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魔法とスマホの魔界戦記RPG  作者: 常日頃無一文
第1章:勇者目指して頑張りましょう。わっしょい♪
16/66

10.5:魔界の鉄則:契約内容はよく確認しましょう

 誰もが等しく、バルバドスの勝利を諦めた。


 それは静かで、冷めていて、穏やかでさえある心持ち。


 リングを見つめる彼らの、その誰もが、確定した敗北の悔しさを、欠片も滲ませていない。

 どうしたって無理なものは無理なのだ。


 観衆は、ネクロポリスの国民たちは、俺のようにベルゼブブの『ステータス画面』を見たわけではない。

 けれども、例えば大噴火を起こしている火山に対し、バケツいっぱいの水で鎮火できるかどうか、そんなことの判断に評価値や試行が必要だろうか。


「なにかなこれは?」


 ベルゼブブの声は、子供のように幼かった。

 そしてそこに込められた感情は、まるで豪華な宝箱を開けたら、中身がカラだったかのような。そんな、落胆どころか拍子抜けするような声だった。


「あれだけ惰眠を愛していたぼくが目覚めたのに、姫様。なにかなこれは?」


 その真っ黒な目が、へたり込んでいるバルバドスを、次に死者にあってなお死んだ表情の国民たちを、そして最後にこの王国をぐるりと見回した。

 フィナンシェお嬢様は言う。


「羽化前の貴方が、命をかけて取り戻そうとしたものよ。そしてこの決闘は私が企画したものだから、いかに得られるものが滑稽であれ無価値であり、粛々と臨み、厳かに実行なさい」


 ベルセブブは、少年のように「ふふふふふっ」と笑った。


「無価値なんかじゃないよ。だって、ぼくがそこのヨルムガンドを始末したら、ボクは姫様をオモチャに出来るんでしょう?」


 そのセリフを以って、俺はいかにコイツがまともでないかを、理解することが出来た。

 しかし自分をオモチャと呼ばれたにもかかわらず、フィナンシェお嬢様はまゆ一つ動かさず、ただ頷き


「ええ。そういう約束だったわね。そして私は約束を違えることはしないわ。貴方が決闘に勝てば。私は貴方の言いなりよ?」


 悪夢のように肯定する。再び蝿の王はわらった。


「ふふふふふふふ。悪くないね。了解もなく目覚めさられた不条理に対する『憤怒』はそれで失せたよ。そしてぼくは決めた」


 ベルゼブブは七本の手を、ワラワラと広げて宣言した。


「ネクロポリスをほんとうの意味で死者の帝国にする」


 と。


「コイツら、死人のくせに活き活きとし過ぎなんだ。ボクはそれにとても『嫉妬』している。そんな不条理に『憤怒』している。我慢ならない。だからボクは、ヨルムガンドを殺してネクロポリスの王権を手に入れたら、草の根を分けてでも『執拗』に、老若男女問わず例外なく、国民たち全ての希望を丁寧に丁寧に洗い出し、それを少しずつ丁寧に捻り潰していくよ。だって」


 ――だって、国王のボクをさしおいて幸せだなんて、そんなの『不条理』だもん


 子供のように無邪気に、そして理解できないぐらい狂気的で暴力的なことを言う、ベルゼブブ。


 俺は改めて思った。


 コイツは狂っていると。


「そう」


 フィナンシェお嬢様の声。


「もしも貴方が国王になったなら、その国とその国民をどのように扱おうともそれは国王の自由よ。これまで通りね。それはともかくとして、その前に、さぁ、早く決着をつけなさい。長口上は私嫌いなの」


 言ってから、さらりと、自身の血色の髪を流した。


「ふふふふふふ。長口上は嫌いかぁ。姫様は『傲岸』だなぁ。もうすぐぼくオモチャのくせに。でもまぁいいよ。最後のわがままだよそれが。それではお望みどおり早々に決着をつけてあげる」


