1:フリプール村の青髪娘
豊かな自然以外は全く取り柄がない、魔界の片田舎にポツンと存在するフリプール村。
スマホは常に圏外なその辺鄙な場所の某平民家にて、俺はとっても可愛い女の子として生を受けたのだけれど、しかし産声をあげる間もなく両親に教会に投げ込まれ、誕生日に両親健在にして天涯孤独となった。
理由は、髪色が青くて不気味だったからという、どうしようもない理由からだった。
教会孤児となった俺は、境内の菜園で栽培されている甘いハーヴにちなんでステビアと名付けられ、幼少期をシスターさんに可愛がられて育った。
修道服を着て過ごす毎日は楽しかった。
教会で行われる世界創造神話の授業は寝て過ごし、三食のお祈り時は適当に口パクし、掃除はイコール遊びだった。
調子に乗ってモップを振り回し、懺悔室に訪れた人をモップで天誅するなどヤンチャが過ぎたときは、ご飯抜きとかのバツもあった。
一番ひどい時は、聖母像マリアに油性ペンで鼻毛を描いた時で、そのときは大好きなシスターさんにお尻をリンゴみたいに赤くなるまで叩かれ、泣きながらマリアさんにゴメンナサイをした。
色々とあったけれども、概ね幸せに、すくすくと育った。
しかしある日のこと、ちょうど俺が6歳の誕生日を迎えた日、フリプールの誇る変態ジジイが、教会の神父に俺の身受け話を持ち出してきたのだ。
この貧民の山羊飼いにして変態の名はカモミールという。
頭の両サイドのみにボワボワのちぢれ毛を生やし、エビの様に背を曲げ、チョコチョコと素早く歩く様はなかなかにゲテモノくさい。そして性格もそれ相応。
彼は神父にこう言った。
「ぶひひ。神父さん知っておるかい? あの娘が両親から捨てられた本当の理由を。まだ若いあんたは知らんじゃろうがな、実はフリプール村の古い伝承では、村で生まれた青髪の娘が魔王エルヒガンテと共に世界を破滅させる、というクダリがあるんじゃ。ぶひひ。お前さん神職の身じゃろう? ええのかな? そんな災いの種を神聖な教会で育てておっても?」
魔王エルヒガンテと言えば、世界創造神話に語られる魔界最悪の悪魔である。
この世界に幸福があるのが天界の神の恩恵であるなら、この世界に不幸があるのは魔王の災厄だと言われており、神職世界においては名前を言うのさえ躊躇われるような存在だった。
そんな名前を臆面もなく出されたせいか、あるいは単に神父がアホだったせいか、変態ジジイのペテン話にまんまと乗せられた神父は、シスターの猛反対にも聞く耳もたず、俺をカモミール家の変態に3ゴルドという魚一匹の値段で売り飛ばした。
その日の晩、早速俺は変態ジジイの小汚い寝室に呼ばれ、今夜から一緒のベッドに寝るようにと言われた。
まだ幼かった俺は、それがどういう意味かを知らなかったのだけれど、俺の身売りが決まった日の夜、即ち昨夜、寝室にロウソクを持ってやってきたシスターさんからこんなアドバイスをされていた。
『良いわねステビア、よくお聞きなさい。もしも貴方の仕える新しい御主人様が、同じ寝所で寝なさいと言いつけてきたら、まずは素直に従ってみなさい。そして何事もなければそれで構いません。ただし、貴方に何かくすぐったいことをするようであれば、こう言いなさい――』
「下手クソなんだよ素人童貞クソじじいが。テメェのヘナ○ンは自分でシコってろよ」
イカくさいベッドの中、太股に指を這わせてきた変態ジジイに暗唱して来たセリフを言えば、彼は真っ青な顔になりつつ
「お、お前はこれから山羊の家畜小屋で寝泊まりせい! ぶひひ!」
とだけ言って、俺を放り出した。
寒い夜中に裸足で外に放り出され、星明りを頼りに家畜小屋へトボトボ歩き始めたときには、訳も分らずシスターを恨んだものだが、今はとても感謝している。
いつの時代も処女は大事なものだ。
たとえこの夜以後、カモミール家における俺の待遇が家畜以下になったとは言え、それでもこれに変えられるものではないと思っている。
さてそれがどんな具合なのかと言えば。
朝は、『せほんぬ♪ せぼんぬ♪』と気持ち悪い声で鳴きつつヨダレとオッパイ垂らしてる家畜山羊クリントンの乳絞りをし、
昼は、まだ公衆便所の方が綺麗だしこれならいっそ枯木で造り直した方がマシなんじゃね? というような自称御屋敷の掃除を行い、
夕になるとようやく、家畜小屋で一日一食のクリントン製ミルクを器に満たし、隣で『せぼんぬ♪ せぼんぬ♪』と鳴かれつつ飲んで、
夜はその家畜小屋でやっぱり『せぼんぬ♪ せぼんぬ♪』と睡眠妨害されつつ、枯れ藁をベッドに寝るわけである。
掃除をしないだけ、まだクリントンの方が待遇が良いかもしれない。
それのリピート。
そんな、ちょっと自殺したくなるような毎日を、俺ステビア・カモミールは10年も送っていたのだが、このアホ山羊と一緒に無理心中を遂げなかったのには理由があった。
それは――。
俺はこの世界がゲームの世界であることを、メタ情報として知っているからだ。
これは俺が、この世界における主要人物たる証である。
もっと端的に言えば、俺はこのゲーム世界におけるPCの一人なのだ。
それに気付いたのは、7歳の誕生日の夜。
その日も藁にくるまって寝転び、眠りの訪れを静かに待っていたら、俺の目の前で白い光の線が疾走したのだ。
なんだ? と思って身を起こせば、光の線は家畜小屋の中空にこんな文字を描いた。
『YOU♪ LVがUPしましたYO♪』
眉根を寄せて、その意味の分らないメッセージを見守る。
そしたら中空の文字は霧の様にふわりと消え、そしてまた、さっきと同じように光の線が中空を疾走し始めた。
今度は何だ?
