔化したって、


 辛いものは辛いんだ。

 悲しいものは悲しいんだ。


 言葉を尽くして誤魔化すな。

 そんなものは臭いものに蓋をするだけの、俺達の勝手な偽善じゃないか。

 辛いものは辛く共有しろ。

 悲しいものは悲しく共有しろ。


 そしてそれが俺には出来るじゃないか。


 生まれてすぐに捨てられた、俺には。


 こうして彼女の辛さも悲しさも分かって、

 泣いてやれるじゃないか。


 ――他人事わらってんじゃねーよ。


 だから俺は泣いた。

 今更のごとく、彼女と一緒に泣いた。ティラミスも、泣いていた。

 そしていっぱい泣いてから、


「あのね、エクレール」


 俺はそして、自分がいま彼女にかけるべき言葉を探した。

 探したけど、バカだから見つからなかった。


 だから、自分の中から探さずに、

 自分が仕えている人の言葉を借りることにした。


 お嬢様なら、きっとこういうはずだ。


「エクレール、厄介払いって何かを聞いたよね。それはお前に嫉妬してるって意味だよ」


「エクレール、失敗作って何かを聞いたよね。それはお前を見る目がないって意味だよ」


「エクレール、堕ろしそびれたって何かを聞いたよね。それはお前が強運だったって意味だよ」


「エクレール、片翼は出来損ないって何かを聞いたよね。それはお前が特別だって意味だよ」


「エクレール、私は要らないって何かを聞いたよね。それこそお前が一番必要だって意味だよ。ごらん」


 俺は言って手をかざすと、光の線が教会内を疾走った。

 エクレールは泣きはらした目で見上げる。

 確信はしていたけれど、これで間違いない。


 彼女にも見えている。


 やっぱりエクレールは、この世界の『特別』だ。


 光の線が出来上がる。


 YOU♪ エクレールが仲間にして欲しそうに見ているYO♪ 

 仲間パーティにしますか? 『はい・いいえ』


 もちろん、答えは決まっている。


「これ……何ですかメイビー?」


 エクレールが、不思議そうに見上げながら言った。俺は教えてやる。


「エクレールが特別な証だよ。そのへんのモブ大天使風情には見えない、この世界の特別なものだぜ」

 

 と。 

 俺は彼女が見上げているのを確認してから、『はい』を選んでおいた。


「それから、これだってそうだよ?」


 俺は続いて、『ステータス画面』も呼び出した。

 そしたらきちんとそこに、

 当然のごとく、


 『エクレール』の項目があった。


 俺は伝えたい。

 いくら彼女が出来損ないだろうが、

 下級天使の血があろうが、

 厄介であろうが、

 失敗作であろうが、

 彼女には、エクレールには、


 『成長レベル』という概念が存在することを。


 不遇を覆す、多いなる可能性が存在することを。


 それがエクレールにはあることを。


「エクレール、今日からお前は俺やティラミス、そしてみーみの掛け替えの無い仲間だぜ?」


 言いながらカーソルをあわせ、参照する。



 名前:エクレール・オ・ショコラ

 職業:片翼の大天使(測定不能天使:メイビー・マストビー・エンジェル)

 LV:250万

 HP:2000万 MP:1京

 装備:純潔の翼『ブライダル・ウィング』

 解説:世界始まって以来初の『戦闘力測定不能』を叩きだし、天界を大恐慌に陥れた空前絶後の大天使。その力は軍神アレスさえデコピン一発で消し飛ぶと推定される。が、ぶっちゃけこれでも神の魔法によって相当LVダウンしている。専門家の間では『あのフィナンシェ・エルヒガンテに次ぐのでは』との意見もあり。しかしながら性格は極めて温厚かつ温和であり、戦闘とは全く無縁の存在。怒るぐらいなら泣く。泣くぐらいなら笑う。天然。また万人の庇護欲をそそるほど精神年齢は幼く、実際、魅了魔法が常時オート発動しているらしい。天界ではこの力のせいであらゆる存在から腫れ物扱いされ、このほど、つけまくっていた難癖やつつきまくっていた重箱の隅が功を奏し、目出度く堕天が決まった。現在天界ではパーティー中。バカ(電波的な意味で)



 ――――(゜ω゜)『……』 ←青髪の顔


 ――――(゜ω゜)『……』 ←日焼けの顔



 ――光の線が霧のように消失したあとも、


 俺もティラミスも――、


 ――彫像のように固まっていました。


 そしてたぶん、ふたりとも同じ事を思っていました。



 な  ん  ぞ  こ  れ  ?



 ――そしてこのとき、


 エクレールだけが、目をキラキラとさせていました。

 彼女はギュっと握った拳を胸の前に当てて、


「こんな風に私のことを受け入れてくれたのは、ステビーとティラが初めてですマストビー」


 もうそのクリクリの目はキラキラどころかウルウルしてるし、ほっぺもホンノリと赤くなっていた。


「私エクレールは、これからずっと着いていきます」


 そうして彼女は栗色の髪をサラリと撫で上げ、人差し指を立て


「マストビー☆」

 

 星のままたくようなウィンクを決めた。やばい、可愛いぞ。


 そのときギイっと扉が開いた。


 三人で振り向く。

 入口に、涙をボロボロこぼしたみーみが突っ立ていた。

 目が真っ赤。寝てなかったらしい。

 では今まで何をしてたのか。

 その答えを、彼女は両手ダブルネコハンドをズバっと差し出して言う。


「これで元気出してエクレール!」


 そこには一杯のマラカスが乗っていた。

 俺はすっ転んだ。

 ティラミスが鼻をススりながら言った。


「アイツたぶんレッチリ人やわ」

それでは天界復帰を目指して頑張りましょう^^


ヘイヘイヘイ 天界ビビッてる♪

ヘイヘイヘイ 天界ビビッてる♪

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