 ベルゼブブが笑いながら目線をバルバドスに向けた時、


 そこに彼の姿がなかった。


 忽然と、消えていた。


 ベルゼブブは眉のない眉間をよせて、


「あれ?」


 と首をかしげた時、その頚椎に向け、輝く何かが凄まじい勢いで墜落した。


 ドゥ! っという、太鼓を打ち鳴らし様な音と衝撃。


 そして巻き上がる砂煙。


 俺は思わず、両腕で顔を庇うようにしていた。


「おい羽虫、バルバドスもフラグ回収だベイベー」 ――バルバドスの声。


 それは最初に、スカトロ貴公子ベルゼブブだった頃に見た、あの一撃と似ていた。


 バックステップでベルゼブブがかわした、


 ――――バルバドスが最初に放ったあの一撃に。


 しかし、似ているとはつまり、非なるもの。


 まずもって、威力が段違いだった。


 ベルゼブブもバルバドスも、リングを突き破って地下に抜け、姿を喪失している。


「そして決闘中ってことを忘れてたんじゃないかベイベー」


 バルバドスの声だけが響いてきた。そしてドシュ! っという刺突音。直後にベルゼブブの短い悲鳴。

 俺は慌てて『ステータス画面』を参照した。


 名前:蝿の王ベルゼブブ

 職業:なし(不浄を抱いた気高き暴君:タイラント・オブ・コンタミネーション)

 LV:777

 HP:30000 MP:77万

 装備:七刺突剣「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憂鬱」、「憤怒」、「怠惰」、「虚飾」、「傲慢」


 減っている。


 HPが凄まじく、減っている。


「ビビって尻もちついてるとか思ってたかベイベー?」


 刺突音(ダメージ:1000!) 

 HP:29000


「いくらなんでもそこまで寝ぼけんなベイベー」


 刺突音(ダメージ:1000!) 

 HP:28000


「跳躍の『溜め』ぐらい見抜けよベイベー!」


 一際大きな刺突音(クリティカルダメージ:3000!)  

 HP:25000


 俺も今頃、その言葉で理解した。

 バルバドスは腰が抜けたふりをして、


 ―― 最 初 の 攻 撃 に 必 要 な 溜 め 動 作 を 行 な っ て い た の だ と 。 


「国民の幸せを、草の根分けて捻り潰すだとベイベー!?」


 一際大きな刺突音(クリティカルダメージ:3000!)  

 HP:22000


「このバルバドスの前でよくそんな寝言がホザけたな羽虫!」


 一際大きな刺突音(クリティカルダメージ:3000!)  

 HP:19000


「お前はこのバルバドスが殺す、最初で最後の悪魔だベイベー」


 バルバドスが、殺すと言った。


「……フィナンシェ様」


 呼びかけられて、フィナンシェお嬢様はリングの穴を見下ろしている。おそらくバルバドスを見ているのだろう。

 魔王の一人娘が見下ろす中で、バルバドスは、否、ネクロポリス国王は、まるで誓いを立てるかのような厳かな口調で宣言した。


「ネクロポリス国王バルバドスは、国民と友人と家族と、そして世界中の目が見ているその前で、自らの手にした槍と自らの意志でもって、その対峙した敵を刺し穿ち、命を奪い、絶命させて殺しますベイベー。そしてその非情さから目をそらさず目をそむけず、いつまでも永劫にわたって背に負いて、その倍の重さの愛情で国と国民を導くことを、いまここに誓いますベイベー」


