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魔法とスマホの魔界戦記RPG  作者: 常日頃無一文
第1章:勇者目指して頑張りましょう。わっしょい♪
15/66

10.4:『777』

「ひょっひょっひょっひょ!」


 誰の目にも明らかな決着に沸く中、

 ベルゼブブの口からそれを決定づける言葉がいよいよ出てくる。

 少なくとも俺にはそう思われたのだけれど、出てきたのはこの不快な笑い声だった。


「ひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっひょっ!」


 それも常軌を逸したほどに長く、そして大きな声。


 やがてそれが異常だと理解した観衆は一人、また一人と声音をひそめ、やがて沈黙した。


 バルバドスが槍先をさらにグイと近づける。


「何がおかしいベイベー? 決着はこれでついた。さぁ、さっさと『参った』の一言がないと、今度はお前が串刺しだぜベイベー」


 鋭いミツマタの切っ先が、ベルゼブブの喉元で光る。ゴクンっと喉が上下した。


「な、何がおかしい、だ? ひ、ひょっひょっひょ。ヘーヒルトベンデル。こ、これがおかしくなくて何がおかしいのかザンスね?」


 尻もちついたベルゼブブが、汗をかきつつも浮かべる不気味な笑み。それは強がりかハッタリか。

 ギョロっと、バルバドスの目が後方に流される。


「フィナンシェ様、決闘決着の号令をお願いしますベイベー」


 バルバドスは、注意をベルゼブブに残したまま、リングの上で優雅に佇んでいるフィナンシェお嬢様に言った。


「この決闘、ご覧のとおりもう勝負はついていますベイベー。このバルバドス、たとえ相手がベルゼブブとはいえ、無益な殺生をしたくありませんベイベー」


 静かにそう言った。


 ティラミスの言った通り、そしてバルバドス自身の言っていた通りだった。

 バルバドスは、神も人も虫も死人も、そしてベルゼブブさえも殺さないのだ。


 この言葉に対し、観衆の反応は賛否分かれている。

 いいぞ国王! というのもあれば、やっちまえそんなスカトロ! という声もある。

 Arcadia戦姫ニュースの報道陣は、実況を忘れて固唾を飲んで見守っている。

 企画者にして立会人たるフィナンシェお嬢様が、果たしてどう判断するのか、それに注目しているようだ。


 フィナンシェお嬢様は、血色の髪を流してからこう言った。


「決闘決着のルールは貴方も知っているはずでしょうバルバドス。相手に敗北を認めさせるか、絶命させるか。そのいずれかよ。今この状況はいずれにも該当しないわ」


 決着は否だった。

 リポーターはそれをカメラに伝え、ざわめきが大きくなる。

 バルバドスは言う。


「フィナンシェ様。もうそこまでしなくとも決着は明らかですベイベー。バルバドスがこの槍を一突きすれば、それでベルゼブブは死にますベイベー。だからいま、ここで止めなくては無意味な血が流れて――」


「そう思うのなら突きなさい」


 フィナンシェお嬢様の声は冷淡だった。思わず俺が、「お嬢様」、と呟いてしまうほどに。

 彼女はそれから、まるで命令を下すように手を差し向け


「さぁ早く。私と国民と友人と家族と、そして世界中の目が見ているその前で、自らの手にした槍と自らの意志でもって、その対峙した敵を刺し穿ち、命を奪い、絶命させて殺しなさい」


 ――――殺しなさい。


 その言葉を聞いた途端、急に、バルバドスの青い背中から汗が滴り始めた。心なしか、小さく震えている。


「ひょっひょっひょ。ワーデルモーデル。どうしたザンスかバルバドス? やっぱりお前は、チンであっても殺せないザンスか?」


 ベルゼブブが言い、そしてフィナンシェお嬢様は小首をかしげる。


「何をしているのかしら? さぁこの程度のことは早くなさいバルバドス。早々に殺しなさい。貴方と貴方の家族と貴方の国と貴方の国民に対して、そのベルゼブブは害悪なのでしょう? ならば殺しなさい。駆逐なさい。国を導くのに国王が必要とするのは愛情だけれど、国を守るのに国王が必要とするのは非情なのよ。貴方はその片割れが本当にどうしようもなく欠落している。だから貴方はこの決闘でそれを手にしなくてはならない。でなくてはもう一度、貴方は同じ過ちを犯してしまうわ。さぁ、もう一度だけ、この私から言ってあげるわ」


