3:砂漠にこだます珍獣の大きな大きな――
俺とみーみがカボチャの馬車を離れ、ティラミスを探索するためにレッドホットチリペッパー砂漠へ降り立ったのは午後4時頃。砂漠の色が昼のオレンジから夕のレッドに溶けていく、そんな夕暮れ前の時間帯だ。
ティラミスが馬車を離れてから、ほぼ丸一日が経過してからの出発。
そんなたいそう悠長なことをしたのだけれど、それでもこの時間帯を選んだのには、3つばかり理由があった。それは、
まずは1つ目、
ティラミスが馬車を出ていってからも、彼女とはスマホを通じてずっとやり取りはできている。すなわち彼女の身は安全であると、俺達は確認できているためである。つまり無茶に急ぐ必要はないのだ。
そして2つ目、
レッドホットチリペッパー砂漠は、昼は焦げるように熱く、夜は凍えるように寒い。故に、出歩く時間帯は夕暮前か明方前がベストなのだ。そして選択したのは夕暮前。
最後に3つ目、
これは理由になるのかどうか。俺のペットであるみーみが夜型なので、朝方の出発が不可能というものである。あの子はたぶん起きない。
流石に、俺単身で砂漠を行くわけにはいかないので、こうするしかない。
今となって彼女は、とても頼りになる護衛なのだ。
もちろん、フィナンシェお嬢様を同伴させることはしない。
そもそもティラミスが出ていった原因が彼女であるため、いまは馬車でお留守番いただいた方が良いだろう。
いざとなれば、連絡はつくのだし。
そういうわけで、
俺とみーみは今現在、茜色に染まったレッチリ砂漠の砂海を、サクサクと進んでいるわけである。
これも無闇矢鱈と探索しているのではない。
キチンとアテはあるのだ。
先導するみーみが、時折、両手を乾いた地につけて、砂の上で鼻をクンクンクンと鳴らす。そして立ち上がり、手を目の上にカザしてキョロキョロ。
にゅん、っと自信ありげに頷いてから俺の方を向き、
「御主人様♪ こっちっす♪」
そうしてシャキシャキと、みーみは行くべき道へと導いてくれるのだ。
頼もしいことに、彼女はティラミスの匂いがハッキリと分かるらしい。俺は後をつけながら思う。もしかしたら、シンドルワーの森で俺のもとに来る前まで、大事に大事にされていたのが関係しているのではないかと。
みーみはごきげんな様子で言う。
「ニャんかティラミス姉さんって、ハチミツかけたアップルパイの匂いがするんすよね~♪ にゅふふふ」
本人が聞いたら卒倒するかもしれないと思った。
俺も俺で、スマホで彼女とは頻繁な連絡をとっている。
昨日何食べたー? とか Arcadia戦姫ニュースみたー? とか、そういう他愛ない日常会話には付き合ってくれるのだけれど、しかしながら、居場所を教えてくれというと、すぐに『あかん』と帰ってくる。よっぽど、フィナンシェお嬢様のセクハラが嫌だったらしい。
ちなみにミイラ化してるお嬢様にも連絡すると、こちらも一応返信はくるのだが、大半は空返信で、たまにクーサレ語である。うひょひょいひょいである。
このままでは本格的にネクロポリスに行きかねない。
最初は大きく構えていた俺なのだが、返信をみるたび、徐々に焦りが生じてきた。
――これは早々に、ティラミスと会って話さなくては。
と。
「にゅにゅにゅん!? 御主人様御主人様♪」
スマホのメーラーから顔をあげると、みーみがネコハンドで手招きしていた。
「ニャンだかとってもファンシーな匂いがするっすよ♪」
「ファンシーな匂い?」
俺が近寄って聞き直すと、みーみはスンスンスンと鼻を鳴らしながら砂漠を見渡し、
「ニャンだかこう、例えるニャらお腹が空きまくって行き倒れた皇帝ペンギンみたいニャ匂いが、この近くからプンプンするっす♪ ニャんだろな~これ♪ スンスンスンスン」
みーみは再び、鼻を鳴らし始めた。
さて、
『お腹が空きまくって行き倒れた皇帝ペンギンみたいニャ匂い』
か。
ふむ。
俺はそれについて思案した。
一生懸命、思案しまくった。
『お腹が空きまくって行き倒れた皇帝ペンギンみたいニャ匂い』が何であるかを、思案しまくった。
そして思った。
――本気でなんだろうな、それ。