 その言葉が終わったとき、


 無意識のうちにだろう、


 国民たちは、静かに、目頭を抑えていた。


 バルバドスが、自分を殺してまで、国民じぶんたちのために立てた、国王としての決意に、胸を打たれていたのだ。


 フィナンシェお嬢様は、ただバルバドスに、「そう。好きになさい」と、それだけ言った。


 ただし、かすかな笑みを浮かべて。


 誰かがいった。


「ば、バルバドス国王だけじゃない! 俺だってそれを背負ってやる!」


 続けて誰かがいった。


「私だって王様の辛さを抱えていく!」


 そうして口々に、バルバドス、バルバドス、バルバドスと。国王の名を、皆が呼びかけ始めた。


 呼びかけは重なり


 重なりは合唱となり


 合唱は号令となり


 号令は、歓声となった。


 再びネクロポリスが、湧き上がった。


「幕だぜベルゼブブ、ベイベー」


 バルバドスの黙祷するような声。


「最後はヨルムガンドに包まれて、滞り無く」


 し ね


 一際大きな刺突音8度(ダメージ:2000×8!)  

 HP:3000


「そしてこれで終わり――」

 

 な わ け な い よ カ エ ル


 あどけない声の後、

 破裂音がした。


 あまりに不吉なその音に、再び観衆は沈黙した。


「お返しだよ?」


 ビチャ! っという湿った音共に、

 青の体液が、穴からリングへ散った。


「やれやれ、ヒドイな。ちょっと気を失ってるまにボクがとても気の毒なことになっている。『虚飾』が台無しだ」


 穴から何かが放り上げられた。


 それは湿った青の塊だった。


 皆の視線を集める、湿ったズタ袋のようなそれは、リングの上で一度跳ねると、


 ベチャベチャベチャと、青の体液で染めながら転がって、やがて。


 両腕をなくした、バルバドスの動かぬ姿になった。


 一瞬の間があってから、悲鳴。


 阿鼻叫喚の騒ぎ。


 エカエリーナはケロンを抱いたまま昏倒し、


 ティラミスは両膝をついて大声をあげた。


 みーみは世界を否定するように両耳を塞いで両目を閉じ


 俺は、


 それでも『ステータス画面』を見ていた。


 名前:蝿の王ベルゼブブ

 職業:なし(不浄を抱いた気高き暴君:タイラント・オブ・コンタミネーション)

 LV:777

 HP:77777(『暴食(バルバドスの両腕摂食)』による全快復) MP:77万

 装備:七刺突剣「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憂鬱」、「憤怒」、「怠惰」、「虚飾」、「傲慢」


 

 名前:バルバドス・ゲロッパーズ

 職業:ネクロポリス国王(神殺しヨルムガンド:ゴッドイーター)

 LV:66

 HP:3 MP:250



 ――――まだ、


 まだ、息がある。 

 

 そう思った時に、声がした。


「貴方……」


 声の主は、凄惨な光景のあまりに倒れた、夫人のエカエリーナだった。


「敗けを認めて……ハニー」


 彼女は、ケロンを背中に負ぶって倒れたまま、


 ――重苦しい、地響きのような羽音。


「……お願い、貴方」


 無残な夫の姿を目の当たりにして、


「……きっと……まだ。チャンスはあるわハニー」


 いまにも失神しそうなのを堪えつつ、


「……だから」


 かすれたような声で、ズタ袋のように潰れている夫に呼びかけている。


「お願い」


 ――短く浅い息をしているバルバドスの後ろから、蝿の王が穴よりあがってくる。


「だから、死なないで」


 ――青の血にまみれた7つの刺突剣をワラワラと動かしながら、


「私とケロンのためにも……! ネクロポリスとみんなのためにも……!」


 ベルゼブブが、エカエリーナの見ている前で、バルバドスの後ろ足を刺突剣の柄ごと掴んで持ち上げ、夫人の眼前でトドメの一撃を


「お願いだからハニー! 今は死なないで!」


 そのとき、微かにバルバドスの口が動いたような気がした。

 ****と。


「そこまでよ」


 6つの刺突剣がバルバドスの腹部を刺し貫こうとした瞬間、フィナンシェお嬢様が制すような声をあげた。


 ベルゼブブが彼女の方を振り返る。


 彼女はそして、パーティーグローブの手に飾られた手を差し向けて


「国王バルバドスによる敗北宣言により、本決闘は決着。勝者はベルゼブブ」


 決闘決着を宣言した。


 そして、振り下ろされる彼女の手。


 幕は降りた。


 俺は静かに周囲を見渡す。

 

