1:レッドホットチリペッパー砂漠
ティラミスがシスターとして所属するダージリン教会。そこに向けて、夜のレッドホットチリペッパー砂漠をエッチラオッチラと進む大きな大きなカボチャの馬車。
俺達の乗るその乗り物の中で、ティラミス離脱&フィナンシェお嬢様ミイラ化事件は起きた。
馬車内にあるキッチン。俺達はそこでいつものように、夕食後のスイーツタイムを楽しんでいた。
ティラミスがテーブルでプリンを食べながら、隣のフィナンシェお嬢様と談笑している。
「へ~、冷蔵庫には魔界名店直送のスイーツが常時全種類完備かぁ、すごいなぁ」
「ええ、この馬車の設備に関してはパパに随分と骨を折ってもらったわ。バキボキに」
お嬢様はサラリと言った。
なんか容易に想像つくな、と、俺は食べ終えた自分の分のお皿を下げながら思った。
「まぁ、フィナンシェはんが甘いもんが大好きって言うのはよう分かったんやけど、一番好きなデザートってなに?」
フィナンシェお嬢様はイチゴタルトを食べる手を止め、彼女に言った。
「そうね。アップルパイにハチミツとコンデンスミルクをかけたものかしら?」
ティラミスは笑った。
「わっは、えらい甘そう! ウチも甘いのは大概好きやけど、それはいくらなんでもないわ。第一、アップルパイはそのままが一番美味しいやん? 精々焼くぐらいのもんやし、ミツなんてかけたら味ごっちゃにならへん?」
ミルクもそうやけど、と言うと、お嬢様は首を左右にふりふりし
「いいえ、アップルパイにハチミツは必要不可欠なものよ。なければ食べるときに『痛くて』たまらないじゃない?」
へ、痛い? と怪訝そうに柳眉を寄せる彼女に、クスクスクスとお嬢様は笑いながら言う。
「ええ。ハチミツがないと痛くてたまわないわよ? そんなことではコンデンスミルクなんて、とてもとてもかけられないわ」
俺はもう、フィナンシェお嬢様の言ってる内容に何となく察しがついたので、他人のフリを決め込んでソファに座って、テレビ――みんな馬車内にあるんです。スゴイ――のリモコンを適当に回していた。
まだ頭にハテナを浮かべているティラミスに、フィナンシェお嬢様は顔を寄せ、囁くように言う。
「私の好きなスイーツはね。貴方の下の方にある『アップルパイ』が私の中指を使ったマッサージでトロリと熟れて『ハチミツ』をこぼしてきたら、その中に私のチュロスを入れて火照った柔肉をほぐし、最後は濃厚な『コンデンスミルク』をたっぷりかけて出来上がりってところね」
理解した彼女はピタっと固まった。
しかしそこでやめておけばいいものを、フィナンシェお嬢様はさらに顔を寄せ、かすれるように妖艶な吐息混じりの声で
「はぁん……可愛いティラミス、今夜味見ぐらいしても良いかしら……?」
耳たぶを『はむ』っとあまがみし、ピンク色の舌で耳の内側をチロリ。
そうしてティラミスは滞り無く、顔を真赤にして馬車を離脱して行ったわけである。
お嬢様は出ていく時のティラミスの剣幕にずいぶんとショゲてしまったのだが、まぁ自業自得以外なにものでもない。
しかしレッドホットチリペッパー砂漠、名前のとおりここは砂漠である。
ティラミスが外に出てからなかなか戻ってこないので、フィナンシェお嬢様はいっそう落ち込み、俺の隣で体育座りを決められました。
あまりにブルーな感じだったので、「砂漠の夜は寒いし、しばらくしたら帰ってきますよ」と、そんな慰めを言っておいた。
そうして半時間が過ぎて、返って来たのはティラミスではなくメールだった。
スマホの着信音がなり、お嬢様は慌ててそれを取り出し、メーラーを開いた。
「あ、ティラミスだわ! やっぱりあの子はこの私が恋しくなったのねフフフ。もう一体全体どこに行っているのかしら。今すぐ私自らが飛んで迎えに――」
言いながら彼女は着信メールを開いて、そのまま静止した。
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差出:日焼けポニーちゃん
件名:ばいばいぶー
本文:ウチは国へ帰らせてもらいます! フィナンシェはんのオタンコナス! あっかんべーだ!