 フィナンシェお嬢様は、目を静かにすがめて言った。


「その槍で、ベルゼブブを殺しなさい」


 と。

 その言葉で、観衆は一斉に「ベルゼブブをやってしまえ!」に転じた。

 周りがまくしたてる。

 エカエリーナとケロンは、戸惑ったように周囲とバルバドスを交互にみつめている。

 ティラミスは黙って成り行きを見守っている。その表情は真剣そのもの。

 ここからさきは本当にわからないのだろう。


 そしてそのとき、バルバドスの槍が動いた。


 ドシュ! っという、


 短い刺突の音。


 ヤリは深々と刺していた。


 ベルゼブブの


 目前の地を。


 バルバドスはうなだれていた。


「……できませんベイベー」


 そしてその言葉が真実であることを体現するように、彼は決闘の最中にあって、槍を放してしまった。ブーイングが起きる。

 エカエリーナは「貴方」と、

 ケロンは「パパ」と、

 小さく呟いた。

 ティラミスは目を閉じ、俺はただ見守ることしかできない。


 そしてベルゼブブの笑みは、濃くなった。


 フィナンシェお嬢様は、その二人の姿に、まるで黙祷を捧げるかのように目を閉じ、


「愚かね」


 祈るように言った。


「ではベルゼブブ」


 ベルゼブブは『待ってましたザンス』というような目線を、バルバドスからお嬢様に向ける。

 それに対し、彼女は歌うように言った。


「貴方に魔王エルヒガンテの娘フィナンシェ・エルヒガンテとして命じるわ」


 魔王に仕える悪魔にとって、この命令のされ方はほぼ絶対服従である。そ

 しておそらく、「バルバドスを殺しなさい」と言ってくるであろうと予想したベルゼブブは、立ち上がりつつ「はいザンス姫君」と笑いながら応じた。

 そしてその手が、リングに刺さっていた禁・刺突剣『ヘクソカズラ』をグイっと引きぬいた。

 バルバドスを、殺すために。


 自らの勝利と確信した蝿の王に、彼女が告げる。


「貴方の正体をここに現し、自らの恥じている醜態をここに晒しなさい」


 ベルゼブブの表情から一気に笑みが失せた。


 カランカランと、とったばかりの剣が手から滑り落ちた。


 顔が青ざめ、目を見開き、口を脱力したように開け、固まってしまった。


 その顔はまさに絶望である。


 俺は、この表情がバルバドスの突きつけた槍によって生まれたものなら、歓喜したに違いない。

 けれども、これは喉元にまで切っ先を突きつけられて、それでもなお笑んでいたベルゼブブが、お嬢様の言葉によって浮かべたものなのだ。


 ――正体をここに現し。


 その言葉に、

 至極いやな予感がした。


「ケツカラデールド!!」


 ベルゼブブはいきなり土下座した。周りがどよめいた。


「そ、そればかりは! そればかりはどうか! ……どうかお許しザンス!」


 絶望を超えて、それは必死だった。


「どうか! どうか! そればかりはお許しザンスザンス!!」


 懇願するように言った。

 そんなベルゼブブに、フィナンシェお嬢様は音もなく歩み寄る。


「大丈夫よ、ベルゼブブ」


 囁くようにしっとりと、しかしよく通る不思議な声だった。

 ベルゼブブが顔をあげた。


 見つめる彼女の瞳が、ルビーのように煌々と光っている。妖しくも美しい輝き。

 まるで夜の虫が火に魅入られて死ぬように、ベルゼブブはその美しさに、今しがたの恐怖も忘れ、魅入られたように釘付けとなった。


 彼女はウットリとした表情で、ただし口を三日月に開いた悪魔的な笑みで言った。


「貴方の恥じらいを、この私が愛してあげるから」


 と。


 それは誰もが抗えないような、魅惑的な声だった。


 それは麻薬に漬け込んだバラのように倒錯していて。

 芥子ケシの実を噛んだように恍惚としていて。

 腰の力が抜けてしまうほど、耽美な。

 魅力による猛毒のような声だった。


 リングの外で聞いていてもそれなのに

 その毒を近距離、真正面から浴びたベルゼブブが、抗えよう道理はなかった。


 ベルゼブブすぐさま、毒に蝕まれ、痴呆のような表情になって、


 ――おおせのままに。


 そう口を動かしたように見えた。


 その時、

 

 表情が弛緩し

 弛緩を超えて顔の肉がダラっと垂れ下がり、

 ダラダラと垂れ下がるどころか、ダラーっと下に引っ張られたようになり、

 そのまま、ダラダラがドロドロに


 ベルゼブブが、溶けた。

 異様さに悲鳴があがった。


 ドロドロドロドロと。

 ドロドロドロドロと。

 ドロドロドロドロと。


 ベルゼブブが潰れるように溶解していく。

  