 ベルゼブブの宣言通り、本当に死んだような表情で自失している国民。


 再び、意識を喪失したエカエリーナ。


 彼女に泣きついているケロン。


 大声をあげて、地面を殴っているティラミス。


 人形のように、突っ立っているみーみ。


 何も言わない報道陣。


 ひどい、結末だった。

 涙だけが、無意味にこぼれてきた。


「待てよ姫様」


 ベルゼブブは、なおバルバドスを逆さ吊りにしたまま言う。


「このまま終わったらぼくの『傲岸』さが許さないよ。だからあと一突だけさせてよ。それでこのヨルムガンドは死ぬから」


 パパ! とケロンが叫んだ。ティラミスが我を忘れてリングに殴り込もうとし、俺は必死にそれを、後ろからすがりつくように抑えた。


 フィナンシェお嬢様は、血色の髪をサラリと流し、


「ダメよ。もう決闘は決着しているもの」

 

 怒るでもなく泣くでも、ただそういった。俺はそれが、なぜかひどく悲しかった。

 こんなふうになっているバルバドスに、

 こんなことをされているバルバドスに、

 お嬢様は何も感じないのかと。


「これ以上のバルバドスへの攻撃は、一切認めないわ。このフィナンシェ・エルヒガンテの名においてね」


 悪魔王にとってこの絶対服従の言葉。


 それを出されたベルゼブブは、


 静かにフィナンシェお嬢様の方を向き


   い な。 ぼく の おもちゃ は 黙 っ て ろ よ」


 嘲笑するような口調で言った。

 フィナンシェお嬢様は「へー」と目を細める。


 それをしかし、ベルゼブブは無視し、周囲を見渡しながら


「このネクロポリスは決闘の約束通り、たったいまこの瞬間からぼくのものだよ。だからここにあるモノを殺そうが犯そうが壊そうが絶やそうが、そんなものぼくの自由じゃないか? そうだよねみんな?」


 無邪気に、本当に無邪気な口調で、下劣なことをベルゼブブは言った。

 そして刺突剣の切っ先の群れを、バルバドスの瀕死な身体に向けながら、そしてそれをこれ見よがしに、フィナンシェお嬢様に真っ黒な目を向けながら


「コイツを始末した後ね、オモチャはみんなの前でいっぱいオモチャにしてあげるから。それを楽しみにしててね姫様。ふふふふふ」


 そして刺突の切っ先が一気にバルバドスを貫いた。


 かと思われた時、


 パン


 という、紙袋を潰したような、あまりにも軽く滑稽な音と共にベルゼブブは消えた。


「おいたが過ぎたわね、ムシ けら 風情ごとき


 一言だけ、添えられた。後は何もなし。

 それはまるで、飛んできたハエでも払うかのような、フィナンシェお嬢様の軽妙な動作だった。


 単に、手の甲を払っただけ。

 それでベルゼブブは弾かれ、消えた。

 それだけ。


 そしてその結果、


 ベルゼブブの巨体が、


 ネクロポリスのリングから遥か離れた、教会の天辺に頭から突っ込んでいた。


 そして微動だにしていない。

 痙攣さえも。


 ティラミスも怒りをかっさらわれ、硬直していた。


 周りも同様、

 なんていうか、

 ポカンとなっていた。


 俺は開きっぱなしだった『ステータス画面』を見あげた。


 名前:蝿の王ベルゼブブ

 職業:なし(不浄を抱いた気高き暴君:タイラント・オブ・コンタミネーション)