俺の後頭部に汗が降りてきた。
ともあれ。
みーみと同じく、レッチリ砂漠を見渡しながらなお考えてみる。
え~っと、脳天気シスターティラミスの匂いが、
『例えるならハチミツをかけたアップルパイのような匂い』であるなら、
『お腹が空きまくって生き倒れた皇帝ペンギンの匂い』とは、
果たして一体、何を例えたものだろうか。
ステビア考える。
考えまくる。
腕を組んで首を傾げ、うんうんと唸る。
しかし、
「み~み、もっと他の比喩ないかな?」
無理だったので訪ねてみれば、みーみは目を閉じていた。
「にゅ~ん、スンスンスンスン」
視界をシャットアウトし、少しでも正確な嗅覚情報を得ようとしているらしい。
「嗅げば嗅ぐほどこの匂いはペンギンめいてるっすね~♪ スンスンスンスンスン」
答えは変わらぬ様子だった。
ん~、
ペンギンね~。
ペンギン。
俺も目を閉じて考え込み、
「でもペンギンって、ブリザードが吹き荒れてるようなすっごい寒いとこでシュリンプとか食べて生きてるイメージだよな~。砂漠ではちょっと考えにくい。だから、みーみの感じている匂いがズバリ直喩ってことはないと思うし、でもそんなものから推測できるものなんて――」
ふと目を開けた拍子に岩陰に痙攣物体を見つけ、目をやれば、そこに青と白で出来たプニプニしてそうなペンギン型の軟体生物がまるで行き倒れたみたいにうつ伏せてビックンビックンと――
ひっ……
「ひえぇええええ!?!?!?(いたーーーーー!!!! 皇帝ペンギンいたーーーー!!! 例えるなら腹が空きまくって行き倒れた皇帝ペンギンみたいな物体が砂漠のどまんなかにいたーーー!!!!)」
俺の青ざめた絶叫に驚いたのか。そのビックンビックンしているペンギンは、最後の力を振り絞るとばかりにグググっと顔をあげて、こちらをそのツブラな瞳(か、かわゆい!)で見て
「だ、大丈夫だ……。そのように驚かれなくとも……大丈夫だ。私は決して、妖しいものでは……ござらん」
ひっ……
「ひえぇええええ!?!?!?(しゃべったーーーーー!!!! 例えるなら腹が空きまくって行き倒れた皇帝ペンギンみたいな物体が砂漠のどまんなかにいてゴザル語調でしかもお姉様声でしゃべったーーー!!!!)」
再び青ざめて絶叫していたら、
「御主人様~♪」
気付けばいつの間にか、みーみがそのペンギンに近づいていて、
「なんか面白いオモチャ落ちてましたっすよ~♪ えいえいえい♪」
まるでサッカボールみたいノリでポンポンとその真っ白なペンギンのお腹を蹴って「あうあう」言わせていた。ハハハーおちゃめだなーみ~みったら♪
ひっ……
「ひえぇええええ!?!?!?(お前は鬼か~~~!?!?!?!?!?)」
ダッシュで近寄ってペンギンを抱き上げ、次の瞬間にもこと切れそうなそのかわゆいプニプニ物体をゆすり
「お、おい! しっかりしろ大丈夫か!? 何があった!?」
俺に抱かれたペンギンは、意識が朦朧とした様子で言う。
「し、信じてもらえないとは思うが……。わ、私がここにいるのには……、ふ、深い事情があるのでござる」
「分かる分かる!! すごい分かる!! よっぽどの事情がないとゴザル語の皇帝ペンギンが砂漠で行き倒れてるとかないから!!」
必死にそのプニプニに語りかける。いやいや今はその感触を楽しんでいる場合じゃないぞ。
「わ、私の名は……名は……」
「名前とか今はいいよ! それよりどこか怪我しているのか!? それとも暑さでやられたのか!? あるいは病気でも」
ぐぎゅうるるるるるるるるるるるるぐぎゅうううるるるるるるるるるるるるるるるるるるるぎゅるるるるるるるるるるるるるるるっるる。
「「「…………」」」
レッドホットチリペッパー砂漠にこだましたそれは――。
――まるで発情期の牡牛かベヒーモスでも猛り狂ったんじゃね? というような、
大音量の、お腹の音でした――。
俺とみーみは絶句し、
そのペンギンを見守っていた。
ペンギンはしばらく無言だったが、
やがてホッペのあたりをポォっとピンクにして
「すまぬが、何か腹に入れるものを持ってはおられぬか?」




