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魔法とスマホの魔界戦記RPG  作者: 常日頃無一文
第1章:勇者目指して頑張りましょう。わっしょい♪
2/66

2:宵闇の翼は魔族のしるし


 ――とにかくそういうわけで。


 『いつか山羊のクリントンが美少女化し、ワシに熱烈な求婚をしてくるだろうぶひひ』


 という残念な夢を抱き続け、でも全くその兆候が見られないから最近ウズウズし、そろそろ獣姦すんじゃね? と思うようなアツアツの視線で『せぼんぬ♪』を聞いているカモミール家の変態ジジイや、

 そんな危機など知る由もなく、今日もヨダレとオッパイ垂らしまくって『せぼんぬ♪』言ってるクリントンといったNPCノン・プレイヤー・キャラクタとは、俺は存在が違う訳である。 


 そして、クソゲーとはいえこれはRPG。

 ロールプレイングしてなんぼである。


 だからもしかしたら、今日あたりにも魔王エルヒガンテなんかが現れ、世界が滅亡の危機に瀕し、俺がそれを打倒する為の奇跡の力に目覚めたり、あるいはフリプール村に勇者が颯爽と表れ、俺を仲間パーティーに加えたりするかも知れないわけで。そうすると、おいそれと死ぬわけにはいかないのである。


 断っておくと、俺はあまりにも不幸な生活を送り過ぎたせいで、頭がお花畑になったメンヘラ、という訳ではない。


 きちんとした証拠に基づいて、それを主張しているのだ。


 ――なにせ今となっては。


 俺はこのRPGの『ステータス画面』が参照できるのだ。


 ほれこの通り、ポンっとね。


 中空を光の線が疾走する。


 名前:ステビア・カモミール

 職業:貧民の召使

 LV:2

 HP:70 MP:0

 装備:ぼろ布

 解説:ハワイアンブルーの髪を持った貧民美少女。特技は山羊の乳絞り。捨て子。ジジイのターゲットがヤギだと勘違いしている。バカ(鈍感的な意味で)。


 そんなわけで俺は、今日までの10年を耐えてきたのである。

 いつかきっと、自分の手でこの世界を変えたり、あるいは心躍る様な冒険の旅に出る日が訪れると信じて。

 隣で『せぼんぬ♪ せぼんぬ♪』を聞きつも。

 たまに『とれびやんやん♪』を聞きつも。


 そしてその日は唐突に訪れた。

 折しも16歳の誕生日である。


「あら、なんて可愛い娘さんなのかしら?」 


 芥子けしの様に甘い毒気のある囁きを聞き、今日も家畜小屋で『せぼんぬ♪』と鳴かれつつ乳を搾っていた俺は振り返ると、小高い丘から運命を変える存在が俺を見下ろしていた。


「貴方の主はどこにいるの?」


 華奢な背からは魔族のしるしたるコウモリ翼を生やし、鮮やかな血色の髪を長いツインテールにくくり、胸元がハート型に開いたブラックレザーのボンテージドレスで細身を包んだ、容姿端麗な少女。

 年齢不相応な色気と、歌うような声音のせいで大人びて見えるが、年の頃は俺と同じぐらい。

 そんな彼女がいつの間にか、小高い場所から俺を見下ろし、うっとりと笑っていたのだ。

 

「はい。私の家でしたら、すぐそこですけど?」


 同性でも魅入られそうな危うい笑み、俺はその毒にあてられボウとしつつも、余所いきの声でそう返した。


 すると彼女は「そう。ありがとう。それから」と応えて


「もうすぐ貴方は、私の事をお嬢様と呼ぶことになるから。そのつもりでね」


 そう言った。

 そして踵を返したと思ったら、彼女の後姿はバラバラバラと数十羽のコウモリに分かれ、散り散りになって消えた。


 俺は彼女が消えた後も、今の怪現象のせいで、しばし狐につままれた様に見送っていた。

 しかしクリントンに『ぼんそわ♪』とオニューな声で鳴かれ、ぎょっと我に返った。

 その瞬間、ついに運命の日が来たのだと興奮し、山羊の乳絞りをほったらかして家畜小屋を飛び出した。


 向かった先は、もちろん公衆便所の様な我がカモミール家。


 俺は走り寄り、開きっぱなしの扉からコッソリと中を覗きこむと、予想通り。例の少女は変態ジジイといた。


「ぶひ? うちのステビアを身受けしたいと?」


 ジジイは露出度高めな少女にまなじりを下げ、舐めるように見ながら言った。ロリコンは病気です。

 俺は少女の代わりに「オエ」っと小さく言っておいたが、彼女はしかしそんな視線も、薄汚れた室内も一顧だにする様子もなく、やはり歌う様な声音でこう言った。


「ええ。あの娘は私専属のメイドとしてもらっていくわ」


 メイド? と俺は思った。そして彼女はすぐに背を向け、


「この犬小屋に来た用件はそれだけよ。でわ」


 と出てこようとしたので、俺は見つからぬよう扉裏に張り付く。

 

「ぶひ!? お、お待ち下され」


 少女をジジイの声が制した。


「なに?」


 彼女は少しだけ首を曲げ、横目に見る。クッキリとした二重の下に輝く瞳は、まるでルビーのように美しい。

 ジジイはそれに魅入られた様にゴクリと喉を鳴らすも


「あ、あの娘は拾い子でしたが、ワシにとっては唯一の肉親ですじゃ。それに10年もの間、目に入れても痛くないほど可愛がって、これまで手塩にかけて育ててきました。ぶひひ。流石にタダでお譲りするわけには……」


 そう言ってブサイクな顔をよりブサイクに曲げて笑った。

 よし、もっとブサイクにするために殴ってやろうか。具体的には残り8本の歯のうち前歯2本をへし折るとか。

 俺がひそかにぎゅっと拳を作っていたら、少女は目を細めてクスリと笑った。


「タダとは言わないわ」


「ぶひひ。それは?」


 ああ、ムカツク。やっぱり8本とも折ってやりたい。

 あまりのブサイクさにそんな衝動を覚えていたら、微笑む少女が口を三日月の様に開けて言った。


「 こ の 村 を 見 逃 し て あ げ る 」


 直後に外で、鳥の羽ばたく音がした。

 野兎の悲鳴や、馬のいななき。

 クリントンの「あぼーん!」というタダならぬキモい鳴き声もした。


 その後しばらく、不気味な沈黙があった。


 見ればカモミールのジジイは、エビの様に曲げた身体を震わせ、歯をカチカチと鳴らし、滝の様な汗を滴らせていた。

 誰の目にも明らかな脅えの表情。しかし俺はその醜態を、ざまーみろとか、良い気味だとか、笑う事が出来なかった。

 盗み聞いていただけの俺もまた、まるで心臓をわし掴みにされたような息苦しさと、背中に氷柱を差しこまれたような悪寒を覚えていたのだから。

 それは例えば、何の気なしに飛び越えた段差が、実は底も見えない崖だったかのような。まるで知らぬ間に命拾いをしていたかのような心地だ。


「不満は――」


 少女は囁くように言ってから、妖しく目を細め、


「――ないわよね?」


 手の甲でサラリと、血色の髪を流してみせた。

 ジジイはそれにとうとう尻もちまでついて、何度も何度も縦に頷いた。彼女はそれにニコリとし、


「そう。では約束通り、この村はそっとしておいてあげるわ」


 いったい何者だろうかと俺は思った。

 一方ジジイは、九死に一生を得たと言わんばかりに「ほ」っと嵌め息をついてその顔を弛緩させた。


「ただしお前は死ね」


 その直後、ごろり、と首が床を転げた。

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