 LV:777

 HP:1(瀕死) MP:77万

 装備:七刺突剣「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憂鬱」、「憤怒」、「怠惰」、「虚飾」、「傲慢」


「さて、これで催し物はおしまいね」


 歌うようなフィナンシェお嬢様の声だけが響いてきた。

 目を向けると、彼女はベルゼブブの代わりに、バルバドスを片腕で抱き上げていた。


「さっさと後始末をしなくてはね」


 言いながら、すぅ、っと。開いている方の手を掲げる。

 皆の視線がそこに集まる。


 パチン、


 っと、その指が弾かれた時、


 ぽよん♪


 と実にコミカルな音を立てて、バルバドスの両腕が再生した。ティラミスがあまりのショックでぶっ倒れた。俺は『ステータス画面』の変化に目をやった。


 名前:バルバドス・ゲロッパーズ

 職業:ネクロポリス国王(神殺しヨルムガンド:ゴッドイーター)

 LV:66

 HP:6666 MP:250

 装備:トライデント・スピア『おじゃまたくし』


 余裕の、HP満タンだった。



「あふ~~~~~」


 脱力しそうなカエルの声に目を向ければ、


 既にリング上に降ろされていたバルバドスが、


 目に涙を溜めて伸びをしていた。


 皆が驚愕の眼差して見守るその前で、


 オッサンのようにポリポリと、白い腹を水かきでかきながら一言


「よくねたベイベー」


 観衆全員がぶっ倒れた。


 逆にエカリーナとケロンが飛び起きて、目から噴水のような涙を散らしながらリングに飛び上がり、寝起き全開なバルバドスに飛びついた。


「ど、どうしたんだベイベー!?!?!?!?」


 戸惑っているバルバドスを押し倒し、二人は絞め殺す勢いで抱きついた。

 バルバドスが猛烈なアタックをかけてくるエカエリーナに頬を染めて言う。


「あ、ちょ! は、恥ずかしいベイベー! エカエリーナ! 皆が見ている前でケロンの弟とか妹とかを作るとかバルバドスは頭が沸騰――」


「寝ぼけ過ぎよ」


 フィナンシェお嬢様がコツンとバルバドスの頭を叩いた。あまりにも品がないと判断したのだろう。

 しばらくイテテテテっと、再生したばかりの手で頭を撫でていたが、やがて


「ハ!?」


  っと我に返ったように、ギョロ目をフィナンシェお嬢様に向け


「ふぃ、フィナンシェ様! け、決闘はどうなりましたかベイベー!?」


 慌てて聞いた。

 今もって、エカエリーナとケロンの100連キスを浴びつつ(ちょっと嬉しそうなのが微妙にムカつく)、そんな問いを発するバルバドスに、フィナンシェお嬢様は100万ドルの笑顔で言った。


「貴方の負けよ」


 途端に、しゅん、とバルバドスは沈んでしまった。


 今更かよ、と俺は突っ込みたくなった。

 そして、

 ネクロポリスはこれからどうなるんだろう、そういう不安もわきあがってきた。


 が、けれども。


 俺はリング上の親子ガエルを見て思ってしまう。

 今はバルバドスが五体無事に戻ってきたことが、何よりだったと。


 バルバドスはうつむきつつ言った。


「そうですかベイベー。……このバルバドス、ベルゼブブに負けちまったですかベイベー」


 おそらく、止めの一発を刺そうとして反撃を受けた、あの後の記憶が無いのだろう。

 つまり、勝利したと思い込んでいたのかもしれない。

 だからバルバドスの消沈は、本当に見た目が小さく見えてしまうほど凹んでいた。


「そんなのいいのよハニー」


 エカエリーナが、バルバドスをキスマークだらけにしたあと、まだ目から涙をこぼしつつ言った。


「私もケロンもねハニー、あの地下牢にいてもねハニー、貴方が元気でいるって、ティラミスさんから連絡もらうたびに幸せだったわハニー」


 ケロンも泣きながら言った。

 