 溶けて混ざり合ったそれらは、白色の粘液になり、

 

 白色の粘液は、生まれるそばから白の霧になった。

 

 白の霧は、リング全体を覆い隠した。


 ベルゼブブも

 バルバドスも

 フィナンシェお嬢様も

 見えなくなった。


 白の霧が当事者たちをすっかりと包み、その内で行われている超常を秘め隠した。


 皆がただ見守る中で、


「ハエは羽化しなければウジ虫よ。さぁ、放たれなさい蝿の王」

 

 霧の奥からお嬢様の声がしたとき、

 地鳴りのような重い音が響いてきた。

 地震の前か、

 雪崩の前か、

 そんな不吉な災害を予感させるような、前兆の音。


 そして空気の流れが起こり、白の霧は煽られて飛散していく。


 徐々に霧は晴れてきた。


 あらわになる全容。


 そこに、佇んでいるお嬢様。

 そこに、へたり込んだバルバドス。

 そこに、そして。


 本性をさらけ出した、ベルゼブブ。


 皆が、一歩下がった。

 下がらずに、おれなかった。

 俺も、

 ティラミスも、下がった。

 みーみとケロンは、抱き合って震えていた。

 エカエリーナだけが、夫を案じて進んだ。

 でもそれも、一歩だけ。


 最初それは、ロウで出来た『歪な』人形かと思った。

 全身が真っ白で、服もなければ頭髪もない。

 両目は、まるで真っ黒な石が二つはまっているだけのようで、無機質で、全然感情が読み取れない。


 そして、その姿の何が『歪な』なのか。


 それは、腹から生えた五本の、子供のように小さな腕だ。白く小さな腕が、五本も腹から生えている。

 だから、普通に肩から生えた腕と合わせ、腕は都合七本。

 その七本の腕が、それぞれ7振りの刺突剣を握っている。

 歪な、というより、グロテスクだ。

 背中に展開された、都合七枚の巨大な虫羽根。

 貫禄さえ感じるそれは左右非対称かつ、

 アンバランスなぐらい大きくて、

 それらがデタラメなリズムで羽ばたく音は、地鳴りのように重苦しく、

 耳障りというレベルを超え、

 恐怖をかきたてるほどおぞましくあった。

 一切感情の読み取れぬその顔で、

 唯一その口が、

 小さく笑っている。

 まるで子供みたいに無邪気に。


 ――コイツは、やばい。


 直感でそう理解した。

 

 気付けば光の線が、空を疾走していた。

 無意識のうちに、『ステータス画面』をポップアップしていたらしい。

 恐る恐る、ベルゼブブを参照する。


 名前:蝿の王ベルゼブブ

 職業:なし(不浄を抱いた気高き暴君:タイラント・オブ・コンタミネーション)

 LV:777

 HP:77777 MP:77万

 装備:七刺突剣「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憂鬱」、「憤怒」、「怠惰」、「虚飾」、「傲慢」

 解説:七つの大罪という根源の汚れを抱いた、ベルゼブブ本人さえ嫌悪した自分本来の姿。堕天前は天界で豊穣(肥沃した大地:肥料的な意味でウンコ)を司った大天使に相応しく、魔力だけなら魔王軍72柱にあって魔帝サタンに匹敵する。『蝿の王』と畏怖される悪魔王は普段こそ滑稽な人型ピエロを演じているものの、秘め隠した本性は神でさえ救済を諦めたほど暴力的で狂気的。満たされることなく『喰』らい、枯れることなく『色』に狂い、飽きることなく『欲』っし、その上で不満を『憂鬱』し、不条理を『憤怒』し、そのくせ自らを『怠惰』し、己を『虚飾』し、その上で『傲慢』である。クソ(多角的に)。


 俺は静かに、『ステータス画面』を閉じた。

 それから周りと、

 バルバドスと、

 ベルゼブブと、

 フィナンシェお嬢様をひと通り見てから、ただこう感じた。


 詰 ん だ


 フィナンシェお嬢様は最後まで言っていた。


 この決闘は、絶対に、ベルゼブブが勝利すると。

 俺は感情の波が消えた静かな心で、ただその通りだと、絶望した。


「バルバドス」


 お嬢様の声。


「貴方は昨夜に続いて、これで二度も決闘に勝利する機会を喪失したのよ」


 そういえば、昨夜に広場で、何か持ちかけていたっけ。


「三度目は訪れないわ」


 彼女はたんたんと言った。


「謹んで敗北なさい」


 と。

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