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――――よっぽどショックだったのだろう。
フィナンシェお嬢様はそのメールのあと、キッチンの隅っこで体育座りし、HP1になってミイラのような御姿になってしまわれました。
「いやいや、それはいくらなんでもやつれ過ぎですってお嬢様」
俺はシンクでお皿をジャブジャブ洗いつつも、部屋の隅でカサカサに干からびているツインテールミイラに話しかければ
「まんちらぽんぽらステビア。うっぺんぽんぽらうひょひょいひょい(私がすべて悪いのよステビア)←マスターしてるらしい」
流暢なクーサレ語に後頭部に汗が降りてきた。
「わぁ本格的に腐り始めましたねお嬢様。そのままの勢いだとネクロポリス行っちゃいますよ」
そういえば元気かな、バルバドスにベルゼブブ。お皿拭きながら二人の姿を思い返す。
さっきテレビでやってた『Arcadia戦姫ニュース』だと、ベルゼブブはネクロポリス王国軍の総司令官に就任したらしい。
「えっぺんとんぱらちっぱっぱるねーうひょひょひょい(えっぺんとんぱらちっぱっぱるねーうひょひょひょい)」
「いまお嬢様適当に言ったでしょ?」
「ばれた?」
ポヨン♪ というコミカルな音を立てて、ツインテールミイラはいつもの瑞々しく妖艶なフィナンシェお嬢様になった。
彼女は悩ましげに嘆息する。
「あぁ、それにしてもたいそう困ったわね。まさかあの向日葵みたいなティラミスが、あんなにウブで繊細な女の子だとは予想できなかったわ」
言いながらスマホを操作しているお嬢様。たぶんティラミスにごめんなさいメール送っているのだろう。俺は鏡みたいにピカピカになったお皿にウンと満足し、
「確かにどちらかといえば、そういうネタも笑い飛ばしそうなイメージありましたよね、ティラミスって。でもやっぱり彼女も年頃な女の子の訳ですから、そういう年相応の多感な部分だって――て、お嬢様?」
反応がないので、お皿陳列しながらくるりと振り返れば、フィナンシェお嬢様がまたカラカラに乾いていた。面白いなこのツインテール。
俺はやれやれとお皿を置いて、体育座りミイラに近づいて彼女からスマホを取り上げた。
差出:日焼けポニーちゃん
件名:Re:ごめんなさいティラミス、私を許して
本文:もう知らへん! もう絶対にフィナンシェはんのもとには帰っていかへん! ばいばいぶー!
ああ、
――こりゃキツイな。
ティラミス相当怒ってる。
それにしてもこの返信内容。
いったい、お嬢様はどんなゴメンナサイメールを送ったのだろうか。
俺はその一つ前、お嬢様の送ったメールを見ることにした。
差出:フィナンシェ
件名:ごめんなさいティラミス、私を許して
本文:お願いだから私のもとに帰って来てティラミス。私が悪かったわ。貴方をそこまで辱めてしまったのならば、罰として私も辱めを受けるわ。聞いてティラミス。私のお尻から生えているチュロスは人間で言うところの男性のオ○ン○ンに該当するものだから、軽く握って擦過したり、先端の穴を舌先でついたりすると甘い痺れがジンと広がって(以下CERO18につき自粛。これは良い子のゲームだよ♪
「――――」
俺は静かにスマホのメーラーを閉じ
丁寧にお嬢様ミイラにお返しし
身体を手の前に組んで姿勢をただし
謹んで申し上げる。
「お嬢様はアホでいらっしゃいますか?」
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Arcadia戦姫おんらいN 第2章、始まります♪
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「…………」
反応がない。
屍のようだ。
体育座りミイラお嬢様を、じーっと見守っていたら、そのとき。
とんとんとん、と二階の階段を降りてくる足音がした。
見ればキッチンに、しなやかでセクシーなピンク色のネコ娘が、「フニャ~♪」とアクビしながら入ってきた。そして「ニャムニャム」と口のヨダレを弄び、ネコハンドをいっぱいにあげて
「んにゅ~~~~~~♪」
と気持ちよさそうな伸びをする。ノドの鈴がリンとなった。
その、見事な昼夜逆転生活を送ってるペットを生温かな目で見守っていたら、ネコ娘はやがて事態に気づき、「ウニャ?」と俺とミイラお嬢様を見比べてから、でもすぐに猫の好奇心丸出しの目で
「おお、それはセンパイの考えた新しい遊びっすか♪」
「誰だよおまえは!?」
俺の突っ込みに対してばネコ娘は、しかし楽しさいっぱいとばかりに
「おほ~~~♪ 御主人様ったら相変わらずシビアっす♪ このボクが誰だかニャんて一番しってるくせに~♪」
寝起きとは思えないほどごきげんに、このネコ娘は俺の方にやってきて、
「けれども聞かれたからには答えちゃいますよ♪」
今ではスッカリと逆転した身長――以外にもいろいろありますが言いません。ボンキュッボンとか言いません――で、俺をちょっと上から見下ろして
「このボクの名前はみーみ♪ みーみ・カモミールです♪」
でっかいネコハンドを目の前に持ってきて
「御主人様のペットっす♪」
Vサインまで決めた。
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Arcadia戦姫おんらいN 第2章、始まります♪ (2回目)
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