「パパ! 私も、パパは国王なんかじゃなくても、パパはパパだから大好きだよ!」


 二人の顔を見ながら、感極まったバルバドスに、さらに


「俺も! バルバドス様が生きてたら、またベルゼブブが国王だって平気だぜ!」


 一人が言った。


「たとえ死刑になってもYO! 死人殺せるならやってみろYO! バルバドスさいこー!」


 また一人が言った。


「あばばばばばばば!(死んだって命が一番だ! 生きててよかったバルバドス!)←もうバッチリ理解」


 そして皆が最後は、かりそめの王座を失ったバルバドスを称えるように、彼の名を呼んだ。バルバドスと。バルバドスと。


 そしてもうとうとうこらえきれなくなったのだろう。バルバドスはそのギョロ目に涙を溢れさせ


「びゃあああああああああ!!!」


 前みたいに情けなく、噴水のような涙をあげて泣いてしまった。

 でも誰も、それを攻めたりしなかった。

 皆がバルバドスを称えていた。

 明日から始まるであろう、ベルゼブブの恐慌支配など、誰も意に介さぬとばかりに。

 ただ、いまこの瞬間の、バルバドスの生存を喜んでいた。


 ―――――――さて。


 ハッキリ言おう。


 俺は正直、お嬢様を見くびっていたと。


 ここからが。

 

 お嬢様という。


 フィナンシェ・エルヒガンテという。


 その存在の。



 ――本領発揮だった。


 皆がバルバドスを称え、調子に乗ってリングにまであがり、「カエルワッショイ!」とポンポン胴上げとかしている時に、フィナンシェお嬢様はまず、その最初の『一言』をさりげなく言った。


 これである。


「明日一日はお休みでいいけれど、明後日からは言いつけ通りネクロポリスの切り盛り頑張りなさいよ」


 国 王 バ ル バ ド ス


 と。


 ――――――ほえ?


 これがおおよそ、このとき彼女以外の全員が抱いた衝撃だった。


 国民はあまりの言葉に、胴上げしていたバルバドスをリングの穴に落としてしまった。

 びゃああ! という悲鳴が聞こえたが、誰もそれにかばうことができなかった。


 そして衝撃はここも直撃していた。


「ケツカラデルド!!!」


 なんとなく懐かしい声だった。


「ワーデルモーデル!! や、約束と違うザンス!!!」


 悲鳴に近い声とともに、ヴ~ンと教会から飛んできたのは、こちらもあまりのショックで人型に戻ったベルゼブブだった。


 スカトロ貴公子に戻ったベルゼブブは、リングに降り立つやいなや怒りのタップダンスをし(ステータスみたらHP全開でした。たぶんお嬢様による犯行?)


「ひ、姫君は!! チンがバルバドスに決闘で勝ったら!! ネクロポリスの国王に戻すと言ったザンス!!」


 至極当然の不平を、大声でぶちまけた。

 肩を持つきはないが、気持ちは十分理解できる。それはそうだろう。ベルゼブブはそのために、今回の決闘に望んだのだから。そして激闘したのだから。


 しかし彼女は、悪びれもせず歌うように言った。


「ああ。恐らくそれは、『Arcadia戦姫ニュース』に送った私のメッセージのことを言っているのね?」


「ベンダシタイナー!! そ、そうザンス!!!! 全国放送で言ったザンス!!!!」


 ムキーっと、歯を食いしばりながら言った。それにフィナンシェお嬢様は、やれやれと、肩をすくめる。


「一言一句違えず、よく思い出して御覧なさいベルゼブブ。私はメッセージでこう言ったの――」


 フィナンシェお嬢様はそして、


 『二言目』を放った。


 これである。


「――『もしも再びネクロポリスの国王としての地位を取り戻したいのならば、現ネクロポリスの国王であるバルバドス・ゲロッパーズと一対一の決闘に臨みなさい』と。……さて、それで一体全体このどこに、貴方を国王に復帰させるようなくだりがあるのかしら? 私はただ、地位を取り戻したいのならば決闘に臨みなさいとそうは言ったのだけれど、べつに勝った後については何も言及していないわ」