とまた見守っていたら、光の線はこんなメッセージを描いた。
『貧民娘専用スキル『山羊の乳絞り』をGETしましたYO♪』
ポカンとその文字を見ていたら、やはりそれも霧のように消えた。
俺はしばらくこの怪現象を警戒していたが、後には何も起こらなかった。
しかし異変は翌日に起きた。
突然、クリントンからの搾乳量が倍化したのだ。
翌朝の乳搾りのことだ。
俺がいつものようにクリントンのオッパイに手を添えて軽く絞るや、山羊は目を飛び出すぐらいにむいて『とれびやんやん♪』と絶叫。
は? と俺が思ったのもつかの間、オッパイよりミルクがジェットのごとく噴射した。
「なななななな!?!?!?!?」
バシュー! っという桶に叩きつけるように発射されるミルクジェット。あたりに飛び散りまくるヤバイ勢いにあせる俺。
「なんだこれなんだこれなんだよこれ!? え、ちょっとクリントンびくんびくんすんな!! なんかその仕草ちょっとやだ! うわっぷ!」
顔に跳ねたミルクとか拭いつつ、しかし一向に衰えぬその勢いにいよいよテンパる俺。
そしてそのとき、俺は小屋の中に昨夜見た光の線が浮かんでいるのに気付いた。
そんなの読んでいるどころではなかったが、昨夜の、貧民娘専用スキル『山羊の乳絞り』が気になって目を向ける。いつものクセでオッパイもみもみしつつも読んでみれば、こう書かれていた。
貧民娘専用スキル『山羊の乳絞り』発動! クリティカルダメージ! 効果は抜群だ!
いかにもRPGだと言わんばかりのコテコテメッセージ。
そのコテコテ具合に呆然となりつつも、これがRPGであると本能的に悟った俺は、小さく呟いた。
「なにこのクソゲー」
そこでピチャっとミルクが顔に飛んで「キャ!」っとみっともない声をあげてしまう。
顔にベタつくそれを袖で拭って、しかし勢いが止まったのでクリントンの方を振り仰いだら、山羊はバッタリと倒れてビクンヒクン痙攣していた。
俺はしばらくの間、後頭部に汗しつつそのアホ山羊を見守っていた。
その後も、あの光の線はたびたび俺の前に現れた。
やれ『CGを回収したYO♪』だの『スキルGETしたYO』だの。
時にはこんな風に選択肢が出ることもあった。
それはジェットミルク噴射から数日後、朝の乳搾りを終えた後のこと。
その日も、ミルクがやばいぐらいたっぷり溜まった桶を手にし、小屋を出ようとした時だ。
あのメッセージが、青空に浮かんでいた。
YOU♪ クリントンが仲間にして欲しそうに見ているYO♪
仲間にしますか? 『はい・いいえ』
メッセージを読み終えたあと、チラっとクリントンの方を振り返った。
そしたら実際そのとおり、家畜山羊はハーハゼーゼー言いつ血走った目で俺をガン見していた。
なんか、ついさっき一発キメてきた、みたいな目で。
「……」
俺はおもむろに、選択肢の『いいえ』を選んだ。
その日クリントンは大荒れし、騒ぎを聞いてやってきた変態ジジイに襲いかかって、右サイドのちぢれ毛を猛烈な勢いでムシり食っていた。
――――さてさてこんな具合に、
光の線の疾走は頻発し―――、
そしてそれらを読んで体感していくに連れて俺は―――、
この世界がクソゲーRPGであると――。
諦められるようになった!