 ベルゼブブの目が死んでいる。


「これはそう、『バルバドスが万一決闘に勝利しても、その後に手を出さないとは言っていない』と貴方がニヤニヤと言っていた、それと同程度の拘束力かしらね」


 ああ。


 これは、ヒドイ。


 ――――お嬢様ヒドイ。


 ヒドすぎるよ。

 でも自業自得か?


 スカトロ貴公子のタップダンスが乱れていた。猛烈なショックに千鳥足になっていた。


「ケツカラデモッターナ!!!! そ、そんなのは屁理屈ざんす!!!!!!」


 スカトロ貴公子の顔は真っ赤になったり真っ青になったり、そしてカツラが飛び上がったり耳が飛びてたり、なるほど。ニュースで言ってたのはこれか。無意味なフラグ回収に俺はちょっと感動した。

 フィナンシェお嬢様は妖しく目を細めて、面白い顔のベルゼブブにこう言った。


「屁でも理屈は通っていると、そう認めるのね。ならば両者合意により紛争は解決。フィナンシェ・エルヒガンテの名において宣言するわ。決着」


 これはヤバイ。


 お嬢様ヤバイ。


 ベルゼブブがウンコもらしそうな顔になってる。

 もしかしたらもうもらしてるかもしれない。


「そ、そうだザンス!」


 起死回生!!! とばかりに、スカトロ貴公子の顔が輝いた。輝いたけど残念な顔だった。

 そしてその残念な顔は醜悪な笑みを浮かべ、ビシっとお嬢様を指さし、


「フンバルトヘーデル!!! ネクロポリスはともかく! フィナンシェ様は確かにこう言ったザンス!! 『もしも決闘してバルバドスが勝利したら以後はネクロポリスに手を出さない。そう誓うのなら、フィナンシェ様はチンの妻になる』、このチンの提案に対し、フィナンシェ様は『私は構わないわよ』と了承したザンス!!」


 目を血走らせ、ゼーゼーハーハー言いながら、なんかもう必死で言っていた。


 確かにそういうヤリトリがあった。


 観衆がざわめく。


 背後でようやくバルバドスが、よっこらせと、穴から這い出てきた。ティラミスとエカエリーナとケロンで引っ張りあげていた。


 お嬢様は言う。


「ええ、私は貴方の妻になることを了承したわ」


 アッサリだった。


「そ、そ、そ、そ、そそれは間違いないザンスね!?」


 もうベルゼブブはゼーゼーどころかヒューヒュー言っている。死にかけみたいに興奮している。

 その興奮を増長させるように、彼女は言った。


「そして貴方はその条件をしっかりと満たしているわね」


 ベルゼブブの目と鼻がいきなりスロットになった。

 両目で『7』が確定し、後は鼻に『7』が揃えば『777(フィーバー)』だった。面白いなコイツ。一方、観衆は固唾を飲んで見守っていた。

 いやいや俺もここは緊張しないといけない場面だ!

 なにせこちらのほうが、事態が圧倒的に重い。


 フィナンシェお嬢様を妻に迎えるとは、

 次期魔王の座を得るということなのだから。


 ベルゼブブはもう耳で息をしながら言う。


「つ、つまり!!!!! フィナンシェ様は!!! い、いま!! チンの妻ザンスね!?!?!?!?!?」


 鼻のスロットが高速回転している。7待ちで高速回転している。

 たぶんこれにも『ヒドイ』一言で決壊されるだろうと、俺は予期している。

 そんな中、皆の緊張が破裂するほど高まっている中、フィナンシェお嬢様は、しかし。


 俺の予想を裏切る言葉を言った。


「ええ、もちろん。私はそれで構わないわ」


 周囲が絶叫した。

 ベルゼブブの鼻が『7』で確定した。

 さすがに俺も絶叫した。

 エカエリーナもケロンもティラミスも絶叫した。もう一回バルバドスは落下した。


「ケツカラデルードヤッタラパッパーオッパッピー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 ベルゼブブは奇声をあげつつ、鼻血を撒き散らしつつ宙を舞った。

 グルグルグル、回転しながら宙を舞った。誰も得しないスカトロ演舞だった。

 天上から光のカーテンが降り注いでベルゼブブを照らし、どこからか教会の鐘の音と天使のハバタキ音が鳴った。だからおまえ悪魔ちゃうんかと。


「ケツカラデルードヤッタラパッパーオッパッピー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 もう一回言いやがった。

 そしてそのまま、グルグルグル。グルグルグルグル。回転しまくった。回りに回った。

 間違いなく、この瞬間は、ベルゼブブ・ベベンベ・ベルナディスにとって、人生最高の瞬間だった。


「ケツカラデルードヤッタラパッパーオッパッピー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 もう一回言いやがった。


「ひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっ」


 そして高らかと笑った。我が物顔で空を飛翔しながら、笑った。


 そうして浮かれに浮かれ、


 舞に舞っているスカトロ貴公子に、

 

 『777(フィーバー)』スカトロやってるベルゼブブに、


 お嬢様はそして、


「もちろん、私は構わないのだけれどね」


 歴史に残る『三言目』を、100万ドルの笑顔で放った。


 これである。


「 で 、 そ れ   の 許 可 は と っ た わ け ? 」


 と。


 ベルゼブブが、空で固まった。


 ――ああ。


 瞬間、俺は天を仰いだ。


 全てを理解したのだ。


 これは、詰 ん だ。


 いや、


 最初から、


 決闘が始まる以前から、


 これは、詰 ん で い た の だ。

 

 ベルゼブブの目が点になっていた。 


 ――――――そうして。


 これまでのすべての伏線が、


 回収されたと知った時、


 空が紅蓮の炎に巻かれたように、赤に一変した。


 観衆がざわめく。


「この放送はArcadia戦姫ニュースで全国放送だったから」


 フィナンシェお嬢様の声。


「当然、貴方が私にかけた言葉の数々も、魔王パパの耳に届いてるわよね~」


 一筋の光が、紅蓮の空を疾走してきた。


「例えばスカトロプレイ強要とか?」


 『ステータス画面』が点滅していた。


 そこに、『サマエル・エルヒガンテ』という新たな項目があった。


 参照する。 


 名前:サマエル・エルヒガンテ

 職業:魔王(世界の支配者:ワールド・カスタマイザー)

 LV:1万

 HP:1000万 MP:1億

 装備:闇のウィング・オブ・ダークネス

 解説:歴代最強の魔王として魔界に君臨する世界の支配者。絶対不可侵と言われたレベル1000の壁を一桁上というオーダーで突破した規格外の魔族。その強さは圧倒的。残虐な性格で天界からも魔界からも恐れられていたが、人間の女性(フィナンシェの母)と恋に落ちてから性格が一変。さらに彼女との間に一人娘のフィナンシェを設けてからは、愛妻家&平和至上主義のパパと化した。ガンディー状態。天寿を全うした妻なきあとは、妻への愛として独身を貫いている。純真。いまは娘の幸せが全て。娘が可愛い。娘が命。娘のためなら今すぐ死ねる。娘が心配。娘が気がかり。1分に1回は娘の事を気にする。娘が望むなら神にもなる。娘。娘。娘。娘最高。バカ(娘愛的な意味で)


 もう、見えすぎた結末が、そこに記されていた。

 光が迫ってくる。

 スカトロ貴公子は、空に立ったまま死んでいた。鼻の『7』は『6』になっていた。

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